3―23  神槍グングニル


 ガルシアはエルザを見つめてから頷くと、後ろの騎士達に槍を持ってくるように命じた。


 騎士が巨大なランスを抱えて持ってきた。

 柄まで全て銀色に輝くその槍は、『神槍グングニル』。


 英雄イザーク王の代に作られたと言われるミスリルの槍は、数々の槍の名手の手を巡った後、35年前にガルシアの元に渡った。


 以後『槍のガルシア』の名と共に、大陸中にその武勇は鳴り響いていた。

 

 ガルシアは『神槍グングニル』を受け取ると、アルベルトに向けて構えた。


 アルベルトが再び額に汗を流す。


「待て、ガルシア!」

 エルザが槍を構えるガルシアに声を掛けた。


「何で御座いましょう、奥方様?」

 ガルシアが眉根を寄せてエルザを見た。


「同じ木盾ばかりでは見物人も少し飽きてきた様だ。少し趣向を変えようか」

 エルザがにやりと笑ってイエルを見る

 

「それではクルト殿お願いします」


 革鎧を着たクルトが、槍を持つガルシアの前に立った。


「クルト殿が着込まれた革鎧は、同じくマリウス様の手によって“物理防御”を付与された革鎧で御座います」

 クルトがガルシアの前に平然と立つ。


「奥方様はこの儂に、たかが革鎧をグングニルで突けと仰せか」

 ガルシアが眉を吊り上げてエルザを睨んだ。


「遠慮するなガルシア、本気でやれ。あとで言い訳は聞かぬぞ」

 エルザの言葉にガルシアは、眉間に皺を寄せてクルトに向かって槍を構えた。


 もとよりエルザに挑発された訳ではない。

 決して紛い物等赦さない、何ならクルトを突き殺した後、この場にいる全員を打ち取っても構わないとガルシアは思っている。


 グングニルを構えるガルシアの周りを理力のオーラが包む。


 クルトの革鎧に向けて必殺のユニークアーツ“爆雷神槍”が放たれた。

 稲妻を纏ったグングニルの穂先がクルトの胸の真ん中を突いた。


 クルトは何事も無かったかの様に革鎧の胸で、『神槍グングニル』の一撃を受け止めていた。


 マリウスは打ち合わせ通りとはいえ、クルトが無事なのを見てほっとする。


 念の為クルトの着ている革鎧の付与は、グレートウルフの魔石を二個使い、更に効果に魔力を割り振っていた。


 槍を引いたガルシアがクルトを睨み付けた。

「貴様、我がグングニルの一撃を何の迷いもなく受け止めよったな。名は何と申す?」


 クルトは特に気負った風もなく答えた。

「クルト・ハーゼと申します」


「クルトか。貴様の豪勇気に入ったぞ。公爵家につかえる気があらば、隊長格で迎えるよう儂が公爵閣下に口を効いてやるが如何」


 クルトがガルシアの目を見ながら静かに、だが力強い声で答えた。

「某の剣は既にマリウス様に捧げておりますれば、無用なお気遣いです」


 胸を張るクルトにガルシアも苦笑する。


「これはいらぬ世話であったな、済まなかったクルト、良き主に巡り合えたようだな」

 そう言ってガルシアは『神槍グングニル』を後ろの騎士に渡した。


 固唾を呑んでみていた兵士や村人達から、歓声が上がった。

 ニナとフェリックスが、小さくガッツポーズをした。


「すっげーな、あんな槍を喰らっても全然平気なんて、本当に無敵のアーティファクトなんだ」

 ヘルマンやアントンも感嘆の声を漏らす。


 彼ら『四粒のリースリング』のルイーゼを除いた三人も、兵士の後ろで広場で繰り広げられるイエルのプレゼンを見ていた。


「本当にあんな鎧をタダでくれるのかな?」

 オリバーが心配そうに言った。


「ニナ隊長がそう言ってから、間違いないだろう」 


「しー、また何か始まるぞ」

 ヘルマンが口に人差し指当てて皆を黙らせると、全員が聞き耳を立ててイエルを見た。


 少年たちだけでなく、兵士も村人も全員がイエルを見つめながら、口を閉じて耳を澄ませていた。

 


「それでは次の商品をお見せ致しましょう」


 イエルが合図すると、兵士が今度は畳まれた黒い服をイエルの前に持ってきた。


 イエルがそれを受け取って広げると、魔術師のロープだった。

 イエルは其のロープを羽織ると、前を合わせてフードを被ってから言った。


「このローブはマリウス様の手により“魔法防御”を付与されたローブで御座います。」

 そう言って両手を広げて見せた。


 イエルはアルベルトに向かって言った。

「軍師殿は確か、風魔法を御使いになると聞き及んでおりますが?」


「ああ、中級魔法までなら使いこなせますが」

 イエルは如何にも困ったというような素振りをする。


「中級で御座いますか、それでは少々物足りませんな」

 そう言って辺りを見回すと、ジェーンに目を止めた。


「あなたは確か、アドバンスドの魔術師の端くれで御座いましたな」


「無礼な! 誰が端くれよ!」

 ジェーンは柳眉を逆立ててイエルを睨む。


 イエルが全く意に介さぬ様子でジェーンに言った。

「あなたの上級魔法で、私を攻撃して頂けますか」


「なに馬鹿な事を言っているのよ。そんなローブ一枚で、私の上級魔法を防げる訳無いでしょう」


 ジェーンが呆れた様に言うと、イエルは大袈裟に肩をすくめて首を振った。


「おやおや、あなたの如き三流魔術師が、マリウス様の手で付与されたこのローブに、傷をつけられると本気で思っていらっしゃるのですか」


 ジェーンが真っ赤になって怒鳴る。

「もう許さないはよこのイタチ男! 三流かどうか今思い知らせてやるわ。死んでも知らないから」


 そう言って両手を上に翳した。

 イエルは余裕の笑みで、怒るジェーンを見ている。


 空中に三本の氷の槍が現れた。

 イエルの後ろで見ていた兵士が、慌てて左右に散る。


 だから大人気ないって。


 勿論これはエルザが考えた演出だが、ジェーンには伝えていない。

 イエルの挑発に、嘘みたいに簡単に乗ったジェーに、マリウスは少し呆れていた。


 ジェーンの放った“アイスジャベリン”はイエルのローブに激突し、氷の粒になって砕けた。


「ウソ、私の上級魔法が……」

 ジェーンが愕然と膝を付く。


「ハハハ、とんだ茶番だな!」

 ガルシア達の後ろに並ぶ騎士達の間から、魔術師のローブを着た男が前に出た。


 エルザがにやりと笑う。

 ローブの男は前に出て、膝を付いて頭を垂れるジェーンの横に並ぶと、イエルに向かって言った。


「私はレアの火魔術師ガイア・バーデンだ、そこのヘボ水魔術師に変わって、私が御相手しよう」


 ジェーンが顔を上げてきっ、とガイアを睨むがすぐにまた項を垂れてしまった。


 イエルは、思惑通りにカモが引っ掛ったと内心ほくそ笑んだが、顔には出さずに当惑したようにガイアを見た。


「レアの火魔術師殿で御座いますか、致し方ありませんね、御相手致します。」


 ガイアは右手を前に翳すと、特級火魔法“インフェルノフレーム”を放つ。

「その増上慢をあの世で後悔するが良い!」


 イエルの周りが火柱に包まれ、炎が天高く立ち上る。

 見物する兵士や村人が思わずのけ反って、慌てて後ろに下がった。


 30秒程燃え上がった炎はやがて地面に吸い込まれるように消えた。


 炎の消えた後に、ローブに実を包んだイエルが立っていた。 


「ケホッ、ケホッ。今のは少し煙たかったですね」

 全く無傷のイエルが、ワザとらしく咳をしながら言った。


「バカな、この私の特級魔法が……」

 ガイアが膝を付いて項を垂れる。


 ジェーンが、勝ち誇った顔でガイアを見ているのがよく解らない。


 ガルシアとアルベルトは、苦虫を噛み潰した様な顔でイエルを見ていた。


 イエルはそんな視線を意に介さず、ガルシア達に近付くと、その後ろに居る騎士達に聞いた。


「どなたか弓を使える方はおられますか?」


 一人の兵士が手を挙げて言った。

「私はアドバンスの弓士だが。」


「ほうアドバンスの弓士で御座いますか、それでは当然“遠射”は使えますね?」

 イエルの質問に騎士が答えた。


「当然だ、中級アーツの“遠射”は問題なく使える。」

 イエルは騎士の答えに満足すると、騎士達を見回し、若い騎士に目を止めると言った。


「あなたは弓を扱えますか?」

 騎士は戸惑いながら答えた。


「無論弓は扱えるが、私は剣士なので弓士のアーツは使えない。」


 イエルは兵士の言葉に頷くと弓を持って来ているかと尋ね、二人とも持っていると答えた。


「結構で御座います。それでは御二方は弓と矢をもって東門にお出で下さりませ」

 そう言って自分も、東門に向かって歩き出した。


 アルベルトとガルシアも止む無く後に続いた。


 マリウス達も後に続くと、兵士や村人もぞろぞろと付いて行った。

 

 


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