3―22  プレゼン


「“強化”を施した盾に公爵夫人がユニークアーツを使って罅を入れたのですか」


 イエルの問いにエルザが苦笑して答える。


「ほんの小さな罅をやっとな、私の最強アーツだ。グレータードラゴンを一撃で倒した事もある」


「それでは“物理防御”についてはどうでしょう?」

 マリウスは考えながらイエルに答える。


「多分“物理防御”は“強化”の5倍の魔力と、ゴブリンの魔石よりはるかに強力な中級魔物の魔石を使うので、恐らくエルザ様でも無理だと思います」


 スペシャルギフトの事は言わない。

 おそらく今はギフトと“魔法効果増”のアイテムで相乗効果は5倍近い筈である。

 

 マリウスの言葉にエルザも悔しそうに頷く。

「“物理防御”付の革鎧を着た侍女を、レアアーツでぶん殴ったが全く平気だった。恐らくユニークアーツでも通じまい」


「成程それでは“魔法防御”についても教えていただけますか。」

 イエルは詰め寄るようにマリウスに質問攻めを続けた。


「“強化”は盾その物を壊れないように強化します、剣でも魔法でも盾そのものは壊れませんが、持っている人間に衝撃や魔法の効果は伝わります。“物理防御”は剣や槍、矢や拳の攻撃等アーツも含めて、全ての物理攻撃を防ぎますし、持っている人間にもダメージは在りません、ただ魔法には一切効果ありません。“魔法防御”はその逆で、魔法は一切寄せ付けませんが、剣には全く役に立ちません」


 マリウスがイエルに説明する。

 イエルはマリウスの言葉を噛みしめるように頷くと、マリウスに言った。


「それでは仮にその三つ、“強化”、“物理防御”、“魔法防御”の付与を一つの盾に重ね掛けした場合どうなるのでしょうか?」


 イエルの言葉に、マリウスとエルザが顔を見合わせて考え込む。


「それはまさしく伝説級のアーティファクトに成るのではないか。絶対壊れず、剣も魔法も寄せ付けない。王家の蔵に眠る秘宝にも勝る代物になるかもしれん」


 エルザが少し呆れた様に答えた。

 何を言い出すのだ、このイタチ男は、と云う感じだった。

 

「それで仮に若様は其の三つの付与を掛けた盾を作るのにどれくらいの魔石が必要になって、一日に幾つ位作れるのでしょう。」


「えっと、“物理防御”と“魔法防御”はオークの魔石一つずつ。“強化”はゴブリンの魔石一つで充分です。七つ纏めて付与するとして、今の魔力で一日に77枚は可能でしょう」

 マリウスの返事にイエルもさすがに驚く。


「伝説級のアーティファクトを一日に77枚ですか。最早、凄いを通り越して呆れてしまいますな。御屋形様に若様がやりすぎぬ様見張れと言われた意味がやっと解りました。」


 イエルは出立前にクラウスからも彼是注意を受けていた。


「しかし若様のお力は日々進化されておられる様ですし、我らごときが留められるとも思えませんな」

 イエルは腕を組んで考える。


「木盾だけでなく、鎧の生産なども視野に入れて考えた方が良いかもしれませんね。武具だけでなく色々な商品を扱えるようになりそうですし。」


 イエルはアドバンスドの商人のギフト持ちで、ホルスに見込まれてこれまで、葡萄酒の販売などを取り仕切っていた。


 彼のギフトが、この取引は確実に莫大な利益を子爵家に齎す事を確信した。


「問題はガルシアとアルベルトに、マリウスの付与魔術の凄さをいかにして認めさせるかだな。二人とも付与魔術には懐疑的だからな」

 エルザが溜息を付きながら言った。


「特にガルシアは付与魔術等、何の役にも立たんと言って憚らない頑固者だ。逆にガルシアが認めれば、騎士団に反対する者はおらんであろう」


 エルザの言葉を聞いて、イエルの小さなイタチ耳がぴくぴく動く。


「それではここはひとつ、若様の力を将軍に見せつける為に、派手なプレゼンテーションをかまして度肝を抜くと致しますか」


 そう言ってイエルはにやりと笑った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 広場に在った魔物の遺体は全て片付けられていた。


 アンナの解体屋は、村の料理人のギフトを持つ主婦を二人臨時で雇い、連日夜遅くまで稼働していた。


 アンナはほくほく顔で、連日騎士団に通っている。


 大ムカデは門の外で幾つかに分解され、いらない部分を焼却してエールハウゼンに運び、商業ギルドに売却される。


 運送屋のフリードも三台ある荷馬車をフル稼働させ、魔物の素材をエールハウゼンに運んでいた。


 ファルケもノート村行が無い日は、エールハウゼンに荷を運ぶことになった。

 村の拡張工事の為、コーエンも既に人手を40人程集めていた。


 エールハウゼンから来た職人たちと数日後には工事が開始される。

 静かだった辺境の村が、俄かに活気づいて来た。


 そして村人達はこれから何が始まるのかワクワクしながら広場を見ている。


 既に騎士団のテントや新しく来た職人たちのテントが並んで手狭になった広場に、騎士団の騎士と、見慣れぬ鎧を着た騎士達が並んでいる。


 広場に入れなかった兵士達が、テントの周りや大通りから見物するのに交じって、大勢の村人達も広場を見つめていた。


 娯楽の少ないこの小さな村にとっては、まさに一大イベントが始まるのを、皆が期待して待っていた。


 騎士達を後ろに控えさせたガルシアとアルベルトの前に、小太りの鼬獣人が立った。


 イエルだった。

 マリウスとクルト、エルザが脇に立ってアルベルトとガルシア達を見ている。


「公爵家の方々にはわざわざこの様な辺境の地に足を御運び戴き、誠に有難う御座います」

 イエルは見かけによらぬ良く通るバリトンで語り始めた。


「私は御領主様よりマリウス様の渉外担当を一任された、イエル・シファーです。これからマリウス様の手により付与魔術を施された、アースバルト子爵家自慢の商品の数々を、公爵家の皆様にご覧いただきたいと思います」


 イエルがそう言うと兵士が木盾を持って、ガルシアとアルベルトの前に立った。


 エルザが出てきてその木盾を受け取ると、ガルシアに渡した。


 ガルシアは其の何の変哲も無い木製の盾を片手で受け取るとしげしげと眺めた。


「それはマリウス様の手によって“強化”を付与された木盾で御座います。鉄の盾よりはるかに軽く、そして何百倍も強い魔法の盾で御座います。それではエルザ様」


 エルザが頷くとガルシアに言った。

「ガルシア、盾を構えよ」


 ガルシアは戸惑ったが、エルザの本気の目を見てやむなく盾を構える。

 エルザが拳を腰だめにして理力のオーラを纏う。


 ガルシアは“筋力強化”を発動してエルザに備えた。


 エルザのレアアーツ“剛破竜拳”を、ユニークの槍士ガルシアはわずかに後退したものの、見事に木盾で受け切った。


 ガルシアは自分の持つ木盾を穴の開くほど眺めたが、木盾には傷一つ無かった。


「これが確かに凄い盾なのは認めますが、力の無き者が持てば、到底今の奥方様の一撃には耐えられませんな。」


 エルザはガルシアの言葉を聞くと、にやりと笑ってイエルを見た。

 まさに二人の想定内の言葉だった。


「それでは次の商品に参ります」


 イエルがニコニコしながら朗らかな声で告げると、再び兵士がガルシアの前に同じ木盾を持ってきた


「此方はマリウス様の手によって“物理防御”を付与されし盾に御座います。それではエルザ様」


 エルザは兵士から木盾を受け取ると、それをアルベルトに差し出した。


「私ですか? 私には将軍の様な戦士のスキルは在りません、ご容赦ください奥方様」


 アルベルトは以前エルザが公爵家の付与魔術師が“物理防御”を付与した鉄の盾を、エルヴィンの前で粉微塵にした現場に立ち会っている。


 アルベルトの額に汗が流れた。

「アルベルト私を信じよ。さあ盾を構えよ!」


 再びエルザの周りに理力のオーラが立ち込める。

 慌てて木盾を構えるアルベルトに、エルザが右手を広げて盾に向けて差し出す。


「奥方様! それは!」

 ガルシアが焦った声で叫んだ。


「ひっ!」

 アルベルトが悲鳴を上げて目を閉じる。

 エルザの右手から、ユニークアーツ“龍之咆哮”が放たれた。


 理力の奔流が光になって木盾に激突する。

 眩い光がやがて消えた後、アルベルトは木盾を前に翳して、目を瞑ったままそこに立っていた。


 ガルシアが目を見開いてアルベルトを見た。

 アルベルトは目を開くと、慌てて自分の体中を手で叩いて確認する。

 ガルシアがアルベルトに近づいて、アルベルトと木盾を交互に見比べた。


「何ともありません。何処も傷ついていません」

 アルベルトが信じられないように呟いた。


 木盾を拳で叩かれた位の衝撃があっただけで、後退もしていない。

 総て手に持った木の盾が受け止めた様だ。


 兵士や村人達から歓声が上がる。


「やっぱり若様の魔法は凄い!」


「まさに無敵の盾だ!」


 口々に囃し立てる兵士や村人達の声を聞きながら、ガルシアは無言でアルベルトの持つ傷一つない木盾を見つめていた。


「信じられぬかガルシア」

 エルザがガルシアに言った。


「あ、いえ奥方様。しかし付与魔術にこれ程の力があるとは…」


「信じられなければ己で試してみるが良い。槍は持って来ているのであろう」

 エルザが口角を上げてガルシアに言った。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る