3―21 ケントとルイーゼ
「随分大きな猪ですね」
マリウスは、皆で引きずってやっと広場まで入れた猪を眺めた。
「ああこれでも一応上級魔物だ。まあ私にかかればどうという事も無かったがな。それよりお前の杭にはジャイアントボアもブラディーベアも入ってこられなかったぞ」
「そうですか。キングパイパ―も入れなかったので、どうやら上級魔物にも通用するようですね」
マリウスが嬉しそうに言った。
ガルシアが無邪気に笑うマリウスを見た。
既にあの杭は、この村の1キロ四方を取り囲んでいる。
少年はあの杭で村を広げながら、魔境迄の土地を全て自分の者にしようとしているらしい。
昨夜エルザに聞かされた時は、あまりに荒唐無稽な話に笑ってしまったが、既にそれが決して夢物語ではないことを、ガルシアも認めざるを得ない。
「若様、5匹達成したよ!」
キャロラインがマリウスに手を振る。
「私も後一匹よ!」
キャロラインの後ろでマリリンが言った。
ジェーンは下を向いて無言で歩いて行った。
また駄目だったらしい。
マリウス達の元にイエルとアルベルトが連れ立ってやってきた。
イエルは二人と挨拶を交わすと、マリウスに向かって言った。
「私は御屋形様より若様をお助けし、公爵家様とのお取引を取り纏めるよう仰せ使ってまいりました。つきましては若様と少々相談を致したく思いますので、しばしお時間をいただきたいのですが」
「いいですよ、食事をしながらで良いですか?」
マリウスがそう言うと、エルザがイエルに言った。
「此度の取引の提案をしたのは私だ。その話、私もぜひ混ぜて貰おうか。どのみち私もリザの家で飯を食う予定なのでな」
イエルが戸惑って、マリウスを見た。
マリウスが頷くとイエルはにっこり笑って言った。
「了解致しました。それではグランベール公爵夫人もご一緒にお願いいたします」
そう言ってエルザに頭を下げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウス達は村長の家に戻り、リタとリナもマリウス達に付いて家に帰って行った。
アルベルトとガルシアも一旦宿に戻り、エリーゼとノルンだけが広場に残されて、職人の人達がテントを設営しているのを眺めていた。
「やっぱり辺境の村ってすごいね」
エリーゼが魔物の死体を眺めながら言った。
「こんなのが一杯いる森を開拓とか、本当に出来るのかな」
ノルンが不安そうに言った。
「でも若様、凄く逞しくなってた。未だここに来て十日位しかたってないのに」
「うん、凄く大人びていたね。若様は福音の儀からどんどん変わっていくみたいだ」
ノルンの言葉にエリーゼも頷いた。
「私達も置いて行かれないように頑張らないとね」
ノルンもエリーゼの言葉に頷いた。
「ノルン! エリー!」
東門の方から歩いて来た『四粒のリースリング』の四人がノルンとエリーゼを見つけて手を振った。
「あっちの門の前に、でっかいムカデが置いてあったよ」
「エンペラーセンティピードって言うんだって。俺初めて見たよ、あんなでっかいムカデ」
ヘルマンとアントンが口々に興奮した様子で語った。
「其のでっかい蛇と同じ位あったよ」
オリバーが怖そうに言った。
「へえ、私も見に行こうか」
エリーゼがその気になっている。
「ねえ若様ってさっき一緒にいた子?」
ルイーゼがノルンに聞いた。
「そうだよ、あれがマリウス様だよ」
「未だ子供じゃない、本当にあの子がこのキングパイパ―を倒したの?」
「ああ、騎士の人が言ってたよ、若様が魔法で首を落したって」
ヘルマンが答えた。
「え、マリウス様が魔法で魔物を倒したの?」
ノルンが驚いた様に聞いた。
「うんそれだけじゃなくて、ブラディーベアも真二つにしたし、グレートウルフを一度に30匹くらい倒したって」
ノルンとエリーゼが顔を見合わせる。
マリウスは彼らが思っていたよりも、ずっと先を進んでいる様だった。
「ルイーゼ!」
魔物を運んでいた騎士団の中から、背中に弓を背負った兵士が此方に駆けて来る。
「あれ、ケントさんじゃないか」
「ほんとだ、ケント兄貴だ」
ヘルマンとアントンがルイーゼを見ながら言った。
「ルイーゼ帰って来たのか!」
駆け寄って来たケントを見上げながら、ルイーゼが冷めた声で言った。
「帰って来たんじゃない、領主様に雇われてこの村に仕事に来た」
努めてつっけんどんに答えるルイーゼに、ケントが言った。
「父さんには逢ったか?」
「未だ、今来たばかりよ。別に家族に逢いに来た訳じゃないし」
ルイーゼの態度を無視して、ケントが話を続ける。
「父さんが大怪我をした。村を守る戦いでホブゴブリンの投石を足に受けた」
「えっ!」
ルイーゼの顔色が変わった。
「傷は塞がったが、膝をやられて杖なしには歩けないそうだ、狩人の仕事はもう続けられない……」
ケントの言葉が終らないうちに、ルイーゼが駆けだした。
家の方に向かって駆けていくルイーゼの背中を見ながら、ケントが溜息を付いた。
「全く、困った奴だ」
「ケントさんお久しぶりです」
ヘルマン達に気が付いたケントが言った。
「ああ、ヘルマンか、アントンにオリバーも、お前たち未だ冒険者を続けていたのか」
「はい、一年間冒険者を続けて何とかEランクに上がりました」
胸を張るヘルマンの答えにケントが苦笑した。
「Eランク位じゃ雑用仕事しか回ってこないだろう。村で畑でも耕している方がましだぞ」
「未だこれからだよ、ケント兄貴」
アントンがケントに文句を言う。
「あの、知り合いなの?」
エリーゼがオリバーに聞いた。
「うん。ルイーゼのお兄さんのケントさん、村一番の弓の名人で、五年前に13歳で騎士団の試験に合格してこの村を出て行ったんだ」
エリーゼとノルンを見つけてケントが言った。
「君たちも冒険者かい?」
「いえ、私たちはマリウス様の近習の者です、私はエリーゼ」
「僕はノルンです宜しくお願いします」
二人がケントに礼をする。
「若様の近習を、じゃ君たちが騎士団長の息子さんと家宰様の娘さんか」
「えー、そうだったのノルン、エリーゼ」
ヘルマンが驚いて二人を見る。
「うん、言って無かったっけ。それにしてもケントさん13歳で騎士団に合格するなんて凄いですね」
「そうだよ、ケントさんは俺たちの憧れなんだ」
ヘルマンが得意げにノルン達に言った。
ケントは苦笑して答える。
「俺なんか騎士団の中じゃまだまだ下っ端さ。世の中強い人はいっぱいいるからな」
「そんな事はないぞ、ケントはホブゴブリンとの戦から、魔物狩までずっと討伐数トップだからな、もう弓士隊の隊長格だ。ああ、トップは若様か」
フルプレートメールの兜を外して脇に抱えたニナが、ケントの後ろから声を掛けた。
「あ、ニナ隊長。こいつらは俺と同じこの村の出身で、冒険者をやっている連中です」
ニナがヘルマン達を見回した。
「冒険者はこれだけか?」
「あ、いえ後二組『夢見る角ウサギ』の三人と、『森の迷い人』の四人がいます、僕らは『四粒のリースリング』。今一人家に帰っています」
「私は隊長の一人のニナだ、若様から君たち冒険者の面倒を見る様に言われている」
ニナは西門の方を指差しながら言った。
「あとで皆を連れて向こうの集会所迄来てくれ、全員のジョブとクラス、討伐経験を知りたい。魔物を狩った事はあるか?」
ヘルマン達が、顔を見合わせたがヘルマンが答えた。
「一度グレートウルフを皆で2匹狩ったことがあります。あとは角ウサギかゴブリン位です」
アントンが、並んでいるキングパイパ―やブラッディベアの死体を見ながら、不安そうに答えた。
「あの、俺たちも森に入って魔物狩をするのですか?」
「勿論だ、だが心配するな。我々は若様から無敵のアーティファクトを与えられている。お前たちにも無料で支給する事になっているから安心しろ。早く討伐数を稼いでレベルを上げさせろと若様から言われているから、明日から直ぐ魔物狩に出るぞ」
ニナがそう言って笑った。
「無敵のアーティファクトですか?」
未だ不安げなヘルマン達に、ケントが笑いながら言った。
「絶対に壊れない木盾や、魔物の爪や牙を受けても全然平気な鎧だ。大丈夫、すぐにお前たちも魔物を狩れるようになるさ」
ヘルマン達はもう一度、広場に並ぶ魔物の死体を眺めながら呟いた。
「俺たちが魔物を狩る……」
何時の間にか少年たちは掌を強く握りしめていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「成程、それでその“重複付与“で幾つまで付与を重ね掛け出来るのですか」
「昨日確認したら、三つは出来ました」
「三つも重ね掛け出来るんですか、それは素晴らしいですね」
イエルは丸い大きな目をくるくるさせながら手を叩いた。
既に食事が終って、お茶を飲みながら、エルザと三人で作戦会議中である。
イエルは冒険者ギルドが近隣のギルドから集めたものだと言って、ゴブリンの魔石300個、オークの魔石50個、グレートウルフの魔石40個、ブラッディベアの魔石3個を出した。
マリウスは、近隣から集めてそれだけかと思ったが、とりあえず魔物狩の分と合わせればかなりの付与ができると思った。
イエルは当初はエルザを警戒している様だったが、エルザがこの取引をまとめたがっていると解ると、途端に遠慮が無くなり二人にどんどん質問を始めた。
マリウスとエルザは、マリウスがこれまでやって来たことや、マリウスの能力や使える付与の種類、一般的な付与魔術師との違い等あらゆる情報をイエルに話した。
マリウスが先日クラスアップして、“重複付与“のスキルが使える様になった事も話した。
エルザにも話してなかった内容だったが、マリウスはもうエルザには、ある程度の事は全て話しても良いと思い始めていた。
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