3―20  上級魔物


 飛び出してきたのはキングパイパ―だった。


 咄嗟に動けなかったアルベルトに、キングパイパ―が大きな口を開けて襲い掛かるかに見えたが、杭の手前で止まると慌てて5メートル程後ろに下がり、鎌首を擡 げてアルベルト達を威嚇した。


 もたげた首元や頭に次々とケント達の矢が刺さり、マリウスが“ウォーターブレイド“でキングパイパ―を両断した。


 騎士達も大ムカデを仕留めた様だ。


 マリウスは地面に転がる杭を一本拾うと、笑顔でアルベルトに言った。


「どうやら上級魔物にも“魔物除け”が効いた様ですね」


 アルベルトは信じられないと云う顔をしていたが、マリウスの言葉に頷くしかなかった。


 直ぐに死体を回収する歩兵たちがやって来た。

 デカい長物二つを見て、兵士達がうんざりした顔をした。


 使い道がないならここで燃やしてもいいとマリウスが言ったが、大ムカデの外皮や触覚はギルドが高く買い取ってくれると言って、大ムカデにロープを掛けだした。


 何に使うのだろう?

 大ムカデにはエンペラーセンティピードという大層な名前がついていた。


 回収作業をする兵士達は皆、背中に一本ずつ“魔物除け”の杭を背負っていた。

 上手くいったので次は、もっと運びやすい物に付与しようとマリウスは思った。


 地面に置いた杭を集めて、赤い印のある杭を真ん中に入れてロープで括りなおすと、マリウス達は次の狩場を目指した。


 アルベルトはマリウス達に付いて行きながら、今更ながらにふと疑問を感じた。


 確かに上級魔物すら寄せ付けない杭の効果にばかり気を取られていたが、上級魔物キングパイパ―を仕留めたのはマリウスの水魔法だった。


 マリウス・アースバルトは付与魔術師の筈。


 何故付与魔術師のマリウスが、上級魔物を一撃で倒せるような強力な魔法を放てるのか?


 アルベルトは目の前を歩く七歳の少年の後ろ姿を見つめながら、自分が目撃したことについて考えを巡らせていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ガルシアはブラッディベアで遊ぶエルザを、呆れながら見ていた。


 既に角ウサギやグレートウルフ、キラーホーンディアが矢や魔法、騎士達の剣で全て倒され、全員が杭で囲んだ安全地帯に戻って来ている。


 エルザはブラッディベアの腹に鉄拳をぶち込んで転がすと、安全地帯に戻って来る。


 怒り狂ってエルザを追いかけてきたブラッディベアは、杭の手前5メートルほどで立ち止まって怒りの咆哮を上げるが、中には入ってこない。


 エルザがブラッディベアの顔面にドロップキックを決めて転がすと、馬乗りになってタコ殴りにし再び安全地帯に戻って来る。


 全員がドン引きでエルザを見ていた。


「奥方様、もうマリウス殿の杭の効果は充分解りました故、そろそろ止めを刺しては如何ですかな」

 ガルシアが堪りかねて言うと、エルザが笑って答えた。


「そうか、それでは名残惜しいが、そろそろ終わりにするか」

 そう言って跳び上がると、ブラッディベアの頭を踵落としで砕いた。


 全員がブラッディベアに、心の中で合掌する。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ガルシアは足元の並べられた木の杭に視線を落とした。


 更にキラーホーンディアの角を受け止めても傷一つ無い歩兵たちの革鎧や、ブラッディベアのパンチを受けても小動もしなかった、騎士達のフルプレートメールに目を向けた。


 信じられない、というのが正直な感想だった。


 ガルシアは、付与魔術などは戦いの趨勢を決する物ではないと考えている。

 所詮戦いは強者のギフトを与えられた者達の、力のぶつかり合いによって決まる。


 そこに付与魔術が介入する余地等無いと思っていた。

 そう云う意味ではエルザとは同じ考えで、騎士団の中の、付与魔術否定派であった。


 しかし突然エルザが付与魔術に傾倒してしまった。


 子爵家の跡継ぎ息子が付与した木盾を、何百枚どころか千枚単位で買い取ると言い出したのだ。


 彼は軍政を預かる将軍として、エルザの愚考を止める為に此処に来た。


 ガルシアは自分の目で見た物を、どう解釈するべきか迷っていた。

 自分の信念が揺らぐのを感じていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 二回戦も無事に終わってマリウス達は帰路に着いた。


 6匹の角ウサギと3匹のグレートウルフ、1匹のレッドタランチュラと中級の魔物で、ツインテールキャットという魔法を使う魔物を狩った。


 この山猫型の魔物は、初級の風魔法を使ってきた。


 幸いケントが素早く矢で仕留め怪我人は出なかったが、マリウスは魔法の防御も進めないといけないと思った。


 今日も中級を二体仕留めたケントは、基本レベルが上がったと喜んでいた。


 昨日から歩兵達にも二人、基本レベルが上がった者がいる。

 これだけ魔物を狩り続けていれば、レベルが上がる者も出て来るであろう。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 村に戻ると丁度、エールハウゼンからの職人や増援が着いたところだった。


「マリウス様!」

「マリウス様!」

 エリーゼとノルンがマリウスを見つけて駆けて来る。


「エリー! ノルンも、二人とも来たんだ」


「当然です。マリウス様をお守りするのが僕たちの務めですから」

 ノルンが頼もしい事を言った。


「マリウス様、ゴブリンロードを倒したって本当ですか?」

 エリーゼが話を聞きたがる。


「ハハ、偶々僕が止めを刺すことになっただけだよ」

 マリウスはそう言って笑った。


「マリウス様、お久しぶりです。」


「マリウス様、お元気そうで何よりです」

 視線を向けるとリタとリナだった。


「ああ、二人とも来てくれたんだ。と云うか帰って来たのかな」


「はい、これからは私達がマリウス様のお世話をします」

 二人がそろって頭を下げた。


「マリウス様、なんかすごく逞しくなってません?」


 エリーゼがマリウスの体を見回しながら言った。

 リナも頷いている。


「此処の所、毎日魔物狩をしているからね。少しは鍛えられたかもしれないな」


「えっ、マリウス様が魔物狩ですか?」


 ノルンとエリーゼはやっと後ろの広場に、魔物の死体が並んでいるのに気が付いた。


「ひっ!」

 リナがキングパイパ―の切断された頭を見て、口に手を当てて悲鳴を堪えている。


 大ムカデは気持ち悪かったので、中には入れず東の門の前に置いてある。

 リナに見せなくて良かった。卒倒してしまうかもしれない。


 エリーゼとノルンが、魔物の死体が並んでいる広場を眺めながら、呆然としていた。


「これ、マリウス様が狩ったのですか?」

 ノルンが信じられない様子でマリウスに聞いた。


「僕だけじゃないよ、皆で狩ったんだ」


「私も狩に行きたい」

 エリーゼが目をキラキラさせながら言った。


 彼女はマリウスがあげた木剣を、腰に差していた。


「此処に居れば幾らでも行けるよ。それよりずいぶん沢山連れて来たね。あの人たちは?」


 マリウスは続々と西の門から入って来る人達を見た。

 ノルンが説明してくれた。


「あの人たちは、これから村作りをする職人の人達が47人、御屋形様が新しく雇用した冒険者が11人。後は……」


 集団の先頭にいた二人の大人が、馬を降りて此方に歩いて来た。


 二人はマリウスの前で片膝を付いた。


「マリウス様、家宰様よりマリウス様の補佐を命じられた、イエル・シファーで御座います。何なりとお申し付けくださいませ」


「同じくマリウス様の補佐を命じられた、レオン・キミッヒで御座います。宜しくお見知りおき下さいませ」


「うん。宜しくお願いします」


 イエルは顔の頭の後ろの方に、小さな耳が付いている。

 どうやら鼬獣人らしい。


 30代後半くらいで、背は低くちょっと太っていた。


 レオンは20代後半位に見える。

 金髪をきちんと撫で上げた感じが、神経質そうに見える。


 マリウスが二人と挨拶をしていると今度は東の門の方でざわめきが聞こえて来た。


 どうやらエルザ達が帰って来た様だ。

 後ろから兵士達が小屋位あるデカい猪をロープで引っ張っていた。


「ジャイアントボアか、あれだけデカいのは珍しい」

 何時の間に来たのか、マリウスの後ろにアルベルトが立っていた。


「失礼しました。グランベール公爵家からの使者アルベルト・ワグナーです」

 アルベルトがイエル達の前に立った。


 イエルがニコニコしながら、アルベルトの前に出る。


「イエル・シファーと申します。この度御屋形様より、公爵家様との交渉を仰せ付かりました」

 そう言ってアルベルトに頭を下げた。


 アルベルトはイエルをそれとなく値踏みしながら、柔和な笑みを浮かべて言った。


「お手柔らかにお願いします」


 エルザが此方の方に歩いてくる。

 ガルシアも一緒だ。


「どうやら援軍が来たようだな」

 エルザが集まった人たちを見てそう言った。


 とりあえずレオンが皆を指揮して、テントの設営を始めた様だ。

 これから村を拡張して、家を作る作業が始まる。


 村からも、コーエンが声を掛けて、40人程人手を集められるそうだ。

 やっと村作りがスタートできるわけだ。


 それまでは冒険者たちも、テント暮らしをして貰う事になる。

 

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