3―19  辺境伯家の依頼


 エレーネは無言で肩を竦めた。


「理由は、まあ聞かないでおこう。あんたを匿うのは構わない。でも無償でとはいかない、それなりに働いて貰いたい。そこの二人の護衛も一緒に」

 そう言って三人を見回した。


「魔境に行く話なら遠慮したいのだが」

 エレーネがぼそりと答えた。

 

 シェリルは顔を顰めて言った。

「何だ知っているのかい、安心しなあの話は暫く延期さ。あんた達にやって欲しい仕事は要人警護だよ」


「要人警護、誰を警護するのさ?」


 ヴァネッサがシェリルに尋ねた。

「隣のアースバルト子爵領の、エールハウゼンの教会司祭が行方不明になっちゃたらしいのよ。あんた何か心当たりがある?」

 

 シェリルが探るような眼でエレーネを見た。

 エレーネは無言で首を振る。


「それでね、代わりの司祭が来ることになったのだけど、誰だと思う」

 シェリルは、三人の反応を見る様に視線を向けた。


「本国からエルシャ・パラディが来ることなったそうなの」


 エレーネが眉根を寄せる。ベアトリス達も息を吞んだ。


「まさか僕たちが、エルシャの警護をするのかな?」

 ヴァネッサの質問にシェリルが笑いだす。


「そんな訳ないじゃない。うちの嫁とエルシャの事はあんた達も知っているでしょ」

 そう言ってシェリルが溜息を付く。


「実は私も困っているんだわ。エルシャがエールハウゼンに来るって言ったら、自分もエールハウゼンに行くって言いだして聞かないの。妹と決着を付けたいみたいね」


「つまり私達に、エルマ・シュナイダーの護衛をしてエールハウゼンに行けという事ですか」

 ベアトリスが言った。


「そう、明後日子爵家から使者が来るの。恐らく魔石購入の話と、エルシャに関する言い訳に来るのね。子爵家は関係ありませんって。それでね、そん時に魔石を売る交換条件を出そうと思っているの」


「交換条件?」

 エレーネがシェリルの顔を見る。


「そう、真・クレスト教教会もエールハウゼンに作らせろってね。子爵家もいい迷惑だろうけど、嫁があんなに思い込んでいたらしようがないかなって」


 シェリルの言葉にベアトリスが少し呆れた様に言った。


「何か家庭の事情みたいに言っているけど、それかなりヤバい話じゃないですか。子爵領で宗教戦争でも始める気ですか」


 シェリルはないないと云う様に手を振ると言った。


「そんな事にならないようにあんた達を雇うのじゃない。あちらはどうやら、王都のギルド本部を抱き込んで、エールハウゼンやこのアンヘルの冒険者を集めようとしている。エルマに何かあったら、さすがにうちも動かざるを得ないからね」


 そう言ってシェリルは、凄みのある笑いを浮かべた。


「それで私達三人だけで、トラブルを起こさないようにエルマを守れと?」

ベアトリスが呆れ顔で言った。

 

「三人じゃないわよ、『白い鴉』にも召集を掛ける。既にクランは承諾済みよ。ユニーク二人にレア六人いれば、大概の事は何とかなるでしょ」


 シェリルが気楽に言う。


「私はエールハウゼンで顔が割れているので無理だ」

 其れまで黙って聞いていたエレーネが口を開いた


「勿論知ってるよ」

 そう言ってシェリルは執務机の引き出しから細長い箱を取り出すと、エレーネの処まで歩いて行き、それをエレーナに手渡した。


 エレーネが箱を開くと、中にペンダントが入っていた。


 飾紐に銀の細工が付いている。

 細工には大きめの魔石が嵌めこまれていた。


「付けてみな」

 シェリルに言われてそれを首に掛けた。


「ウソ! エレーネちゃん別人?!」

「年も10位若くなった! 僕もそれ欲しい!」


 ベアトリスとヴァネッサが驚いて騒いだ。


「変身のアーティファクトよ、“鑑定妨害”、と“探知妨害”も付いているわ。あなたに上げる」

 そう言ってシェリルは執務机に戻った。


「どう? 仕事の依頼、受けてくれるわね」

エレーネは少し考えてから、ゆっくりと答えた。

「受けてもいいが、一つ条件がある」


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「いいですか、よく聞いてください。森の中に入って魔物を寄せる場所と隠れる場所を決めたら、この束を解いてください」


 マリウスが括りなおした束を指差して言った。


 マリウスは東の門の前で、サクサクと、二本の赤い印の付いた杭に“魔物寄せ”を付与すると、それを“魔物除け”を付与した杭の真ん中に入れて括り直して貰った。


「解いたら、一人が赤い印のある杭を、魔物を寄せる所に置いて来て下さい。その間に他の人は隠れる場所の周りを、残りの杭で囲んで下さい。別に立てなくても地面に置くだけで良いです。間隔は10メートル以内でお願いします」


 そう言って皆を見回した。

 今日は二班に分かれて森の中に入る。


「これは魔物除けの効果を確認する実験も兼ねています。チャンスがあったら魔物に隠れている場所を、故意に襲わせてください」

 

 マリウスとクルト、ケントと四人の弓士、火魔術師のブレンと、水魔術師のバナード、フェリックスと四人の騎士にダニエルと歩兵が六人にアルベルトが付いて一チーム。


 エルザと三人娘、四人の弓士と風魔術師のベッツィー、ニナとオルテガに三人の騎士と七人の歩兵に、ガルシアが同行する。


 アルベルトは人数が少ないのに驚いている。


 騎士達も同行したいと言ったが、隠れて魔物を待ち伏せするのに、そんなに連れてはいけないと断った。


 アルベルトは歩兵の革鎧を一つ貸してある。


 「今日こそこの鎧の力をお見せします」

 フェリックスのやる気が凄い。


 森に手前まで歩いて行くと、既に東側の杭打ち作業が始まっているのが見えた。

 杭打ちが終ればざっとゴート村の一キロ四方が、安全圏になる。


 森の手前で南と北に二手に分かれて、森の中に入って行く。

 マリウス達は南側に1キロ程進んでから森に踏み入ると、開けた場所を見つけた。

 

 魔物を寄せる場所に決めて周囲を見回し、200メートル位先に適当な茂みを見つけて、杭の束のロープを解く。


 赤い印のある杭をクルトが持って、開けた場所まで走って持っていった。


 マリウス達は残った杭を、茂みの周りを丸く囲むように並べていく。

 アルベルトがマリウス達の行動を怪訝そうに見ている。


 クルトが戻って来て皆で身を伏せて隠れていると、ダニエルが正面を指差す。

 暫く待つと、森の中から二本足で立つ魔物が三体現れた。


 ホブゴブリンかと思ったが、二本足で歩く魔物は、全身が灰色の毛で覆われている。


 地面に着きそうな長くて太い腕が不気味だった。

 中級の猿型の魔物、キラーエイプだった。

 

 背丈が2メートル位あり、太い腕で殴られると、人間の首がとんでしまうという怪力の魔物である。


 キラーエイブは周囲を警戒しながら、杭の周りに集まった。

 杭に触ろうとして動きを止める。


「左手からデカいのが来ます」


 左側の茂みから現れた魔物の姿を見て、マリウスは其の悍ましさに鳥肌が立った。


 森から出てきたのは大きなムカデだった。

 無数の脚をざわざわと動かして、蛇行しながらキラーエイプに迫る、体は黒っぽい紫色で頭と足は赤い色をしている。

 

 頭に不気味な赤い触覚が二本伸びていた。


 なかなか尻尾の方が森から出てこない。

 10メートル位ありそうだ。


 マリウスは帰りたくなってきたが、クルトに合図した。

 ケント達が矢を放つ。


 騎士と歩兵がいつもの様に跳び出し、マリウスとブレン、バナードが後に続く。

 アルベルトは弓士達と茂みに残った。



 やはりケントの放った“貫通”を乗せた矢以外は、大ムカデの外皮に弾かれた。


 マリウスは、キラーエイプは騎士達に任せ大ムカデに“ストーンランス“を三本放った。


 石の槍が大ムカデを貫いて地面に縫い留める。


 ブレンの“ファイアストーム“でムカデの体が炎に包まれた。


 キラーエイプはマリウス達に向かって両手を振り上げて襲ってくる。

 バナードの“アイスカッター“に一匹のキラーエイブが右腕を切り落とされた。


 未だ闘志を見せるキラーエイプの額に、ケントの矢が突き刺さる。


 フェリックスがキラーエイプの正面に立つ。

 槍は左手に持っていた。


 キラーエイプの右手が、風を斬る音をさせながら、面を降ろしたフェリックスの頭を薙いだ。


 兜でキラーエイブのラリアットを受けたフェリックスは、小動もせず右手でキラーエイプの顔面を殴った。


 ガントレットのスパイクが、キラーエイプの顔面を切り裂く。


 血を流して後ろによろけたキラーエイプの喉を、フェリックスの槍が貫いた。


 キラーエイブの鋭い爪のパンチを肩口で受けた歩兵は、其の侭剣をキラーエイプに突き刺す。


 横にいた騎士が、槍で胸を付いて止めを刺した。


 マリウスは炎に巻かれてのたうつ大ムカデに、更に“ストーンランス”を放って頭を地面に縫い付けた。


 大ムカデが体をよじり尻尾の部分が出てきた。


 体長は10メートル程あった。


 後ろにも不気味に動く赤い長い触覚があり、体を折り曲げて群がる騎士達をけん制するが、騎士達は剣や槍を硬いムカデの外皮に突き立てる。


 勝負がついたと思ったアルベルトの横の茂みが、ガサガサと音立てた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る