3―18 公爵家の使者
ジェーンはマリウスの前に來ると、腰に手を当てて薄い胸を張り、ドヤ顔で言った。
「私も一匹狩ったわよ!」
荷車の上のグレーターウルフだったらしい物を指差した。
どうやら“アイスジャベリン”を三本受けたらしいグレートウルフは、皮も肉もぐしゃぐしゃだった。
中級魔物に上級水魔法の三連射とは、何て大人気ないんだろうと思いながら、マリウスがジェーンに言った。
「次はもっと綺麗に仕留めて下さい。これでは売り物になりません」
あんたに言われたくないわよとか喚いているジェーンを無視して、荷台の上を見ていく。
勿論角ウサギも六匹いた。
広場には未だ午前中の獲物がそのまま残っている。
連日の大漁でアンナの店の解体屋の作業が間に合ってないらしい、処理が早い角ウサギだけ持って帰って行った様だ。
マリウスも角ウサギの肉は大好きなので、村に大量の角ウサギの肉が出回るのは、大歓迎である。
兵士達が毒のある毛に気を付けながら、レッドタランチュラを荷車から降ろすのを見ていると、西の門の方から騎馬の一団が近づいて來るのが見えた。
先頭に魔術師のローブの様なものを纏った若い痩せた男がいる。
隣に将校の軍服を着た、がっしりとした背の高い白髪の男がいた。
後ろに8人の騎士と、二人の魔術師らしいフードを被ったロープ姿の者が続いている。
エルザが前に出ると全員が馬を降りて片膝を付いた。
「遅かったなアルベルト、ガルシアも一緒か。」
「お召しにより参上仕りました。お怒りの御当主様を宥めるのに少々時間が掛かりまして御座います」
エルザがふんと鼻を鳴らすと、後ろに居るマリウスを二人に紹介した。
「これがクラウスの息子のマリウスだ」
マリウスは二人の前に出るて言った。
「初めまして。マリウス・アースバルトです。」
アルベルトはマリウスを眼鏡の奥の油断のない目で見ながら答える。
「私は公爵家の軍師アルベルト・ワグナーです、宜しくお願いいたします」
軍師と云うのは激レアのギフトらしい。
歴史上にも数人しかいなかったそうだ。
「公爵騎士団将軍、ガルシア・エンゲルハルトだ、マリウス殿、以後お見知りおき下され」
そう言って手を差し出すガルシアと、マリウスは握手した。
マリウスの手など捻り潰せそうな、分厚いごつごつした大きな手だった。
二人は広場に並べられた魔物の死体を見て少し驚いた様だ。
「これは?」
ガルシアがエルザを見て行った。
「なに、お前たちがなかなか来ないので、皆で暇つぶしに森に魔物狩に言ってきたのだ」
エルザがピクニックに行ってきたと云う感じに答えた。
ブラッディベアにレッドタランチュラが二匹、十数匹のグレートウルフとヴェノムコブラ、ちょっとしたハザードだった。
「これを今日一日で狩ったのですか?」
アルベルトが疑い深そうに聞いた。
「ああ、マリウスの新しい鎧の実験も兼ねてな」
エルザがにやりと笑いながらいった。
「新しい鎧ですか?」
アルベルトの表情が、探る様に少し険しくなった。
ガルシアの視線も鋭くなる。
「まあその話はあとだ。皆宿で旅装を解くが良い。直に飯だ」
エルザがはぐらかす様に笑った。
宿には何とか全員泊まれた。
食事はリザたちと村の婦人たちが手伝って、宿の食堂で取る事になった。
此の宿は元々老夫婦が二人で営んでいた宿で、こんな辺境の小さな村に来るものは行商人位しかいない。
騎士団の隊長達が泊まっていたが、食事は騎士団のテントで、兵士達と一緒に摂っていた。
12人もの賓客をもてなす料理など作った事はないので、リザたちが来てくれて助かった。
クレメンスがアンナの店に手配して食材は持ち込んであったので、それなりに豪華な夕食を出すことが出来た。
「明日も魔物狩に出かけるのですか?」
アルベルトがマリウスに尋ねる。
「ええ、明日の昼にはエールハウゼンから担当の者が来ます。お話はそれからという事で、僕たちは引き続き魔物狩を進めていこうと思っています」
マリウスがお茶を飲みながら言った。
食事を終えた後、お茶を飲みながら歓談しているとこれである。
騎士達は未だ飲みたりない様で葡萄酒の杯を呷っている。
こちらからは、クルト、ニナ、フェリックス、オルテガ、クレメンスが出席していた。
食堂が広くて助かったとマリウスは思った。
明日の朝早く、自分を補佐する物達と、村作りの工事をする職人たち、長期雇用した冒険者等が早朝エールハウゼンを発ち、昼にはここに着くとクレメンスから教えられた。
マリウスは自分で交渉しなくて済みそうなので、気持ちがかなり楽になった。
明日は思い切って森の中に踏み込んでみようと考えている。
杭の方も明日には、完全に村の周囲を囲めるとクレメンスから報告があった。
明日は機会があれば、杭が上級以上の魔物に通用するか、確認したいと考えている。
「奥方様も一緒に行かれるのですか」
アルベルトがエルザに聞いた。
「勿論私も行く。村で留守番などしていてもつまらん、マリウス君に付いて行った方が色々と楽しませてくれるからな」
エルザは当然参加している。
三人娘は遠慮した様だ。
「それでは我らもご一緒しても構いませんかな」
ガルシアがマリウスに尋ねた。
柔和な表情をしているが、眼光は鋭い。
「それは勿論構いませんが、危険ですよ」
マリウスがそう言うと、ガルシアは軽く笑って答えた。
「お気遣いは無用。それなりに手練れを揃えて来ておりますので、お役に立たせていただく」
「あ、それではお願いします、明日は森の中に入ってみようと考えています」
恐縮するマリウスの姿をさりげなくアルベルトは観察する。
多少大人びた所作をするが、どう見てもただの七歳の子供だった。
一体エルザは彼の何処にひかれてこれ程入れ込んでいるのだろうか。
先程見た狩の成果は確かに驚いたが、150人以上の兵士が駐留しているのだから、公爵家の騎士団でも充分可能だ。
「森の中に入るのか。それでは更に強い魔物に出逢えるかもしれぬな」
エルザが楽しそうに言った。
「奥方様、そろそろベルツブルグの城に帰られては如何ですかな。御屋形から私の処に連れ戻せとの催促が、日に何度も来ておりますが」
ガルシアが、楽し気にするエルザに苦々し気に言った。
「放っておけ、あのように城に籠っていては、他家に後れを取るばかりだ」
エルザが掌をひらひら振って葡萄酒の盃を煽った。
「そう言えばリーベンで、面白い噂を耳に挟みました」
アルベルトが思い出したように話始めた。
「辺境伯軍が魔境で大敗し、逃げ帰ったという噂です」
エルザが酒杯を持つ手を止めて、アルベルトを睨んだ。
「誠か、その噂?」
アルベルトが首を振る。
「解りません。今のところは只の噂です。出所はどうやら冒険者ギルドのようで御座います」
「冒険者ギルドか」
ギルドの連絡網は早い。
特殊な情報伝達があるらしく、国内だけでなく大陸中に情報網を広げている。
「これは我らにとって好機なのでは」
アルベルトがエルザに言った。
「解らんな、エルヴィンの腰がまた引けるかもしれん」
そう言いながらエルザの口角が上がっている。
ガルシアは、エルザが宰相のロンメルと謀って、公爵家騎士団に魔境の探索をさせようとしているのは当然知っていた。
軍師のアルベルトも乗り気で、二の足を踏むエルヴィンを説得しているのも知っていた。
もしその時が来れば、自分の軍に動いて貰いたいと二人から打診もされていた。
それが此処に来てエルザは、其の任にアースバルト子爵家を加えると言い出した。
ガルシアはその理由が、おそらく目の前で、自分たちの話を眠そうに聞いている少年であると考えていた。
公爵家にとっても大きな決断になる案件を七歳の少年に賭けるなど、エルザの正気を疑ってさえいた。
自分の目で見極める。
ガルシアはそう決意して此処に来た。
△ △ △ △ △ △
「ロンメルから手紙を受け取ったよ」
シェリルが口元に笑みを浮かべて言った。
アンヘル城の中である。
冒険者ギルドで受け取った辺境伯家の家紋で蝋封された手紙には、仕事を頼みたいので会いたいとしか書かれてなかった。
署名はシェリル・シュナイダー。
辺境伯の祖母にして後見役、辺境の魔女と呼ばれる伝説の魔術師だ。
ロンメルからの紹介もあるし、仕事を受ける、受けないはともかく、一度会ってみる必要はある思い、ギルドに承諾を伝えると、翌朝城から迎えの馬車が来た。
謁見の間ででも対面するのかと思ったら、明らかにシェリルの私室らしい部屋に通された。
シェリル・シュナイダーはどう見ても20代にしか見えなかった。
昔見た資料だと今年67才の筈だが、年をとらないという話は本当らしい。
執務机の椅子に座ったままのシェリルは、目の前の豪奢なソファに三人を座らせると、机の上の手紙を見える様にひらひらさせながらそう言った。
ベアトリスは緊張しているが、ヴァネッサは興味深々と言った顔で、シェリルを見つめている。
「教会に追われているのだってね。認証官エレーネ・ベーリンガー」
そう言ってシェリルは、愉快そうにエレーネを見た。
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