3―17  アルベルトとガルシア


 ヴェノムコブラという中級の魔物だった。


 広がった頭を羽代わりにして30メートルも跳躍し、猛毒の在る牙で獲物をしとめるヴェノムコブラは、中級でもかなり厄介な部類に入る。


 森から出てきたヴェノムコブラは11匹いた。


 マリウスがクルトに合図を出す。

 五本の矢が放たれると、騎士と歩兵が跳び出した。

 

 魔術師とマリウスが後を追いながら魔法を放つ。

 ケントとマリリンの“的中”を乗せた矢が、二匹のヴェノムコブラの頭に突き刺さった。


 ジェーンの放った“アイスカッター”二発は、ヴェノムコブラが素早く跳んで避けられた。


 ジェーンが地団太を踏んで悔しがる。


 ベッツィーの“サイクロンブレード”や、バナードの“アイスカッター”、マリウスの“ストーンバレット”の連射、ブレンの“ファイアーボム”で角ウサギは次々と倒されていくが、ヴェノムコブラは頭を広げて飛び回り魔法を避けていく。


 騎士と歩兵がヴェノムコブラの群れに斬りこみ、9匹のヴェノムコブラは一斉に飛んで騎士と歩兵に襲い掛かった。


 キャロラインとオルテガが“瞬動”で一気に距離を詰め、空中のヴェノムコブラの頭を“羅刹斬”で切り裂き、“連突き”で貫いた。


 クルトは自分に食らいつこうとするヴェノムコブラの頭を、大剣で上段から叩き落とした。


 歩兵や騎士の鎧の肩口や腕に喰いついたヴェノムコブラは、全くダメージを受けていない兵士達に喉を剣で突き上げられ、胴を切り裂かれ次々と倒されていく。


 毒の在る牙を革鎧が通さなかったようだ。


 胴を切り裂かれても、口を開いて威嚇するヴェノムコブラの頭に兵士達が、剣や槍を突き刺して止めを刺す。


 キャロラインが駆け戻って来て言った。


「これで三匹目よ!」


「私も二匹目!」

 後ろからマリリンが大声で怒鳴った。


 エルザは中級魔物しかいなかったので、終始手を出さずに見ていただけだった。


 下を向いたジェーンの肩がわなわなと震えている、マリウスは見なかったことにして木片を燃やすと、更に南に歩いて行った。



 南の山の麓近く迄来ていた。

 ミラ達が襲われたのと反対側の斜面になる。


 マリウスは山の茂みに兵を伏せさせて、森との中間に付与した木片を置くと後をクルトに任せてエルザと村に帰る事にした。


 公爵家の軍師と将軍を迎える為である。


 途中フェリックス達の処に寄ると、フェリックスが無念そうな顔で言った。

「だめです、一匹も現れません」


 マリウスは笑って、日が暮れる前に印のある杭を燃やして帰るように言って、村に向けて歩き出した。


 実験はうまくいった様だ。

 これでマリウスが付いて行かなくとも、“魔物寄せ”を付与した杭を何本か纏めて造り、狩りをするチームを数班作って送り出す事が出来る。


 一気に魔物狩が加速する事になる。

 自分の計画が順調に進んでいることにマリウスは満足した。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「あれはいったい何をしているのだ?」


 ガルシア・エンゲルハイト将軍は、隣で馬を並べて進む軍師のアルベルトに聞いた。


 下りの坂を馬でゆっくりと進んでいた。

 遠くの方に目的地のゴート村が既に見えてきている。


 200メートル程先に、6人の兵士達がいるのが見えた。

 道の傍らに荷車を停め、何やらやっている様だ。


 一人の兵士が地面に木の杭を立てると、もう一人の兵士が大槌で杭を叩いて、地面に打ち込んでいく。


 二人の兵士がロープをもって距離を測るとまた次の杭を打ち始める。


「杭を打っているようですね」

 アルベルトが戸惑いながら答える。


「そんな事は見ればわかる。何故杭を打っているのかと聞いている」

 ガルシアの言葉にアルベルトは首を捻った。


 杭は遥か先まで道の両脇に並んでいる。

 恐らく村まで続いているのであろう。


 兵士達がアルベルト達に気付いて、全員が立ち上がって此方を見た。


 アルベルト達は騎士8人魔術師2人を護衛に連れてこの地に訪れている。 

 人数は少ないがガルシアの軍の中でも精鋭達である。


 兵士達は直ぐに、先頭の騎士が背負う旗指物の、鷲をかたどった公爵家の紋章に気付き、沿道の端に避けて膝を付いた。


 騎士達が傍らにいる兵士の前を通り過ぎようとしたが、ガルシアが兵士の前で馬を停めた。


「何の為の杭を打っている?」


 ガルシアが道の傍らに片膝を付いた兵士達に尋ねた。


 兵士達は一人だけ鎧は纏わず将校の軍服を纏った、明らかにこの一団の指揮官と思えるガルシアの言葉に、顔を見合わせていたが、直ぐに年嵩の兵士が答えた。


「魔物を寄せ付けぬ為に御座います」

 ガルシアが重ねて聞いた。


「其の杭で魔物を寄せ付けぬように出来るのか?」


「これは若様が“魔物除け”を付与した杭です」

 兵士の返事にアルベルトが眉を顰めた。


 数年前に王都で、アドバンスドの付与魔術師が営むと云うアーティファクトの店を訪れた事が有る。


 安っぽいネックレスを見せられ、これには“魔物除け”が付与してあると、その付与魔術師が得意そうに言った。


 それを付けていると低級の魔物が寄り付かなくなると言い、彼は店の奥に連れて行くとそこに置いてある鉄の檻を指差した。


 檻の中には角ウサギが3匹いた。


 彼がそのネックレスを手で翳して、檻に近づいていくと、檻から1メートル程迄近づいた処で、角ウサギがじりじりと後ろに下がり出した。


 付与魔術師はその子供騙しなアーティファクトを、特別に70万ゼニーで売ると言った。


 アルベルトは、鼻で笑って店を出た事を覚えている。


 杭は道の両脇に10メートル程の間隔で打ち込まれている様だ。

 これでは低級の魔物でもすり抜けてしまうのではないか?


 ガルシアは、考え込むアルベルトにちらりと視線を走らせると、兵士達に礼を言って馬を進めた。


  △ △ △ △ △ △


 昨夜『白い鴉』の五人と別れた後、エレーネはヴァネッサ達が定宿にしている宿に泊まった。


 今日はダンジョンで仕事をする為の冒険者登録をしに、ギルドに向かっていた。


 ヴァネッサとベアトリスの後を歩きながら、エレーネは自分達を見つめる視線を感じた。   


 “索敵”を常に働かせているが、相手を見つけられなかった。

 恐らく“探知妨害”のアーティファクトを持っているのであろう。


 エレーネは周囲にさりげなく視線を走らせるが人が多すぎてわからなかった。


 アンヘルの冒険者ギルドはさすがに大きかったが、王都の冒険者ギルド以上の広さの建物の中には、思ったよりも人が少なかった。


 広いロビーにざっと見回して20人くらいの冒険者が4.5人で固まって何か話をしている。


「『オーガの牙』」の5人も全員死んだらしいぜ」


「あいつらBランクに上がったばっかりだったのに気の毒に」


「クエストに応じた253人のうち、帰って来たのは21人だってよ」


「参ったな、俺『セレーンの黒豹』のハイドに金を貸したままだ、このクエストの報酬で返すと言っていたのに」


 聞こえてくるのは、昨夜ケリーから聞いた辺境伯軍の、魔境進出失敗に関する話題の様だ。


 エレーネは、開いているカウンタの一つに向かうと受付に言った。


「此処のギルドに登録したいのだが」

 そう言って身分証を女性職員に出した。


 ネコ獣人らしい30代位の女性職員はエレーネの身分証を確認した。


「エリナ・プロミス、Cランクの風魔術師ね、ヴァイマルとはずいぶん遠くから来たのね」


「リリー、エリナは僕たちのパーティーメンバーなんだ、おかしな子じゃないのは僕が保証するよ」


 ヴァネッサがエレーネの後ろから女性職員に声を掛けける。


「ヴァネッサ、また戻って来たの、ベアトリスも一緒?」

 リリーと呼ばれたネコ獣人の職員が、ヴァネッサを見て驚いている。


「ここにいるよわよ」

 ヴァネッサが向こうからリリーに手を振った。


「腕の良い冒険者が戻って来てくれると助かるわ。ちょっと困った事が在ってね」

 リリーが顔を顰めて言った。


「聞いたよ、辺境伯のクエストで大勢死んだんだって」


「そうなの、今朝ギルマスがお城に呼ばれて、青い顔で飛んで言ったわ」

 リリーはそう言いながらエレーネの登録書を作っている。


「あれ、エリナ・プロミスさんあなた指名依頼が入っているわ、ヴァネッサあんた達も一緒よ」


 リリーが驚いてエレーネ達を見る。


「僕ら昨日の夕方アンヘルに着いたばかりだよ。誰からの指名依頼代だい?」


 リリーは封筒を二人の前に出した。

 ベアトリスも後ろから覗きに来る。


 リリーは三人に言った。

「御領主様からの指名依頼よ」


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 村に戻ると将軍達は未だ、到着していない様だった。


 一様隊長達に頼んで宿を開けて貰っている。

 20人くらいは泊まれるはずだ。


 それで入りきれない様ならテントに寝て貰う。


 リザは構わないと言ったが、公爵家の使者と同じ屋敷で寝るのは、あまり気が進まなかったので、食事だけお願いした。


 やむなく再びミラの工房に行き、新たに出来た500本の杭の束に“魔物除け”を付与して戻って来た。


 広場に来ると、ちょうど東門からクルト達が帰って来るところだった。

  

 フェリックス達も一緒にいる。


 荷車の上に赤い物が見えた。

 またレッドタランチュラだった。


 マリウスは蜘蛛も蛇も苦手だったので、今日の狩はテンションがだだ下がりだったが、レッドタランチュラの硬い皮やとげとげの毛は、ギルドが高く買い取ってくれるらしく、ヴェノムコブラの肉は人気がある高級品だそうだ。


 グレートウルフが六匹もいた。

 やはり未だあの辺りには、かなりのグレートウルフが潜んでいる様だ。


 皆の中からジェーンが此方に駆けて来た。

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