3―16 イエルとレオン
広場の方に戻ると、エルザ達が帰っていた。
狩の成果が広場に並んでいる。
驚いた事に五匹の角ウサギや四匹のグレートウルフと一緒に、昨日より一回り小さいが、全長3メートルを超えるブラッディベアが並んでいた。
ブラッディベアの毛皮には傷一つない。
エルザがタコ殴りにして倒したそうだ。
騎士達が若干引いている。
「昨日の損害を半分ぐらい回収してやったぞ」
エルザがドヤ顔で言った。
損害って。
「またグレートウルフ倒したよ」
キャロラインがそう言うと、マリリンも手を挙げて言った。
「私も一匹倒したよ。これであと四匹ね」
ジェーンだけ下を向いている。
マリウスが生暖かい目で見ると、キッと眉を吊り上げたが、すぐそっぽを向いてしまった。
実験は午後から再開という事で、マリウスは一度屋敷に戻る前に、クリスチャンに頼まれていた“発熱”の魔石を作る事にした。
騎士団のテントが張られている広場は、ゴブリンロードとの戦いのとき、“防寒”を付与してあったので、夜になっても寒くは無いのだが、お湯を沸かしたりするのに便利なので、“クリエイトコンテナ”で作った土の箱に“発熱”を付与した石を5つ程入れた物を十か所置いてあった。
それを見て、欲しいという村人からの要望をクリスチャンが伝えて来ていた。
この村ではほとんどの家が未だ、薪や炭で暖をとったり炊事をしているので、“発熱”の石が役立つ様だった。
既に手ごろな大きさの石は、クリスチャン達が集めて積み上げている。
マリウスは、“クリエイトコンテナ”で土の箱を200個作ると、今度はホブゴブリンの魔石2個で10個ずつの石に“発熱”を付与して行った。
村人達が集まって来て、土の箱に2個ずつ石を入れて持って帰って行く。
400個の石に次々と“発熱”を付与していった。
礼を言って帰っていく村人達を見送ってマリウスは館に戻った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
レオンは家宰のホルスの執務室にドアをノックして入ると、先客がいる事に気付いた。
イエル・シファーがホルスとソファーで対面に座っていた。
遠慮して出て行こうとしたレオンを、ホルスが引き留めた。
「お前を待っていたのだレオン。入れ」
そう言ってホルスはイエルの隣を指した。
レオンは仕方なく扉を占めて中に入ると、軽く頭を下げてイエルの隣に座った。
鼬獣人のイエルは直接仕事に絡むことは少ないが、彼の上役であった。
「お前たちを呼んだのは他でもない。既に聞き及んでおると思うが。此度若様が東部二村の執政官に御就きになられた。ついてはお前たちに若様の補佐として、ゴート村に赴任して貰いたいのだ」
ホルスは話を切って二人を見回した。
「東部二村とは言え僅か7歳で執政官とは、御屋形様は大層若様に御期待されている様ですね」
イエルが感心したように言った。
レオンは正直この話が自分に回って来るとは思っていなかったので、やや戸惑っている。
「しかしいかに若様が優れた御方でも、あのような土地で、一体何をなさろうと云うのでしょうか」
レオンが不安そうにホルスに尋ねた。
魔境から僅か20キロしかなく殆どが森と山、ゴート村は葡萄酒造りで、ノート村は酪農でそれなりに生計を立てられてはいるが、これ以上発展するとは思えない。
「若様は、かの土地を新たに開拓し、更には魔境迄の足掛かりを作る事を、御屋形様より命じられておる」
「なんと、魔境に足掛かりですか?!」
イエルが驚いて大きな声を上げた。
ホルスはにやりと笑ってイエルに言った。
「そうだ、御家は公爵家の依頼で魔境探索の任を受けることになった。これは公爵家だけでなく王家も絡んでいる重要なお役目だ」
「公爵家と王家が魔境に進出?」
レオンが呆然と呟く。
辺境の小さな子爵領の領府付役人に過ぎないレオンには、あまりに現実味の無い話で、頭が付いていけなかった。
「これは御家にとって大きく飛躍する好機。そしてそれが為るか為らぬかは、ひとえに若様の御働きにかかっておる」
イエルが冬だと云うのに、ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭いながら聞いた。
「御話の重要さは充分解りましたが、それで具体的には何を始められて、我らには何を御望みですか?」
レオンも隣でコクコクと頷く。
「ではそれぞれの役割を言って聞かせる。まずレオン」
「はっ!」
名前を呼ばれてレオンが緊張する。
「此度御屋形様はエールハウゼンとその周辺の村々に、ゴート村への移住者を募る事をお決めになられた。其の為に明日、村の拡張工事の為急遽集められた職人たちが、ゴート村に出立する、また現地でも職人を集めておる。お前はこの者達を指揮し、新しい村作りを監督せよ」
「は、畏まって御座います」
レオンはホルスに一礼した。
「更に村が完成した暁には、移住者たちを指揮して開拓事業を進めよ。そしてイエル!」
「は!」
イエルが話を聞き逃すまいと、頭の後ろの小さなイタチ耳を立てる。
「我らは若様が魔法を付与された武具を公爵家に納める事になる。其の為に公爵家の使者が今日明日にでもゴート村に入る予定になっておる。お前は直ちにゴート村に赴き公爵家との取引を纏めよ」
「はっ! 畏まって御座います」
イエルがホルスに一礼する。
「更に若様が御力を存分に振るわれる為には大量の魔石が必要になる。それゆえ我らは辺境伯家に魔石の購入を打診しておる処だ。辺境伯家との通商がなった曙には、辺境伯家との取引もお前に一任する。思う存分腕を振るうが良い」
アドバンスドの商人のギフト持ちのイエルには、正にうってつけの仕事であった。
レオンはイエルが苦手であった。
別に獣人が嫌いというわけではなく、アドバンスドの農民のギフトを持つレオンには、イエルの商売人の様な立ち居振る舞いが、胡散臭く見えて馴染めなかった。
そのイエルと二人でゴート村に赴きマリウスの補佐をする。
不安はあるが自分達の能力が生かせる仕事を任せてくれたのは、さすがにホルスだと思った。
「お前たち二人を行かせるのは儂にとってもかなりの痛手になるが、それだけこの任が御家にとって重要だという事だ。お前たちで彼の地を栄えさせてみよ!」
二人の部下に命を降すホルスの目に迷いは無い。
二人は信頼に堪える事を誓い、席を立った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
抽選の結果、またくじに外れたフェリックスががっくり膝を付き、オルテガがガッツポーズをした。
ケントとマリリンを除いた弓士3人が交代し、キャロラインとクルトを除く騎士4人と歩兵8人がくじの当たったものと交代した。
魔術師はジェーンと三人がそのまま残り、それにマリウスとエルザで再び東の森に向けて出発した。
皆がくじ引きに一喜一憂している間にマリウスは14個のオークの魔石を使って、14領の歩兵の革鎧に“物理防御を付与した。
これでほとんどの鎧に“物理防御”を付与する事が出来た。
魔物を順調に狩り続けているので、魔石は少しずつ補充されるであろう。
貯まったら次は“魔法防御”を付与していこうと思った。
くじに外れたフェリックスと、騎士5名歩兵5名に特別の任務を与える事にした。
「まことに我らも付いて行って宜しいのでしょうか?」
感激で涙を流しそうなフェリックス達に、マリウスは杭の束を指差した。
「これを運んでください」
クレメンスに頼んで一束持って来て貰った“魔物除け”の付いた杭である。
別に一本赤い印をつけた杭が乗っていた。
これはミラの工房から持ってきた、未だ何も付与していない杭だった。
25本の杭の束は50キロ以上あったが“筋力強化”を使える騎士は軽々と一人で杭の束を担いで付いてくる。
昨日、あとから行った方の丘に向かう。
森との中間あたりに杭の束を降ろさせると、ロープを解いて貰った。
マリウスは手早くホブゴブリンの魔石で赤い印の付いた杭に、“魔物寄せ”を付与すると5掛け5の25本の束のちょうど真ん中にその杭を入れ25本にした杭の束をロープで括りなおして貰った。
“魔物寄せ”を付与した杭を、“魔物除け”を付与した24本の杭で封じる事が出来るかどうかの実験である。
上手くいけば色々と都合が良いとマリウスは思った。
フェリックス達に丘の上で監視するように命じると、彼らを措いて南に向けて歩いて行った。
南側の山に近い辺りに、ちょうどいい小高い岩場を見つけるとそこに兵を待機させ、森との間に“魔物寄せを付与した木片を置く。
兵の処に戻ると、早速角ウサギがぴょこぴょこと5匹出てきた。
マリウスが、一体あのウサギは森の中に何匹いるのだろうと考えていると、ダニエルが小さな声で囁く。
「正面から来ます。かなりいます」
森からわさわさと出てきたそれを見てオルテガが顔を顰める。
頭が団扇の様に広がった2メートル程の蛇型の魔物が、ぞろぞろと森から這い出してきた。
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