3―15  ブロックとナターリア


 突撃してきたキラーホーンディアの鋭い角が、キャロラインの腹に激突するが、キャロラインは平然と革鎧で受け止めた。

 

 その儘意に介さずに、キラーホーンディアの首に剣を突き刺した。


 歩兵が飛び掛かって来たグレートウルフを、左手の籠手で受け止める。

 鋭い牙で籠手を咥えて離さないグレートウルフを持ち上げて、腹を剣で引き割いた。


 キャロラインと歩兵は、自分の腹と左手を確認し大丈夫と手を振った。


 フルプレートメールの面を降ろした五人の騎士が、レッドタランチュラに向かう。


 レッドタランチュラが、赤い棘の様な毛を数十本矢のように飛ばした。


 猛毒のある棘をフルプレートメールで弾きながら、ニナがレッドタランチュラの右の横腹を“羅刹斬”で割いた。


 もう一人の騎士が、反対側から脚を一本斬り飛ばす。


 槍を持った騎士が上級アーツ“刺突貫槍”で、レッドタランチュラの頭に槍を突き立てた。


 残りの二人の騎士が動きを止めたレッドタランチュラに、両手で剣を振りかぶって、硬い外皮に剣を突き立てた。


 レッドタランチュラが完全に動かなくなると、騎士達が雄叫びを上げた。

  

「私中級を一匹仕留めたわよ」

 マリウスに駆け寄って来たキャロラインが宣言した。


「私だってグレートウルフを仕留めたわ」

 丘の上から降りてきたマリリンが主張する。


「あれを仕留めたのは俺の矢だ」

 後ろでケントが文句を言っている。


「私の矢の方が先に当たったわよ!」


「何処を見てる。先に当たったのは俺の矢だ!」


「あんたこそ私の胸ばっかり見ていたじゃない!」


「いつ俺がそんなもん見たんだ!」

 ケントが真っ赤になって怒る。


「あー、喧嘩はやめて。今のグレートウルフはノーカンにします」


 ぶーたれるマリリンを無視してマリウスは木片を燃やすと、昨日とは逆に北に向かって歩き出した。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 東門の前で待機していた兵士達が、連絡を受けて魔物の死体を回収しに来ているのが見える。


 手頃な丘は無かったが、隠れるのにちょうどいい茂みが有ったので、此処に兵を伏せさせて森との中間に“魔物寄せ”を付与した木片を置く。


 ミラ達の新しい杭の付与があるので、エルザに後を任せてクルトと村に返る事にする。


 後ろでケントとマリリンが、次は別々の獲物を狙うとか相談していた。

 案外仲が良いのかもしれない。


 マリウスは振り返ると、村に向かって歩きだした。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


 ミラ達の工房を訪ねると、杭の束が700本あった。


 マリウスはその中の500本をまとめて、ブラディーベアの魔石で“魔物除け”を付与した。


 杭打ちの作業は、どんどん広げていく予定だ。

 木材の切り出しも順調に進んでいる様だった。


 表には新たに20本程丸太が積んである。

 マリウスは、この近くにブロックの工房があるのを思い出して、ミラ達に聞いてみた。

 


 ミリが案内してくれるというので、クルトと三人でブロックの工房に出かけた。


 ミリは助けて貰ってから、すっかりクルトに慣れた様で、始めて逢った頃の様にクルトを怖がらなくなった。


 クルトもミリを優しい目で見ている。

 多分ユリアと離れているので、寂しいのだろうとマリウスは思った。


 ユリアをゴート村に来させるか如何かは、本人の意思に任せるとクルトはクラウスには答えたらしい。


 ブロックの工房は村の北西の角にあった。

 平屋の内の半分が工房で、半分が住居になっているらしく、工房の方にレンガの煙突が突き出ていた。


「ブロックの叔父さんいる?」


 ミリが声を掛けながらドアを開けて中に入って行った。

 マリウス達もミリに続いて中に入る。


 意外と広い工房の中は、むっとするような熱気に満ちていた。


「ミリかい、ちょっと待っててくれ、直ぐ終わるから」


 ブロックはそう言いながら掌に乗る位の真っ赤な鉄の塊を、大きな片手ハンマーで叩いている。


 鉄の塊はみるみる引き延ばされている。


 横に三つ、鍬の頭らしい四角い鉄板が並んでいる。


 何かの革で作られた大きなエプロンを巻いたブロックは、時々鉄の塊をやっとこで掴んで、傍らの火床に入れ手を翳す。


 何かのスキルを使ったらしく、火床の中の木炭が燃え上がり、鉄の塊が再び真っ赤になると、金床の上に戻して片手ハンマーで叩き始める。


 薄い長方形の鉄板になった鉄の塊を、傍らの水を張った盥に付けた。

 ジュウと音を立てて水蒸気が上がる。


 ブロックはそれを同じ形の3つの鉄板の横に並べた。


 マリウスと同じ位の年ごろの、オレンジ色の髪を御河童にした女の子が、奥から四角い筒状の鉄の棒を持って出てきた。


 彼女は鉄板の前に座ると、手に持った四角い筒に指先で触れた。

 筒は斜めに切れて床に落ちた。


 少女は5.6センチの片側が斜め45度位に傾いた四角い鉄の筒を作ると、それを出来上がった鉄板の端に乗せた。


 斜めに乗った筒を小さな両手で包む。

 手を離すと、鉄板と筒が切れ目なく一体になっていた。

 柄を差し込む部分の様だ。


「これは若様、この様なむさ苦しい処にようこそお越し下さいました」

 ブロックがミリの後ろに居るマリウス達に気付いた。


「急に訪ねてきて御免なさい。ブロックさんの工房が視たかったんだ」

 マリウスはブロックの工房を改め見回した。

 

 数寄や鍬等の農具や、鍋、釜、フライパンなどの調理器具、包丁度が壁際の大きな棚に乱雑に置いてあった。


 反対側の壁には両手剣や短剣、槍や盾等が壁に掛けてある。


 その下の低い棚の上に、この間柵の工事の時に見た滑車が五つ並んでいた。


 ブロックの後ろにはいろいろな大きさのハンマーや工具類があり、御の大きな木箱の中に赤茶色の石が山盛りに入っていた。


 ブロックに目を向けると、ブロックの背中から顔を覗かせていたオレンジ色の髪の少女が、さっとブロックの陰に隠れた。


「こんにちは。僕はマリウスだよ」


 マリウスは少女に向かって言った。

 少女が恐る恐るブロックの背中から顔を覗かせる。

 

「この子はナターリアと言います」

 ブロックが言った。


「娘さんですか」

 ブロックが首を振って言った。


「この子は孤児で同じ村に住んでいたんです。帝国に村を追い払われた時、私と一緒にこの国に逃げてきたんです」


「帝国からですか?」

 大スタンレー山脈の反対側に在る、エルドニア帝国からここ迄は何百キロも離れている。


「ええ、国境のはずれの大スタンレーの麓の辺りに、ドワーフとノームの村がありましたが、ある日帝国兵がやって来て村を焼き払い、多くのドワーフやノームが殺されました。この子の両親もその時に」


 ナターリアがぎゅっとブロックの背中を握った。


 当時を思い出したのか二人の表情が曇る。

「何でそんなひどいことを」


 マリウスの言葉にブロックは沈鬱な表情の儘答えた。


「帝国人は亜人が嫌いなのです。百年前までは亜人も人族も帝国の中で一緒に暮らしていました。グレゴリー・ドルガニョフという貴族が突然亜人は魔物の血を引いていると言いだして、多くの獣人やドワーフを殺し、残った者達は国境に追いやられたのです」


 グレゴリー・ドルガニョフの話はエルザから聞いていた。


 亜人の大量虐殺を行って、最後は獣人族に殺された付与魔術師で、マリウスがクラウスに貰った手帳の持ち主らしい男だ。


「私の両親もその時殺されました。そして国境に追われた私達を、更に帝国人は追い払ったのです」


 マリウスは、ブロックが貴族や付与魔術師を嫌う理由が理解出来た。


 グレゴリー・ドルガニョフが死んだ後も帝国に亜人差別は残った。

 彼の115年の人生は、差別に苦しめられ続ける人生だったのだろう。

 

 マリウスは重くなった空気を変えようと話題を変えた。


「二人ともギフト持ちのようですね」

 ブロックはナターリアの頭を撫でながら言った。


「はい、私はレアの鍛冶師、この子はアドバンスドの鉄工師のギフトを女神様に賜りました。おかげで何とか暮らしていけてます」


「それは凄いですね、ここに在る者は全部二人で作ったんですか?」

 マリウスは周りを見ながら言った。


「はい、この村にも農具や鍋などの需要は有りますから、年に一度位は民兵が剣を買いに来たりもしますし」


 ブロックもそう言いながら壁際を見る。


 マリウスは滑車を指差して言った。

「あの滑車はもっと大きな物や小さな物も作れますか?」


「ああ、あの滑車はこの子が作ったんです」

 そう言ってブロックがナターリアを見た。


 ナターリアは前に出ると両手を広げて言った。

「材料があれば、これ位なら作れる」


 ナターリアは、今度は右手の親指と人差し指で丸を作っていった。

「小さいのはこれ位」


 マリウスはナターリアに笑顔で言った。

「有難う、今度仕事を頼んでもいいかな?」


 ナターリアはマリウスの顔を見ながら小さく頷いた。

 

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