3―13 遠すぎた橋
「将軍! 我らが最後です! お引きください!」
目の前でブルクガルテンの出城が炎を上げていた。
崩れ落ちる砦の中から、城壁を突破したハイオークの兵士が数十人、此方に向かって戦斧を振り上げながら迫って来るのが見える。
ベルンハルトは自分の前に五枚の“理力之盾”を展開すると、最後に自分の傍に残った副官のスタンに言った。
「お前も早く逃げろ! ここは儂が食い止める」
ベルンハルトは、スタンが手綱を引く自分のバイコーンに目を向ける。
「カーティスに乗っていけ。世話になった」
そう言うとベルンハルトは、腰に吊った『魔剣ノートゥング』を抜いた。
オークの軍勢に向けて“剣閃”を放つと、ノートゥングから放たれた“剣閃”は炎の刃となってハイオーク達に襲い掛かる。
前を走る三匹のフルプレートメイルを装備したハイオークが、炎の刃に切り裂かれて次々と体内から炎を上げて、松明の様になって立ち尽くす。
ベルンハルトは後続のハイオークの兵を“理力之盾”で叩き伏せながら、スタンに叫んだ。
「早く行け! 儂にかまうな! 橋を渡り切ったらそのまま吊り橋を落せ!」
更に別の方角から現れたハイオークの一団に、炎の“剣閃”を放ちながら、スタンに怒鳴った。
ベルンハルトに怒鳴られたスタンはそれでも躊躇したが、意を決すると彼のバイコーン、カーティスに跨るとベルンハルトにもう一度敬礼して、橋に向かってカーティスを駆けさせた。
ベルンハルトはスタンが橋に向かったのを見届けると、ハイオークの一団に向かってレアアーツ“波動剣撃”を放った。
熱波となった衝撃波がハイオークの一団を焼き払うと、ベルンハルトはがっくりと地面に膝を付いた。
FP切れでハイオークの一団を押さえつけていた、“理力之盾”が消える。
自分に向かって駆けて来るハイオークを見ながら、最早これまでかと覚悟を決めたベルンハルトの前に突然旋毛風が舞い上がった。
旋毛風は竜巻となり、ハイオーク達を巻き上げていく。
「父上! ご無事ですか!」
ベルンハルトの前にイザベラが跨った、グリフォンのリオニーが舞い降りた。
「父上、早く御乗り下さい!」
イザベラがリオニーから飛び降りると、ベルンハルトの元に駆け寄った。
「イザベラ。儂の事は放っておけ。儂はこの負け戦の責を負わねばならん」
娘の手を振り払おうとするベルンハルトに、イザベラが取りすがって涙を浮かべながら叫んだ。
「何を仰せられます父上! 我らはステファン様が悲願を叶えるまで、片時も傍を離れぬと誓ったではありませぬか。この様な処で降りる事は赦されません!」
ステファンの願いは盟友マティアスの願い。
ベルンハルトは上空を舞う赤竜を見上げた。
焼け落ちる砦から現れた新たなハイオークの一団を、ステファンの放った“龍槍雷砲”の電が吹き飛ばした。
ベルンハルトは頭を振るとノートゥングを杖に立ち上がり娘を見た。
「ふっ。其方の言うとおりだイザベラ。負け戦に些か呆けておったわ。未だ我らにはやるべきことがあったな」
「父上!」
ベルンハルトは娘と共にグリフォンに跨ると上空に舞い上がった。
下を見ると煙を上げる出城から、ハイオークの軍勢が出てきて、吊り橋に向かうのが見える。
グリフォンのリオニーが赤竜バルバロスの高さまで上昇すると、ベルンハルトとバルバロスの上のステファンの目が合った。
ステファンはベルンハルトに、小さく、しかし力強く頷いた。
旋回するバルバロスが咆哮すると、口からブレスを吐いて、魔境と人の世界を繋ぐ唯一の吊り橋を焼き払った。
焼け落ちて谷底に落ちていく吊り橋を、リオニーの上からベルンハルトが唇を噛みしめながら無言で見つめていた。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「え、ギルドマスターがゴート村に行くなって言ってるの?」
エリーゼが驚いてヘルマン達に聞き返した。
エールハウゼンの教会の横の空き地の隅で、エリーゼ、ノルンと『四粒のリースリング』の四人が車座に座り込んでいる。
「私は言われてない」
ルイーゼがぼそりと言った。
ヘルマンがルイーゼを見ながら答える。
「ギルマスがDランク以上の冒険者にゴート村行の話は受けない様、こっそり言って回っているって昨日『月夜の梟』のカーゼムさんが酒場で話していたよ」
「何でギルドマスターがそんな事を?」
ノルンが良く分からないと言う様に聞いた。
「なんでもここに……」
と、ヘルマンが教会を指差しながら話を続ける。
「偉い司祭がやって来るとかで、その司祭様の警護に、Dランク以上の冒険者は全員雇われる事になっているんだって」
空き地のノルン達と反対側に建っている、前の司祭が住んでいた小屋を、十数人の兵士達が木槌を振って取り壊している。
小屋を撤去したら、マリア達土魔術師たちが土地を整地して、此処に新しい司祭を迎える館を立てることになっている。
「司祭が何でそんな大勢の護衛を雇う必要があるの?」
エリーゼが不思議そうに聞く。
「それは解らないけど、かなりのお金になるらしいってカーゼムさんが言ってたよ」
ノルンとエリーゼが顔を見合わせて考え込んだ。
「あなた達はどうなの?」
エリーゼが『四粒のリースリング』の四人に聞いた。
「俺たちはEランクだから声は掛けられてないけど」
「じゃ僕たちと一緒にゴート村に行かないか、御屋形様は来てくれる者はそれなりに優遇すると言ってるんだ」
ノルンの言葉に四人が顔を見合わせる。
「俺たちでも良いのかな?」
ヘルマンがノルンに聞き返す。
「勿論。御屋形様がランクは問わないと言ってたし、良ければ他のEランク以下の冒険者も誘ってくれると助かるんだけど」
「一緒に行く職人の人達が家を建てるまで、テント暮らしにはなるけど、ちゃんと固定のお手当が出て、別に仕事の報酬も払うって言っていたよ」
エリーゼも四人を誘う。
「私行く」
ルイーゼがポツリと言った。
兄のケントに憧れて、村を出てきたがこの一年頑張ってみたがEランクがやっとだった。
そのケントも今はゴート村にいる。
彼女は故郷の村に帰りたいと思った。
「そうだな、家はみんな実家があるし問題ない、ゴート村に帰ろうか」
ヘルマンの言葉に『四粒のリースリング』の全員が頷いた。
△ △ △ △ △ △
乗合馬車が門を通過して、城塞都市アンヘルに入って行った。
城壁の中に森がる。
森の向こう、丘の上に建つ辺境伯家の居城の三本の搭を見ながら、繁華街に向けて馬車が進む。
四頭立ての乗合馬車はひどく混んでいた。
20人近くが詰め込まれ、硬い木の椅子に座って、もう八時間近く馬車に揺られている。
さすがに元気なヴァネッサも閉口している様だ。
「やっとアンヘルに着いたね、宿の在る繁華街迄あと少しだよ」
「お尻が痛くて我慢できない、もう此処で降りない?」
ベアトリスが顔を顰めてエレーネに言った。
エレーネが頷くと、ベアトリスが声を上げて御者に馬車を停めさせ、三人はアンヘルの街に降り立った。
「ここからだと宿まで結構あるよ」
ヴァネッサが背中を伸ばしながら言った。
「良いじゃない、日が暮れるまでには着くわよ」
ベアトリスがすたすたと歩きだす。
へレーネは一番後ろを歩きながら石造りの街を眺めていた。
三階建ての石造りの建物が、道の両側に続いている。
人や馬車が絶えず行き交う石畳の道を、街の中央に向けて三人は歩いて行った。
大通りらしい広い通りに出た処でベアトリスが立ち止まる。
向こうから軍勢らしい馬に乗った一団が、此方に向かってくるのが見えた。
ベアトリス達は道の両脇に散る群衆の後ろに、隠れる様に滑り込んだ。
目の前を兵士達が通り過ぎていく。
沿道の人々が、前を通り過ぎる兵士達を見て騒めいていた。
兵士達の行列は皆一様に、汚れて傷だらけの鎧を纏い、血で赤くなった包帯を頭に巻いた者、腕を包帯で吊った者等ボロボロの姿の兵士達を乗せた馬が、とぼとぼと通り過ぎていく。
歩兵がその後ろを歩いて付いて行った。
包帯を巻いた者、剣を杖代わりにつく者等やはりボロボロの姿であった。
「ケリー!」
ヴァネッサが歩兵の一団に並ぶ一人を見て声を上げた。
背中に大剣を背負っている、ハーフプレートメイルを着た大柄な女が、此方を見てヴァネッサを見つけると傍に寄って来た。
「ヴァネッサ、来てたのか! ベアトリスも!」
「どうしちゃったの、その姿は?」
ヴァネッサがケリーの姿を見て驚いている。
ケリーは怪我こそなさそうだったたが、鎧が所々傷ついて、泥だらけの姿だった。
ケリーの後ろから『白い鴉』の四人も列を離れて出てきた。
「ヴァネッサ聞いてよ。危うく死ぬとこだったんだから」
魔術師のローブが泥だらけのエレノアが、ヴァネッサに言った。
傷だらけの兵士達の列はまだ続いている。
「あんた等程の冒険者がそんなになるなんて、よっぽどの事ね」
ベアトリスが感心したように言う。
「20年冒険者をやってるが、こんなひどいクエストは初めてだ。よく生きてたよ。」
背中に大盾を背負ったアデルがぼやいた。
「あんた達辺境伯の仕事を受けたの?」
ヴァネッサの言葉にケリーが忌々しそうに頷く。
「クランからの依頼で断れなかったんだ」
「魔境に街を作るって話?」
ベアトリスが聞いた。
「ああ、付いて行った冒険者は殆ど死んだ、多分2000人位の兵士が死んだんじゃないか」
ケリーが悔しそうに唸った。
「エンシェントドラゴンでも出たのかい?」
バネッサの言葉に、それまで黙っていたソフィーがぼそっと呟いた。
「アリよ、でっかいアリが一万匹位出た」
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