3―12  ブルクガルテン炎上


 西門から出ると遠くの方の林の辺りに、2台の荷車と兵士達の姿が、芥子粒位の大きさで見える。


 マリウス達はそちらに向けて歩いて行った。

「あれは何をやっているのだ?」


 エルザが前方に見える荷車を引いた兵士の一団を指差して、訝し気にマリウスに尋ねた。


「杭を地面に打ち込んでいるんですよ」


 段々兵士達の姿が、はっきり見えてくる。

 どうやら二組に分かれて、北と南に進んでいく様だ。


「杭、そんな事をしてどうするというのだ」

 エルザは益々訳が解らんと云う顔をしている。


「杭に“魔物除け”を付与してあるんです。あれで村を囲って、どんどん広げて行こうと思っているのです」


 マリウスの話を聞いて、エルザが黙り込んだ。


 南側に進む一団にクレメンスが見えたのでそちらに向かって歩いていく。

 一人の兵士が支える杭を、別の兵士が大きな木槌で地面に打ち込んでいる。


 彼らの向こうには林が見える。

 杭を打ち終わると、一人の兵士が撃ち込んだ杭にロープの端を当てる。


 もう一方の端を持った兵士が、林に沿って南に歩いていく。

 北側に行った兵士達と、既に500メートル位離れていた。


 一列に並んで撃ち込まれた杭を見ながらマリウスがクレメンスに声を掛けた。


「大分進んだみたいだねクレメンス」


「これは若様、この様な感じで宜しいでしょうか?」

 クレメンスがマリウスに聞いた。


「ああ。魔物がいなければもっと広げてもいいけど、山や林は魔物の駆除が終ってから改めて囲っていけばいいよ」


 マリウスは周囲を見回して、地形を確認しながら言った。


 どうやら南に広がる葡萄畑の奥にも、一組作業をしている様だ。


「どれ位掛かりそうかな」


 クレメンスは少し考えてから答えた。

「多分村の周りは3、4日で囲えると思いますが、街道も囲っていくのですね?」


 マリウスはエールハウゼンに続く、西の街道を見ながら答えた。


「こっちの街道は後回しで良いよ、あまり強い魔物はいない筈だから。南のノート村にいく街道と、北の公爵領に抜ける街道を優先してください」


 エルザとジェーン達が、杭の列を不思議そうに眺めている。


「本当にこんな杭で魔物を防げるんですか?」

 ジェーンが胡散臭そうにマリウスに尋ねる。


「グレートウルフには効果がありました。それ以上はこれから調べていきます」

 マリウスの答えにエルザが言った。


「一体何本の杭を用意した」


「今日は取り敢えず500本です。今村でどんどん作らせています。」


「それも君が一人で付与したわけか」


 エルザが呆れたような顔で言った。

 “魔物除け”のアーティファクトと云うのは、珍しいものでは無いし、勿論エルザも知っている。


 大概はアクセサリー等に付与を施し、法外な値段で売っているが、低級の魔物位にしか効果はない。

 

 以前マリウスが口を滑らせた“並列付与”という聞きなれないスキルで、マリウスが一度に複数の付与を行えることは気が付いていたが、それにしてもこれだけの数の杭を、一人で全て付与したと云うのは、信じられない話だった。


 更に中級以上の魔物にも効果があるとなれば、やはりマリウスには何か特別な女神の加護があると思わざるを得ない。


 マリウスも曖昧な微笑みを浮かべて頷く。


「さっき広げていくと言っていたが、何処まで広げる心算なんだい?」


 エルザの質問にマリウスは今更何をと云う風に答える。

「勿論、魔境迄ですが」


 クラウスに魔境迄の足掛かりを作れと言われている。

 マリウスの言葉にエルザが声を上げて笑いだした。

 

 マリウスはきょとんとしてエルザを見る。

 

 エルザはやっと笑いを堪えて、マリウスに行った。

「アースバルト子爵家の領地は、実質この村迄だ。そこから向こうは誰の者でもない未開の地、それこそ王国の土地ですらない」


 マリウスはエルザが何を言っているのか良く解らなかったが、エルザの話を聞いていた。


「君は木の杭を地面に刺していくだけで、ざっと東西20キロ南北40キロ以上の広大な土地を手に入れようと云うのか」


 マリウスはやっと、エルザが何を言っているのかやっと理解出来た。


 子爵家の領地は魔境側に開いたやや細長い三角の形になっている。


 魔境迄、つまりセレーン川のほとり迄杭を立てて行くという事は、三角形の底辺を広げていく事になり、子爵家の領地が5割近く増える事になる。


「えーと、何か問題になりますか? 公爵家とか王家とか?」

 マリウスが恐る恐るエルザに尋ねた。


 エルザは笑って答えた。

「ならないさ、誰の土地でも無いのだから。其れこそ辺境伯家が何百年も命懸けでやってきたことだ。だが辺境伯も木の杭で土地が手に入ると聞いたらさぞ驚くだろうな」


 エルザの言い方に、マリウスが少しむっとして言った。

「勿論魔物を駆逐しながら少しずつ広げていくのですよ、楽に手に入れようとしている訳ではありませんよ」


 憤慨するマリウスにエルザは笑いながら言った。

「いや済まない。ただ君を見ていると魔境進出など何でも無い事の様に思えてな」


 マリウスとエルザの会話を聞きながら、クレメンスは考えていた。


(この件は直ぐに御屋形様に報告した方がいい様だ、東の果てにどんどん領地が広がっていくだと。全くとんでもない若様だ)


 クレメンスは、マリウスのやる事を逐一報告する様に、クラウスに命じられていた。


 エルザも考えている。


 クラウスに魔境に進出するための足掛かりとなる拠点を作るように命じたが、この子供は何を勘違いしたのか、魔境迄の土地を全て手に入れるつもりでいる。


 しかも誰も思い付かなかった方法で。


 ひょっとすると、ずっと辺境伯家に先を越されていた魔境探索を、この子一人で逆転してしまうのではないだろうか。


「ねえ若様、この杭を持っていれば魔物が寄ってこないという事なんですね」

 マリリンが、荷車に積んである杭を一本手に取って言った。


「そうだよ、半径5メートル以内には近づいて来ないよ」

 マリウスが答えるとマリリンが言った。


「じゃあこれを持って歩けばいいんじゃない」


「邪魔になるよ、若様もっと小さく出来ないの」


「ああ、それは出来るけど……」


 マリウスはそれも良い考えかもしれないと思った。


 何かアクセサリーの様な物に“魔物除け”を付与して、村人達全員に付けさせれば、周りに魔物がいても襲われなくなる。


 何なら領民全てに持たせても良い。


 だがその為にはやはり魔石が必要になる。

 明日から魔物狩を再開しようとマリウスは思った。


  △ △ △ △ △ △


「メッケル将軍! 兵士は全て橋を渡り切りました。後は我らだけです!」


 ブルクガルテン要塞の魔境側の出城の城壁の上に立つ、辺境伯家騎士団ベルンハルト・メッケル将軍は、副官のスタンの報告に出城の放棄を決断する。


 眼下のハイオークとオークの軍勢は、未だ一万が健在だった。

 既に彼方此方で城壁に取り付き始めている。

 

 味方の守兵の矢やアーツ、魔法の攻撃も次第に緩慢になって来た。

 

 ベルンハルト自身も、何とかユニークアーツ“自走要塞”や、十数枚の“理力之盾”を 同時に操りながらハイオークの猛攻を防いでいたが、既にFPの残りも僅かだった。

 

 直属の部隊300が彼に従って城壁を守っているが、最早落城は時間の問題に見える。

 二昼夜、アリの化け物やハイオークの軍勢と戦いながら、魔境の中を200キロ近く駆け戻って来た兵士達はもう限界に近い。

 

 頼みの綱だった空軍戦力も力を使い果たしてほとんど撤退し、唯二人ステファンのバルバロスとイザベラのグリフォンが残っているが、既に攻撃する力は残っていない様だった。


 ステファンは拠点での巨大アリの群れから、ハイオークの追手との戦いまで、二昼夜ずっと先頭で戦い続けていた。

 

「城に火をかけ、総員を退却させよ! 全員吊り橋を渡ったら橋を落せ!」


 ベルンハルトは伝令にそう告げると、自らも城壁を降りて吊り橋の入り口に向かった。

 

 ブルクガルテン要塞の吊り橋を落す。

 それは辺境伯家の祖先以来400年間の努力を、全て無にする行為であると彼は理解していた。


 自分の名は先祖の名を穢した敗軍の将として永劫に残るだろうと、ベルンハルトは自嘲した。


 せめてステファンの再起の為に、一人でも多くの兵士を生きて返す。

 ベルンハルトは密かに死を覚悟すると、吊り橋の入り口に向かった。

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