3-11 歴史を創る者
騎士達が集まって、何処からか太い丸太を持ってきて相手の鎧を叩き合っている。
クルトが“強化”を付与したホブゴブリンの剣を渡すと、それで順番に相手の鎧に斬りつけていた。
ニナと二人の女性騎士達もテントで鎧に着替えていたらしく、出て来ると皆に交じって剣で叩き合っていた。
「何か始めるときは、私にも声を掛けて欲しいものだな」
文句を言って睨むエルザに、マリウスは焦りながら答えた。
「明日の魔物狩りに備えて、皆の鎧に“物理防御”の付与を付けていただけです」
歩兵たちも集まって来て、革鎧を装着し始めた。
「私にも着させて」
キャロラインがそう言って革鎧を一つと手に取ると、服の上から着込みだした。
「ざっと数えた処100以上はあるな、これを今日一日で全て付与したのか?」
エルザが信じられないと云った様子でマリウスに尋ねた。
「あ、はい魔力はもう空ですけど何とか……」
マリウスが引き攣った笑顔で答えた。
「どう、似合うかな?」
腰のベルトを締めて革鎧を体にフィットさせたキャロラインが、二人の前でくるりと回った。
次の瞬間エルザの右拳が、“身体強化”を発動していないキャロラインの、革鎧を纏った腹のど真ん中に叩き込まれた。
ジェーンとマリリンが口を開けて二人を見ていた。
キャロラインが恐る恐る、自分の腹で止まっているエルザの拳を見た。
「ひっ!」
キャロラインが悲鳴と上げて後ろに跳び下がった。
「何するんですかエルザ様! 危ないじゃないですか!」
全くダメージを受けた様子の無いキャロラインを見て、エルザは柳眉を逆立てると首を左右にこきこきと振りながら言った。
「ジェーン! マリリン! キャロを押さえろ!」
ジェーンとマリリンが素早く、キャロラインの両腕を抑えた。
「なに! ちょっと放して、え、エルザ様!」
エルザの体を理力のオーラが包み、拳を腰だめにして構える。
キャロラインが、必死に“筋力強化”と“物理耐性”のスキルを展開した。
数日前にキャロラインとマリリンを盾ごと30メートル程弾き飛ばし、鎧越しにゴブリンロードの腹をぶち抜いた、レアアーツ“剛破竜拳”がキャロラインの胸の真ん中に叩き込まれた。
キャロラインはそのままの姿勢でエルザのレアアーツを受け、拳は革鎧の上で止まっていた。
呆然とするキャロラインの胸を、ジェーンとマリリンが穴のあくほど見ている。
エルザがキャロラインから離れると、不思議な物でも見る様に自分の拳を見つめていた。
キャロラインがへにゃへにゃと膝から崩れて腰を抜かす。
「生きてる。何ともなってない!」
キャロラインが腰を抜かした儘、自分の胸のあたりを手で触っている。
固唾を呑んで、エルザ達の成り行きを見ていた騎士や兵士達から歓声が上がる。
「我らは最強のアーティファクトを与えられたのでは!」
フェリックスが自分の鎧に手を当てて叫んだ。
「これを着て、もう一度ゴブリンロードと戦いたい! 今度は必ず勝てる!」
ニナが悔しそうに宣言する。
周りの兵士達が口々に歓声をあげている。
マリウスは口に両手を当てて、大声で叫んだ。
「毒や魔法、炎には効果が無いから気を付けて下さい! 明日からそれを着て魔物討伐に行きますから、頑張ってください!」
全員が一斉に応と握り拳を天に向けて突き上げた。
ジェーンとマリリンが、キャロラインを立ち上がらせた。
「キャロ、あんた本当に平気なの?」
ジェーンが未だキャロラインの胸のあたりを見ている。
キャロラインも未だ呆然としながら答えた。
「うん。エルザ様の拳が当たったのは解ったけど、何も伝わってこなかった……若様! この鎧下さい!」
「あ、私も!」
「私も欲しい!」
三人娘が一斉に手を挙げて、マリウスに鎧を強請る。
「それは騎士団の大切な備品だから駄目です。貸すだけです」
マリウスがそう言うと、三人が口を尖らせて抗議した。
「昨日の事根に持っているんですか、謝るからお願いします」
「幾らでも創れるんだから良いじゃないですか!」
「私達これまで結構活躍してきましたよね」
そんなに活躍していたかなあ?
マリウスは仕様がないので三人娘に言った。
「其れじゃグレートウルフとか中級の魔物を、一人五匹狩ってくれたら差し上げます。それまでは貸すだけです」
マリウスの言葉に三人がガッツポーズをする。
「任せて下さい、中級五匹位なら楽勝です」
「何なら私一人で15匹狩ってみせるよ!」
「かえって弓の手入れをしなくちゃ」
珍しくやる気満々の三人を見ながら、エルザは考えていた。
完全に物理攻撃を防いでしまう鎧。
国宝級のアーティファクトを、一日に百数十領も量産する少年。
確かにマリウスの云う様に、物理攻撃を封じられても攻撃方法は幾らでもある。
魔法、毒、熱、酸、精神攻撃、呪い等様々な方法で襲ってくる魔物がいるし、そう云うスキルやアーツを持つ者もいる。
だが目の前の少年は、恐らくその総てを何れ封じてしまうだろうと、エルザは予感していた。
そしてそれを全ての兵士が手にしたら。
エルザは想像して身震いした。
歴史が変る。
強者の時代が終わるだろう。
エルザはマリウスの事を、この大陸三人目のレジェンドだと予想していた。
レアなどありえない、ユニークでもギフトを得て二十日程で、こんな力を振るえるとは思えなかった。
しかし後の二人のレジェンドが、これ程の力を使って見せたと云う話を聞いたことは無い。
彼らがこれ程の力を使えたなら、とっくに世界は彼らにひれ伏していただろう。
無論彼らレジェンドの力は隔絶しているが、それでもユニークが集結すれば、勝てない相手ではないとエルザは思っている。
その為に優秀な人材を集め、人脈を広げ、今は辺境伯家との連携を模索していた。
マリウスの存在は、そんなエルザの今までの努力を全て無意味にしてしまいかねない。
「『歴史を創る物』か、まさかな……」
エルザはマリウスを見ながら、自分の頭に浮かんだ考えを否定するように首を振った。
マリウスは未だお互いの鎧を剣で叩き合っている兵士達と別れて、クルトと一緒にクレメンス達の作業を見に行った。
何故かエルザが付いて来た。
ジェーン、キャロライン、マリリンも後に付いて来る。
「君が何をやらかすか、見張っていないと見逃してしまうからな」
エルザが笑いながら言った。
△ △ △ △ △ △
辺境伯家400年の歴史そのものと言えるブルクガルテン要塞は、この世界で唯一の、人の世界と魔境を結ぶ橋を守る渡河要塞であった。
セレーン川を挟んで渓谷の上に建つ、人の世界の側の主城と、魔境側の出城の間を一本の吊り橋が繋いでいるその上を、今魔境から人の世界に向けて慌ただしく人馬が駆けていた。
セレーン河の水面から200メートル程の高さの渓谷に掛けられた橋は、数十本の金属糸を織り込まれた太いワイヤーロープで吊るされた、全長200メートルにも及ぶ吊り橋であった。
巾5メートル程の橋桁は、数十人程度が渡っても小動もしないのだが、今は敗走する兵士達の重量に耐えかねて、ぎしぎしと音を立てて揺れていた。
主城に向かって橋の上を駆ける一団の最後方に、ケリー達『白い鴉』の五人がいた。
「何とか生きて帰ってこれたな」
アデルがエレノアを肩に担いで走りながら、前を走るケリーに言った。
突然巨大アリの大軍に拠点を襲われて、一昼夜駆けて脱出した先で今度はハイオークの大軍の追撃を受ける羽目になった。
飲まず食わずで碌に睡眠もとれない儘、ハイオークの軍勢と戦いながら、魔境の森を駆け通してやっとブルクガルテン要塞迄辿り着いた。
この橋を渡り切れば、そこは人の世界だ。
ケリーはアデルに返事もせずに、揺れる橋をひたすら駆け続けた。
ユニークの剣士ケリーも、レアの四人も、もう既にMP、FPは二桁しか残っていなかった。
回復する余裕もなく、ひたすら駆け続けて来たのだった。
3000人以上の兵士は、既に主城に逃げ込んでいる。
出城の方はメッケル将軍が300人程の手勢で、ハイオークの大軍を食い止めている状況だった。
自慢の空軍も、魔獣たちが既に力を使い果たして退却している。
今はステファン・シュナイダーの赤竜バルバロスと、将軍の娘のグリフォンだけが上空を飛んでいるが、もうハイオークの軍勢を攻撃する力はない様だ。
死んだような顔でアデルに担がれていたエレノアが、突然後方の出城を指差して叫んだ。
「見て! 城に火が!」
ケリーが振り返ると、出城から複数の煙が上がっているのが見えた。
「城が落ちたな! 急げ! 追撃が来るぞ!」
ケリーが叫ぶと、四人は人の世界に向けて全力で駆けだした。
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