3-8   アンナ


「本格的に行政が動き出すのは、エールハウゼンから人員が到着してからになりますが、その前に現状を把握するため皆さんのお話を聞かせて頂きたいと思っています」


 マリウスの言葉を受けて、真ん中の眉の太い40才位の男が答えた。


「私は蒲萄園を営んでいるポウルと申します。現状と申されましてもご覧の通りの小さな村で、葡萄酒造り位しか産業も無い村です」


 隣の顎髭の男がポウルの話に頷きながら言った。

 ゲリーという農場主だ。


「ご覧の通り三方を山に囲まれて僅かな土地を切り開いて、細々と麦や野菜を作っている有様です」


「東には広大な森林が広がっていますが?」

 マリウスが尋ねると、クリスチャンが答えた。


「マリウス様、東の森には魔物がいます。勿論他の山にもいますが、東の森とは比べ物になりません。あそこを開拓するのは無理です。」


 クリスチャンの言葉に皆が頷く。


「もし東の森から魔物を全て追い払う事が出来たら、どうでしょう」

 マリウスの提案に皆が首を捻る。


「それは勿論魔物がいなくなれば、あの土地は水も豊かですし、開拓は可能かと思いますが、その様な事が出来るのでしょうか?」


 ゲリーが疑わし気にマリウスを見る。


「僕はこの周辺の全ての魔物を一掃しようと考えています」

 マリウスは敢えて強く言った。


「しかし魔物は幾ら狩っても、魔境からどんどん入ってきますよ」

 クリスチャンが心配そうにマリウスに言った。


「勿論入って来られない様にするつもりです」

 代表たちが皆押し黙った。


「あの、若様?」

 後ろからニナが心配そうにマリウスに声を掛ける。


 マリウスは後ろを振り返って隊長を見た。


「ああ、皆にも言っておくよ、僕は此の周辺と云うか、このアースバルト領から魔物を全て駆逐して、二度と魔物が入ってこれないようにしたいと思っている。其の為の方法も考えてある」


 開拓とは関係なく、地域の安全を確保するために周囲の魔物を全て駆逐する、というのはマリウスが最初に決めた事だった。


 マリウスは隊長達に話を続けた。


「騎士団には頑張って貰う事になると思うけど、僕を信じて貰いたい」

 マリウスの言葉にクルトが大きく頷いて言った。


「もとより我らはマリウス様の為に、身命を賭して働く覚悟。我らの力、存分に御使いください」

 クルトの言葉に皆が一斉に賛同する。


「私も御使い下さい、必ずお役に立ってみせます!」

 フェリックスが声を上げると、ニナも負けずに身を乗り出して言った。


「私だって必ず若様の御役に立ちます! 私の働きを見て下さい!」


 マリウスは隊長達の言葉に首を振った。


「有難う皆、だけど命までは懸けなくていいよ、その為の準備も考えてある、皆でこの村を住み易くしよう」

 マリウスはそう言うと、再び代表たちの方に向いた。


「開拓に関しては、此方の魔物駆除の進み具合を見てから考えて下さい。その他には何か意見や要望は有りますか?」


 代表たちが顔を見合わせているが、なかなか意見を言えなさそうなので、マリウスから話を振る。


「それでは私の方からお聞きしたいのですが、例えばこの村で大規模な建設事業や、大量の木工製品の作成を行うとしたらどの程度の人手を集められますか?」

 

 代表たちはまた顔を見合わせたが、一人の50才位の柔和な顔つきのおじさんが答えた。


 この人の顔には覚えが在った。

 確かミラ達が柵を直していた現場にいた人だ。


「建築業を請け負っておりますコーエンと申します。前にお会いした時にも申し上げた通り、この村にそれ程仕事が無かったものですから、専門職が7、8名程度、人手は近隣からかき集めても40人程度ですが」


 思ったよりは人手が在る。


「これが父上から命じられた事なのですが、僕と騎士団の一部が此の村に駐留する為の屋敷が必要になるのです。いつまでもテント暮らしという訳にもいきませんので」

 マリウスが言った。


「それはそうでしょうが、村に十分な広さの土地はもうありません、どの程度の屋敷を御望みでしょうか?」


 コーエンが戸惑ったように言うと、クリスチャンが代わりに答えた。


「御領主様はこの村の外周を拡張することを御望みだ、東側に今の倍の広さに村を拡張する方向で、既にエールハウゼンでも人手を集めて送ってもらえる事になっているのだが、村人からも人を雇いたいと仰せだ。勿論賃金は払う」


 クリスチャンの言葉にコーエンは笑顔で答えた。


「それは有り難いですな、今は農閑期ですから人手も集めやすいでしょう。久しぶりの大仕事で皆も喜ぶでしょう。さっそく人集めを始めましょう」


 マリウスはふと気になってコーエンに聞いてみた。


「この村の生産職の人達は、生産者ギルドには登録されていないのですか?」


「ええ、どのギルドもこの辺境の果てには支所も置いていません。この村の職人たちは殆どがギルドに入っておりません。唯一の産業の葡萄酒の製造に関しては、領主様の専売で、家宰様が商業ギルドと直接取引されております」


 成程、葡萄酒は子爵家の貴重な財源だった。

 しかしどのギルドも、支所も置いていないとは。

 

 マリウスは改めて自分が辺境にいる事を実感した。


「あたしはギルドに入っているよ」

 ただ一人女性の代表が手を挙げた。


 村で唯一の雑貨屋の女店主アンナだ。


 今日はドレスにカーディガンを羽織っているが、ドレスの胸元を大きく開いている。


 雑貨屋の店主より、飲み屋のお姉さんの方が似合いそうだった。 

 アンナはキツネ耳をぴくぴくさせながら言った。


「ギルドに入らないと商品を仕入れられないからね。真っ当な商売させて貰ってるよ。そこの運送屋の二人もさ」


 そう言って隅に座っている、若い男と、熊獣人らしい大柄な男を指差した。


 若い方がフリード、熊獣人の方がファルケと名乗った。


「其れよりあたしは、若様がさっきおっしゃていた大量の木工品の話が気になってだけどさ。農園や職人だけでなくあたし達にも何か仕事を回して呉れるんですか?」


 アンナが精一杯色気を振りまいてマリウスを見る。

 場違い感が甚だしい。


「うーん、詳しい内容を今は言えないのですが、上手く行けば此の村に大きな利益をもたらすと期待しています。只これも子爵家の専売事業として、公爵家と直接取引をすることになるので商業ギルドを通す事は有りません。ああ、ファルケさんとフリードさん、ギルドを通さずにあなた達を直接雇う事は出来ますか?」


 マリウスが運送屋の二人に尋ねた。

 二人は顔を見合わせたが、若い方のフリードが答えた。


「仕事の内容にも依りますが、御領主様の御仕事であれば、問題ないと思います」

 ファルケも無言で頷いた。


 エルザの案件である。

 公爵家にマリウスが付与した木盾を売る。


 クラウスはこの事業を、何れ生産から輸送までゴート村で行うようマリウスに命じた。


 エールハウゼンでは出来なくなったのは、勿論エルシャ・パラディが新司祭としてやって来るからである。

 

 クレスト教会には、マリウスの力は知られたくないというエルザの意向は、クラウスも同感なのでいっそこの村で全てを行う事にした。

 

 マリウスは新しく拡張する村に、自分の屋敷や兵舎、冒険者の宿舎等と共に、木盾の製造の為の工房や、他にもいろいろな工房を作りたいと思っていた。


 幸いこの村には腕の良い大工や鍛冶師がいる。


「何だいあたしだけ仲間外れかい。若様あたしにも何か一枚嚙まして下さいましな」


 アンナは開いた胸元を見せびらかす様に、ぐいぐいと前に身を乗り出してマリウスに迫る。


 マリウスは若干のけ反りながら苦笑してアンナに言った。


「それはまたおいおい考えていきますが、村が潤えば、当然アンナさんのお店にもお客が増えるのでは?」


 アンナは頭の上のケモミミをぴくぴく動かしながら考えている。


「それにもうあんたは若様たちが狩った魔物の解体や肉の転売で、既に結構稼いでいるじゃないか。ギルドに卸すのも騎士団から手数料を戴いているんだろ」

 クリスチャンが話に入った。


 ちなみに肉の解体屋もアンナの店の経営で、ここの狩人たちは、アンナの店に直接獲物を引き取ってもらっている。


「其れもそうですね。でもあたしも若様のお役に立ちたいんです。約束ですよ」

 アンナはそう言ってにこりと営業スマイルを浮かべた。


 マリウスは引き攣った笑いで答えながら、話題を変えることにした。


「誰かノート村の事を知っている方はおられますか」

 マリウスの質問にクリスチャンが答える。


「ノート村はここから南に、歩いて半日ほどの処に在るここと同じ位の小さな村で、酪農が盛んです。ああ、ファルケが定期的にあの村から牛乳を運んでいたな」


 クリスチャンに名前を呼ばれて、熊獣人のファルケが重そうな口を開いた。


「儂は三日に一度あの村で牛乳を積んで、アンナの店に運んでいます。昨日あの村の牧場の者が、牛が一頭魔物にやられたと言っておりました」


 ノート村にも魔物が出るのか。 

 マリウスはなるべく近いうちにノート村にも行ってみようと思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 会議を終えて集会所を出た。


 アンナが別れ際に、グレートウルフ38個の魔石が回収済みなので、騎士団に届けておくと言っていた。


 これでグレートウルフの魔石が118個になった。

 昨日も7匹狩ってある。


 オークの魔石も50個残っている。


 マリウスがある事を実行する為に、ニナ達隊長連中に準備を頼んで別れた。

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