3-9   魔物除け


 クリスチャンは自分の酒蔵に帰って行った。

 マリウスはクルトと二人で、ミラ達の工房の作業の進み具合を確認に行く事にした。


 途中クリスチャンの家によって、魔石の入った鞄を取って来た。


 マリウスが鞄を持ち、クルトには木盾を持って貰った。


 ミラの工房に行くと納屋の前に、直径30センチ位の枝を払った丸太が、10本程積んであった。


 兵士と村の樵が切り出して、運搬した木材である。

 今日も引き続き、作業が続いている筈だった。


 中に入ると、納屋の中にミラとミリに三人知らない子がいた。


 ミラやミリと同じ年ごろの、男の子二人と女の子一人、男の子は人族と犬獣人、女の子はネコ獣人の様だった。


 ミラが言っていた、ミドルの大工のギフト持ちの者達であろう。


「今日は若様」

 ミリがマリウスを見つけて挨拶した。

 皆一斉にマリウスに挨拶をする。


 ミラが他の子たちを紹介してくれた。


 人族の男の子は13才のマキシミリアン、犬獣人の男の子は14才のノア、ネコ獣人の女の子は13才のリリー。


 全員農家の子で、普段は家の仕事を手伝っているらしい。

 どうやらコーエンの言っていた、7、8人の専門職には入っていないらしい。


 足元には丸太と出来上がった木の杭が散らばっている。

 入り口の近くに、四角くまとめてロープで括った杭が重ねてあった。


「何本出来たかな?」

 マリウスが尋ねると、ミラは括った杭の束を数えて言った。


「ちょうど500ですね」


「もう、そんなに出来たんだ」

 マリウスが驚いて言うと、ミラが嬉しそうに言った。


「みんなが手伝ってくれるので作業が速いです。この分だと1日に800本は作れると思います」


 括って積んである杭は、一束25本になっていた。

 それが全部で20束ある。


 マリウスはクルトから鞄を受け取ると、中からブラッディベアの魔石が入った袋を出した。


 上級魔物の魔石、握ってみると力が伝わって来る。


 昨日一頭狩ってあるし、同じ上級のキングパイパ―も一匹狩った。

 マリウスは此の魔石を、村を守る杭に使おうと考えている。


 オーガの魔石三つで、村を囲う塀の一辺総てに“魔物除け”を付与できた。

 同じ位の大きさのブラッディベアの魔石なら、一つで充分かと思えた。


 今のマリウスの全魔力適性と魔法効果の相乗効果はざっくり3,5倍、更に剣の鞘に付与した“魔法効果増”で三割以上効果を高めている。

  

 魔石を左手に握りしめると、右手を積み上げられた杭の束の一つに当てる。

 積み上げられた杭の束が青い光に包まれた。


 ミラ達が息を殺してマリウスを見ている。


 余裕だとマリウスは感じた。

 おそらく50年は持つ。


 光が消えると500本の杭に“魔物除け”が付与された。


 ステータスを確認すると、魔力が30減っていた。

 ブラディーベアの魔石一つで10減っている。

 さすがは上級魔物だとマリウスは思った。


 振り返るとミラ達が口を開けてマリウスを見ている。


「何回見ても凄い」

 ミリが呟いた。


「私初めて見た」

 リリーが青いまん丸の目をクルクルさせる。


「若様、今度は何をしたのですか?」

 ミラが人聞きの悪い質問をする。


「“魔物除け”を杭に付与しただけだよ」

 マリウスの言葉にミラが驚いて聞き返す。


「これ全部にですか?」


「そうだよ、上手く行ったみたいだ」

 マリウスが頷くとミリが聞いた。


「こんなに沢山の杭を何に使うんですか?」


「これで村を囲いながらどんどん広げていくんだよ、街道も囲って魔物を入れなくするつもりだよ」


 ミラ達が襲われた時の話や、実際に見た荷車の周りのグレートウルフの足跡から、半径5メートル以内に魔物が入ってこられないのが分かった。


 つまりこの杭を10メートル間隔で地面に打ち込んで行けば、魔物は其の線を越えられなくなる。


 “魔物寄せ”で魔物を集めて駆逐し、“魔物除け”の杭で安全な土地を広げていく。

 それがマリウスの考えた、開拓のための安全確保だった。


 マリウスはクルトに、騎士団に戻ってクレメンスに伝える様に頼んだ。


 畑や葡萄棚を含む村の周囲一キロ位を、杭で囲む作業をさっそく開始する。

 東側だけは森の手前までで良いと言った。


 クルトは了解して直ぐに騎士団に戻っていった。


「凄い、この杭の在る処にはもう魔物が入ってこられなくなるのですね」 

 ミリが杭の束を感心しながら眺めている。


「そうだよ、何時かは領内全てをこの杭で囲んでしまおうと思っているんだ」

 マリウスの言葉に皆が驚いた。


「領内全てって、一体何本の杭が必要なんだろう?」

 ノアが呆然とした顔で呟いた。


「何千本、いや何万本か?」

 マキシミリアンが指を折りながら、必死に数えている。


「街道にも付けるのですよね、そうなったらどこでも行ける様になりますね」


 リリーの尻尾が嬉しそうに揺れている。

 ミラがパンパンと手を叩く。


「さあ皆、そうと決まったらどんどん杭を作っていきましょう!」


「はーい!」

 ミラの合図で作業が再開される。


 ノア、マキシミリアン、リリーの三人で表から3メートル位ある丸太を担いでくる。


 体は小さくても“筋力強化”を使える彼らには余裕だった。


 丸太を床に置くとノアが“目視計測”と“”切断”を使い、丸太の真ん中を真二つにした。


 端を切って寸法を揃えると、今度は丸い部分を切り落とし真四角にした。


 指先で触れるだけで木がさくさく切れていくのを、マリウスが感心しながら見ている。


 次に四角い木を四回指でなぞって五枚の板にする、それを纏めて90度ひっくり返すと、 同じ作業をして5センチ角の棒を25本が出来上がった。


 出来上がった木の棒をミラが受け取って、一本ずつ“木材加工”を使って棒の片側を尖らせていく。


 柵の工事の時も見たが、握るだけ先が尖っていく光景は何度見ても不思議だった。


 “木材加工”のアーツは、同じ質量なら木材をどんな形にでも変えられるらしい。


『便利すぎ。もう慣れたけど』


 ノアたちは次の木材を運び込むと、今度はマキシミリアンと交代する。

 ノアは後ろに下がると、壁際に置いてある椅子に座った。


 ああやって交代で休憩を取りながら、体力を回復して作業を続けているらしい。 

 

 ミリが出来上がった杭を二つの台に両端を引っ掛ける様に並べていく。

 五つずつ五段重ねると、真ん中を二か所麻のロープで括って束にする。


 ミリにマリウスが声を掛けた。


「あ、付与した杭と付与してない杭は分けて於いてね、混ぜたらだめだよ。」


「分かってますよ若様。」

 そう言ってミリが力こぶを見せる格好をした。


 マリウスが笑ったところに、表で声がした。


「若様、これが魔物を寄せ付けない杭ですか?」

 クレメンスが信じられないと言った表情で、杭の束を眺めている。


「そうだよ、これで村の周りを広く囲むように地面に打ち込んで行って下さい。間隔が10メートルに、ああ……」


 マリウスが思い付いてミリに言った。

「其のロープを10メートルに切った物を3本作ってくれる。」


 ミリは足元にあるぐるぐる巻かれた麻のロープを引っ張って、“目視計測”で確認しながら、10メートルのロープを三つ作ると畳んでマリウスに渡した。


 マリウスはそれをクレメンスに渡して言った。

「これで確認しながら杭を地面に打ち込んでいって下さい。葡萄棚や畑が総て入る様にしてね。東はこの前の丘の手前ま、ででいいから」


 クレメンスは話を理解すると、兵士達に杭の束を持ってきた荷車に積ませた。


「杭は毎日どんどん作るから、広く村を囲って行ってね、余ったら街道の両脇にも打ち込んで下さい」

 

 マリウスは兵士達に声を掛けて荷車を見送ると、ミラに向かって言った。


「ミラちょっと良いかな。見て欲しい物が在るんだけど」 

 マリウスは、クルトに持って来て貰った木盾をミラに見せた。


「この盾をミラに作って貰ったら、材料費も込みで一つ幾ら位かかるかな?」

 ミラは木の盾を受け取って、表や裏を見て造りを確認すると言った。


「材料は何を使います。」


「ああ、“強化”を付与するから材料は何でもいいんだ。一番手に入りやすいもので構わないよ」


 ミラはまたウサギ耳をぴくぴくさせて考えていた。

 マリウスの視線はついついミラのウサギ耳の方に向いてしまう。


「そうですね、材料が何でもいいなら一つ2万ゼニー位ですか」

 材料費2万ゼニーに、“強化”ならゴブリンの魔石が使えるから、それ程コストはかからない。


 “物理防御”を付けるなら、オークの魔石は一つ3万ゼニーと言っていたから、5万ゼニーで作れる。


 問題は魔石が手に入るかだが、その為にも魔物を狩る必要がある。

 マリウスは、次は騎士団の皆で、安全に魔物狩りをする為の準備をすることに決めて、ミラ達の工房を後にした。









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