3-7 ホルス
「ホルス、既に文にて知っておるであろうが、我らは魔境の探索を公爵家より引き受ける事に致した。お前に諮らずに勝手に決めた事は済まなかった」
クラウスの言葉にホルスは首を振って頭を下げる。
「仰いますな御屋形様。いよいよ我らにも重要なお役目が回って来たという事で御座いますな。それでこそ長年お仕えした甲斐が有るとゆうもの。よくぞご決断なされました」
クラウスは頷くと話を続けた。
「取り敢えず村の拡張工事の為の人員は揃えられそうか?」
「は。何とかフランクとベンの二人の親方の組を押さえられました。明々後日には出立できます」
フランクとベンはエールハウゼンでも一、二の大工と石工の親方である。
「ほう、あの二人が行ってくれるか、それなら安心だが、こちらでも新司祭を迎える館を造らねばならない。そちらの方は大丈夫か?」
「既に手配済みで御座います。明日には工事に着工できる手筈になっております」
ホルスの手回しの良さに感心しながらクラウスは本題に入った。
「ついてはマリウスをゴート村とノート村の二村の執政官に任じた。あ奴には彼の地の開拓と魔境に入る拠点造りを命じてある。其れゆえあ奴を補佐する物達を至急送って貰いたい」
「若様を、で御座いますか?」
この件は未だ伝えて無かったので、ホルスも当惑した顔でクラウスに聞き返した。
クラウス自身昨日急遽決めたことで、昨日の夜は遅くまでマリアを説得したり、朝早くからマリウスと打ち合わせしたりで、実は碌に眠れていない。
「うむ、あの者の力はやはり常人とはかけ離れている様だ。私はマリウスに賭けてみることにした。この件はエルザ様からもご推薦戴いておる」
ホルスは驚いてクラウスに問い返す。
「公爵夫人様がですか。しかし未だ七歳になられたばかりの若様に、その様な大役を押し付けるのは、いささか早すぎるのではありませぬか」
「案ずるなホルス。マリウスの中では既に色々と考えがある様だ。私は寧ろあ奴がやり過ぎるのではないかと心配しておる。其れゆえにマリウスが羽目を外さぬ様支える物達が必要だ。それにこれはエルシャ達からマリウスを隠す目的もある」
クラウスの言葉にホルスも納得する。
「成程、確かに教会におかしな探りを入れられるのは避けねばなりませぬな。わかり申した、至急人を選んで若様の元に送ります」
「其れと、魔境進出ともなればやはり武力が必要になる、騎士団をあの地に何時までも留める訳にもゆかぬ故、冒険者を長期雇用したいと考えている。至急ギルドに要請を出してくれ。更に開拓となれば人手が必要になる。あの二村600人程度では話にならん、エールハウゼンとその周辺に触れを出して、移住者を募れ。子爵家が援助するとな」
クラウスの話を聞きながら、ホルスも目まぐるしく頭を働かせている。
「資金は如何致します、今直ぐ動かせる金は20億程で御座いますが」
「そうか、それではとりあえず5億、追加でマリウスに送ってやれ」
クラウスが答えた。
「その程度で宜しいので御座いますか、開拓には金が掛かると思いますが?」
ホルスが訝し気にクラウスに尋ねた。
「うむ実は公爵家と取引をすることになった。マリウスの付与した木盾等を公爵家が買い取る事になっておる。資金は其の利益を当てるつもりだ。木盾はゴート村で生産し彼の地から公爵家へ直接納入する。公爵家の軍師が交渉の為近日中にゴート村を訪れる事になっておる。マリウスに任すと言ってきたが、その手の事に明るい者も送ってやってくれ」
「成程、若様の付与した盾で公爵家と取引で御座いますか。わかり申した、若様に送る人員の中に、財務の解る者と交渉が出来る物を加えておきます」
クラウスはホルスとジークフリートに改めて告げた。
「このことは内密に進める。決して余人に知られてはならん。特にエルシャ達には絶対秘密にするよう徹底せよ」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「さっき聞いていたと思うけど、マリウスちゃんが御役目を頂いて、ゴート村とノート村の執政官として、ゴート村に住むことになっちゃったの」
マリアはそう言ってユリアを見た。
マリアの私室である。
ユリアは侍女長のハンナに伴われて、話があるというマリアの部屋にやって来た。
「それでね、あなたの御父様のクルトさんも、ゴート村から当分帰って来られなくなった。」
「当分と言うと……?」
不安そうに尋ねるユリアにマリアが首を振った。
「分からない。もしかするともう帰ってこられないかもしれないの。それでねユリア、あなたはどうする? 勿論ここに残ってくれても良いし、御父様の処が良ければそれでもいいのだけど。」
「あ、あの父は何と……」
「御父様はユリアの好きにすれば良いと言っておられたけど、多分ゴート村に来て欲しいと思っている様ね」
マリアはユリアの顔を覗き込みながら言った。
「マリウスは今村長のクリスチャン、リタとリナのお父さんね。クリスチャンの屋敷に居候しているの。それで四日後ノルン君やエリーゼちゃんと一緒に、リタとリナもマリウスの世話係としてゴート村に帰る予定なの」
「リナさんも行かれるのですか?」
マリアはユリアの表情を伺う様に話を続ける。
「あの村はこれから村を広げる工事を始めるの。その中には勿論、マリウスの新しい館の工事も含まれているのだけど、マリウスはぜひユリアにはマリウスの新しい館の厨房を任せたいと言っているの」
「マリウス様が私を、ですか?」
ユリアは少し顔を赤くして嬉しそうな顔をしたが、自分を見るマリアの生暖かい視線に気付いて慌てて言った。
「でも私にはシャルロット様のお世話が……」
「そうなのよね、シャルがあなたに懐いているのがちょっと困っているのだけど、それはこれから説得するわ。マリウスの館が出来上がるのは一か月後の予定で、そのころにこのエールハウゼンからゴート村に移住する人達が出発する予定だから、シャルの事は気にせず、その時までにマリウスと御父様の処に行くか、ここに残るか決めておいてちょうだい」
マリアはそう言いながら、母親の勘で多分この子はマリウスの処に行くだろうなと思った。
「ああ、その時トーマスも一緒に行かせるから」
「トーマスさんですか?」
トーマスはこの館の下男で、執事のゲオルグの知り合いの14歳の少年である。
「うん、トーマスはビギナーの精霊魔術師で、水精霊の喋るアマガエルが呼び出せるのだけど、マリウスが見たがっていてね、新しい館の下男として行って貰う事にしたの」
「水精霊の喋るアマガエルですか? 私も見てみたい」
ユリアの目が好奇心で、らんらんと輝いている。
この子はこういう処もマリウスとそっくりだと、マリアは少し嫉妬を感じながらユリアに言った。
「それじゃあ如何するかは、ハンナとも相談して決めておいてね」
マリアは傍らのハンナに頷くと話を終えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
魔物と2連戦した挙句、夕食時にもジェーンにねちねちと弄られたマリウスは、疲れ果てて部屋に戻った。
“ウォッシュ”を体に掛けるとステータスも確認せずに、ベッドに入って眠ってしまった。
福音の儀以来、初めての事だった。
朝目覚めて、ステータスを確認すると基本レベルが一つ上がっていた。
恐らくブラッディベアを倒したときに上がったのだが、その後の『毛皮を台無しにした』攻撃で動揺して、気が付いていなかった。
マリウス・アースバルト
人族 7歳
基本経験値:6637
Lv. :12
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス ビギナー
Lv. :9
経験値:4284
スキル 術式鑑定 術式付与
FP: 90/ 90
MP: 900/900
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 144
魔法効果 : +144
マリウスはいつも通りクルトと剣の修行をして、自分とクルトに“ウォッシュ”を掛けると、朝食の為屋敷に戻った。
エルザ達は未だ眠っているようで、マリウスはクリスチャンと二人でリザの用意してくれた朝食を食べると、すぐに屋敷を出た。
クリスチャンと二人で集会所に行くと、既にクルトと三人の隊長達が集会所の前で待っていた。
この小さな村には、役所と言える建物は無く、集会所の二階がそれを兼ねている。
と言ってもほとんどクリスチャンが一人で取り仕切っており、普段は留守番程度の老人が一人いるだけだった。
納税の時期とか忙しい時はリザが手伝っていたらしい。
二階の一室に入ると既に代表たちが着席して、マリウス達を待っていた。
代表と言っても、クリスチャンと同じ、この村の主要産業である、葡萄の栽培と葡萄酒の製造を営む酒蔵の者が4名と、農場主が4名、建築関係の元締めをしている物が1名、村で唯一の雑貨食料品店の店主と、運送関係を請け負っている業者が2名の、合わせて12名だった。
エールハウゼンのギルドもここには支所すら置いていないらしい。
マリウスとクルト達を見ると、代表たちは立ち上がってマリウスに礼をした。
ミラやミリ、ブロックやアリーシアら職人や個人店主は参加していなかった。
マリウスは皆を座らせると、対面する座席に座った。
クリスチャンが隣に座り、クルトと隊長達は座らずにマリウスの後ろに立った。
「あ、この度このゴート村と隣のノート村の執政官に着任した、マリウス・アウアースヴァルトです、今日は村の代表の方々にお集まりいただきありがとう御座います」
マリウスはそう言って皆を見回した。
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