3-6   クレメンス


 村に戻ると広場に並べられたキングパイパ―やブラッディベアの遺体に、兵士や村人が集まって騒いでいた。


「うわー! 勿体ない。こんなでっかいブラッディベアなのに毛皮が真二つじゃねえか!」


 未だ言うか。


「全部繋がっていたら、一体幾らになったんだ?」


 もうやめて。


「5000万ゼニー位にはなったんじゃねえか」


 値段が上がってるし。


「いやあ、ちょっと魔法の加減を間違えて失敗しちゃった」

 マリウスが引きつった笑いを浮かべながら、敢えて明るく言ってみた。


 全員が口を閉じて、気まずい空気が流れる。


「い、いやあ、さすがは若様! あまり魔法が強力なのも考え物ですな。アハハハハ」


 村長のクリスチャンが苦しいフォローを入れると、周りの皆が顔を見合わせて、ハハハと乾いた笑い声を上げた。


 マリウスは泣きそうになって下を向いてしまった。


「ちょっと退いてくださいな。御免なさいよ」


 冬だと云うのに胸の大きく開いたエプロンドレスを着た、ケモミミの30位の胸の大きな女が村人達を掻き分けて前に出た。


 お尻にふさふさした大きな尻尾がある。

 多分狐獣人かなと、マリウスは思った。


「何だい、せっかくのブラッディベアの毛皮が台無しじゃないか」


 しつこい。

 ワザとか! ワザとやっているのか!


「まあ良いわ、クレメンスの旦那、肉は全部うちに卸して貰えるんでしょうね」

クレメンスを見つけると、狐女は科を作りながら言った。


「ブラッディベアの肉も引き取ってくれるならそうしても構わない」

 クレメンスは女の方を見ずに答えた。


 横にいたニナが、村唯一の雑貨屋の店主のアンナだと教えてくれた。


「仕様が無いね、あんまりお金は出せないよ。それじゃ解体屋に引き取りに来させるから、毛皮は商業ギルドに卸して、魔石は騎士団に持っていけば良いんだね」


「ブラッディベアの胃と肝臓は薬の材料になるから高く売れるんじゃなかったか?」

 クレメンスが言った。


「ちっ、よく知ってるね。わかったよ胃と肝臓も商業ギルドに卸しておくよ」

 

 そう言うとアンナは何か書類を取り出して、クレメンスに渡した。

 ペンとインクの入った壺も取り出す。


 クレメンスは受け取ったペンにインクを付けると、慣れた手つきで書面にサインをしてアンナに返した。


「毎度ありがとう御座います。肉の代金は後で魔石と一緒に騎士団に届けさせるわ。他の代金はエールハウゼンの商業ギルドで受け取って下さいまし」


 そう言ってアンナは色っぽく笑うと、来た時と同じように村人達を掻き分けて、さっさと帰って行った。


 去っていく大きな尻尾を見送るマリウスに、クリスチャンが言った。


 「アンナも明日呼んであります」

 

 マリウスはクリスチャンに頼んで、明日村の主だった代表を集めて貰うよう、手配していた。


 本格的な行政は、エールハウゼンから人材が送られてきてからになるが、取り敢えず執政官就任の挨拶と村の代表達との顔繫ぎ、村の現状の確認の為に集まってもらう事にした。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇 

 

 六日ぶりにエールハウゼンの館に帰還したクラウスとマリアを、執事のゲオルグとメイドや下男、料理人達が出迎えた。


「お帰りなさいませ御屋形様、奥方様、此度の大勝利おめでとう御座います」


 クラウス達がゴブリンロードとホブゴブリンを、無事討伐したことは既にエールハウゼンにも伝わっていた。


「留守中大義であった」


 クラウスが口々に祝いを述べる家人達に答えると、真ん中に立つシャルロットの傍に寄った。


 ユリアに手を引かれたシャルロットは、クラウスとマリアを嬉しそうに見上げて言った。


「ちちうえ、ははうえおかえりなしゃいませ。」


「長い間留守にして済まなかったなシャルロット、良い子にしていたか」

 クラウスがシャルロットの頭を撫でた。


「ただいまシャル。長い事一人にして御免なさい。寂しくなかった?」

 マリアがそう言ってシャルロットを抱きしめた。


「ゆりあがいるから、しゃびしくないでしゅ」

 マリアに抱きしめられながら、シャルロットはきょろきょろと周りを見た。


「ははうえ、あにしゃまはいないのでしゅか」

 マリアの腕の中で、マリウスを探すシャルロットにクラウスが言った。


「すまんなシャルロット、マリウスは役目があるので暫く帰って来られないのだ」

 クラウスがもう一度シャルロットの頭を撫でて、屋敷の中に入って行った。


 マリアもシャルロットを離すと、手を引いて中に入る。


「ホルスを呼んでくれ、ジークも直に参る」


 クラウスはゲオルグに告げると執務室に向かった。


「ははうえ、しゃるはあにしゃまにあいたいでしゅ」

 シャルロットが涙目になってマリアを見上げる。


 マリアはもう一度シャルロットをぎゅっと抱きしめた。


「私もマリウスに逢いたいわ。でもマリウスも御役目を頂いて頑張っているから、シャルも我慢してね」


 マリアはシャルロットを抱きしめながら、後ろに立つユリアを見た。


「ユリア、シャルの面倒を見てくれてありがとう、実はあなたに大事な話があるの。あとでハンナと一緒に私の処に来て」


「私にで御座いますか? 解りました奥方様」


 ネコ耳を伏せた儘のユリアが答えた。


 マリアはすっかりシャルロットがユリアに懐いているのを見て、少し困った事になるかもと思った。



 程なくホルスとジークフリートが連れ立って館を訪れた。


 クラウスの執務室で久しぶりに三人そろった主従は、勝ち戦の後とは思えない程表情が深刻であった。


「エルシャ・パラディは既に昨日神聖クレスト教皇国を発ち、来月六日に王都の教会本部に入り、十五日にはこのエールハウゼンに到着すると教会が言ってきております」


 ホルスの報告にクラウスが血相を変える。


「何だと、一月もないではないか! 勝手な事を。ホルス! 至急王都の教会に使いを出せ。新司祭をお迎えする為新しい館を建造致す故、一月程到着を伸ばしてくれと申し入れよ」


「は! 至急使者を王都に送ります」


 クラウスの命に答えるホルスにジークフリートが尋ねた。


「それでエルシャ・パラディはいったい何人引き連れて、このエールハウゼンに乗り込んで来ると言っておるのだ?」


 辺境伯家と事を構えたくない子爵家としては、エルシャが本国から大軍でも引き連れて来られては溜まったものでは無い。


「それが女官も含めて、10人程だと言ってきておる」

 ホルスがジークフリートに答えた。


「10人か、それが本当ならたちまち辺境伯家と諍いを起こすとは考えられんな」

 クラウスはほっとしながら、腕を組んで考え込んだ。


「教会の思惑は解らんが、急ぎ辺境伯家と繋ぎを付ける必要があるな。ジーク、アンヘルには何時発てる?」


「既に先ぶれの使者を発たしておりますれば、明後日には返事がきましょう。それが着き次第出立致します」


 クラウスはジークフリートの言葉に頷くと言った。

「うむ、辺境伯家の事は其方に全て任せる。上手くやってくれ」


 クラウスはジークフリートとは既に打ち合わせ済みだったのでこの話は打ち切り、改めてホルスに向き直った。


 



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