3-5 ブラッディベア
マリウス達は魔物の遺体の処理をクレメンスの部隊に任せて、南に歩いて行った。
エルザと三人娘も付いてくる。
暫く歩いていると、先程と同じ様な丘が見えて来きた。
マリウスは皆を丘の上に行かせると、丘と森の中間あたりで“魔物寄せ”を木片に付与して地面に置き、丘の上に駆け上がった。
皆と一緒に丘の上で伏せて待つと、やはり最初に現れたのは角ウサギだった。
森の中から次々と現れた角ウサギが全部で七匹、マリウスが置いた木片の周りに集まり出した。
木片の周りをぐるぐる回る角ウサギを眺めていると、ダニエルが小声で囁いた。
「右と左から同時に来ます。五匹と三匹」
右から出てきた五匹の人型の魔物を見て、ニナが声を出しそうになって口を押えた。
三匹のゴブリンを従えた二匹のホブゴブリンだった。
「あいつら、未だ居たのか」
フェリックスが押し殺した声で罵る。
左からグレートウルフが三匹出てきた。
ホブゴブリンに気付くと、歯を向いて威嚇する。
ホブゴブリンやゴブリンも剣や棍棒を握って、グレートウルフと対峙した。
角ウサギは木片を挟んで反対側で固まって、両者を見ている。
マリウスがクルトに合図を出そうとしたその時、ダニエルが押し殺した声を上げた。
「真ん中から来ます。でかい」
マリウスが森を凝視する。
ガサガサと木の揺れる音が、此方に近付いてくる。
木々をかき分けて、睨み合うホブゴブリンとグレートウルフの間に、巨大な熊の魔物が跳び出した。
熊型の上級魔物ブラッディベアは、ホブゴブリンとグレートウルフを見ると、二本足で立ち上がって咆哮した。
立ち上がると、村の柵と同じ位の身長だった。
「随分でかいブラッディベアだな、30年物か」
エルザが面白そうに呟く。
マリウスがクルトに頷くと、クルトの合図で一斉に矢が放たれた。
同時にクルト達が小山を駆け降りた。
降り注ぐ矢に角ウサギたちが縫い留められ、ゴブリンの頭に突き刺さる。
ブラッディベアに当たった矢はやはり、硬い毛に弾かれて落ちた。
アーツや魔法が次々と魔物を襲う。
マリウスも“ストーンバレット”の連射でゴブリンとグレートウルフを一匹ずつ仕留めた。
ブレンの放った“ファイアーストーム”がブラッディベアを包んだ。
ブラッディベアは地面に転げ回って、毛皮に燃え移った炎を消すと、怒りの咆哮を上げてマリウス達に突進した。
ケントの放った“貫通”の矢が肩口に刺さり、マリウスの放った“ストーンランス”がブラッディベアの背中に突き刺さる。
立ち上がって赤い目でマリウス達を睨むブラッディベアに向かって、エルザとクルトが同時に前へ出た。
クルトが“瞬動”で一気にブラッディベアの横を駆け抜けながら、大剣で右足を払うのと同時にエルザのドロップキックがブラッディベアの顔面に炸裂した。
ゴロゴロと地面を転がったブラッディベアは、直ぐに起き上がると立ち上がろうと足掻いている。
マリウスがエルザ達の後ろから、“ウォーターブレイド”を振り下ろした。
30メートルを超える長大な水の刃が、右肩辺りからブラッディベアを真二つに両断した。
「あっ! なんて事を! これでは大物のブラッディベアの毛皮が台無しではないか!」
エルザが振り返ってマリウスに怒鳴った。
「えっ! そうなんですか?!」
マリウスが驚いて聞き返す。
「これだけのブラッディベアなら、綺麗に毛皮が取れれば3000万ゼニーは下らなかったものを! これでは300万が良いところだな」
「十分の一になっちゃうんですか?」
エルザの言葉にマリウスが呆然として、二つに分かれたブラッディベアを眺めた。
「毛皮は大きければ大きい程、値段が吊り上がるからね」
後ろからジェーンが反笑いで言った。
仕返しか?
マリウスが睨むと、ジェーンはそっぽを向いて知らん顔をした。
ニナやフェリックスがマリウスを同情の目で見ている。
マリウスは憮然として、魔物の死体の間を通り抜けると、木片に近付いた。
木片を“ファイアー”で燃やすと、振り返って皆に行った。
「今日はこれで終わりにします」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うわー、ブラッディベアが真二つですか。これじゃ毛皮が台無しですね、ギルドに卸しても200万ゼニー位かな」
クレメンスがブラッディベアの遺体を眺めて、エルザ達と同じことを言った。
しかも値段が下がっている。
マリウスは返事をせずにそっぽを向いた。
後ろでジェーン、キャロライン、マリリンがにやにやしている。
「だがこれだけの肉があれば、当分食料には困らんだろう」
ニナが何とかフォローを入れるが、クレメンスが渋い顔をする。
「ブラッディベアは肉が硬くて臭みがあるから皆嫌がるのですよ。また村の雑貨屋に安く引き取って貰うしか無いかな」
古参兵のクレメンスはミドルの剣士だが、実直な性格がクラウスに評価され、歩兵たちの世話役から騎士団の雑務まで、幅広くこなしている。
「それにしてもどうやって運ぶかな、2トン位ありそうだけど、ここでいらない内臓を捨てていくしかないか」
何でも15メートルもあるさっき倒したキングパイパ―の胴体は、ロープを何本も掛けて、馬と人で引き摺って村まで持って帰っているらしい。
それまでにやにやしながら話を聞いていたエルザが、前に出て胸を張った。
「私に任せろ!」
エルザは大きい方のブラッディベアの半身に手を入れると、軽々と頭上に持ち上げた。
クルトの体を闘気のオーラが纏う。
残ったブラッディベアの半身に近づくと、両手を下に入れた。
クルトの胸の筋肉が倍ほどに盛り上がり、ブラッディベアの半身が頭上高く持ち揚がった。
エルザの視線がクルトの視線に絡み、二人の間に火花が散った。
エルザの口角が上がると、ブラッディベアの半身を頭上に持ち上げたまま村に向かって無言で歩き出す。
クルトも無言でエルザの後に続いた。
そう言えばクルトは、腕相撲のトーナメントの決勝でエルザに敗れたのだった。
クレメンスやニナ達は、ブラッディベアの半身を持ち上げたまま村に向かってすたすたと歩いて行く二人を、あっけに取られて見送っていた。
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