3-4   ライメン


 茂みを掻き分けて巨大な蛇の頭が現れた。

 蛇型の上級魔物、キングパイパ―だった。


 体長10メートル以上にもなるキングパイパ―は、鋭い牙と硬い鱗の付いた皮を持ち、その長大な胴で大型の牛を絞め殺して丸呑みしてしまうと言われている。


 キングパイパ―が鎌首を擡げて、グレートウルフを威嚇する。

 キングパイパ―の口から赤い舌が覗いた。


 クルトがマリウスに視線を送り、マリウスが頷く。

 クルトが右手を上に上げると、ケント達弓士が弓を構えて矢を番えた。


 ダニエルも弓隊に交じって弓を構えている。

 クルトが右手を前に振ると矢が一斉に魔物に向けて放たれた。


 矢が放たれると同時にクルトと3人の隊長、騎士達と3人の魔術師も一斉に山を駆け降りた。


 マリウスも皆に続いて後ろを走る。

 矢が魔物たちに降りかかり、4匹の角ウサギと1匹のグレートウルフを貫いた。


 2匹のグレートウルフは矢を躱し、駆け降りて来るマリウス達を牙を剥いて睨んだ。


 キングパイパ―に当たった矢は全て、硬い鱗に弾かれた。


 二射目の矢が放たれ、魔物迄80メートル程の距離まで駆け降りた騎士や魔術師達から、“剣閃”や“槍影”などの中距離アーツや、“ファイアーボム”、“アイスカッター"、“サイクロンブレイド”等の中級魔法が次々と、魔物たちに向かって放たれた。


 マリウスも“ストーンバレット”を乱射し、グレートウルフと角ウサギを一匹ずつ仕留めた。


 キングパイパ―の頭でブレンの放った“ファイアーボム”が破裂し、頭を少し焦がしたキングパイパ―はマリウス達に向けて鎌首を擡げると、襲い掛かろうと前進した。


 マリウスが放った”ストーンランス”を、頭を低くして躱したキングパイパ―に、ケントの放った“貫通”を載せた矢が、首元に突き刺さる。


 それでもキングパイパ―は速度を緩めずに、マリウス達に向かって前進して来た。


 ブレンが上級火魔法“ファイアーストーム”を放つのと同時に、クルトが大剣を抜きながら跳び出した。


 炎に巻かれてのたうつキングパイパ―の首を、クルトが上級アーツ“羅刹斬”で両断する。


 キングパイパ―の大きな頭が口を開けたまま、どさりと音を立てて地面に落ちた。

 首を落された胴体が暫く暴れる様にのたうっていたが、やがて動きを止めた。


 弓兵の一人を、村に報告に走らせる。


 マリウスは、魔物たちの死体を避けながら元の位置に転がる木片に近づくと、“ファイアー”で木片を燃やした。


 程なく歩兵を20人程に、荷車を引かせたクレメンスが村からやって来た。

 何故かエルザと三人娘ジェーン、キャロライン、マリリンも付いて来ていた。


「何か面白そうな事をやっているではないか。私も仲間にいれてくれ」

 エルザはそう言いながら両断されたキングパイパ―の頭を見ている。


「君が倒したのか?」

 そう尋ねるエルザにマリウスが答えた。


「いえ、仕留めたのはクルトです」


 エルザはクルトを見るとにやりと笑って言った。


「次に此奴が出たら私にやらせろ」

 クルトは無言でエルザに頷いた。


  △ △ △ △ △ △


 辺境伯領の港町ライメンにエレーネ、ベアトリスとヴァネッサの三人は降り立った。


「海から来るのは初めてだけど、随分大きな港ね」

 ベアトリスが辺りを見回しながら言った。


 巨大な港に大型船が数十隻係留されている。

 辺境伯家の旗を掲げた戦艦も、10隻程停泊しているのが見える。


 広い岸壁には船に荷を積み込んだり、荷を降ろす作業員で溢れていた。

 エレーネたちは、駆けていく作業員や荷駄の間をすり抜ける様に歩いていた。


「随分と獣人が多い様だな」


 エレーネが走り回る作業員を見ながら言った。

 作業員の中には、かなりの数の獣人が混じっていた。


「辺境伯家は昔から獣人の受け入れに寛容だからね、多くの獣人たちが住んでいて、辺境伯領の重要な労働力になっているわ」


 ベアトリスが潮風で乱れる髪を手で押さえながら答えた。


「冒険者にも獣人が一杯いるよ」

 ヴァネッサが手を頭の後ろに組んで歩きながら言った。


 三人は街に入るための検問所に向かって歩いている。

 ベアトリスが先頭で入り、ヴァネッサが後に続く。


 エレーネは一番後ろから検問所に入った。

 自分の順番になると、エレーネはロンメルが用意してくれた身分証を検問所の役人に出した。


 役人は身分証を一瞥すると、すぐエレーネに返して言った。


「エリナ・プロミス、冒険者か。滞在税は半年なら2万ゼニー、1年なら3万ゼニーだ。どちらにする」


「1年で頼む」

エレーネは大銀貨を三枚出して役人に渡した。


「続けて滞在したければ、期限の切れる前に領府に滞在税を納めてくれ。滞納すると憲兵に逮捕されるから注意しな。3年納税すればこの領の市民になる権利が得られる」


 役人はそう言って滞在許可書に判を押すと、エレーネに渡した。

「ああ、覚えておくよ」


 そう答えたエレーネに役人が言った。

「あんたもダンジョンが目当てで来たのかい? 今なら未だ領主様の仕事に応募できるぜ」


「領主様の仕事?」

 エレーネが聞き返すと役人は得意そうな顔で言った。


「魔境の中にでっかい街を作る仕事さ、護衛に冒険者が大勢雇われている。まだまだ人を募集しているらしいからその気があるなら、ギルドで紹介して貰うといい」


 エレーネは役人に礼を言って外に出た。


 見渡す限り石造りの街が続いていた。

 王領の港町ラグーンよりも遥かに大きな町の様だった。


 この辺りは王都より気候もだいぶ暖かい様だ。

「ここは辺境伯家の将軍、メッケル男爵のお膝元よ」


 辺境伯家の陸海軍を統括し、英雄マティアス・シュナイダーの盟友であった、高名な将軍ベルンハルト・フォン・メッケルの名は、勿論エレーネも知っている。

 

 ベアトリスを先頭に、三人は街中に入って行った。

 石畳の道が続いていて、辺境伯領の豊かさを物語っている。


 広い大通りに出ると、此処にも人が溢れていた。

 広い通りの両側に出店が立ち並んでいる。


 食べ物を売る屋台や土産物屋、食料品や雑貨、洋服に装飾品、武器や宝石迄ありとあらゆる商品を店頭に並べた店に、それを求める人々が群がっていた。


 獣人が三割、人族が七割位に見える。

 いつの間にか消えていたヴァネッサが、肉串の入った袋を抱えて戻って来た。


 ベアトリスとエレーネに一本ずつ渡し、早速串に噛り付いた。

「あ、このタレの奴めっちゃ旨い!」


「なーに、宿に着いたらすぐ夕食よ。今からそんなに食べて大丈夫?」

 そう言いながらベアトリスも肉串に噛り付いた。


「大丈夫だよ。僕肉串ならいくらでも食べられるから。明日の朝にはここ出ちゃうんでしょ、今のうちに食べとかないと」

 

 この街とアンヘルの間には、絶えず乗合馬車が往復していると役人が教えてくれた。


 朝一番に街を出立する馬車に乗れば、夕刻までにアンヘルに着けるらしい。


「アンヘルにも肉串ぐらいあるわよ」


 エレーネは二人の会話を聞きながら、さりげなく“索敵”を発動させている。

 自分達を見張る人間はこの街にはいない様だ。


 エレーネは歩きながら肉串に齧りついた。


 甘辛いタレに付け込んで焼かれた猪型の魔物の肉は、少し硬かったが臭みは無く確かに美味かった。


 エレーネは自分が逃げ切った事をようやく実感した。




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