3-3 魔物寄せ
昼食を摂るために村長の家に帰った。
クルトは騎士団のテントに戻って行った。
マリウスは新しい館が出来るまで、この儘クリスチャンの家で世話になる事になっている。
騎士団の皆も殆どテント生活で、クルトや隊長達は村に一軒しかない宿に宿泊している。
宿屋は老夫婦が二人で営んでいるが、もともとそんなに大勢の客を泊めた事がないので、隊長達も食事は他の兵士達と一緒にテントで摂っていた。
騎士団の半数以上が、エールハウゼンに引き上げたので、前よりはゆったりとテントを使えるようにはなった。
テントのある広場にはマリウスによって“防寒”が付与されているが、更にお湯を沸かしたり暖をとったりできる様に、“クリエイトコンテナ”で作った10個の土の箱に、“発熱”を付与した石を三つずつ入れて置いてあった。
この先何時までこの村にいるのか解らないが、皆が快適に暮らせる環境を早く整えないと、とマリウスは思った。
食堂に入るとエルザと三人娘がいた。
エルザもここにいる間、村長の家に逗留する事になったらしい。
三人娘も一緒に泊まるそうで、クラウスとマリアが帰ったが、村長の家は前より騒々しくなった。
四人は既に食事を始めていた。
三人娘はエルザの侍女の筈だが、主人と一緒に食事をしていた。
エルザはそう言う事をあまり気にしないようで、寧ろ皆で食べるのが好きなようだった。
そう言えば昨夜のバーベキューの時も、兵士達と一緒に肉を焼いて食べていた。
マリウスもリザが並べてくれた料理に手を伸ばす。
鹿系の魔物の肉を焼いたものに、野菜を似たソースが掛かっている。
肉はすこし硬いが味は悪くない。
この村の周辺によくいる魔物らしい。
畑を荒らすので、狩りをするが大きな角で襲ってくるのでよく怪我人が出るそうだ。
やはり魔境に近いこの村の周りでは、獣より魔物の数が多い様だ。
「新しい服が出来たのか。なかなか似合っているではないか、そうしていると一角の将軍の様だぞ」
エルザが皿のソースをパンで拭って口に放り込みながら、クルトと同じような事を言った。
「将軍ですか? 僕には一生縁が無さそうな仕事ですね」
マリウスは笑って肉に噛り付いた。
上に掛かっているソースが旨い。
「そんな事は無いさ。軍に入って武功を上げれば魔術師でも将軍になれる。王都の魔術師団長も階級は准将だからな」
エルザの言葉にジェーンが言った。
「今の魔術師団長はエルザ様のご友人でしたね」
「ああ、ルチアナは『戦慄の戦乙女』のメンバーの一人だった。お前たちの先輩だ」
「魔術師団長と、若様の母上と、あと一人は誰でしたっけ?」
キャロラインが、先輩の下りは気付かぬ振りをしてエルザに尋ねた。
「アイリスだ。今は王都で一番の冒険者クランの代表をやっている」
エルザ様と、魔術師団長と、王都一の冒険者クランの代表。
自分の母親がそんな人達と同じパーティーだったのが信じられないと、マリアの顔を思い浮かべながらマリウスは思った。
「若様も騎士団に入りたいんですか?」
マリリンがマリウスに尋ねた。
「いや、あまり考えた事は無いかな。魔物を倒すのは仕方がないけど、人と戦うのは苦手かな」
「此方が嫌でも、戦いを仕掛けて来る者は幾らでもいる。貴族なら領地や領民を守るため嫌でも戦う事はあるさ」
エルザがマリウスの顔を覗き込むように言った。
「この辺境の地も、何時帝国が攻めて来るとも限らんからな」
「帝国とは、講和の条約を結んだのではないのですか?」
「この世に破られなかった条約など無い。どの国も次の戦の準備をするために、講和を結ぶだけだ」
エルザは身も蓋も無い事をさらりと言って笑った。
「そう言う訳で明後日の夕刻迄には家の若い軍師が、お前の木盾の値段交渉に来るだろうから会ってやってくれ」
エルザの言葉にマリウスが驚いて言った。
「えっ、此処に来るのですか。交渉ってエールハウゼンの父上とじゃないのですか?」
「クラウスは全てマリウスに任せると言っていたぞ。その金がこの地を開発する資金になる。精々吹っ掛けてやるが良い」
エルザが他人事のように言ってまた笑った。
任せると言われても、木盾一つの値段が幾らするのか全然知らない。
作るのはミラに頼もうと思っていたのだが、大至急調べる必要がある。
ミラには朝一番に仕事を依頼していたので、明日にも寄るつもりだった。
クラウスは此処を去る前に、今回の遠征の軍資金として用意したお金の残りを、当座の資金にする様にと言って、全て置いて行った。
此の家の金庫に8000万ゼニーの大金貨が入っていて、マリウスは金庫の鍵を首にぶら下げていた。
クリスチャンに預かってくれと言ったら、クリスチャンは青い顔をして首を振った。
クラウスは追加の資金も、エールハウゼンに帰り次第送ると言っていた。
今更でマリウスは、自分がお金を扱ったことが全くないのに気付く。
クラウスが送ってくれる人員の中に、経理や財務が出来る人がいる事を祈るしかない。
「それで執政官殿は、手始めに何をやるつもりかな」
食事を終えたエルザがお茶を飲みながら、面白そうにマリウスに尋ねた。
「とりあえずエールハウゼンから人が来るまでは、自分に何ができるか色々実験してみる事にします」
マリウスは曖昧に笑って言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
食事を終えたマリウスは、オークの魔石10個とホブゴブリンの魔石20個を二つのポケットに分けて入れて館を出た。
東門に着くと既にメンバーが集まっていた。
クルトとニナ、フェリックス、オルテガの3人の隊長と3人の騎士、ケント達10人の弓士、3人の魔術師とダニエルの21人である。
隊長と騎士達はフルプレートメール、クルトとケント達は革鎧を着ている。
魔術師もロープの下に革鎧を着ていた。
「ご苦労様、皆ちょっと実験をしたいので手伝って欲しいんだ、直ぐそこだから馬はいらないよ」
マリウスはそう言って、門を開けさせると出て行った。
クルトと隊長達がマリウスの両脇を固め、他の者達が後ろをついてくる。
「若様、何の実験をされるんですか」
ニナが聞いて来た。
「魔物を集める実験だよ」
「え、魔物を集めるんですか?」
オルテガが驚いてマリウスの顔を見る。
オルテガは隊長格ではマルコの次に古い古参兵で、ニナやフェリックス達より一回り年上である。
ベテランのオルテガは、何方かと云うと慎重なタイプだった。
マリウスは森に向けて真っ直ぐ歩きながら、オルテガに頷いた。
「昨日父上から貰った手帳に“魔物寄せ”の術式が在ったんだ。もし上手く使えるならこれで魔物を一か所に集めて、退治できるのじゃないかと思ってね」
マリウスの言葉に、オルテガが心配そうに言った。
「それは危険ではないですか、もしゴブリンロードみたいな強い魔物が出てきたらどうします」
マリウスは笑って答えた。
「その時は逃げるしかないね。でもどのみち村の周りの魔物は全部狩ってしまわないと開拓なんてできないから、何れ戦わないといけなくなると思うよ」
マリウスは魔法や弓、“剣閃”や“槍影”等の中距離アーツを使える騎士など、離れて攻撃できる物達だけを、今日は連れてきた。
これで倒せない魔物なら迷わず逃げて、準備を整えてからまた出直せばいいと思っている。
マリウスは森の入り口の手前の小高い丘の上を目指して皆を登らせた。
皆が丘の上に上がったのを見て、丘と森の中間あたり、森から200メートル程の処に立つとミラの処から貰って来た木片を出した。
ホブゴブリンの魔石をポケットから5個出して左手に握り、昨日覚えた“魔物寄せ”の術式を思い浮かべてみる。
できそうだとマリウスは感じた。
木片が青く光って、“魔物寄せ”が付与された。
マリウスは木片を地面に置くと、急いで丘の上に隠れているクルト達の元に走った。
ダニエルに“索敵”で探ってもらいながら、丘の上で全員が体を伏せて隠れて待つ。
10分位立った時ダニエルが低い声で言った。
「小さいのが来ます、結構います」
丘からそっと頭を覗かせて下を見ると森の中から一つ、また一つと白い塊が出てきた。
角ウサギだった。
頭に小さな突起の在る白いウサギ系の魔物で冬も活発に活動する。
肉の需要があって狩人の獲物になっている低級の魔物だが、時に強力な後ろ脚と頭の固い突起を使って突激してくることもあり、まともに食らうと大怪我をする。
夏の初めになると毛の色が灰色になり、秋の終わりごろになるとまた白い毛に戻るのだが、同じ角ウサギだと知らない人も多く、冬にしかいないと思っている人もいる。
雪ウサギと名前まで付けて呼んでいる人もいるが、実際は同じ角ウサギだそうだ。
何時の間にか8匹になっていた角ウサギは、マリウスが置いた木片の周りを飛び跳ねながら回っていた。
「また来ます、今度は少し大きいのが三匹」
ダニエルが押し殺した声で囁く。
森を凝視するマリウス達は、森から出て来る三匹のグレートウルフを見つめた。
グレートウルフは角ウサギを見つけると歯を剥いて威嚇しながら、木片にゆっくりと近づいた。
角ウサギはひと塊に集まって、木片を挟んでグレートウルフと対峙した。
一匹が角ウサギに警戒しながら、木片に鼻を近づけて臭いを嗅いでいる様だ。
ダニエルが緊張した声で囁いた。
「でかいのが来ます」
マリウス達は森の奥を凝視した。
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