3-2 ミラとミリの工房
「マリウスちゃん、一人でもちゃんとご飯を食べるのよ」
マリアがなかなか馬車に乗らないので、軍が進めずに皆困っている。
クラウスが今日、エールハウゼンに帰還する。
マリアはマリウスについてこの村に残りたがったが、幼いシャルロットを何時までも一人にしておく訳にはいかないとクラウスに説得されて、一緒に帰る事になった。
一夜明けてクラウスが250名余りのやや二日酔いの兵士を連れて、エールハウゼンに向けて出発しようとしているのだが、マリアがマリウスを離さず、もう30分も動けずにいる。
「何かあったらお家に帰って来るのよ!」
リザとクリスチャンが無理やりマリアを馬車に乗ると、覗き窓からこちらに叫んでいるマリアを乗せた馬車がやっと出発した。
「ではマリウス、後を頼んだぞ」
ほっとしたクラウスがマリウスにそう言うと馬車の後に続いた。
ジークフリートもクラウスと一緒にエールハウゼンに帰還する。
準備を整えて直ぐ、辺境伯家の領都アンヘルに向かって出発する予定である。
ゴート村に残ったのはクルトとニナ、フェリックス、オルテガの三人の隊長を含む騎士43名、クレメンス、ダニエルを含む歩兵108名、ケントら弓士14名、魔術師3名の計168名で、ゴート村周辺の魔物を駆逐しながら順次帰還する。
クラウスはエールハウゼンで数名冒険者を雇って、代わりに送ると言った。
魔術師は、アドバンスドの火魔術師のブレン、ミドルの水魔術師のバナードと、風魔術師のベッツィーの3名だった。
アドバンスドの土魔術師であるブレアも加わる予定だが、彼女は取り敢えず一旦エールハウゼンに戻ってマリアから上級魔法を教わりつつ、新しい司祭の為の屋敷を建設する手伝いをさせられるらしい。
軍列が総て村を出て、門が閉じられるのを見届けると、マリウスは村長のクリスチャンに案内して貰って、まずミラとミリの家を訪ねる事にした。
クルトとニナも付いてくる。
西門の近くに在るミラ達の家は農家を営んでいるそうだが、意外に大きな家だった。
その家に隣接する納屋がミラ達の工房になっている。
納屋の前に、石材と木材が積まれた荷車が置いてあった。
昨日騎士団の兵士達で村まで運んで来たものだった。
倒したグレートウルフの遺体は全て村に運ばれて、村の解体業者に持ち込まれた。
魔石は全てマリウスの元に、グレートウルフの毛皮は高価な値で売れるそうで、商業ギルドに売却される。
肉も食べられるそうだが、硬くて癖の強い臭いがあるそうで、これは村に一軒しかない雑貨屋で引き取ってもらう事になったらしい。
村人に安く販売してもらう事になっている。
獣人には好んでグレートウルフの肉を食べる人もいるそうで、それなりに需要はあるそうだ。
納屋を覗くとミラとミリがいた。
「あ、若様!」
ミリがマリウスを見つけてウサギ耳をピョコンと立てた。
「若様、昨日はありがとう御座いました」
ミラがマリウスに頭を下げる。
「うん。どう少しは落ち着いた?」
マリウスがそう言うとミリもミラも笑顔で答えた。
「はいもうすっかり元気です」
「無事で居られるのも若様の御蔭です」
マリウスはミラとミリの工房の中を見回した。
中はかなり広く、床が石畳になっているのはミリが総て自分で貼ったそうだ。
片側の壁に農具が寄せられていて、反対側の壁が一面全て棚で、いろんなサイズの木材が置かれている。
鋸や鉋、のみや金づち等といった工具が少し壁に掛けられているが、意外と工具が少ないのは、スキルでカバーできるからだろう。
奥には石材が積まれていて、漆喰に入った袋等と意外と綺麗に整頓されていた。
「お姉ちゃんが煩くて」
感心するマリウスに、ミリが舌を出して言った。
「あんた、黙っていたら直ぐ散らかすでしょ」
ミラがミリを睨む。
マリウスは木材が並んでいる棚から角材の木片を取り出した。
「実はミラに仕事を頼みたくて来たんだ」
マリウスは木片を手に持ったまま、ミラに言った。
「私に仕事ですか、勿論良いです、どんな仕事です?」
そういうミラに、マリウスは手に持った木片を見せながら言った。
「これ位の太さで、長さが僕の背丈位の杭を沢山作って欲しいんだ。勿論お金は払う」
ミラはマリウスと、マリウスの手元の木切れに目を走らせて言った。
「6センチ角の長さ140センチ位ですね。何本必要ですか?」
「出来るだけ沢山、何千本、いや何万本も必要になると思う」
ミラは驚いてマリウスを見る。
「木材を切り出すのは騎士団から人手を出すよ、ミラは指定だけしてくれれば良いよ」
「えっと何時までに必要なんですか?」
「できるだけ早い方がいい、出来た物から持っていきたい。一日にどれくらい作れるかな?」
ミラはウサギ耳をぴくぴくと動かしながら考えていた。
「私一人ならスキルを使っても1日に多分300本か350本位だと思いますが、他の大工仲間の子達に声を掛けても良いですか? ミドルの子を三人知っています。みんな“切断”や“計測”、“筋力強化”は使えるので、もっと沢山作れるようになります」
ミラの話にマリウスが驚いて言った。
「勿論構わないよ、御給金もちゃんと払う。それにしてもこんな小さな村に、大工のギフト持ちがそんなにいるの?」
「こんな木しかない山の中だからじゃないですか、石工は私ともう二人だけです」
ミリがミラの後ろから答えた。
環境に合わせてギフトをくださるのなら女神もずいぶん親切だけど。
ミラに早速今日から始めてくれる様頼むと、マリウスは外に出た。
ミラに言ってさっきの木片と同じ物を三つ貰って来た。
午後から実験に使うつもりである。
「そんなに沢山の杭を、一体何に使うのですか?」
ニナが不思議そうに聞いて来た。
「うん、ちょっと考えている事が有って、ああニナ、騎士団から10人程人を出してミラの処に行かせてくれる。材木を切る仕事をやって貰いたい」
「それは構いませんが……」
訝るニナにマリウスが更に言った。
「あと午後から実験をしたいので、今から言うメンバーに食事の後武装して東門に集まるように言ってくれる。」
そう言ってニナを騎士団に戻らせた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスは、クリスチャンやニナ達と別れると、クルトと二人でアリーシアの店に向かった。
そろそろ服が出来ている筈だ。
店のドアを開けて中に入ると、またアリーシアがブロックとお茶をしていた。
髭面のブロックは振り返ってマリウスを見ると立ち上がって、つかつかと歩いて来た。
背は低いが体はがっしりとしている。
クルトがマリウスの前に出ようとするが、ブルックは突然腰を90度に曲げてマリウスに頭を下げた。
「この前は無礼な態度をとって申し訳なかった。どうか許してくれ」
頭を下げたままのブルックにマリウスが言った。
「頭を上げて下さい、別に気にしていませんから。何かありましたか」
ブルックは頭を上げてマリウスを見ると言った。
「若様はミラとミリを助けてくれたそうだな。あの子たちはとても良い子たちだ。獣人の子供を助けたあんたは、俺の知っている貴族とは違うと解った。すまなかった、この通りだ」
そう言って再び頭を下げようとするブルックを止めてマリウスが言った。
「獣人であろうと、人族であろうと、ドワーフであろうとこの村の住人である事に変わりありません。僕はそんなことで差別する気も特別扱いする気も無いです」
「そう言ってもらえると有り難いが、出来れば何か詫びがしたい、儂に出来ることであれば何でも言ってくれ」
そう言うブロックにマリウスが言った。
「それじゃ今度ブロックさんの工房を見せて貰えませんか。色々と興味があるので」
「そんな事ならお安い御用だ、何時でも遊びに来てくれ」
ブロックはマリウスとクルトに礼をすると、店を出て行った。
マリウスはブロックの背中を見送ると、アリーシアに向き直った。
「こんにちはアリーシアさん。頼んでいた、服は出来ていますか」
アリーシアはにこにこしながら答えた。
「はい出来ていますよ。新しい上着とズボンとシャツが2着ずつに、寸法直しが5点ですね」
そう言ってアリーシアは奥の部屋に入ると畳んだ服の山を持って来てくれた。
クルトが受け取り、マリウスは服の山から新しい上着とズボン、シャツを一着ずつ引っ張り出した。
マリウスは奥の部屋を借りて、白いシャツと錆色の騎士団の制服風の上下にさっそく着替えてみた。
あららしい服は着心地が良く、体を動かしてみると、少しゆったりとした寸法にして貰ったので、動き易かった。
注文通り、左に大きめのポケットが二つ付いている。
マリウスは左手をポケットに突っ込んで感触を確かめた。
魔石を入れて置けばいつでもスムーズに取り出せるのを確認して満足した。
「まあ若様、とても良くお似合いですよ」
「まるで騎士団の将軍の様です」
アリーシアとクルトが煽ててくれるので、マリウスは気分が良くなって、この姿のままで帰る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます