第三章 辺境の執政官
3-1 執政官マリウス
『シッセイカン』
聞きなれない言葉にマリウスが戸惑う。
「父上、執政官とはどの様な事をするのでしょうか?」
マリウスがクラウスに尋ねた。
「そうだな、まあ行政、財務管理、税の徴収、治安維持、農地の開拓、その他すべての事柄についてこの二村に関し、お前の責任において取り行うという事だ」
「私が総てを、ですか?」
『開拓ルートか、王道だな』
戸惑うマリウスにクラウスが笑いながら言った。
「そう心配するな、お前を助ける人材をジークやホルスと厳選してお前の補佐に付ける。お前は私の代理として、その者達の仕事を見届ければ良い。それにこれはお前の為でもある」
「私の為ですか?」
マリウスはどう云う意味かクラウスに聞いた。
「この地にいる方が、お前はお前の力を思う存分自由に使えるという事だ。この地は我が領の果てであると同時に、王国の果てでもある。お前が余人の目に触れずに己の力を揮うのに、これほど都合の良い処は外にない」
クラウスの言葉にマリウスも考える。
エルザが言うには自分の力は異常だという。
人目に付くのは余り良く無い事態を招くことになるかもしれない事は、マリウスにも理解出来た。
「これからエールハウゼンには非常に厄介な客を迎えねばならない。当面その者達からお前を隠すという意味でも、これは良き案だと思っている」
厄介な客とは話の流れから、新しくやって来る教会の司祭の事だと云うのは何となく見当が付くが、その司祭と自分が逢うのは拙いという事なのか。
首を傾げるマリウスにエルザが言った。
「そう難しく考えるなマリウス君、貴族なら何れ嫌でも領地の経営を覚えなくてならん。それにここなら公爵領にも近い、私も好きな時に遊びに来られる」
そう言ってエルザが笑うが、公爵夫人が好きな時に遊びに来るのは、それはそれで問題の様に思えるが。
「そう言うわけだマリウス。執政官として見事この地を開拓して見せよ、期待しておる」
威厳を正してそう言ったクラウスに、マリウスも一礼して答える。
「謹んでお受けいたします、父上」
マリウスの言葉に隊長達が騒めいた。
「ぜひ私を若様の軍にお加え下さい!」
「抜け駆けは赦さんぞニナ! 若様ぜひ私をお加え下さい!」
フェンリクスとニナが睨み合う。
「ぜひ私もお願いします」
ケントまで手を挙げている。
ジークフリートがことさら厳しい顔で言った。
「若様に誰を付けるかは儂と御屋形様で決める」
「団長、自分が若様の軍に入ろうとしてまいせんか?」
マルコの茶々にジークフリートが眉を吊り上げて怒鳴った。
「若様の軍の先陣はこの儂と決まっておる! 文句のあるものは儂を倒してからにせよ!」
応と、クルトが立ち上がり、隊長連中も一斉に立ち上がった。
隊長達の騒ぎに苦笑しながら、クラウスがエルザを見た。
エルザは楽しそうにマリウスを見ている。
マリウスを辺境の村の執政官にすると云うのは、エルザの発案であった。
マリウスを此処に隔離することで、エルシャ・パラディの一行から暫くマリウスを隠す事が出来る。
更にこの地から山一つ越えれば公爵領である。
非常な事態が起これば逃げ込むことも、逆に公爵家から兵を送る事も出来る。
マリウスの為と言えば、マリアも納得するであろう。
別にクラウスは、本気で七歳のマリウスに辺境開発をさせようとは思ってない。
自分が盾となってエールハウゼンでエルシャを抑えている間に、ここで伸び伸びと己の才能を伸ばして欲しい。
それが何れ子爵家の大きな力になる事を、クラウスは確信していた。
隊長連中とジークフリートは、いつの間にか腕相撲のトーナメントを初めてしまっていた。
エルザが自分も混ぜろと騒いでいる。
マリウスは眼を白黒させながらも、笑って皆を見ていた。
クラウスは改めて息子を守ると決意した。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「この度は我らの調べが不十分だったばかりにこの様な事態を招き、誠に申し訳御座いません。いかなる罰も私が負いまする故、どうか我が一族の者共には寛大なお心を賜るよう、伏してお願いいたします」
ハイエルフの族長の娘、ウルカがステファンの前で手を付くと、大仰の向上を述べて詫びる。
ステファンの横で、ベルンハルトが苦虫を噛み潰したような顔でウルカを見ていた。
「頭を上げよウルカ。其方たちの所為ではない。其方たちのもたらしたミスリル鉱脈の話に嘘が無かった事は確認しておる。ただ我らの備えが不十分だっただけだ」
ステファンはウルカとハイエルフ達を見回しながら言った。
ミスリル鉱脈の在った丘陵地帯から、80キロほど離れた森の中の開けた平原である。
魔境に入った初日に野営をした場所まで、辺境伯軍は何とか後退することが出来た。
資材も食料もテントも何もかも投げ捨てて、皆身一つでここまで駆け通してきた。
ハイエルフの水魔術師の出してくれた水で、辛うじて皆喉の渇きを潤し、ここで一夜野宿をすることになった。
4000の兵士と、2000を超える輜重隊と護衛の冒険者の軍勢であったが、此処へたどり着いた時には総数が4000人を切っていた。
はぐれた者達が、何とかここにたどり着いてくれるのを待ちながら、ここで一夜を明かすつもりである。
「これは慈悲深きお言葉を賜り、感謝申し上げます、我らハイエルフ一同、今後もステファン様の御為に、身命を賭して尽くす事を御約束いたします」
ウルカの詫の言葉を聞きながら、ベルンハルトは後悔の念に苛まれていた。
今思い返してみても確かに腑に落ちない事が多々あった。
かの地はハイオークの勢力圏ではあったが、ハイオークたちはかの地には住んでいなかった。
こちらの軍が侵攻したのに呼応して、何処からか進軍してきたのであった。
その後自分たちが駐屯した二日間、ハイオークはおろか他の魔物も一切現れなかった。
順調すぎるほど順調に、築城工事が進められた。
魔境であるにも関わらず。
その事に何の疑念も抱かず、この様な事態を招き、ステファンの輝かしい戦歴に傷をつけた責任は、ハイエルフではなく自分に在ると、ベルンハルトは軍を預かる立場として認めざるを得なかった。
娘の事を言い訳にはしたく無い。
全て己の責の様に詫びを入れるウルカに、憎しみすら覚えながら、ベルンハルトは臍を嚙んだ。
グリフォンとワイバーンが野営地に舞い降りて来る。
行方不明の者達を捜索に出たイザベラ達である。
「ステファン様! ここより北5キロの地点にハイオークの軍勢が集結しております。その数およそ二万!」
イザベラの言葉にステファンが床几から立ち上がる。
「伯父上、直ちに防御の陣を組んでください! 私はバルで出ます」
ステファンがそう言って愛竜の元に駆けていく。
「総員戦闘配備! 魚鱗の陣でハイオークを迎え撃つ、騎兵は前に出よ!」
ベルンハルトは命を発するとバイコーンに跨った。
ウルカ達ハイエルフが後方に下がっていく。
ベルンハルトは兜の面を降ろすと、バイコーンを陣の前方に進めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
腕相撲のトーナメントはジークフリートを破ったエルザと、フェリックスを降したクルトの決勝になり、結果エルザが優勝した。
その儘宴会となり、兵士達やエルザと三人娘、村人達も加わって広場でバーベキュウをして、兵士達は最後の夜を楽しんだ。
クラウスはマリアと話があると言って、途中で居なくなってしまった。
マリウスが部屋に戻ると、マリアは未だ帰っていなかった。
残った魔力は274あった。
マリウスはアーツが手に入らないのなら、魔法を強化する事を考えていた。
ザトペックから貰った羊皮紙の中に、“魔力効果増”という付与術式がある。
上級付与術式になるが、一回くらいなら使えるのではないかと魔石の入った鞄を開けた。
上級魔物の魔石は、ブラッディベアの物しかなかった。
灰色が掛かった黒い魔石は、一つでもずっしりとした重みが在った。
何か付与できるものが無いかと辺りを見回して、マリウスは自分の剣を手にした。
剣には既に“強化”の術式を付与してあった。
しかし鞘には何も付与していない。
マリウスは左手を鞘に充てると、“魔法効果増”の術式を思い浮かべた。
鞘が青い光に包まれて、付与が完了したことを告げる。
ステータスを確認すると魔力が110減っていた。
恐らく上級付与に必要な魔力が100で、ブラディーベアの魔石一つでオーガと同じ、10必要なのだろう。
今日もジョブレベルが一つ上がっている。
マリウスのスペシャルギフト全魔法適性と魔法効果の相乗効果は、既に三倍を超えていた。
“飛距離増”の効果を見ても、恐らく更に三割以上の効果の増大が期待できる筈である。
マリウスは窓をあけると夜空に向かって、“アイスカッター”を8度続けて放った。
ジェーンが見せてくれた魔法の、五倍ほどの大きさの氷の刃が、アッとゆう間に夜空に消えて行って見えなくなった。
マリウスは満足して窓を閉じると、体に“ウォシュ”を掛けて眠った。
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