2-34  ケリー


 テントが内側からペタっと潰れて、片腕を食い千切られた冒険者が血まみれで転がり出てきたが、別のアリに胴を食い千切られて絶叫している。


 暴れ馬が群れの中に駆け込んで、あっという間にアリに引きずり倒されると、数匹のアリが馬に群がって引き裂いていった。


 エレノアが目の前に迫るアリに“ファイアーボム”を放った。


 炎の球がアリの頭に直撃して爆発した。

 煙の中から頭を振りながら蟻、がエレノア達に突進してくる。


 中級火魔法“ファイアーボム”が、全くアリにダメージを与えていないのに気付くと、エレノアは特級魔法“ヘルズデトネーション”を放った。


 アリたちの間で爆炎が上がり、爆風で周囲のテントが薙ぎ倒される。

 爆炎が消えると、身を低くしていたアリが達がむくりと起き上がった。


「だめ! 此奴ら魔法が効かない!」


 炎の中から襲い掛かるアリを、アデルが大盾で受け止めた。

 後ろからバーニーが、アリの頭にミスリルの槍を突きたてた。


 穂先がアリの頭に刺さるが、アリは怯まずに牙を向けた。

 アデルが盾で弾き飛ばすと、アリが仰向けにひっくり返った。


 アデルは更に“理力之盾”を二枚出して周囲のアリを抑える。


「殻も硬い!」


 そう言いながらバーニーが上級アーツ“刺突貫槍”で転がったアリの腹を貫いた。

 アリは余程生命力が強いのか、腹を槍で貫かれて体液を流しながらも、未だ蠢いている。


 「こいつらの殻、ミスリルじゃない?」


 エレノアが叫んだ。

 ミスリルは魔法に対する耐性が高く、鋼よりはるかに強靭である。


 アリは未だ不気味に脚を動かしているが、起き上がれない様だ。

 反対側でケリーが“羅刹斬”で別のアリの片側の脚を二本斬り飛ばした。

 アリが前のめりに斃れてぐるぐると這い廻る。


「脚なら斬れるぞ!」

 ケリーが叫ぶと、ソフィアがダマスカス鋼のクリス短剣を抜く。


 波型にくねった短剣を構えると“瞬動”を発動して一気に前に出る。


 アデルが“理力之盾”で抑えている二匹のアリの間を縫うように駆け抜けながら、レアアーツ“疾風斬”を発動し、二本ずつ脚を斬り飛ばして素早く戻る。


 二匹のアリが横倒しになって足掻いた。

 五人は円陣になって周囲を見回す。


 周りには数千というアリの魔物に囲まれていた。

 テントから跳び出した冒険者達が、次々とアリに食い千切られていく。


「どうするケリー!」

 アデルが怒鳴った。


「無理だ! 撤退する!」

 ケリーはそう言うと、正面のアリの群れに向かって、ユニークアーツ“斬刀吹雪”を発動した。


 目の前のアリの群れを、風に舞う様に無数の理力の刃が切り刻む。


 ケニーのユニークアーツ“斬刀吹雪”に体を両断され、脚を切断されて倒れ、頭を半分斬り落とされて体液をぶちまけながら、それでも巨大なアリはわさわさと蠢いている。


「走るぞ!」


 ケリーの言葉で全員がアリの群れの中に走りだした。


 アデルが大盾を背中に廻すと、エレノアを肩に担いで“理力之盾”を三枚出した。

 周囲に迫るアリを盾で叩き伏せながら、ケリー達に続く。


「ちょっと! もっと丁寧に扱いなさいよ!」 

 エレノアがアデルの肩に担がれたまま怒鳴ると、周囲から迫るアリたちの前に“ファイアーボム”を連射する。


 アリの前の地面が次々爆炎を上げ、巻き上げられた土砂がアリを牽制した。


 バーニーが“槍雨地獄”を前方に放ち、槍の雨に縫い留められて動きの止まったアリ達の間を5人が駆け抜けて行った。


 生き残った冒険者たちが数名ケリー達の後を追いかけて来くるが、アリが横から襲い掛かって、一人また一人とアリの群れの中に引きずり込まれていった


  ■ ■ ■ ■ ■ ■


 ステファンは目覚めると傍らのイザベラを見た。

 ステファンの腕の中で眠るイザベラは小さな寝息を立てている。


 ステファンはイザベラを起こさないように、片手で毛布を摺り上げると、裸のイザベラの肩に掛けた。


 辺境伯家の領主は、殆ど王国の他の貴族と政略結婚を結んだ事がない。

 自領の中の有力豪族と縁戚を結ぶことで、その結束を強めてきた。


 例外だったのは祖母のシェリルだけで、ステファンの祖父が、当時王国の魔導師団長だったシェリルの才能と美貌に魅かれて、正室に迎えた件だけだった。


 ステファンは亡父の従兄で盟友であり、貿易港ライメンを含む南部一帯を支配する領内随一の有力豪族であるベルンハルトの娘、イザベラを当然の自分の妻に迎えるものと決めていた。


 幼馴染で自分を兄の様に慕うイザベラを、心の底から愛していた。

 実際今年の秋には婚礼の儀を行い、正室に迎える事が内々に確定していた。


 全てを覆したのはシェリルの決定だった。


 辺境伯領に庇護を求めて現れた、60余名のハイエルフを保護したシェリルは、族長の娘を正室に迎える様にステファンに言った。


 あのハイエルフがシュナイダー家の悲願を叶えてくれると。

 シュナイダー家が辺境伯と呼ばれるようになって250年。


 辺境とは王国の物言いであり、自分たちはそれを心から受け入れた事は一度も無い。

 辺境伯の名を返上し、王国の支配から脱する事。

 それがシュナイダー家の250年の悲願だった。


 ステファンはシェリルの命を受けた。

 側室でもいいと言ったイザベラを手放す気は毛頭なかったし、変わらずに自分に忠義を尽くしてくれるベルンハルトにも必ず報いたいと思っている。


 英雄と言われた父ですら果たせなかった願いを必ず叶えて見せる。

 ステファンは闇を見つめながら、心の中でそう誓った。


 軍馬の走る蹄の音がする。

 “ライト”の灯りがテントを照らしたのが解った。


「イザベラ、起きよ」

 ステファンはイザベラに声を掛けると、彼女の頭から腕を抜き、素早く鎧を着こむ。


 目を擦りながら起き上がるイザベラに服を投げた。


「夜襲の様だ、急げ!」


 そう言って剣を佩く。

 イザベラも慌てて服を着ると、剣を腰に吊った。


 イザベラの手を握ってテントの外に出る。

 巨大なアリの魔物と兵士達が戦っているのが見えた。


 兵士達が集結しながら陣を組んでアリに向かうが、刀が弾かれて苦戦している様だった。


 アリは一匹や二匹では無かった。

 体長が3メートル以上有りそうな巨大な銀色のアリが、周囲から押し寄せて来る。

 目の前にバルバロスと、イザベラのグリフォン、リオニーが舞い降りた。


 バルバロスが尻尾でアリを追いながら念話を送って来る。


(いつまで寝ておる、早く乗れ)


 ステファンがバルバロスに乗ると、バルバロスは素早く舞い上がった。


 グリフォンのリオニーもイザベラを載せて舞い上がり、バルバロスの後に続く。

 上空に上がってステファンは驚愕した。


 数百どころではなかった。

 この丘陵地帯を埋め尽くす様に、万という巨大なアリの魔物が這いまわり、兵士や冒険者に襲い掛かっている。


 騎兵が集団でアリの群れに突撃するのが見えた。


 前のアリが“理力要塞”を纏った騎馬の一団に跳ね飛ばされる。

 ベルンハルトの軍勢だ。


 しかし騎馬の一団は、次々と湧いてくるアリを押し切れずの止まってしまった。

 前衛の騎士達がアーツを使って斬りつけるが、アリの硬い殻に苦戦している。


 群れの後方をバルバロスのブレスが薙いだ。

 一直線に爆炎が上がり、巨大なアリが宙尾舞う。


 直撃を受けたアリは両断されて体液を流しているが、吹き飛ばされたアリは起き上がって再び動き出した。


 モールスのグレータードラゴンやワイバーン、ペガサスも合流してきた。

 リオニーの風魔法や、白竜の氷のブレスがアリの群れに降り注ぐ。


 アリは動きを止めて身を低くして耐えると、再び動き出した。


「だめですステファン様! 魔法が効きません!」

 イザベラが叫んだ。


 ステファンはアリの群れの中に“龍晄制覇”を放った。

 数百本の光の雨がアリの群れに降り注ぐ。


 胸や腹を貫かれて煙が上がり、脚を飛ばされても未だアリは、藻掻きながら動きを止めずに這い回った。


 ステファンの目に、冒険者の一団と共にアリの群れの中を走るハイエルフの一団が見えた。


   ■ ■ ■ ■ ■ ■ 


 アリの群れの中を掛けるケリー達の前に、30人程のローブを纏った一団がいた。

 “ストーンウォール”や“アイスシールド”でアリの動きを止めながら、派手なドレスアーマーを着た紫髪の女を守っている。


 少し離れた処を、ドラゴンのブレスが薙いだ。

 爆炎と共にアリが舞い上がるのが見える。


「こっちに当てんなよ!」

 ケリーは空に向かって怒鳴りながら、“羅刹斬”で目の前のアリの脚を斬り飛ばす。


 傾いたアリの脚をもう一本斬り飛ばして、ロープの一団に近寄った。

 彼女達に見覚えがあった。


 ハイエルフの魔術師たちだった。

 派手なドレスアーマーを装備した紫髪の女が、ケリーに駆け寄った。


「助けて下さい。必ずお礼はしますから」


 ケリーは周囲を見回すと、辺境伯軍の騎馬隊がアリの群れに突撃するのが見えた。


 ケリーは再び“斬刀吹雪”を放って目の前のアリの群れを無力化する。


「礼は必ず貰う。付いて来い!」

 そう言って辺境伯軍の方に駆けだした。


 冒険者とハイエルフの一団が後を追う。

 先頭を“瞬動”を纏ったソフィーが代る。


 迫るアリたちの脚を斬り飛ばしながら、前に進もうとするが、アリの群れの層が厚すぎて、なかなか進めない。


 上空の赤龍が、前方のアリたちの群れにブレスを吐いた。

 爆炎と共に飛び散る土砂を腕で防ぎながらケリーが怒鳴る。


「危ねーだろうが! 殺す気か!」

 上空でステファンが笑い乍らケリーに手を振る。


「あの野郎、生きて帰ったら必ずぶん殴る」

 そう言うとケリーは、道を開けた騎馬隊の中に飛び込んだ。


「死ぬかと思った」

 ソフィーが後ろに続く。


 ハイエルフたちも駆け込んでくる。

 “理力之盾”で周囲のアリを抑えていた最後尾のアデルの肩の上で、エレノアが喚いている。


「もういいから降ろせ、馬鹿!」

 アデルはガハハと嗤いながら、エレノアを担いだまま騎馬隊の後ろに駆け込んだ。


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