2-33  アーツ


 マリウスは昼食までは未だ大分時間があるので、クルトと剣の稽古をしていくことにした。


 体を解すとすぐ剣を取った。

 まず型稽古から始める。


 クルトが時々直しながら、暫くマリウスが剣を振るのを見ていたが、自分も剣を抜いて言った。


「力が増しただけでなく、太刀筋も随分と鋭くなられたようですな。ここからは私と乱取り稽古を始めましょう」


 クルトが構えたのは大剣ではなく、ホブゴブリンの剣の方だった。

 マリウスがクルトに打ち込むが、全て剣で流されてしまう。


 マリウスは休まず連続で剣を振る。


 上段、下段、突きと連続技でクルトに斬りつけるが、全てクルトの剣に受けられ、マリウスのバランスを崩す様に流していく。


 マリウスは何度か転びそうになるが、踏ん張って次の攻撃を繰出していく。


 二時間近く乱取りを続けて、剣の稽古を終えた頃にはマリウスは汗だくになっていた。


 “ウォシュ”で汗を流すと、クルトにも“ウォシュ”を掛けた。

 クルトは驚いた様だったが、“ウォシュ”が気に入ったみたいだった。


 マリウスはふと思いついて、クルトに尋ねた。


「アーツはどうやったら身に付けられるのか、クルトは知ってる?」

 クルトは考えながら答える。


 「色々ですね。スキルが手に入るのと同時に身に付く物や、スキルそのものが一種のアーツである事もあります、訓練や戦闘の中でアーツが手に入る事もありましたね。」


 戦いの中で、という事はやはり剣で戦わなければならない、という事だろうか。


 「クルトは“筋力強化”を使えるよね、一度使っている処を見せて貰えないかな。」

 マリウスがそう言うとクルトは笑って答えた。


「“筋力強化”は戦士にとっては基本スキルですから、殆ど勝手に発動してしまいます」


 そう言って息を吐くと、腕や足の筋肉が目に見えて太くなった。

 胸の筋肉もさっきより膨らんで、革鎧が張った。


「発動するのはどういう感じ?」

 マリウスの問いにクルトが答えた。


「体の中心から、力が手足の隅々まで伝わっていく感じです。」


 体の中心から力。


 それが理力?


 マリウスは眼を閉じて意識を自分の体に向けてみる。

 魔力があるのは感じられる。

 水が流れる様な力だった。


 その向きを変えて外に向かって放出すと、魔法が発動する。

 だが理力が何処に在るのか、自分の中に意識を向けてみても、マリウスには解らなかった。


 既にFPは75ある。

 ビギナーの戦士職を凌ぐ程の量である。

 

 アーツが使えてもおかしくないと思うのだが、理力がどんなものか全くわからない。


「理力ってどんな感じがするの?」


 マリウスの問いにクルトは少し考えてから答えた。

「そうですな、熱い、炎の様な感じですか。」


 熱い炎。


 クルトの言葉を聞いた瞬間、マリウスは自分の中の理力を感じることが出来た。


 イメージが自分の中で炎の形になった。

 そんな感覚だった。


 マリウスは意識を集中してその炎に向ける。

 炎を自分の意識で動かしてみる。


 炎が渦を巻きながら、体の中を循環していく。

 腕にも、脚にも流れ込んでいくのが解る。同時に力が細胞の隅々に流れ込んでいく。


 つま先から髪の毛の一本一本まで力が浸透していくのを感じた次の瞬間、突然力が散ってしまった。


「マリウス様?」


 怪訝そうにするクルトに、マリウスが笑って言った。

「ああ、失敗したみたい。そんなに簡単にはいかないか」


 理力を使いこなして、“筋力強化”のアーツを使えたら、色々と便利だと思ったが、そう簡単にはいかない様である。


『何か、クエストこなして手に入れるパターンとかじゃねえの?』


「焦る事はござりません。マリウス様であれば、直に習得されるでしょう」

 クルトも笑って言った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 騎士団が村に帰還した。


 マリウスはマリアやクルトと一緒に、門の前で兵士達を迎えた。

 門の中では村人達も並んで兵士達に手を振っている。


 既にホブゴブリン討伐の報せは、村人達にも伝わっている。

 やっと終わった、という思いを皆が共有していた。


 クラウスの馬がマリウス達の前で停まった。


「父上、無事の御帰還を御悦び申し上げます」

 クラウスは、うむと頷いて言った。


「其方もグレートウルフを討伐したそうだな?」


「はい、クルト達とグレートウルフを退け、無事村人を救出することが出来ました」


 マリウスの言葉にクラウスは満足そうに言った。


「よくやった。留守の任ご苦労であった」

 そう言って馬を進め村に入って行く。


 後に続くエルザが、マリウスに馬を寄せて言った


「大層な活躍だったそうだなマリウス君、一人でグレートウルフを27頭も狩ったんだって」


「あ、いえ、クルトやクレメンス達が頑張ったおかげです。僕は離れた処から魔法を撃っていただけです」

 マリウスの言葉に、エルザが笑いながら言った。


「魔術師ならそれが当然だ。堂々と手柄を誇れば良い。それにそれだけの働きが出来る魔術師等そうはおらんぞ」


 エルザの言葉を聞いて、後ろに居るジェーンが遠くを見ながらぶつぶつ言っている。


「どうせ私はへぼ魔術師です。一回で魔法も憶えられない駄目な魔術師ですよ」


 なんかこの人最初とキャラ変って無いか。

 マリウスはすっかりネガティブキャラが板についたジェーンを盗み見る。


「あー、これの事はほっといてあげてね。色々あってさ、実は結構打たれ弱い奴なんだ」


「良いとこのお嬢さんのエリート魔術師だからね。まあ殆ど若様の所為なんだけど」


 キャロラインとマリリンが笑い乍ら、フォローになってないようなフォローを入れる。


 エルザがからからと笑いながら村に入って行った。


  △ △ △ △ △ △


 王都の冒険者クラン、『ランツクネヒト』所属のSランクパーティー、『白い鴉』のリーダー、ケリー・マーバーツェルは手酌で木のコップに葡萄酒を注ぐと、一息に煽った。


 ここは魔境の中、戦場の跡に張った野営用のテントの中だった。

 

 クラン代表のアイリスの要請で、彼女達『白い鴉』は、辺境伯家の魔境遠征に参加している。


 外にも50を超える冒険者パーティーが参加していた。

 

 彼女達のクエストは輜重隊の護衛と、現地の拠点の建設期間中の警備だった。


 多くのパーティーが三年の契約を辺境伯家と結んでいるが、『白い鴉』は一番内側の城壁が完成する予定の、半年間の契約でこのクエストに参加している。

 

 Sランクパーティーである彼女達にとっては、それ程旨味のあるクエストでは無かった。


 アンヘルのダンジョンで活動するパーティーの中でもトップクラスである『白い鴉』には、当然辺境伯家からオファーが在ったのだが、ケリーは当初このクエストを断るつもりでいた。


 アイリスに懇願されて、やむなく参加させられただけである。


 アイリスはこのクエストを受けることで、辺境伯家に貸しを作り、同時に情報を得たいと考えている様だ。

 

 辺境伯家のミスリル鉱山奪取の顛末と、その後の運営。


 無論彼女も『ランツクネヒト』がグランベール公爵家と云うか、公爵夫人のエルザ・グランベールから多大な援助を受けてきたことは知っている。

 

 しかし自由を求めて冒険者になった自分たちが、今更密偵の真似事等と、ケリーはコップに葡萄酒を注ぎながら思った。

 

 唯一の救いは辺境伯家が、さほど情報の秘匿をしていない事だった。


 むしろ他家に対して、此処まで来られるものなら来てみろと言わんばかりの姿勢だ。


 それは魔境と数百年対峙してきた辺境伯家の矜持であろう。

 

 昨日の戦闘の、辺境伯軍の強さは圧倒的だった。


 ケリーの目から見ても、間違いなく王国最強の騎士団であり、当主のステファン・シュナイダーは王国最強の戦士だった。


 同じユニークの剣士であるケリーですらそう思う。

 

 アークドラゴンを駆るステファンの、凄まじい戦闘力には舌を巻かざるを得ない。


 ハイエルフたちの魔法は、戦場だけでなく城壁造りにも遺憾なく発揮され、工事は着々と進んでいた。


 ケリー達は魔境の地で、何の出番も無いまま二日目の夜を迎えていた。

 

 傍らで、火魔術師のエレノアと斥候のソフィーが寝息を立てている。

 男共は他のテントで寝ていた。


 夜番は外のパーティーの者が受け持っている。

 

 ケリーはコップに残った葡萄酒を飲み干すと、自分も眠るために魔道具の灯りを消そうとした。


「来る!」


 眠っていたソフィーが突然、毛布を蹴って跳ね起きると、愛用しているクリス短剣が吊られたベルトを素早く腰に巻いた。


「何処からだ!」

 ケリーが怒鳴る。


 エレノアも起き上がっている。

 ソフィーはレアの斥候だった。


 “索敵”で周囲を探っていたソフィーが悲鳴を上げた。


「下から! 凄い数!」


 ケリーは剣をもってテントの外に跳び出した。

 周囲にも無数のテントが張られている。


 松明に照らされた地面が突然盛り上がり、真ん中がボコリと沈んで、直径2メートル程の黒い穴が出来た。


 見ている間にも次々と土が盛り上がり、彼方此方に黒い穴が開く。


 テントから出てきたエレノアが、夜空に向けて“ライト”を上げた。

 穴の中から銀色に光る巨大な頭が這い出してきた。


 大きな触覚を不気味に揺らし、鋸の様な刃の付いた牙をがちがちと横に動かすそ れは、3メートルを超える巨大なアリだった。


 頭、胴、腹の三つに分かれた体も、六本の脚も全て銀色の甲殻に覆われている。


 一匹がテントから出てきた冒険者に襲い掛かると、巨大な牙で頭を嚙砕いた。


「なんだ、アレは!」

 パーティーの盾士アデルと槍士バーニーが、ケリーに駆け寄って来た。


「見ての通りだ、誰かあの魔物を知っているか!」

 ケリーの言葉に誰も答えなかった。

 穴は辺り一面に次々と開いていき、巨大な銀色のアリが次々と這い出してきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る