2-32  実験


 エルヴィン・グランベール公爵は、エルザからの手紙を握り潰して丸めると、若い軍師、アルベルトに投げつけた。


「アースバルトから木盾を1000枚買うだと! 何故そんな物を儂が買わねばならんのだ。エルザは一体何をやっているのだ!」


 子爵領境を監視させていたガルシア・エンゲルハルト将軍から報告書に添えられたエルザの手紙を見て、エルヴィンは青筋を立てて激高している。


 公爵家軍師アルベルト・ワグナーは投げつけられた手紙を、首だけヒョイと動かして避けると主を見る。


「件の子爵殿の嫡男が、付与魔術を施した木盾と聞き及んでおりますが」


「ふん、付与魔術等、頭から否定しておったのはエルザではないか。勝手に飛び出して行ったかと思えば。大体ビギナーの付与魔術師の付与した木盾なぞ役に立つ訳が無かろう!」


 アルベルトは主の激高をどこ吹く風と受け流しながら、話を続けた。


「奥方様はそうは考えておられない様です。その木盾は、魔境探索の任にも必ず役に立つとお考えのようです」


 アルベルトの言葉に、エルヴィンは苦虫を嚙み潰した様な顔で言った。


「またその話か、そもそも儂は魔境探索を許可した覚えはない。いかに宰相の依頼であろうとこの儂が認めぬ限り、勝手に話を進める事は赦さん!」


 エルヴィンは勿論エルザとアルベルトが、王家の援助を受けて、魔境探索に乗り出そうとしているのは知っている。


 しかし辺境伯家に既に数百年単位で後れを取っている自分たちが、今更辺境に乗り出して何が出来ると思っている。


「既に子爵家がその任を受けることを、内諾されたようです」

 勿論アルベルトにもエルザから書簡が届いている。


 アルベルトの言葉にまたエルヴィンの眉が吊り上がる。


「クラウスの阿呆めが! まんまとエルザの口車に乗せられおって! エルザは皆を巻き込んで、ただ己が魔境に行きたいだけではないか!」


 怒鳴るエルヴィンを見つめながらアルベルトが言った。


「それでは閣下は、このまま辺境伯家が総てを手に入れるのを、黙って見過ごすおつもりですか」


「未だ辺境伯がミスリル鉱山を手に入れたわけではないわ。魔境の中に街を作ってミスリルを採掘する等、儂には夢物語としか思えぬ。辺境の魔女もだいぶ耄碌したのではないか?」


 エルヴィはそう言って首を振った。

 手に入れられてからでは遅い、とアルベルトは思う。


 辺境伯家の独り勝ちが確定してしまう。

 アルベルトは、グランベール公爵家こそが、王国東部の盟主であらねばならないと思っている。


 エルザにも、宰相ロンメルにも何か思惑があるのは解っているが、それでもアルベルトは、公爵家は魔境に目を向けるべきだ、と考えている。


「私に値段の交渉なども兼ねて、現状を確認するために至急現地に来いと仰せですが、いかが致しましょうか」

 アルベルトの言葉にエルヴィンは不機嫌そうに答えた。


「お前の目でしかと見て参れ。つまらぬ木盾など買う必要は無い、エルザが勝手を申すようなら連れ戻して参れ」


 アルベルトは更に主に問うた。

「其れと、もう一つの奥方様の御申しつけについては如何致しましょう?」


 エルヴィンの眉が吊り上がり、眉間に皺が寄る。


「断じて許さん! エレンをクラウスの子倅の許嫁にする等、儂の断りも無く勝手なことを。その件に関してはエルザが帰り次第、儂が直々に話をする。それまでこの話を進める事はまかりならん!」


 エルヴィンがぜえぜえと息を切らしながら怒鳴るのを聞きながら、アルベルトは考えていた。


 直感で動くエルザの行動は、滅茶苦茶に見えるが実は正鵠を射ている事が多い。


 木盾の件にしろ、娘の婚姻の件にしろ、エルザが可と判断したのであれば、無視はできない。


 やはり件の少年を、自分の目で見るしかないとアルベルトは思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスはクルトと二人、西門の外にいた。

 回収された、ホブゴブリンの剣の中から、手頃な物を持ってきていた。


 マリウスは土の橋を渡って荒れ地に出ると、“ストーンウォール”を調整しながら発動した。


 壁の大きさを自由に操作できる様なので、クルトの体と同じ位の大きさの岩の壁を作る。


 同じ物をもう二つ作ると、順番に“強化”、“物理防御”、“魔法防御”の術式を付与していく。


 以前に実験したときには、マリアが“クリエイトポール”で作った土の柱を使ったが、遥かに質量があり丈夫そうだった。


 次にクルトから、持ってきた剣を受け取る。

 刀身の幅が広い、刃渡り80センチ位の両手剣に“強化”を付与した。


 “強化”を付与した石壁から、クルトに本気で切ってくれと頼んだ。

 クルトは剣を受け取ると壁に向かって構え、アーツ“羅刹斬”を発動した。


 袈裟に石壁に斬りつけると、がつんと音を立てて揺れた、少し傾いたが表面には傷も無かった。


 マリウスはクルトに替わって、至近距離から“ストーンランス”を壁に向かって撃ち込んだ。

 石壁は大きく揺れ更に傾いたが、やはり傷一つ付かなかった。


 次に“物理防御”を付与した石壁に、クルトが切りつけた。

 剣は壁の表面で音を立てて止まり、石壁は静かで揺れる事もない。


 勿論傷一つ付いていない石壁に、マリウスが“ストーンランス”を放った。

 石の槍は石壁を貫通して粉砕する。


 次に“魔法防御”を付与した石壁に、マリウスが先に“ストーンランス”を放った。

 石の槍は石壁に当たって砕けた。


 続けて“アイスカッター”を叩き込んだが、氷の刃は石壁の表面で砕けた。

 クルトが“魔法防御”の付与された石壁を“羅刹斬”で斜めに切断した。

 

 マリウスは実験の結果に満足すると、石壁を全て消した。


「この剣を戴いても宜しいでしょうか」

 クルトが言った。


 マリウスは、ああと、クルトの腰に吊った彼の大剣を指差すと言った。

「構わないけど、どうせならそちらの剣に付与してあげるよ」


 マリウスはクルトから大剣を鞘ごと受け取った。


 大分力が上がった筈だが、それでもクルトの大剣は両手でやっと持てる位重かった。


 マリウスはクルトに鞘を持ってもらって、両手で剣を抜くと地面に置き、ゴブリンの魔石を4つ使って“強化”を付与した。


 剣を返すとクルトは嬉しそうに、両方使わせて貰うと言った。


 マリウスは思いついてオークの魔石を一つ左手に握ると、クルトが騎士団の上着の下に着込んでいる革鎧に右手を当てた。


 クルトは騎士のフルプレートメールを好まず、袖の無い革鎧とガントレットと一体になった鉄の籠手を着用している。


 マリウスは“物理防御”を革鎧と籠手に付与した。


 礼を言うクルトに、

「魔法には効かないから気を付けてね」

 とマリウスは言った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ホブゴブリンの村の始末を歩兵に任せて、クラウスは騎士を率いて村に帰還する事にした。

 エルザと馬を並べて進むクラウスの元に、留守を任せているクレメンスからの伝令が来た。


「なに! 村の南にグレートウルフの群れが現れて村の娘が襲われただと! それでどうなった?」


 驚くクラウスに伝令兵が答えた。

「はい、若様と副団長がすぐ迎撃に向かわれ、グレートウルフの群れを撃退して娘たちを救出致しました」


「ほお、マリウスとクルトが。して皆無事なのか?」

 クラウスの問いに伝令兵が答えた。


「はい当方に被害は一切ありません。38頭のグレートウルフを仕留め残りは山に逃げ散ったそうです」


「なんと、38頭もグレートウルフを打ち取ったのか、さすがはクルトだな」


 驚くクラウスに伝令兵が言った。

「いえ、27頭のグレートウルフは若様の魔法で倒されたそうで御座います」


 伝令兵の言葉にクラウスが押し黙る。


「ほう、動きの速いグレートウルフを27頭も魔法で仕留めたか。なかなかやるではないかお前の息子は」


 隣で聞いていたエルザが楽しそうに言った。


 グレートウルフは中級の魔物であるが、単体の強さはホブゴブリンより上である。


 素早い動きと、鋭い牙を持つ危険な魔物で、群れで現れると地方の村が壊滅させられる事もある。


 クラウスはマリウスの付与魔術の凄さは充分理解していたが、マリウス自身の戦闘力自体をそれ程期待はしていなかった。


 ゴブリンロードを倒したのはあくまで幸運で、エルザ達の助けが在ったからだと思っていた。


 何と言っても未だ7歳の子供である。

 エルザにそう言うと、エルザが笑って答えた。


「グレートウルフの群れを一人で倒すとなれば、お前の息子は冒険者で言えばBランク以上の実力という事になる。とても只の子供とは言えぬであろうな」


 Cランクで一人前と言われる冒険者で、Bランクともなれば、場合によっては指名依頼が来る事もある実力者である。


 エールハウゼンには、Cランク冒険者がやっと一組いるだけであった。

 クラウスとエルザの会話を後ろで聞いていたマリリンたちも騒めいている。


「Bランク以上だって!」


「まああの若様なら、それ位は納得かな」


 キャロラインが馬上で、驚いた声を上げるマリリンに頷く。


「私だってグレートウルフ位なら……」

 ジェーンが下を向いてぶつぶつ言いながら、二人の後をとぼとぼと付いてくる。


 エルザは真剣な顔になると、馬上で考え込むクラウスに向かって言った。

「やはりお前の息子を、エルシャ・パラディに合わすのはまずいな」 


 クラウスはエルザの言葉にハッとする。

「確かに私もそのことは気にしておりますが……」


「いっそお前の息子を、公爵領に連れて行くという手もあるが」

 エルザの提案にクラウスは困った顔で首を振る。


「いえ、それは……」

 困惑するクラウスにエルザが笑いながら手を振る。


「わかっておる、マリアが納得せぬであろう。そこで一つ提案がある」


 エルザの提案はクラウスの頭に全く無かった案であった。


 クラウスはまた、馬上で考え込むのであった。

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