2-30 殲滅
がん!
荷車の側板に何かぶつかる大きな音と衝撃で、ミラが跳び起きた。
辺りはまだ暗らかった。
ミラの耳元を何かがヒュンと高速でかすめた。
「ひっ!」
ミラが驚いて荷台に体を伏せる。
がん!
また側板に何かがぶつかった。
「なに、お姉ちゃん?」
目を覚まして起き上がろうとするミリの頭をミラが抑えた。
「伏せてミリ!」
二人の頭上をまた何かが、高速で通過した。
荷車の周りでザクザクと土をかく音がする。
ミラは側板から恐る恐る顔を上げと外を見た。
暗闇に目を凝らして見つめる。
荷車の周りにいるグレートウルフの影が、土を前足で掻いている様だった。
がん!
ミラは頭を伏せながら、グレートウルフが前足で石を弾いて、こちらに飛ばしているのだと理解した。
びしっ! と側板が割れる音がした。
ミリが口に手を当てて、悲鳴を押し殺している。
石が次々音を立てて荷車に激突する。
また側板の割れる音がした。
ミラは意を決すると、“身体強化”を体に纏った。
荷台の下に飛び降りると、下に置いてあった、2メートル位にカットされた直径30センチ位の丸太を、荷台の上に挙げる。
「ミリ! 受け取って」
ミリも“身体強化”を纏うと、ミラから丸太を受け取る。
三本の丸太を荷車の上に上げた。
「うっ!」
石がミラの背中に直撃した。
ミラは痛みをこらえて、荷車の中に転げ込む。
「お姉ちゃん!」
ミラは痛みを堪えて伏せながら、丸太に手を当てて、“木材加工”スキルで丸太を広い板に変えていく。
「ミリ! これ持ってて!」
広い板を側板の内側に立ててミリに支えさせる。
もう一本の丸太を板に変えると、反対側の側板の内側に立てた。
板に次々と石が当たって音を立てている。
二人で中から支えながら、二枚の広い板の上を合わせると、“接合”で固定して板のテントを作った。
もう一本の丸太を“切断”で二つに切ると、三角形の板に変えて、入り口と出口を塞いだ。
板がぴったりと嵌ると、 ミラは“接合”で全て繋ぎ、荷台に固定した。
その間も石は四方から板のテントに激突している。
二人はテントを内側から必死に押さえていた。
どれ位時間がたったのかもう解からなくなっていた。
板のテントに彼方此方、ひびが入り始めていた。
「お姉ちゃん! 持たないよ!」
ミリが泣き声を上げる。
「頑張ってミリ! きっと助けが来るから!」
ミラがミリを励ます。
終に拳大の石が、板を突破って荷台の中に飛び込んだ。
「きゃあ!」
悲鳴を上げて跳び着くミリを抱きしめながらミラは板に開いた穴を見上げた。
空に上がる“ライト”の光が見えた。
何故だか判らないが、ミラはその光がマリウスだと確信した。
光に向かって大声で叫んだ。
「若様! 助けて若様!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミラの声が聞こえたような気がして、マリウスはクルトの背中の横に顔を出して前を見た。
先頭を走るミヒエルが馬を停めた。
木のテントの様なものが乗った荷車と、それを取り囲む狼型の魔物が見えた。
クルトがミヒエルの前で馬を停めると、マリウスは馬から飛び降りて、再び空に向かって“ライト”を上げた。
ライトの光で辺りが昼間の様に明るくなる。
狼型の魔物グレートウルフが、マリウスに気が付いて群れになって此方に駆けて来る。
マリウスは“ストーンバレット”を放った。
先頭のグレートウルフが躱すのを見てマリウスは“ストーンバレット”を連射した。
以前とは比べ物にならない程大きな石の塊が、高速で飛んでいく。
間断なく放たれる“ストーンバレット”を躱しきれず、次々とグレートウルフが悲鳴を上げて倒れていく。
50発程続けて放つと、目の前にグレーターウルフの死体が20匹以上転がっていた。
マリウスの連射が止むと、クルトが剣を抜いてグレーターウルフの群れに斬り込んだ。
クレメンスたちも後に続く。
魔力を200位使った筈だが全く疲れは無かった。
寧ろ力が漲っていた。
この感覚に覚えが在った。
多分レベルが上がって、リセットされたのだとマリウスは知った。
マリウスは眼の前に“アイスシールド”を三枚展開すると、襲ってくるグレートウルフを氷の盾で叩き伏せながら、荷車に向かって走った。
荷車にたどり着くと、木のテントの壊れた穴から中を覗きながら叫んだ。
「ミラ! ミリ! 中にいる? 大丈夫?」
「若様! ミリもいます! 大丈夫です!」
ミラの声が聞こえた。
隙間からミリの顔が見えた。
マリウスは二人の顔を見て安堵すると、振り返って戦況を見た。
クルト達に追い詰められたグレートウルフが、10数頭固まってクルト達を威嚇している。
マリウスは固まっているグレートウルフに向かって“ストーンランス”を三連射した。
2頭が石の槍に貫かれ、周囲に散ったグレートウルフをクルト達が切り伏せた。
残ったグレートウルフは林の中に逃げ散っていった。
木のテントの三角形の板がパタリと倒れてミラとミリが顔を覗かせた。
荷車の前に立つマリウスを見ると、二人は安心したのかポロポロと涙を流す。
「若様!」
「若様!」
二人は荷車から飛び降りるとマリウスに跳び着いた。
「うわっ!」
小柄とは言え自分より大きな二人に跳び着かれて、マリウスはそのまま後ろに倒れた。
マリウスと一緒に斃れた二人はマリウスにしがみ付いてガン泣きしている。
二人に乗っかられて、しがみ付かれているマリウスは、動けずに上を見るとミヒエルが掛けて来るのが見えた。
「ミラ! ミリ!」
涙でぐしゃぐしゃな顔でミヒエルを見たミラとミリは、立ち上がって今度はミヒエルに跳び着いた。
「お父さん!」
「お父さん!」
ミヒエルが二人を抱きしめると、二人はまたわんわん泣き始めた。
マリウスは立ち上がって周りを見る。
クルト達が未だ息のあるグレートウルフに止めを刺して回っている。
マリウスはステータスを確認してみた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:6150
Lv. :11
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス ビギナー Lv. :8
経験値:2986
スキル 術式鑑定 術式付与
FP: 75/ 75
MP: 750/750
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 136
魔法効果 : +136
やはり基本レベルが1上がっていた。
ジョブレベルまで上がっていたので、FP、MPに、魔法適性と魔法効果も一気に増えていた。
朝日が昇って辺りが明るくなっていく。
マリウスは何時までも泣いているミラとミリを見て、二人が無事で本当に良かったと思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
東の空から朝日がさして、眼下のホブゴブリンの村を照らした。
見張りらしいホブゴブリンが、何匹か座っているのが見える。
ダニエルは山頂から騎士団が、既に村の東側に陣を敷いているのを“遠視”で確認して兵士達に号令を発した。
「備えよ!」
兵士達は、獣脂のしみ込んだ布を先端に巻いた矢に火をつけた。
「放て!」
20本の火矢が一斉に放たれホブゴブリンの村に降り注ぐ。
矢は板や草ぶきの屋根に付き刺さる、直ぐに延焼した。
更に20本の火矢が撃ち込まれ彼方此方から火の手が上がると、南の斜面の階段から、ニナの率いる歩兵が降りていく。
小家から飛び出してきたホブゴブリンが、ニナ達に気付いて応戦に向かうが、山頂から降り注ぐ矢に阻まれて近づけなかった。
ニナ達は易々と村に降り立つと、木盾を前にホブゴブリンに突撃した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ホブゴブリンの村から煙が上がるのを見て、ケントは弓兵を位置に着かせた。
ホブゴブリンの村を守る土塁や柵から350メートル、投石器が届かない距離に弓兵を展開させる。
傍らにマリリンもいる。
土塁の上にホブゴブリンが現れて、投石器を頭上で振り回すのが見える。
五つ程石が放たれて、ケント達の手前に落下して転がった。
ホブゴブリンは更に投石器を振り回している。
「ねえ、鬱陶しいから倒してもいい?」
ケントはマリリンに答えずに土塁の上を顎で示す。
歩兵が土塁に駆け上がり、投石器を持ったホブゴブリンを斬捨てるのが見えた。
程なく柵の門が開きゴブリンやホブゴブリンが跳び出した。
逃げ出した、というのが正しいのか陣形も組まずにやみくもに跳び出したホブゴブリンの頭上を、ケント達が放った矢が降り注ぐ。
200本の“飛距離上昇”を付与された矢が、全て放たれた後には、50を超えるホブゴブリンの死体が転がっているだけだった。
ジークフリートの突撃の号令で、騎士団が一列になって開かれた門に向かう。
クラウスは、エルザと馬を並べて最後尾に付いていた。
「どうやら化け物はいなかった様だな」
エルザが少しがっかりしたように言った。
「あんな化け物はもう懲り懲りですな」
クラウスは包帯を外した肩が痛むのか、左手で手綱を捌きながら言った。
クラウスとエルザは並んでホブゴブリンの村に入った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
既に戦いは終わりつつある。
彼方此方にホブゴブリンの死体が転がっている。
家が音を立てて焼き崩れる。
兵士達が息のあるホブゴブリンを仕留めながら、生き残りがいないか周囲を探索している。
ニナの奇襲部隊に参加していたヨゼフは、突然岩陰から跳び出したホブゴブリンの手槍で脇腹を刺された。
革鎧に突き刺さったと思った槍先は、革鎧の表で止まっていた。
ヨゼフはホブゴブリンを上段から斬り倒すと、背中に剣を突き立てて止めを刺した。
革鎧を見たが全く無傷だった。
槍に刺されたのは分かったが、軽い衝撃があっただけだった。
ヨゼフはホブゴブリンが跳び出してきた岩陰を覗いた。
岩が折り重なるようになっていて、暗い口が開いていた。
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