2-29  狼の挽歌


 マリウスはミラ達と別れた後、屋敷に戻って食事を済ませた。 

 

 魔力は未だ充分残っている。

 魔力を使い切ろうと屋敷を出ると、西門に向かった。


 オークの魔石が58個、グレートウルフの魔石は80個ある。

 堀の前にある塀全てに、中級付与術師式“魔物除け”を付与しようと思った。


 マリウスはオークの魔石を5個握って、堀の前の塀に触れたが付与は発動しなかった。

 

 オークの魔石5個で西側の堀全部は無理の様だった。

 馬車の時も思ったが、質量がかなり重要な要素なのかもしれない。 


 半分に分けて付与しようかと考えたが、ふと思い直して、新しい魔石を使ってみる事にした。


 マリウスは鞄の中から、前に貰ったオーガの魔石の入っている小袋を出した。


 オーガの魔石は12個あった。

 オーガは上級魔物で、オークの上位種、ハイオークと同じ位の強さの魔物である。

 

 マリウスは三つ魔石を左手に乗せて、魔石を眺めた。

 オークの魔石より一回り大きいオーガの魔石は、深紅に輝いていた。


 右手を堀に触れると今度は付与が発動した。

 西側の堀に“魔物除け”が付与された。


 ステータスを確認すると魔力が50減っている。

 オーガの魔石一つに魔力10なら、かなり効率が良いとマリウスは思った。

 

 塀に沿って村を一周しながら全ての塀に“魔物除け”を付与して、西の門に戻るとブレアがいた。


 ブレアは頭に包帯を巻いていたが、元気そうだった。


「私この間の戦いで遂にアドバンスドにクラスアップしたんです。基本レベルも一つ上がって5になりました」


 ブレアが嬉しそうに言った。

「良かったね、アドバンスドクラスの魔術師に成ったんだ」


 マリウスの言葉に、ブレアは照れながら言った。

「はい、この戦いが終ったら、マリア様に上級魔法を教えていただけるそうです」


 マリアはレアの土魔術師だった。

 土魔術は戦い以外にも、色々と役に立つ魔法なので、大いに頑張って欲しいとマリウスは思った。


 マリウスは未だ魔力が300以上残っているのを思い出して、ブレアに言った。

「今時間が有ったら、中級の土魔法を見せてくれないかな」


「いいですけど、また一回見たら覚えちゃうのですか?」

 ブレアがジト目でマリウスを見た。


 ジェーンも似たような事を言っていたが、マリウスにはスペシャルギフトのスキル“術式記憶”があるので仕様がない。


「魔法を覚えるのが得意なんだ」

 適当な返事をすると、ブレアが更にマリウスをジト目で見る。


「まあ良いですけどね、それじゃあ行きますよ。」


 目の前に石の壁を出す“ストーンヴォール、


 石の槍を飛ばす“ストーンランス”。


 直径10メートル位の砂の蟻地獄を作る“アントライオン”。


 地面に地割れを作る“クラック”。


 地面から土の槍が跳び出す“ダートスピア”。

 

 全て記憶すると、順番に使ってみた。

 振り返るとブレアが,チベットスナギツネの様な顔でマリウスを見ていた。


「もう慣れましたけど、一回見ただけで私の何倍も威力の在る魔法を使えるのは、やっぱり狡いです」


 そんな事を言われても、と思いながらマリウスはゴブリンの魔石を一つ取り出すと、ブレアの魔術師のローブの背中に手を当てて、“防寒”を付与した。


「あ、有難う御座います。ご用があったらいつでも呼んでください」

 現金な笑顔を浮かべるブレアと別れて、マリウスは門の中に入った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「あ、若様!」

 声に振り返ると革鎧を着た若い兵士がいた。


「ああ、君は確かヨゼフだったね」

 クルトに剣を折られたヨゼフだった。


「覚えてくれていました。盾と剣に魔法をかけて貰ったヨゼフです」

 そんな事もあったかと思いながら、マリウスが言った。


「うん、役に立ったかな」

「はい、ゴブリンロードに襲われたときに、あの木盾の御蔭で命拾いしました」

 そう言ってヨゼフは背中の木盾を見せた。


「ゴブリンロードの剣を受けたのに傷一つないのですよ、でも自分が盾ごと吹き飛ばされて気を失ってしまったのですけどで」


「ゴブリンロードの剣を受けたんだ、良く生きていたね」


 なかなかハードな初陣だったらしい、ふとマリウスはヨゼフの腰の剣を見た。


 こしらえの立派な剣を腰に吊っている。

 マリウスの視線に気が付いたヨゼフが言った。


「あの時ニナ隊長に、剣を貸すことになったのですけど、隊長がどうしても譲ってくれって言って、隊長の剣と交換させられたんです」


 そう言えばニナは魔剣を欲しがっていたっけ。


 魔剣じゃ無いけど、“強化”位ならいつでも付与してあげるのにと思いながら、マリウスはヨゼフに剣を見せる様に言った。


 ヨゼフが立派な鋼の剣を差し出すと、マリウスはゴブリンの魔石で“強化”を付与した。


「あ、ありがとう御座います」


 マリウスは未だ魔力が余っているので、更にオークの魔石を一つ取り出した。

 未だ試していない術式を使ってみる。 


 ヨゼフの革鎧に手を当てると“物理防御”を付与した。

 何度も礼を言うヨゼフと別れて、マリウスは屋敷に向かった。


 西日が山に隠れつつある。


 明日クラウス達は暗いうちに、ホブゴブリン殲滅の為に出撃する。

 マリウスは帰ってマリアと食事をすると、先に部屋に戻った。


 魔力を使い切れず、大量に余らせてしまった。

 マリウスは窓を開けて、空に向アイスシールドを9枚浮かべて消した。


 自分に“ウォシュ”を掛けてベッドに入ると直ぐに眠りについた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ミラとミリは荷車の上に膝を抱えて座っていた。


 グレートウルフが荷車の傍に来られないと解って、二人は少し落ち着いてきた。

 辺りはすっかり暗くなってしまった。


 ミラが“ライト”を灯した。

 ミラ達の辺りを弱く照らすだけの小さな灯りだが、10分位持つ。

 向こうの方は見えないが、グレートウルフがいるのは気配で分かった。


「お腹減ったね、お姉ちゃん」

 ミリが言った。


「でも寒く無いでしょ」


 ミラがミリの頭を撫でながら言った。

 マリウスが付与してくれた上着は、寒さを全く寄せ付けなかった。

 

「うん、全然平気。若様の魔法って本当に凄いね」

 ぺたんと倒れていたミリの耳がぴょこんとたった。

 

「きっと今頃お父さんたちが、私達が帰ってこないのに気づいている筈だから、遅くても朝には助けが来るわ」


 そう言いながら、ミラは両親に村の外に出る事を言って無かった事に気付いて後悔した。


 南の山に向かったのを知っているのは、マリウスだけだった。


「どうせあいつ等は、若様の魔法でこっちには近寄れないから。ここで寝ながら待ちましょう」


そう言って、ミラはミリを抱いて荷車の荷台の上に寝た。

ライトの光が消えて、暗くなると自分にしがみ付くミリの寝息が聞こえてきた。


ミラも目を閉じて心の中で祈った。 

(若様、早く気付いて)


いつの間にかミラも眠りに落ちて行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


馬の蹄や兵士の足音でマリウスは目覚めた。

窓に目を向けると辺りは暗いが、松明の灯りがともっている様だった。

マリアはもう起き出している様で、ベッドは空だった。

マリウスは急いで服を着ると、ステータスを確認した。


マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:5070

         Lv. :10


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス ビギナー Lv. :7   

        経験値:2654


スキル  術式鑑定  術式付与  

      FP:   62/ 62

      MP: 620/620


 スペシャルギフト

 スキル  術式記憶 並列付与  

  クレストの加護

     全魔法適性: 129

     魔法効果 : +129


 やはりジョブレベルが一つ上がっていた。

 魔力も全て回復している。

 マリウスは屋敷の外に出た。

 

 騎士の一団が“ライド”を灯しながら門を出て行く。

 暗い東の森に向けて進んで行った。

 

 一団の中程にクラウスとジークフリートがいた。 

 マリウスはマリアやクルトと並んで、門の脇で兵士を見送っていた。


 クラウスがマリウスに気付くと、馬上から言った。

「留守は任せたぞ、マリウス!」


 マリウスは大きな声で、

「はい! 父上も御武運を!」

 とクラウスに答えた。


 クラウスは満足げに頷くと、門の外に馬を進めた。

 

 最後尾にケントを先頭にした20人の弓士が騎馬で続いた。


 エルザもケントと馬を並べていた。

 マリウスを見るとにやりと口角を上げる。


 後ろに続くジョーンが恨めしそうな顔でマリウスを睨んでいた。

 目を反らすマリウスに、後ろに居たマリリンが手を振りながら朗らか声で言った。


「若様! 頑張ってきます!」


 マリウスも手を振ってこたえた。

 マリアが生暖かい目で、マリウスを見ていたが気付かない振りをする。


 騎馬の一団が通りすぎると、ニナに率いられた歩兵達が後に続いた。


 ヨゼフもニナの部隊に配属された様で、マリウスを見つけて頭を下げると、前を向いて凛々しく行進していった。


 最後尾にダニエルが20人を率いて進む。

 兵士が全て門を出ると、門が閉じられた。


 未だ午前3時過ぎくらい、夜明けには2時間以上ある。

 マリウスはクルトを連れ、マリアと屋敷に戻る事にした。

 

 屋敷の前にリザと兎獣人の男女が立っていた。

 この前会ったミラとミリの両親だった。


 両親が、ミリとミラが昨夜帰ってこなかったと告げる。

 

 マリウスは昨日の昼前に、二人と逢ったと話した。

 「確か南の山に、石と木材を採りに行くと言っていたよ。」


 マリウスの話を聞いて、二人の顔が真っ青になった。

 二人が村の外に出たのを知らなかったらしい。

 

 ミラ達の父親はミヒエルという名だった。


「ミヒエルさん、場所は解りますか」


「南の山に行ったのなら村と反対側の斜面だと思います。いつも行く場所が有ります。」

 

 マリウスが馬に乗れるかと聞くと、大丈夫だとミヒエルは答えた。

 クルトが馬を二頭曳いてくる。


 ミヒエルが馬に跨り、マリウスはクルトの後ろに乗せて貰った。

 

 クルトの馬は飛び切り馬体の大きな駿馬で、マリウスは馬に乗って下を見ると少し怖かった。

 

「マリウス様、しっかり御捕まり下さい。」

 クルトがそう言って、案内のミヒエルを追って馬を駆けさせた。

 

 マリアと、ミラの母、リザが心配そうにマリウス達を送り出した。

 南門を出て外に出る。


 隊長達が全て出陣しているので、留守の兵士を纏めている古参兵のクレメンスが、10騎を引き連れて後を追う。

 

 ミヒエルは“ライト”を使えない様だった。

 マリウスはミヒエルの頭上に“ライト“を灯した。


 眩しい程の光が、前方を昼間の様に明るく照らした。

 騎馬が南の山に向けて、脚を速めた。

 

 

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