2-27  昔々、帝国で


 クルトが屋敷にやって来た。

 未だ寝ていていいのにと言うマリウスに、問題ないと答えたクルトは、女の子の服を着たマリウスを怪訝そうに見ている。

 

 クルトに事情を説明すると、クルトはマリウスの体をしげしげと眺めて言った。


「確かに、体が逞しくなられた様ですな。今なら真剣で稽古をしても問題なさそうです」


「うん、今朝も稽古に出ようとしたんだけど、その前に服が必要になったから、リザと服屋に出かけるところなんだけど、クルトも一緒に行く?」


 マリウスがそう言うとクルトも頷いた。

「御供致します」



 マリウスは、屋敷から出てきたリザの案内でクルトと屋敷を出た。

 幸い上着は、少し大きめだったので上から羽織る事が出来た。


 リザの話では、服屋の主人は犬獣人の戦争未亡人だそうだ。

 寸法直しもしてくれるそうなので、何着か服も持ってきた。


「アリーシアさんは11年前の帝国との戦いで御主人も息子さんも亡くされたの。縫製師のギフト持ちだったから、御領主様から頂いたお手当で、店を開いて今は一人で切り盛りしているの」

 

 リザの話を聞きながら北の方に歩いていくと、アリーシアの店に着いた。


 小ぢんまりとした家に、糸の付いた針と鋏の絵が描かれた看板が掛けられていた。

 

「アリーシアいる?」

 リザが声を掛けながら中に入った。


 マリウスとクルトも後に続いて店の中に入る。

 壁に数点、男物や女物の服が掛けられた店内は意外と広かった。


 奥のテーブルで二人の男女が座ってお茶を飲んでいた。


「こんにちはアリーシア。あっ、ブロックさんも一緒なのね。今日は御領主様の若様をお連れしたの」


 立ち上がったアリーシアは大柄の太った、優しそうな顔をしたおばさんだった。


 ダニエルとは違う種族なのか、平べったい大きな耳が顔の横に垂れている。


「これは若様、この様なむさ苦しい店にようこそお越しくださいました」

 アリーシアが柔和な笑顔で迎えてくれた。


 前に座っていた小柄な男が、立ち上がって振り返った。


 背がひくく、マリウスより少し高い位だが、横幅は5倍位ありそうな、がっしりとした小男だった。


 太い首の上の顔は、顎も鼻の下も髭で覆われ太い眉の下の大きな目がぎょろりとマリウスを睨んだ。


 ドワーフだ。

「付与魔術師の若様か」


 ドワーフのブロックが吐き捨てる様に言った。

 クルトがマリウスの前に立ってブロックを睨んだ。


 ブロックはクルトを無視するように、アリーシアに向かって言った。


「それでは明後日取りに来るのでよろしく頼む」

 其の儘クルトを突き飛ばす様に、店を出て行ってしまった。


「申し訳ありません若様。ブロックさんは普段は温厚な人なのですが」

 アリーシアが代って、ブロックの無礼をマリウスに詫びた。


「どうしたんですかブロックさん、普段はあんな人じゃないのに」

 リザも不思議そうに首を傾げる。


 アリーシアは困ったようにマリウスの顔を見たが、仕方なくぽつぽつと語った。


「ブロックさんは付与魔術師のことが嫌いなの。なんでも子供のころ帝国の付与魔術師にとても酷い目にあわされたそうで」


「それ、若様に関係ないじゃない、第一子供の頃っていつの話よ。あの人確か100才を超えているわよね」


 リザの言葉にアリーシアも頷いて言った。

「ええ、今年確か115才のはずよ」


 ドワーフの寿命は長い。

 エルフ程ではないにしろ、200歳位は生きると言われている。


「100年も前の事を逆恨みされてもねえ」

 

 文句を言うリザを宥めて、マリウスはアリーシアに持ってきた服の寸法直しを頼んだ。


 アリーシアはほっとしたように洋服を受け取ると言った。


「これなら一日もあれば全て直せますよ」


 アリーシアはマリウスの周りを回りながら、目で寸法を測っていく。


「アリーシアは縫製師のギフト持ちだそうだね」


「はい、女神様よりアドバンスドのギフトを与えて頂きました」

 アリーシアが答える。


「新しい服も作って欲しいんだけど、頼めるかな」

 マリウスがそう言うと、アリーシアがにっこり笑って言った。


「勿論、喜んでお引き受けいたします。どの様な服が御望みで?」


 そう言われてマリウスは、自分で服を注文するのが生まれて初めてなのに気が付いた。


 何時もマリアや、侍女のリナが用意してくれた物を着ていただけだった。

 

 マリウスは辺りに掛かっている服を見回していたが、クルトに目を止めると言った。


「騎士団の制服の様な服を、シャツと上着、ズボンを、2着ずつ作って欲しいです、それと上着の左側に、手の入る大きめのポケット二つ付けて下さい」

 

 騎士団の制服は白いシャツに丈の長い黒地の上着とズボンだった。

 クルトの上着には袖が無かった。


 白いふさふさした毛の生えた太い腕が覗いている。

 クルトには良く似合っているが、寒そうなので袖は着けてくれる様に頼んだ。


 アリーシアが困ったように言った。

「黒字の布を切らしていまして、取り寄せるのに時間が掛かりますが」


「他にどんな色が有るの?」


 マリウスの問いにアリーシアは奥の部屋に行くと反物を三つ持ってきた。

 蒼色とクリーム色、それに錆色の中から、マリウスは錆色の生地を選んだ。


 寸法直しは、一着位なら30分ほどで出来るというので待たして貰う事にした。


 アリーシアが奥の部屋で仕事をする間、三人でアリーシアが入れてくれたお茶を飲む。

 

「ブロックさんは5年くらい前に、ノームの女の子と二人で、この村に流れて来たんです」


 ノームって、土の精霊とか言われている人達じゃなかったか。


 マリウスはリザの話を聞きながらそんな事を考えていた。


 ブロック達は帝国の国境近くの村に住んでいたそうだが、帝国に追われてこの村に流れて来たそうだ。


「村の隅の小屋に二人で住んで、農具や包丁、鍋を作ってくれている腕のいい鍛冶屋さんなのです」


 リザの話は続く。

「多少偏屈だけど話の分からない人じゃないのですが、一体子供の頃に何が在ったのか」

 

 ぼやくリザに、それまで黙っていたクルトが言った。


「私も聞いた事が有ります。100年前に帝国で亜人の大量虐殺が行われたそうです。その時に大勢の獣人やドワーフ、エルフたちが殺され、生き残った亜人たちがこの国に逃げてきたそうです」


「大量虐殺。なんでそんなことを?」

マリウスが驚いて尋ねた。


クルトは首を振って答えた。

「詳しい事は私も知りません。ただそれから帝国の亜人差別が酷くなったと聞いています」


 西側でも、東の帝国でも亜人差別が広がっている。

 この大陸に、亜人たちが安心して暮らせる土地は、此の辺境位しかないのだろうか。

 

 マリウスにはそこまで亜人を嫌う理由が、全く解らなかった。

 ユリアやミラ、ミリの顔が浮かぶ。


 絶対にこの辺境でそんな事はさせない。

 マリウスはそう思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 野営用のテントの中に再びクラウス、ジークフリート、エルザと騎士団の隊長格が集まっていた。


 明日のホブゴブリン殲滅戦の軍議である。

 留守番のクルトは呼ばれず、代わりにケントとダニエルがいる。

 

 皆の前に広げられた手書きの地図と、マリウスの付与した矢の束が置かれていた。


「山頂に布陣した歩兵が火矢を放つと同時に南側中腹の階段から歩兵が突撃する。  火矢隊の指揮はダニエル、歩兵の指揮はニナに任せる」

 クラウスが二人に向かって言った。


「はッ! 仰せ付かりました」


「お任せ下さい、御屋形様」

 ダニエルとニナが立ち上がって一礼する。


「騎馬と弓隊の本軍は、小山を大きく迂回してホブゴブリンの拠点の入り口側に布陣する」

 クラウスが地図を示しながら説明する。


「柵を開いて出て来るホブゴブリンを、弓隊が狙い討つ」

 クラウスは机の上に置かれた矢の束を示しながら言った。


「最後は我ら騎士が突入という事で御座いますな」

 ジークフリートが獰猛な笑みを浮かべた。

 

 クラウスは頷くとケントを見た。

「ケント、弓隊の指揮はお前に任せる」


「御意!」

 ケントが一礼した。


「うちの弓士も使ってやってくれ。」

 エルザがケントに言った。

 

 クラウスは皆を見回すと言った。

「意見がある物は申せ」


 一同は顔を見合わせるが皆表情は明るい。


「なにも御座いませんが、しいて言えば此度は我ら騎士の出る幕はあまりなさそうですな」

 フェリックスが笑いながら言った。


「確かにこの策だと、奇襲を仕掛けるニナ達と、ケント達弓士に手柄を全て持っていかれそうだな」

 マルコも同意する。


「まあ、そう上手くいってくれれば良いがな、あのゴブリンロードの様な化け物が他にもおらんとも限らん、皆最後まで気を緩めず事にあたれ」


 クラウスの言葉に全員が表情を引き締める。


「その時は私も出よう」

 エルザがそう言って笑った。


「御屋形様!」

 テントの外から声がした。


「何事だ!」

 クラウスが答えると、兵士が中に入って来て告げた。


「エールハウゼンのホルス様より、至急との事で文が届いております」

 ホルスは子爵領の内政を預かる、子爵家の家宰である、


「構わん、見せよ」

 そう言ってクラウスは書簡の入った包を受け取った。

 

 開くと中にはホルスの手紙と、クレスト教会の紋章が蝋封された手紙が入っていた。


 クラウスはホルスの手紙から開いた。

 読み進めるうちにクラウスの顔が蒼白になり、皆の視線がクラウスに集まった。


 クラウスはホルスの手紙を置くと、クレスト教会の封を開いて中を確かめる。


 一瞥すると書簡を握りしめて、それを机の上に投げた。



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