2-25  水魔法


 マリウスも拍手しながらジェーンの水魔法を絶賛する。


「凄かったよ。中級魔法でも凄い威力があるんだ。それに水魔法は便利そうなのが良いね」


 マリウスは“術式記憶”で記憶した水魔法を早速再現してみる。


 堀に向かって右手を伸ばすと“ウォーター”の水を出す。

 ドバドバと20リットル程の水が堀に流れた。

 

 今度は“ウォシュ”を使ってみる。

 マリウスの体を水の渦が包み込み、消えた後すっかり綺麗になったマリウスが現れた。

 

 これならお風呂が無くても大丈夫か、いややっぱりお風呂には入りたいか。

 風魔法のドライと一緒に使ったらもっと心地よいかもしれない。


 そんな事を思いながら、ジェーンが倒した木の横に生えている木に向かって、“ウォーターボール”を放った。

 直径15センチ程の水球が木に激突すると、木に穴を開けて突き抜けた。

 

 マリウスは堀の前、5メートル位の処に転がっている大きな岩に

右手を向けて“ウオーダースピア”を放った。

 太さ5センチ程の水の槍が伸びて岩を砕いた。

 

 “ミスト”を使うと辺り一面が、霧に包まれて皆の姿が見えなくなる。

 霧を消すと、口を開けて唖然としながらマリウスを見つめる4人がいた。


「わ、若様って水魔術のスキルも持っているのですか?」

 ジェーンが蒼白な顔でマリウスに尋ねる。


「え、いや水魔術のスキルは持って無いよ」

 マリウスが答えた。

  

「スキルも無いのに、何でそんな強力な魔法が使えるのですか?!」

 ジェーンがマリウスに詰め寄る。


「うーん、なんでかな? 偶々?」


「偶々って何ですか! 偶々って!」

 ジェーンがマリウスのいい加減な答えにキレ気味につっこんだ。

 

「まあまあジェーン。若様は何と言ってもレベル10だから」

 キャロラインがジェーンを宥めた。


「レベル10でもジョブはビギナーの付与魔術師でしょう!」

 ジェーンは全く納得がいかない様だ。


「若様、本当に水魔法を使うの、初めてなんですか?」

 ミラも疑わしそうにマリウスを見る。


「初めてだよ、今見て覚えたばかりだよ」


「初めて見て、もう使えるんですか?」

 ミリが驚いてマリウスに尋ねた。

 

「うん、まあ、記憶力はいい方なんだ」


 “術式記憶”のスキルで、一度見た術式は全て記憶されるのだが、それは内緒である。


「そんなに簡単じゃないのですけどね、まあ良いでしょう。でもさすがの若様でも中級魔法は使えないでしょう」


 何故かジェーンが胸を反らして、上から言ってくる。

 だからそんなに大きくないって。

 

 ジト目で睨むジェーンに知らん顔して、マリウスは残りの魔力を確認した。

 多分中級魔法を使うのに必要な魔力は20だろうから、余裕で20回以上使える。

 

 マリウスは右手を振り上げると外に向かって振り下ろした。


 巨大な“ウォーターブレイド”の刃が30メートル位地面を切り裂いた。


 マリウスは両手を広げて前に出し“コールド”を発動する。

 30メートル位先まで地面が白く凍りついた。


 100メートル位先に在った一際大きな木の幹に、“アイスカッター”を叩き込む。

 三本の太い木の幹が次々と両断されて、左右に倒れ道が開けた。

 

 直径1メートル程のアイスシールドを1分以上空中に浮かべて、上下左右に動かして遊ぶマリウスを、4人が口を開けて眺めていた。


 盾が消えて、マリウスが振り返った。

 4人の顔を見て、自分がまたやらかしたのに気づく。


 マリウスは無言で口を開けて自分を見る4人に、用事があるから行かなくちゃ、と逃げる様に立ち去った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ミラとミリが、若様凄かったねと話している間も、ジェーンはマリウスが去った門の方を呆然と眺めていた。


 ジェーンの肩をキャロラインがポンポンと叩いた。


「若様はエルザ様のお気に入りだから、普通じゃないんだよ」


 ジェーンはきっ、とキャロラインを睨むが、直ぐ肩を落として呟いた。


「何か世の中不公平。私もうお家に帰りたい」


 ジェーンの銀髪が心なしか白くなっていた。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 エレーネは船の船尾から遠ざかるラグーンの港を眺めた。

 あれから結局、教会の追撃は無かった。


 監視らしい尾行はあったが、何も手出しはしてこなかった。 

 

 公爵家の追手も現れなかった。

 王都から追って来る様子は無いようだった。


 或いはロンメルの方から何か手を打ったのかもしれない。


 エレーネたちは妨害に合う事も無く、辺境伯領の港街ライメンに向かう船に乗り込むことが出来た。


 船内に敵がいないことを、彼女は“索敵”で確認している。

 

 南の海は、冬の海とは思えない歩程静かに薙いでいる。


「エレっちは辺境伯領に行ったことあるの?」

 ヴァネッサが海を見ながらエレーネに尋ねた。


「初めてだな、一度も辺境伯領に行った事は無い」

 

 王国の中でも独立独歩の気風が強い辺境伯家と、王家との繋がりは薄い。

 王家付の認証官であるエレーネも、辺境伯家がらみの仕事は一度もしたことが無かった。


「二人は行ったことが在るのか?」


「ええ、何度か宰相様の使いでね」

 ベアトリスが答えた。

 

「僕たちあそこに行く時はいつも冒険者に化けて行くから、あそこの冒険者ギルドじゃ結構有名人なんだよ」

 

 確かに辺境伯領に入るなら、冒険者になるのが一番簡単だ。

 あそこは常に冒険者を求めている。


 ダンジョンと魔境、腕に覚えのある冒険者なら、必ず一度は辺境伯領を目指す。

 

 エレーネも辺境伯領に入るなら冒険者に化けようと思っていたが、ロンメルにあっさり見抜かれて、先に冒険者の身分証明を用意されてしまっていた。


 そのうえ辺境伯家の実質的な支配者、シェリル・シュナイダー宛の紹介状まで貰っている。

 

 エレーネが辺境伯領を逃亡先に選んだのは、あそこがこの国で唯一、クレスト教の力が及ばない土地だったからだ。


 辺境伯領はクレスト教にとって異教徒の国であった。

 

 現在、ルフラン公国と呼ばれている地には嘗て、パラディ朝アクアリナ王国と云う歴史の古い国が在った。


 21年前に滅亡した国である。


 エルベール皇国と神聖クレスト教皇国の間に在ったこの国は、両国によって滅ぼされたのだった。

 

 エルベール皇国将軍だったシャルル・ド・ルフランの率いる10万の軍勢が突然国境を破ってアクアリナ王国に侵攻し、王国軍が応戦の為に出陣した間隙をついて、クレスト教皇国の聖騎士団が国境を越えて乱入した。


 大陸一美しいと言われた王都アナーニは、一夜にして灰燼に帰し、王族の首は全て晒された。

 

 教皇国が参戦した口実は、アクアリナ王国第一王女エルマ・パラディの背教だった。


 エルマは、ユニークの聖職者のギフトを得て、アクアリナ王国のクレスト教会の司祭を務めていた。


 彼女にどの様な背教行為が在ったのか、未だに誰も知らない。


 晒された首の中に、当時15歳だったエルマの首は無かった。

 

 そして1年後、その地に駐留していたルフラン将軍が、アクアリナ王国の復興を掲げてエルベール皇国に反旗を翻した。


 彼が神輿に担いだのは、アクアリナ王国第二王女エルシャ・パラディだった。

 エルマの三つ年下の妹である。

 

 教皇国の聖騎士の援軍を受けたルフラン将軍は、旧アクアリナ王国の領土を全て奪還する。


 国土を取り戻したエルシャは、ルフラン将軍の公王就任を承認し、誕生したルフラン公国のクレスト教教会の司祭になった。


 現在エルシャはルフラン公国にはいない。


 教皇国の神殿に移り、次期枢機卿候補とも、教皇の愛人とも言われる彼女が、衆目の前から姿を消して久しい。


 戦禍のアナーニから姿を消したエルマは、やはり1年後ライン=アルト王国の辺境伯領に現れた。


 辺境伯マティアス・シュナイダーは彼女を保護し、領都アンヘルに彼女の為の教会を建造し、エルマは教会の司祭となった。


 やがてマティアスの妻になり、現当主ステファンを生んだエルマだったが、20年間女神クレストへの祈りをやめる事は無かった。


 そんなエルマの元に、多くの信者、聖職者が集まり、やがて彼女の教会は真・クレスト教教会と呼ばれるようになった。

 

 現在辺境伯領から南部の王国領に迄広がりつつある真・クレスト教教会を、無論神聖クレスト教皇国は認めていない。


 辺境伯領に在ったクレスト教会は全て撤退し、教皇ギュンター・ロレーヌはエルマ・シュナイダーとその信者を、異教徒であると宣言している。


 以降、エルマ・シュナイダーは『亡国の聖女』、エルシャ・パラディは『興国の聖女』と呼ばれている。


 辺境伯領が教会の力が及ばない地である理由であり、西側の侵攻を警戒するロンメルが、辺境伯家を自陣に加えようと画策する理由でもある。


 シュナイダー辺境伯家は、西側とは決して相容れる事の出来ない家なのだ。


 船はこの季節特有の西風を帆に受けて、東に向けて力強く進んでいく。


「三日後の午後位には、ライメンの港に着きそうね」

 ベアトリスの言葉に、エレーネは無言で頷いた。



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