2-24  ジェーン


 マリウスは屋敷の外に出ると、広場の方に向かった。


 “防寒”の付与された広場の中で、ミラとミリがお茶を飲んでいた。

 椅子とテーブルを持ち込んで、すっかり寛いでいる。

 

「若様! 一緒にお茶どうですか」

 ミリが声を掛けてくれた。


「どうぞ若様。今お茶入れますな」


「ありがとう、じゃあ頂こうか」


 ミラが折り畳み式の椅子を一つ出してくれたので、マリウスはお茶を頂くことにした。


「若様、大活躍でしたね!」


「ほんと、あんな怖い魔物を倒しちゃうなんて!」


 一夜明けても未だ二人は、興奮冷めやらぬと云う感じだった。


「いや、殆どエルザ様とクルトがやったんだ。僕は偶々止めを刺しただけだよ」

 マリウスはそう言ってお茶を飲んだ。


「クルト様って、あの怖そうな虎獣人の方ですか」


 ミリが怯えた顔で言った。耳がぺたんと倒れている。

 ミリはクルトが苦手の様だ。まあ兔だから、虎は怖いか。


「クルトは良い奴だよ、ああ、ミリより一つ年下の娘さんを、とても可愛がってるよ」

 マリウスが言うとミラが意外そうに言った。


「娘さんがいるのですか、今はエールハウゼンに?」


「うん、ユリアはうちの屋敷で僕の妹の侍女見習いをしながら、厨房の仕事も手伝っているよ。彼女料理人のギフトを持ってるから」

 

 マリウスの話にミリが喰いつく。

「良いなあ料理人、おいしい物が一杯食べられて」

 ミリのウサギ耳がぴょこぴょこ動いてる。


「君たちは大工と石工のギフト持ちだって?」


「はい。うちは農家なんですけど、私たちの為に納屋を工房にして貰って、仕事しています」

 

「この椅子と机も、お姉ちゃんが作ったんですよ」

 ミリがドヤ顔で言った。


「へー、珍しい折り畳み椅子だと思っていたら、ミラが作ったんだ。背凭れも付いていてとても丈夫そうだね」


 ミラが嬉しそうに言った。

「机も折りたためるのですよ」


 ミラに言われてよく見ると、机が真ん中で折りたためるようになっている。

 脚も収納できるようになっているらしい。

 

「ほんとだ、よくできている。ねえ君たちって、どんなスキルを持っているの?」


 マリウスは生産職のスキルの事は良く知らなかったので、いい機会だと思って二人に聞いてみた。

 

「私は“木材鑑定”、“切断”、“筋力強化”、“目視計測”、“研磨”、“木材乾燥”、“接続”、“木材加工”ですね」

 ミラが言った。


「私は、“石材鑑定”、“石切り”、“筋力強化”、“研磨”、“目視計測”、“整地”です」

 ミリが言った。


 なにそれ、便利すぎる。


『だから逆に文明が発達しないんだよ。』


「それはアーツなの、それとも魔法なの?」


「両方ですね。鑑定や計測、乾燥などは魔力を使ってで、他はアーツと言った感じですか」

 ミラが教えてくれた。


 彼女が言うには、生産職の人はFPとMPが大体同じくらいで両方を使えるらしい。


 スキルは主にMPを魔力に変えて効果的に魔法を行使する。

 アーツはFPを自分自身や、手に持った武器や道具に纏わせて使う。

 魔法職はMPが多くてFPは少ないし、戦士職は逆になる。


「魔法は使えるの?」

 マリウスが聞くとミラが答えた。


「簡単な初級魔法ならいくつか覚えました。術式が読めないから丸暗記ですし、スキルが無いからあまり効果は無いですけど、“ライト”とか“ファイアー”、あと“ウォーター”ですね。使えると便利です」

 

「ミリも使えるよ」


 そう言ってミリが、指先に“ファイアー”の火をともした。

 ろうそく位の炎だったが、マリウスはミリの発動した術式を記憶した。



 マリウスは人差し指を立てて、今見た“ファイアー”を発動させた。

 松明程の炎が、1メートル位の高さまで燃え上がった。


 ミラとミリがのけ反って驚く。

「わ、若様?」


 マリウスは慌てて炎を消した。


「御免。初めて使ってみたけど、加減が解らなくて」

 笑って胡麻化そうとするが、ミラとミリの視線が痛い。


「ミラ、“ウォーター”と“ライト”も見せてよ」

 マリウスがそう言うと、ミラが躊躇いながら言った。


「良いですけど……」


 ミラは空の湯飲みをテーブルに置くと、指先を湯飲みの上に持って行った。

湯飲みいっぱいの水が出た。


 今度はしゃがんで テーブルの下の陰に手を突っ込むと、指先に“ライト”の光をともした。

 灯りの魔道具よりだいぶ弱いが、陰が明るくなったのが解る。


 ミリが期待を込めて、目をキラキラさせながらマリウスを見ている。


「やらないんですか?」


「いや、なんか怖いから、人の居ない処で練習するよ」


「えー、つまんないです」

 

 ミリが不満そうだが、ミラはほっとした顔をしている。

 きっとテーブルを濡らされたくなかったのだろう。


「あれ、若様どうしたんですか、こんな処で?」


「もうエルザ様達のお話は終わったんですか?」


 後ろから声を掛けられて振り返ると、ジェーンとキャロラインが立っていた。


「あ、もう終わったよ。あれマリリンさんは?」

 珍しく三人じゃないみたいだ。


「マリリンならFP切れで爆睡しています」


「鼾が煩いからテントにおいてきました」

 キャロラインが手に持ったパンを齧りながら返事する。


 ミラがお茶を出すと、グイッと飲んで言った。


「ありがとう。えーと……」


「あ、この子たちは村の姉妹でミラとミリ。こっちは公爵夫人様の従者のジェーンさんとキャロラインさん」

 

 マリウスが4人を紹介すると、ミラとミリがペコリと頭を下げて、こんにちはと挨拶する。

 ジェーンとキャロラインもっこんにちはと挨拶を返した。


「公爵夫人様って、あの滅茶苦茶強い人ですよね?」

 ミリが二人に聞く。


「そうよ、エルザ様はユニークの拳闘士なの」


「私なんか昨日は殺されそうになったわ」

 キャロラインがぼやく。

 

「人があんなに転がるのを、初めて見ました」

 ミリがいった。


 そう言えば二人とも、あの場にいたのだった。

 キャロラインは顔を顰めて言った。


「私は転がされるの、初めてじゃないけどね」


 ジェーンがくすくす笑っている。

「ジェーンはああ云う時はいつも逃げるから、私とマリリンばっかり酷い目に合うのよ」

 

 文句を言うキャロラインに、ジェーンが言った。


「私は魔法職なんだもの、あんなの受けたら絶対即死しちゃうわよ」


「ジェーンさんは魔術師なんですか?」

 

「そうよ、これでもアドバンスドの水魔術師なの」


 そう言ってジェーンが胸を張る。

 あまり大きくはない。


「若様今、何か失礼な事を考えませんでしたか?」


 ジト目で睨むジェーンに、ふるふると首を振ってマリウスが言った。


「そうだジェーンさん、水魔術を見せて貰えませんか」


 未だ疑いの目で睨むジェーンだったが、そう言うと満更でもない感じで言った。


「良いですよ。未だ半分くらいしか魔力が回復してないので、中級魔法までで良ければ」


 此処では何だから、ということでまた西門の外に行くことになった。

 ミリとミラも見たいと言うので、一緒に行く事にした。

 

「テーブルや椅子は置いといて良いの?」


「後で取りに行くから大丈夫です」

 ミラが言った。


「私、中級魔法を見るの初めてです。村に使える人がいないから」

 ミリが楽しそうに言う。


 そんな会話をしながら西門に到着すると、兵士に言って門を開けて貰った。

 塀の前まで歩いて行くと、ジェーンが振り返って言った。


「それじゃあ始めるわよ。まず基本から」


 ジェーンが塀の前の堀に向かって手を翳すと、“ウォーター”で水を出した。

 4,5リットル位の水が堀の中に落ちる。


「凄い、あんなに沢山」

 ミラが驚いた。


「じゃ次は便利な生活魔法“ウォシュ”よ」

 そう言って手を広げた。


 頭から足元まで水の膜が包んでぐるぐる回っている。


 15秒くらいで終わると、髪も服もびしょ濡れになったジェーンが立っていると思ったら、一瞬で乾いた。


「魔法で作った水は、飲んだり使ったりも出来るし、消すことも出来るのよ」

 成程、乾いたのではなくて、水を消したらしい。


 ジェーンが霧に包まれて姿がぼやけた。

 自分の周り半径5メートルに霧をつくる“ミスト”だ。

 

 霧を一瞬で消すと、50メートル位先にある大きな木に向かって“ウォーターボール”を放つ。


 直径10センチ位の水の球が木に撃突して弾ける。


 木は大きく揺れて、枯れた枝葉がばらばらと落ちた。

 木の表面には水球の形に窪みが付いていた。


 ジェーンは塀から3メートル程後ろに下がって、堀に向かって“ウオーダースピア”を放つ。


 ジェーンの指先から、指の太さ位の水の槍が伸びて、塀に小さな穴を開けると消えた。

 ジェーンはマリウス達を振り返って言った。


「ここから中級よ」


 外を向くと右手を大きく上げて、振り下ろした。


 “ウォーターブレイド”の巨大な水の刃が頭上から地面に叩きつけられ、堀の前から10メートル位先まで、地面に切れ目が出来た。

 

「ここからは氷系よ、“冷却”のスキルが無いと上手く使えないの。まずは基本の“コールド”」

 そう云うと塀の前に両手を翳した。


 10メートル位先まで地面が白く凍る。

 さっき“ウォーター”で出した水が一瞬で凍り付いた。


 先程“ウォーターボール”で窪みを付けた木に“アイスカッター”を放つ。

 氷の刃に切り裂かれた木が、メキメキと音を立てて倒れた。


 自分の前に直径70センチ位の氷の盾、“アイスシールド”を浮かべた。

 盾を手の平で右、左と操る。


 盾は20秒くらいで消えた。


「これで御仕舞。どうでした」

 ジェーンがドヤ顔で振り返った。


 ミラとミリが拍手をしている。


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