2-23  中級付与術式


「自重させよと言った傍からもうこの騒ぎか」

 エルザが呆れ顔で言った。


 自分だって燥いでいた癖にと云う言葉を飲み込んで、クラウスが頭を下げる。

「面目次第も御座りません」

 

 クラウスの言葉にエルザは声を立てて笑った。


「全くお前の息子を見ていると退屈せん。次は何をしでかしてくれるかと、楽しみでならんわ」

 エルザの言葉にクラウスも苦笑する。

 

 あれからマリウスを連れて村長の館に戻り事情を確認した。

 ジークフリートとエルザも一緒である。


 エルザは当然の様に同席を要求した。

 クラウスは迷ったが、見られた以上やむを得ないとエルザの同席を認めた。

 

 許可を得たエルザは遠慮なくマリウスに迫った。

 魔力量がレベルアップで増えたので、中級の術式を使えるか試したと言うマリウスに、幾等あると聞いた。


 マリウスは困ってクラウスの顔を見た。

 クラウスも仕方なく頷いた。


「600です。使ってしまったので残りは522かと」


 マリウスの言葉にエルザも驚いた。

「600だと、ミドルの魔術師でも500を超える者は少ない筈。それだけあれば中級の術も使えるだろうな」


 ビギナーの七歳の子供が魔力量600。

 最早呆れるしかない。


「それで一体どの様な術式を使えるのだ」

 エルザが追及の手を緩めない。


「えーと、“物理防御“、“魔法防御“、“熱防御“、“重量化“、“軽量化“、“防水“、“防火“、“滋養強壮“、“冷却“、“魔物除け“、“警報“、“消毒“、“疲労軽減“、“飛距離増“の14種類です」

 

 エルザだけでなく、クラウスやジークフリートも押し黙った。

 三人はマリウスが並べた術式の価値を、頭の中でゆっくり吟味している様だ。


 マリウスは居心地が悪そうに三人の顔を見比べていた。

 エルザが再び口を開いた。


「14種類とは随分と多いな。それら全て使いこなせるのか?」

 エルザの問いにマリウスは少し考えて答えた。


「はい、使えると思います。魔石さえあれば」


「どの様な魔石が必要だ。」

 重ねて問うエルザにマリウスが言った。


「試してみた限りではオークの魔石が一番合っているようです。多分グレートウルフの魔石も同じくらいの魔力を感じるので、大丈夫かと」


「例えばあの矢を一万本欲しいと言ったら、オークの魔石が幾つ必要になる?」

 エルザの矢継ぎ早の質問にたじたじになりながらマリウスが答えた。


「1000個です。一つで十本。」


「あの矢を一日に何本作れる?」

 マリウスは頭の中で計算する。


「えーと、240位ですか。あ、“並列付与”と魔石の数でもっと作れるかもしれません。」


「“並列付与”?それは君のスキルか?」


「エルザ様?」


 堪り兼ねてクラウスが口を挟む。

 エルザは笑って顔の前で手を振った。


「すまぬな、つい興味が先走ってしまった。価値を考えていただけだ。オークの魔石の市場価格は一つ3万ゼニ-、公爵騎士団の弓兵は1000。3000万ゼニ-であの矢を全員に10本持たせられる。それがどの程度の価値かはお前にも解るであろう。」

 

 戦場で飛距離は絶対である。

 ホブゴブリンの使う投石器に、多大な被害を受けたクラウスやジークフリートにとっても、あの矢を事前に用意できていればという思いはある。


 そして万の軍勢が動く戦争において3000万ゼニ-は大した額ではない。


 敵の矢が届かぬ距離から放たれる1万の矢。

 アーツを使える物なら更に、“的中”や“貫通”を載せる事も出来る。


 十倍の金を払ってでも欲しいと思うものは幾等でもいるだろう。


「何れにしても他の術式も試してみる価値はありそうだな。マリウス君、どうやら君の付与魔術は私の知っている物とは随分違っている様だ」


 マリウスがキョトンとして聞き返す。

「そうなのですか?」


 マリウスの質問にマリアは噛んで含める様に説明した。


「“飛距離増”の術式位公爵家の付与魔術師でも使えるが、精々一割程距離が延びるだけだ、弓士の使う“遠射”のアーツの方がよほど優れている。“軽量化”にしても同じ。一割ほど軽くなるだけだし、そもそも馬車一代丸ごと軽量化すること等出来ない、精々鎧一領位が精一杯だ」


 エルザの言葉にクラウスが驚いて言った。

「公爵家の付与魔術師でその程度、それは誠で御座いますかエルザ様?」


「だから最初からそう言っておる。そもそも壊れぬ盾を一日に100枚だの、柵を何百メートルも強化だの、全て聞いたことも無い話ばかりだ。付与魔術師にそれ程の力が有るのなら、大陸中の国が付与魔術師を取り合って争っているであろうよ」


 確かにクラウスですら付与魔術師と初めに聞いた時は、便利な雑用職という言葉が思い浮かんだ。

 自分の息子の力は常識外、エルザの言葉で改めて思い知らされる。


「まあその力、どの様に使うかはよくよく考えて使う事だ。君がその力を与えられたという事は、女神は君がその力を使う事を望んだという事だからな」


 エルザはマリウスに向かってそう言うと、私の話は終わりだと云う風に立ち上がって部屋を出た。 


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 残されたクラウスとジークフリートは、顔を見合わせて考えていたが、やがてクラウスがマリウスに向き直ると言った。


「マリウス、お前に頼みがある。ホブゴブリンの拠点殲滅戦の為に、あの矢を用意してほしい。数は……」


 クラウスがジークフリートを見た。

「200も有れば 充分かと」

 ジークフリートが代って答えた

 

「うむ、明日までに頼めるか?」

「はい大丈夫です」

 マリウスが答えた。

 

 クラウスは安堵してマリウスに言った。

「矢は騎士団に用意させる。あと他の付与術式に付いても、早急に効果を確認して私に報告してくれ。ああ、くれぐれも騒ぎを起こさぬように慎重にな」


 そんなことを言われても、と思いながらマリウスは答えた。


「解りました。あと父上、出来ましたらオークの魔石をもっと大量に戴きたいです」


 マリウスの言葉にクラウスも頷く。

「解っておる、辺境伯家に打診してあるが、エルザ様にも相談してみよう」


 そう言ってクラウスは袋を二つ取り出して、机の上に置いた。

「これは今回回収したホブゴブリンとゴブリンの魔石だ。暫くこれで我慢してくれ」

 

 マリウスは魔石の袋を受け取るとクラウスに礼を言って部屋を出た。

 クラウスとジークフリートの二人になると、ジークフリートが大きくため息をついた。


「やはり若様のお力は、外の付与魔術師とは桁違いという事で御座いますな」

 ジークフリートの言葉にクラウスも苦笑して頷く。

 

「私は魔法に疎いのでな。何かおかしいとは思っていたが、あ奴が次々と見せる力に頭が付いて行けぬわ」

 そう言ってクラウスも溜息を付く。


「それは某も同じこと。思えば若様の福音の儀から今日まで、いろいろな事が一度に起こり、右往左往するばかりで御座る」

 ジークフリートも苦笑しながらそう言った。


「ジーク、決めたぞ」

 クラウスが己に向かって言い聞かせるように言った。


「エルザ様の申し出を受ける。夕刻隊長格を皆集めよ、アースバルトは魔境に進出する」


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 マリウスがゴブリンロードを打ち取ったという報せ、はその日のうちにエールハウゼンに伝わった。


「マリウス様がゴブリンロードを打ち取ったのですか?」


「はい、最後は若様が剣でゴブリンロードに止めを刺しました」


 伝令の言葉にノルンとエリーゼが驚いて顔を見合わせた。

「それでマリウス様はご無事なの?!」


「はい、死者や多くの怪我人が出ましたが、若様はご無事で御座います。我が方の大勝利です」


 伝令の言葉にエリーゼがほっとした。


 留守を任された兵士や、急遽応援に入った冒険者達と共に、ノルンとエリーゼも関所の警備に入っていた。


「若様って、未だ子供じゃなかったの?」

 『四粒のリースリング』のヘルマンがエリーゼに尋ねた。


「うん、マリウス様は福音の儀を受けたばかりの7歳だよ」


「そんな子供がどうやってレアの魔物を倒したんだ? 凄い剣士のギフト持ちとかなの?」


 「いや、マリウス様はレアの付与魔術師だよ」

 ノルンも言いながら首を傾げている。


 マリウスが剣を習い始めてから、未だ十日も経っていない。 

魔法ならまだしも、剣で特級魔物を倒したと云うのが信じられなかった。


 「きっと魔剣よ!」

 エリーゼが興奮気味に叫ぶと、自分の腰に差した木剣を抜いて皆に見せた。


 「魔剣でゴブリンロードを倒したのよ! マリウス様の付与魔術はやっぱり最強なのよ!」


 『四粒のリースリング』の四人、ヘルマン、アントン、ルイーゼ、オリバーも、得意げに古びた粗末な木剣を見せるエリーゼを笑う事が出来ない


 現実にエリーゼがこの木剣で、鋼の真剣を叩き折る処を目撃していたからだ。


『魔剣』


 サーガの中にしか存在しないと思っていた伝説のアーティファクト。

 無論十代で冒険者の世界に飛び込んだ四人にも、魔剣に憧れは有る。


 魔剣を手に、一流冒険者として王国中に名前を轟かせる。

 そんな子供っぽい事を夢見たことは、全員に覚えがあった。


 魔剣が王家の宝物庫でも、ダンジョンの奥深くでもなく、すぐ目の前にある。

 魔剣を造る少年が直ぐ近くにいる。


 何時しか四人は、エリーゼの手に握られた古びた木剣から目が離せなくなっていた。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 やっと解放されたマリウスは、居間に入ると今度はマリアに捕まってしまった。

「マリウスちゃん、あなた女の子はどうしたの? 何処の子なの? 私にも紹介しなさい」


 マリウスの肩を捕まえて矢継ぎ早に質問するマリアにマリウスが言った。

「母上も逢っていますよ。エルザ様の従者のマリリンさんです」


「まあエルザ様の従者と」

 

 驚くマリアの隙をついて、マリウスは何とかマリアの手から抜け出した。


「それでその娘とどうなったの?」

 逃げようとするマリウスにマリアが食い下がる。

 

「マリリンはケントと弓の勝負をしました」


「弓の勝負?」


 何の話、と云う顔をするマリアに更に言った。


「ケントが勝って、騎士団がお祭り騒ぎでした」


「そ、そうお祭り騒ぎなの」


 訳が分からないと云うマリアを置いて、マリウスは逃げ出す様に屋敷を出た。


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