2-22 ケントとマリリン
ケントは戦いでFP を消耗しきっていたので、自分のテント戻って泥の様に眠った。
昼前に目が覚めると、殆ど回復していた。
ケントは空腹を覚えてテントの外に出ると、朝食は終わってしまっていた。
止む無くテントに戻って、支給品の硬いパンと干し肉を水で流し込んで空腹を癒すと、自分の部隊の隊長を探しに外へ出た。
西門の処まで来ると、門が開いていて堀の前の塀の処に、マリウスと三人の女が立っているのが見えた。
何をしているのだろうかと見ていると、見覚えのある茶髪の女が弓を構えて矢を放った。
矢は信じられない程飛んだ。
ケントの狩人の目は、矢が自分のアーツを載せた矢より、50メートル以上遠くに突き立つのをはっきりと見届けた。
気が付くとマリウス達の方に、足早に近づいていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クラウスはベッドに入って一時間ほど横になっていたが、全く寝付けなかった。
エルザの話が、頭から離れない。
クラウスは諦めてベッドから起き出して部屋を出た。
村長の屋敷を出て村に一軒だけある宿屋に向かった。
此処を宿舎にしているジークフリートと、話がしたかったからだ。
部屋を訪ねるとジークフリートも起きていた。
「これは御屋形様、いかがなされました?」
ジークフリートは部屋に備え付けられた椅子をクラウスに進めると、自分はベッドの上に腰を下ろした。
「なに、どうにも眠れぬのでジークと話がしたくなった」
クラウスの言葉にジークフリートは頷いた。
「某も同じで御座る。全く眠れぬ故一人で飲んでおりました」
ジークフリートはそう言って机の上に置かれた葡萄酒と杯を指差す。
自分にも勧めるジークフリートに断って、クラウスが言った。
「エルザ様の話、ジークはどう思った?」
クラウスの問いにジークフリートはにやりと笑って言った。
「血が騒いでなりませんな。正しく御家が躍進する好機と存じまする」
ジークフリートの言葉にクラウスが苦笑する。
「こんな様になっても未だそう云うか、さすがはジークだな」
昨夜の戦いでクラウスは右肩を痛め、ジークフリートは左腕を痛めている。
脇腹の傷も未だ完治していない筈だった。
二人とも包帯で肩から腕を吊った姿だった。
「傷は武人にとっては勲章で御座る。まさか御屋形様はこの話、お断りなさるおつもりで御座いますか」
ジークフリートの言葉にクラウスは首を振った。
「公爵家の御指示なら断れんさ、まして宰相様まで絡んでいるとなればなおさらだ。それに私にも人並みに出世したい欲は有る」
クラウスの言葉にジークフリートが大きく頷いて言った。
「功を競ってこその武人で御座る。御屋形様のお悩みは某にもわかります。此度の戦で9人死にもうした」
クラウスは沈鬱な顔でジークフリートの言葉に頷くと言った。
「魔境に踏み込むとなればどれ程の苦難が待ち受けているか解からん。此度より更に大きな被害を被るやもしれん」
「それに怯む者等騎士団には一人もおりません」
ジークフリートは獰猛な笑みを浮かべて胸を張った。
「国の政治に巻き込まれることになるかもしれんぞ」
「その様な事貴族であれば当然の事。むしろ無視される方が哀れで御座る。御屋形様」
ジークフリートはクラウスの目を見つめて話を続ける。
「ご自身のやりたいようになさりませ。我ら家臣一同御屋形様に従うのみに御座います」
ジークフリートの言葉にクラウスも、心に滾る物を感じていた。
今年34になる。
辺境の小領主の立場に不満は無い。
それなのに、自分と家臣たちの命を懸けてまで勝負をしてみたいという気持ちが抑えられない。
結局自分はジークフリートに後押しして貰いたかっただけなのだとクラウスは気付いた。
とっくに腹は決まっていた。
扉がノックされた。
「なんだ」
ジークフリートの言葉に兵士が入って来る。
「あっ、御屋形様。いらっしゃいましたか」
「構わん、いかが致した?」
クラウスが若い兵士に聞いた。
「はい、一応お知らせした方が良いと思いまして。実は若様が……」
「マリウスがどうかしたのか?」
クラウスの言葉に兵士が困ったように答える。
「その、なんと申し上げたら宜しいのでしょうか。あの、若様が壊れた馬車を……」
兵士の要領を経ない報告に苛々しながらクラウスが言った。
「マリウスが馬車をどうしたのだ?」
「はい! 若様が馬車を軽くしました!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジークフリートと連れ立って広場に行くと、兵士達が群がっているのが見える。
兵士が代わる代わる壊れた馬車を片手で持ち上げていた。
クラウス達に気付いた兵士達が道を開けた。
クラウスは馬車に近寄ると、兵士達がやっていたように壊れた客室の下を掴んで持ち上げてみた。
馬車は剣よりも軽かった。
クラウスは持ち上げた馬車の下を覗いてみた。
鉄製のフレームや車軸が見える。
多分大人4,5人がかりでやっと持ち揚がる位の重さが在る筈だった。
クラウスは馬車を地面に降ろすと、振り返って兵士達に聞いた。
「マリウスは何処にいる?」
兵士達が顔を見合わせて首を振っている。
後ろで見ていた若い兵士が手を挙げた。
「若様は先程、西の門の方に歩いて行かれました」
クラウスはジークフリートと連れ立って今度は西の門に向かった。
兵士達もぞろぞろと後を付いてくる。
西の門に着くと門は開け放たれて、その向こうに多くの騎士や歩兵、村人が集まって、外を向いて騒いでいた。
「スゲーなケント、また当てたぞ!」
「これで7本目だ!」
「あの姉ちゃんも負けてないぜ!」
50人位はいる兵士達の後ろに行くと、クラウス達に気付いた兵士が退いてくれた。
騎士団のケントと、エルザの従者のマリリンが弓を構えて、矢を番えている。
二人の後ろにいる小さな姿はマリウスの様だ。
マリウスが右手を挙げた。
「放て!」
号令しながら右手を振り下ろした。
2本の矢が天に向かって放たれた。
放たれた矢が高く上がって、弧を描きながら飛んで行った先に、二本の太い木が並んでいる。
矢が吸い込まれるようにその木に突き立った。
「あそこ迄届くのか!」
傍らでジークフリートが驚きの声を上げる。
「いや届くだけではない様だ」
クラウスが目を細めて遥か彼方の二本の木を見つめながら言った。
木に何か括り付けてある。
どうやら騎士団で弓の練習に使う的に、沢山の矢が刺さっている様だ。
的を示す三重丸を印した朱色が何とか確認できる。
ケント達と木の中間あたりに、ジェーンとキャロラインが離れて立っている。
二人が此方を振り返って、腕で大きく〇を作った。
うおおっ、と兵士達に歓声が上がる。
「8本目も当てた!」
「二人とも譲らねえぜ!」
兵士達が口々に歓声を送る。
「ケント! 騎士団の名誉に懸けて勝て!」
ニナが叫ぶ。
「ケント! 負けたら減俸だぞ!」
フェリックスが怒鳴った。
「お姉ちゃん、勝ったら一杯奢るぜ!」
マルコが茶々を入れる。
「マリリン、負けたら晩飯は抜きだぞ!」
気付くとエルザも兵士達に混ざって観戦している。
クラウスはエルザの傍に行く。
「エルザ様これは何事で御座いますか?」
クラウスの問いにエルザが笑って答えた。
「お前の息子が付与した矢を使って、お前の処の弓士とうちの弓士が“的中”の勝負を始めたのだ。」
「“的中”の勝負で御座いますか?』
“的中”は命中精度を上げる、弓士の上級アーツだ。
エルザの従者も使えるのかとクラウスは驚いた。
見たところ15、6に見える少女が騎士団一の弓士のケントと互角に勝負できるとは。
的迄の距離は軽く300メートル以上あった。
的が何とか確認できる位の距離だった。
「放て!」
マリウスの号令で再び矢が放たれた。
矢が的に当たり、ジェーンとキャロラインが腕で〇を作る。
兵士達の歓声を背中で聞きながらケントは焦っていた。
マリウスに自分の矢も付与を掛けて貰って、アーツを使わずに放ってみると、自分のアーツを使った時よりもはるか遠くまで矢が飛んでいった。
何時の間にか隣の少女と“的中”のアーツ勝負になってしまった。
自分より年下の少女に負ける訳無いと、たかをくくっていたケントだったが、少女は全く負けていなかった。
ケントはもう一射で多分FPが尽きるのを感じ乍ら、塀の上に並べられた矢を一本手に取った。
「うーん私もう無理、降参です」
マリリンが弓を置いて言った。
ケントがマリウスを見る。
マリウスは矢を手にしたケントに頷いた。
ケントが弓に矢を番える。
「放て!」
兵士達が固唾を呑んで見守る中、矢が放たれた。
矢が的に吸い込まれて行き、ジェーンが腕で大きく〇を示した。
ケントは力が尽きて膝を付く。
兵士達の歓声が爆発した。
皆がケントに駆け寄ってケントを抱き起す。
「よくやったケント、お前の御蔭で騎士団の名誉が守られた!」
「スゲーよお前、感動した!」
「お前は間違いなく辺境一の弓士だよ!」
珍しくダニエルまで興奮している。
ケントはふらふらになりながら皆に笑顔を返した。
「あーあ、負けちゃった」
戻って来たジェーンとキャロラインにマリリンがさばさばと言った。
「マリリンにしてはよくやったんじゃない」
「うん、あんたやれば出来る子だったんだね」
ジェーンとキャロラインがマリリンを慰める。
横では兵士達がケントの胴上げを始めていた。
もはやお祭り騒ぎだった。
「男ってバカだね」
キャロラインが呆れた様に云う。
「皆憂さ晴らしがしたかったのだ。悲惨な戦いの後だからな」
後ろからエルザが声を掛けた。
「あ、エルザ様、負けちゃいました」
マリリンがテヘペロと言った感じでエルザに振り返る。
「うむ、いい勝負だった。飯抜きは勘弁してやる」
エルザが笑いながらマリリンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
ケントの胴上げを眺めているマリウスに、後ろから声がかかる。
「マリウス、話を聞かせて貰おうか」
マリウスが振り返るとクラウスとジークフリートが立っていた。
えーと、またやらかしていたのですか?
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