2-21  マリリン


 ゴブリンロードのフルプレートメイルに付与されていた、“魔法防御”の術式は読み取っていた。


 それはザトペックから貰った羊皮紙に書かれていた術式とは少し違っていた。

 中級の付与術式だが記憶だけはしている。


 二つの術式を比較してみると、よく似ているが違う箇所がいくつかあった。

 

 マリウスは何となくザトペックから貰った術式の方が、効率良いように組まれている様に思えた。


 何と云うか『改良版』と言った感じがする。


 ザトペック以外の術式を見たのは初めてだったが、同じ“魔法防御”でも必ずしも同じ術式とは限らないらしい。


 マリウスはザトペックの羊皮紙に在った中級の術式の記憶を、頭の中で描いてみる。

 

 “物理防御“、“魔法防御“、“熱防御“、“重量化“、“軽量化“、“防水“、“防火“、“冷却“、“魔物除け“、“警報“、“滋養強壮“、 “疲労軽減“、“飛距離増“。

 

 全部で14、かなり実用的なラインナップの様だ。

 魔力は初めの5倍以上になっている。

 今なら問題なく使えるのではないかと、マリウスは思った。

 

 辺りを見回すと、ちょうど向かい側で兵士が4人でゴブリンロードに潰された馬車を運んでいる処だった。


 馬車は客室がゴブリンロードの剣で真二つに砕かれ扉が片方無くなっていた。


 剣の傷跡は客室の床まで届いていた。

 車輪も一つ外れて、車軸が下にぶら下がっていた。


 マリウスは彼らの傍に行くと兵士の一人に話しかけた。

「ねえ、その馬車はどうするの?」


 兵士の一人が振り向いてマリウスを見ると驚いて言った。


「これは若様。この馬車は残念ながら下のフレームまで曲がっているので、もう使い物になりそうにないので廃却せよとの事で御座います」

 

 マリウスは馬車を下に降ろして貰った。

 ポケットに未だホブゴブリンの魔石が入っている。


 マリウスは魔石を一つ左手に掴むと右手を馬車に当てて“軽量化”の術式を頭の中で描いた。

 

 直ぐ魔石の魔力が足りないと解った。

 馬車の質量が大きすぎる様だ。


 マリウスはポケットに手を突っ込むと今度はホブゴブリンの魔石を三つ握って再び馬車に右手を当てた。


 “軽量化”を思い浮かべて付与を頭の中で唱えると今度は発動した。


 持続期間はそれ程必要ないので、思いっ切り効果に魔力を振ってみる。

 馬車が青い光に包まれた。


 光が消えた後、マリウスは馬車の壊れた客室の下に手を入れて片手で持ち上げた。


「若様!」

 兵士達が驚いてマリウスを見た。

 

 マリウスは馬車を降ろすと微笑んで,

「有難う。もういいよ」

 と兵士達に答えて、ステータスを確認してみる。


 魔力が574になっていた。


 ホブゴブリンの魔石3個を使うのに必要な魔力は6の筈だから、中級の術式を付与するには20魔力を使う様だ。


 これなら最初から4回位使えたかもと思ったが、マリウスの魔力量は特別で、普通はレアのギフト持ちでも最初は40、ミドルなら20位とノルンが言っていたのを思い出した。


 確かに魔力量が少ないビギナーには、中級の術式を付与するのは厳しいかもしれない。

 

 兵士達が片手で馬車を持ち上げて驚いている。

 代わる代わる交替しては、持ち上げていた。


 周りの兵士達も集まって来たので、マリウスはそっと其の場を離れて広場の方に逃げた。

 

 テントの並んでいる処まで戻ると、テントの入り口のシートが開いて、中から茶髪の少女が顔を出した。


「あれ、若様だ!」


 えっと確かこの子はエルザ様の処の弓士、

 名前はマリリンだったっけ。

 

「あっ、ホントだ若様だ」

「こんにちは若様!」

 ジェーンとキャロラインも次々テントから顔を出す。


 何故彼女達が兵士のテントにいるのだろうと思いながらマリウスも、

「こんにちは」

 と挨拶を返した。


 三人娘はエルザに置いて行かれたので、仕方なく空いていたテントに潜り込んで寝ていたらしい。


 「何かあそこで騒いでますけど、なんかあったんですか」

 キャロラインが壊れた馬車の方を指差してマリウスに尋ねた。


「さあ、僕は知りません」

 マリウスが惚けた。

 

 マリリンが疑わしそうにマリウスの顔を見ながら言った。

「何かみんな若様の方を見てますけど」


「そ、そうかな、勘違いじゃないかな」

 マリウスが白を切り続ける。

 

「エルザ様は何処にお出でかご存じですか?」


 ジェーンが話題を変えてくれたので、マリウスはほっとしながら食い気味に答えた。


「エルザ様なら、村長の家で部屋を借りて休まれましたよ」

 マリウスの言葉に取り敢えず安堵しながらジェーンが言った。

 

「さすがのエルザ様も、あれだけ暴れれば少しはお疲れでしょうね」


「付き合わされた私達もくたくただよ」

 キャロラインがぼやく。


「休める人は皆休んでいるみたいですよ」


「若様は休まなくていいのですか?」


 マリウスの顔を覗き込むマリリンにマリウスが答える。

「うん大丈夫みたい、疲れてないよ」


「いきなりレベル10なんて凄いですね、私なんて未だレベル7です」

 ジェーンが羨ましそうにマリウスを見ながら言った。

 

「私はまだ6よ」


「私も。若様いきなり10なんてなんか狡い」


 マリリンが抗議する。

 狡いと言われても、と思いながらマリウスはふと思いついてマリリンに言った。


「マリリンさんは確か弓士だったよね?」


「そうですけど」


「マリリンさんにちょっと教えて欲しいことが有るのですが」


「何ですか私に聞きたい事って?」


 マリリンがマリウスに問い返した。

「マリリンさんは“遠射”のアーツは使えますか?」


「勿論使えますよ、私こう見えてもアドバンスドクラスですから、中級アーツ位問題無いです」

 

 マリウスの問いにマリリンは、えへんと云う様に胸を張って答えた。

 意外と大きい。


「“遠射”って弓に付けるのですか、それとも矢に付けるのですか」

 マリウスはマリリンの胸を見ないようにしながら尋ねた 


「それは勿論矢ですよ、弓は飛んでいかないでしょう」

 

『この女なんかむかつく』


 やはりそうなるのか、矢が遠くに飛ぶという事なのか。

 マリウスは少し考えてからマリリンに言った。


「マリリンさん今時間有ります」

「えっ、もしかしてデートのお誘いですか?」

 

 ちがーう!


「弓と矢をもって西の門の処で待っていてくれませんか。すぐに行きますから」

 マリウスがそう言うとマリリンがもじもじしながら言った。


「えー、私今これしか服を持って無いんだけど……」


「それで構いません!」

 

 何を言っているのだ、この娘は。


「私もいっしょに行っていいですか」


「えー私お腹減ったよ」


「じゃ、あんたは来るな」


「あ、お化粧だけでも直していきます」

 

 切りがないのでマリウスは、三人娘に引き攣った笑顔で手を振って、クリスチャンの家に戻った。


 自分が泊まっている部屋に戻ると、マリアがベッドで眠っていた。

 

 マリウスは自分のベッドの脇に置いてある魔石の入った鞄を取った。

 魔石が小分けに入れてあるが、かなりの重さでいつもクルトに運んで貰っている。


 持ち上げてみると、それ程でも無かったのでそのまま抱えて部屋を出ようとした。

 

「如何したのマリウスちゃん、そんなに慌てて」

 マリアがベッドから起き上がって、眠そうな声でマリウスに言った。


「あ、えーとちょっと女の子を待たせていて」

 そう言って部屋を出た。


「えーっ! 女の子って誰? どこの子?」


 後ろで叫んでいるマリアを無視して、マリウスは屋敷を出ると門の西に向かった。

 


 西門の前で三人が手を振っている。


 昨夜の激戦を物語る血痕の跡が彼方此方に見受けられる。

 ホブゴブリンの死体は既に片付けられていた。


「若様、こっちこっち」


 何処から手に入れたのかマリリンがドレス風のワンピースに着替えていた。


「どうですか?」

 と言って裾をもってくるりと回る。


 マリウスは取り敢えず引き攣った笑顔を浮かべて、傍にいた兵士に門を開けて貰った。


 門を出て行くマリウスを三人娘が後を追いかけた。


「若様、何処に連れて行ってくれるのですか?」


「わたし御飯が食べたいです」


「待ってください若様」


 マリウスはすたすたと塀の処まで歩いていくと塀の上に鞄を置いて三人に振り返った。


「矢を貸してもらえますか」


 マリウスがそう言うと、マリリンがつまらなそうに肩に下げていた矢筒を、マリウスに渡した。


「これで良いですか」

 マリウスがマリリンから受け取った矢筒から矢を抜くと塀の上に並べる。

 

 矢は20本あった。

 矢を一纏めにして置くと、マリウスは鞄を開けて中を見る。


 オークの魔石が入った瓶を取り出して蓋を開ける。


 同じ中級でも、ホブゴブリンの魔石より一回り大きなオークの魔石は少し白っぽい灰色をしていた。

 

 マリウスは試しに魔石を2個取り出して左手で握りしめた。

 矢の束に右手を当てて感触を確かめる。


 いけそうだと感じたマリウスは“飛距離増”の付与を発動した。


 20本の矢が青い光に包まれた。

 光の消えた矢を一本取ってマリリンに渡す。


「若様、今のって?」


 マリリンが矢を受け取りながら、マリウスに聞いた。


 ジェーンとキャロラインが、好奇心一杯の猫のような眼でマリウスを見ている。


「アーツを使わずに、出来るだけ遠くに飛ばしてみて」

 と言ってマリウスは葡萄畑の横に広がる荒れ地を指差して言った。

 

 マリリンは受け取った矢の感触を確かめていたが、意を決する弓を左手に握って矢を番えた。


 弦を引き絞ると上に向けて弓を構えた。


 矢が弾かれた様に大空に向けて飛び出す。

 矢は高く上がると弧を描いて落ちていき見えなくなった。


「350いえ、400メートル位は飛んだんじゃない?」

 ジェーンが矢の行方を、目を細めて見つめながら呟いた。


「弓矢ってあんなに飛ぶんだ」

 キャロラインも啞然とした顔で呟く。

 

「ウソ! アーツを使ったときより飛んでる!」

 マリリンが納得いかないと言った感じにマリウスを見た。


 マリウスはステータスを確認していた。

 魔力が26減っている。


 オークの魔石に必要な魔力は3らしい。


「どうやって? 何をやったんです?!」

 振り返ると血相を変えたケントが立っていた。

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