2-19 ベルンハルト
「一体辺境伯家はどの様にして、ミスリルの鉱脈を発見したのでしょうか?」
ジークフリートがエルザに尋ねた。
「魔境の端に住むハイエルフによってもたらされたそうだ」
「ハイエルフで御座いますか?」
クラウスが声を上げた。
エルフの古代種でイザーク・ルフトが大陸を統一する以前、強大な帝国を築いていたハイエルフは、現在この大陸には残っていなかった。
既に絶滅したかあるいは、安住の地を求めてこの大陸を去ったと言われる、伝説上の種族である。
「辺境伯家がハイエルフの一族を領内に保護し、更に当主であるステファン・シュナイダーが、ハイエルフの族長の娘を正室に迎える事を王家に願い出ておる」
エルザの言葉に皆がどよめいた。
「まあ形だけのことだがな。辺境伯家といえど、王家に従う貴族である以上、勝手な婚姻は出来ぬであろう」
「ハイエルフを正室に、ですか?」
それ程ミスリル鉱脈の情報が辺境伯にとって重要と云う事か、あるいはほかにも何かハイエルフに価値を見出しているのか。
クラウスは考えを纏めながら、言葉を選んでエルザに問うた。
「今の話を考えまするに、既に辺境伯家は我らより遥か先を歩んでいるように思われますが、一体エルザ様は、いえグランベール公爵家はどうしたいとお考えで?」
「多くの物達の思惑が絡んでいる故確かな事は申せぬが、私の考えで良ければ話して聞かせよう」
エルザはそう言って子爵家の人々の顔を見回した。
一同はいつの間にかエルザの話に引き込まれていた。
彼女の言葉を聞き漏らすまいと、物音一つ立てずに固唾を呑んで聞き入っていた。
「私は辺境伯家と事を構えたいとは思った事は一度もない。西の情勢が剣呑な今、かの家とは何れ手を携えねばならぬ時が来ると思っている。しかし其の為には、我らは彼らと対等であらねばならぬ。其の為の魔境進出だ」
西側諸国ではルフラン公国とクレスト教皇国による、宗教統一と云う名の侵略が進行していた。
既に西の公爵家も彼らに取り込まれており、公爵家の圧力によって、王国が公国、教皇国と秘密裏に密約を結ばされた事は、公然の秘密であることはクラウスも知っていた。
何れ両国の後押しを受けた西の公爵家が、王家に反旗を翻すのではと云うのが、宰相ロンメルの最大の危惧であった。
「それでエルザ様は我らに何を御望みで」
クラウスが核心を問う。
エルザにはニヤリと笑ってクラウスに答えた。
「私が子爵家に臨むのは魔境の探索と其の為の拠点の確保だ。無論公爵家が全面的に後押しをする事を約束するし、王家からの援助も取り計らうつもりである」
エルザが暗に宰相の思惑も絡んでいる事を匂わせる。
公爵家と国の宰相からの依頼。
田舎貴族にとっては大きな出世のチャンスではあるが、下手をすると火中の栗を拾わされる事になりかねない。
「今すぐに返事をしろとは言わん。家臣一同と協議したうえで決めてくれ。それはそれとして、ホブゴブリンの殲滅戦には私も参加させて貰う」
そう言ってエルザは話を終わらせた。
ジークフリート達騎士団の一同はエルザの毒気に当てられたように、呆然とした顔をしていた。
情報量が多すぎて処理できないと言った感じだった。
クラウスも今すぐ決められる話ではないと判断し話題を変える。
「マリウス。お前には留守の間、村の守りを任せる。クルト! マリウスを補佐してやれ」
突然名を呼ばれて、匙を置くとマリウスが答えた。
「はい父上、御役目仰せつかりました!」
「御意!」
クルトはこの中で一番ボロボロだった。
肋骨が折れているらしく、胸にきつく包帯を巻いている。
さすがに今回はマリウスと留守番も止むを得ない様子だった。
エルザは当初、魔境探索を公爵家単独で行う方向でロンメルと謀っていた。
既に王家からの莫大な資金と人材の提供も、ロンメルを通して取り付けてあった。
子爵家を全面的に巻き込む事に決めたのは彼女の独断だった。
理由は勿論マリウスである。
必ずこの子の力が自分たちの計画を成功に導いてくれる。
エルザは確信しながら、再び匙を握ってスープを啜りだしたマリウスを見ていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
5000を超えるオークとハイオークの大群の真ん中を、赤竜バルバロスのブレスが薙いだ。
爆炎がオークの群れを炎に包み、爆風に巻き上げられて宙を舞う。
それなりに魔法をレジストする能力を持つハイオークも、アークドラゴンのブレスにはなすすべが無かった。
逃げ惑うオーク、ハイオークの群れにステファンがユニークアーツ“龍晄制覇”を放つ。
数百の理力の光が、オークとハイオークの頭上に雨の様に降り注いだ。
光に貫かれたハイオークが一瞬で蒸発する。
完全に陣形の崩れたオークの両翼をグレータドラゴンとグリフォンが襲った。
白いグレータドラゴンが氷のブレスでオークの軍勢を横に薙ぐと、一列に凍り付いたオークが並ぶ。
グリフォンの風魔法が起こす竜巻で、オークが空に舞い上げられた。
ワイバーンを駆る騎士が投げ槍で、ペガサスに跨る少女が弓で逃げ惑うオークとハイオークを次々と仕留めていった。
辺境伯家の『不動の盾』ベルンハルト・フォン・メッケル将軍は、高台で床几に腰かけて、ハイオークの軍勢を蹂躙するステファン達の姿を見つめる。
友に托された子が、且つての友と同じ姿で雄々しく空を駆ける姿に、ベルンハルトは満足した。
頃は良しと立ち上がった彼は、傍らのバイコーンに跨ると全軍に突撃の命を下し、自らも高台を駆け降りた。
普通の馬より一回り大きなバイコーンは190センチの彼の躰を小さく見せる。
彼の前に1500の軽騎兵が隊列を整えながら集まって来た。
後ろに2500の歩兵が駆けながら付いて来る。
ハーフプレートメイルを装備した、機動力の高い軽装の騎兵は、マティアス以来の辺境伯軍の主力である。
空を駆ける竜騎士に追従するための選択であった。
ベルンハルトはユニークアーツ“自走要塞”を発動する。
前衛を走る軽騎兵の一団が巨大な見えない盾に包まれた。
両翼からハイエルフの上級魔法が放たれて騎兵の援護をする。
“ファイアーストーム”、“フォールロック”、“サンダーアロー”、“ウオータージャベリン”が既に崩れたハイオークの陣を更に切り裂いて行く。
あの女は好きではないが、ハイエルフ達の魔法は侮れんとベルンハルトは思った。
剣を振り上げながら疾走する軽騎兵が、オークの前衛に迫る。
重装備のハイオークの指揮で、オークが手斧を軽騎兵に向けて一斉に投げた。
回転しながら弧を描いて飛来する手斧は、全て“自走要塞”の理力の壁に弾かれる。
メイスや戦斧を構えるオークの前衛に軽騎兵が馬の速度を緩めず横一線になって突撃した。
“自走要塞”を纏った軽騎兵の一団が、オークを跳ね飛ばしながら前に進む。
革胴を撒いた、2メートル近いオークが宙を舞って転がった。
其の儘軽騎兵の一団は、オークの陣に雪崩れ込んだ。
オークたちが次々と切り倒されていく。
フルプレートメイルで武装した2メートルを超えるハイオークが、上級アーツ“羅刹斬”で鎧ごと胴を切り裂かれた。
アドバンスドクラスの騎士は馬を止めずに、ハイオークをその儘打ち捨てにして前に進む。
後続の騎士が、ハイオークの首を斬り飛ばしながら後に続いた。
既に全騎兵がオークの陣に突入していた。
歩兵も騎馬に続いて突入し騎士が打ち漏らしたオークを掃討していった。
オーク軍の後方で再びバルバロスのブレスが爆炎を上げる。
ベルンハルトはバイコーンを停めて戦況を見回していた。
既にオークの壊走が始まっている。
留めようとするハイオークを無視して、軍が散り散りに離散していく光景が、彼方此方で見て取れた。
ベルンハルトはモーニングスターを振り回し歩兵をなぎ倒す、一際大柄なハイオークを見つけ、そちらに向かって、バイコーンを進めた。
2メートル50センチはあろうかと思われる、フルプレートメイルに身を包んだハイオークが頭上で鎖に繋がった鉄球を振り回している。
「ジェネラルか」
ベルンハルトはそう呟くと、馬上で剣を抜いた。
白銀に輝くミスリルの長剣は、辺境伯家に伝わる二振りの宝刀の一本であった。
『魔剣ノートゥング』
ベルンハルトは先々代の辺境伯より賜った彼の愛刀を構えると、バイコーンの脚を一気に速めた。
もう一振りの宝刀『神剣バルムンク』は盟友マティアスの死と共に失われて、未だ見つかってはいない。
オークジェネラルがベルンハルトに向けて鉄球を放った。
バイコーンの脚を緩めることなく進むベルンハルトに、無数の鉄のスパイクの付いた鉄球が飛来する。
しかし鉄球はベルンハルトの“理力之盾”に弾かれて地面に転がった。
オークジェネラルが鉄球を引き戻すより早く、馬上から振り下ろされた『魔剣ノートゥング』が、オークジェネラルの兜を割って胸まで切り裂いた。
次の瞬間オークジェネラルは傷口から炎を拭いて燃え上がった。
音を立てて後ろに倒れたオークジェネラルの体は既に白い煙を吐く炭に変っていた。
ベルンハルトは『魔剣ノートゥング』を鞘に戻すと空を見上げた。
巨大な赤龍が地上に舞い降りようと、高度を下げて来るのが見える。
バルバロスが巨大な赤い翼を広げて地表に降り立った。
グレータドラゴン、グリフォン、ワイバーン、ペガサスが次々と舞い降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます