2-17 決着
もう 駄目だと思った瞬間、マリウスの後ろから赤い人影が跳び出して、マリウスの前に立った。
赤い髪を靡かせて、ゴブリンロードの前に悠然と立つのはエルザだった。
「やっと見つけたぞゴブリンロード!」
エルザはぎりぎり間に合った様だった。
ゴブリンロードが大剣をエルザに振り下ろす。
エルザは顔の前に右手を上げると、がしっと素手で大剣を受け止めた。
ゴブリンロードが剣に力を込めて、エルザを押し切ろうとするがびくとも動かなかった。
と、エルザが不意に力を抜いて剣を流すと、蹈鞴を踏んだゴブリンロードの顔を左の拳で殴り飛ばした。
ゴブリンロードは10メートル程地面を転がって石の門柱に激突して止まった。
ゴブリンロードは崩れた石柱を払いのけながら立ち上がると、怒りに燃える目でエルザを睨み付けた。
門柱に激突したときに出来た額の傷が、みるみる塞がっていく。
エルザは塞がっていく傷を見ると口角を上げて拳を中段に構えた。
エルザの姿が消えたと思った次の瞬間、ゴブリンロードの鳩尾にエルザの拳がプレートメイルを破壊しながら食い込んだ。
ゴブリンロード体が、九の字に折れ曲がり背中が爆発したように鎧と肉が爆ぜた。
エルザのレアアーツ“気功破”を喰らったゴブリンロードはその場に膝を付いたが、エルザに向かって横薙ぎに大剣を振った。
エルザは跳び上がって剣を避けながら、ゴブリンロードの頭に回し蹴りを叩き込こむ。
よろけたゴブリンロードの首が、おかしな方向に曲がっていた。
ゴブリンロードは自分の手で、ゴキリと音を立てながら首の角度を直すと、エルザに向かって大剣を振り上げて突進する。
既に背中の傷は塞がり始めていた。
ゴブリンロードの大剣を掻い潜りながら放ったエルザの貫手が、ゴブリンロードの喉を貫いた。
血飛沫を挙げ乍ら膝を付くゴブリンロードの背中に、エルザの肘打ちが突き刺さり、ゴブリンロードの上半身が地面にめり込んだ。
(凄い……!)
痛めた足を引きずりながら、壊れた荷車の陰に隠れてエルザの戦いを見ていたマリウスは、エルザの強さに驚嘆していた。
ジークフリートやクルトでさえ手に負えなかったゴブリンロードも、エルザに掛かっては子供扱いだった。
ゴブリンロードは素手のエルザに、何もできずに叩きのめされている。
これがユニークの強さか、とマリウスは思った。
エルザは内心かなり焦っていた。
ゴブリンロードは驚異的なタフさと再生能力を持っていた。
エルザが終始圧倒しているように見えるが、どれほど打撃を与えても、ゴブリンロードに致命的なダメージを与えられていないのが分かっていたからだ。
昼間の森の中での戦いでユニークアーツを使い、更に木盾の試割りでもFPを使いすぎた。
その後のホブゴブリンとの戦いを経て、エルザFPの残りは既に四分の一を切っていた。
身体強化系のスキルとレアか上級クラスのアーツで、ゴブリンロードの再生能力を削ろうとしているが、まったく底が見えなかった。
やっと追いついて来た騎士達も、エルザとゴブリンロードの戦いを手を出せずに見ているた。
立ち上がるゴブリンロードに向けて、エルザが走った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マリア! 大丈夫か?」
兵士に怪我の手当てを受けるマリアに、クラウスが駆け寄る。
ダニエルに支えられて此処迄来たが、辺りは眼を覆いたくなる様な惨状だった。
「あ、旦那様、私は大丈夫です。でもマリウスちゃんが」
「御屋形様、申し訳御座いません不覚をとり申した」
傍らのジークフリートがクラウスに詫びる。
鎧を脱がされて、兵士が左腕にポーションを振りかけていた。
脇腹の傷口も開いてしまったようだ。
たった一匹のゴブリンロードに騎士団は壊滅状態だった。
「マリウスはどうした?」
クラウスの言葉にマリアが首を振る。
「広場の向こうでエルザ様がゴブリンロードと戦っています。マリウス様も傍にいる様です」
ダニエルが“索敵”と“遠視”で得た情報をクラウスに伝えた。
「エルザ様が来てくれたか」
マリアとクラウスの表情が安堵で緩む。
「エルザ様が来ているなら行かなくちゃ」
後ろで聞いていたジェーンが言った。
「私たちが言っても役に立たないわよ」
キャロラインが答える。
「私もう矢が無いわ」
マリリンも同調する。
「それでも行かなきゃだめよ」
愚図る二人をジェーンが急き立てる。
「真面目か!」
「学級委員長!」
キャロラインとマリリンは文句を言いながら、渋々エルザの戦場に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ようやく長い戦いに終わりが訪れようとしていた。
さすがに無限かと思われたゴブリンロードの再生能力にも限りがあったようで、明らかに再生に時間が掛かるようになっているようだった。
エルザに粉砕された右腕を左手で抱えたゴブリンロードに、止めを刺すべく残りのFP を確認しながらレアアーツ“剛破竜拳”を叩き込む。
鎧竜の鱗さえ砕くその拳はゴブリンロードの胸を鎧ごと貫いて背中に突き抜けた。
決着かと思われた次の瞬間、ゴブリンロードが左手でエルザの右手を捕えた。
砕かれた右手を鞭の様に振ってエルザの首を刈る。
“身体強化”と“物理防御”で身を守るエルザだったが、ゴブリンロードの渾身の一撃に飛ばされて宙を舞って地面に激突した。
エルザは起き上がろうとするが力が入らない。
彼女のFPは既に一桁になっていた。
「エルザ様!」
ジェーンの放ったアイスランスがゴブリンロードの背中に刺さった。
“魔法防御”を付与されていたフルプレートメイルは、かなりの部分が破壊されていた。
振り返って、キャロラインが放った“剣閃”を左手で受け止めたゴブリンロードは、荷車の陰に隠れるマリウスに気が付いた。
ゴブリンロードが自分に向けて歩き出したのを見て、マリウスは膝行り乍必死に後ろに下がった。
逃げるマリウスに足を速めながら迫るゴブリンロードの頭に、横から跳び出したクルトの大剣が振り下ろされた。
クルトの方に向いたゴブリンロードの頭を大剣が叩き割る。
脳天から血を噴き上げながら、ゴブリンロードは折れた右手を振ってクルトを跳ね飛ばした。
よろめきながらもゴブリンロードは、再びマリウスに向けて歩き出す。
ゴブリンロードの頭の傷は再生せずに血を流し続けているが、よろける足取りでそれでも執拗にマリウスに向かって歩いていく。
既に両者の間は10メートルも無い
マリウスが放った“ピット”に右足を落して、ゴブリンロードが地面に倒れた。
それでもゴブリンロードは片手で起き上がり、執拗にマリウスを睨んだ。
マリウスは左手をポケットに突っ込むと、右手を地面に当てた。
ゴブリンロードの周りの地面が青く光る。
ゴブリンロードは光を浴びて立ち止まったが、光が消えると再びマリウスに向かって歩き出した。
一歩踏み出したゴブリンロードの足がずるっと滑って、ゴブリンロードは顔面から地面に激突した。
頭を振りながら片手をついて起き上がろうとして、再び転ぶ。
マリウスはゴブリンロードの周りの地面に“摩擦軽減”の術式を付与したのだった。
残りのMPが0になったマリウスは、急速な脱力感に包まれる。
意識が飛びそうになりながらゴブリンロードを見た。
ゴブリンロードは虫の様に這い回りながらマリウスに近付くと、何とか四つん這いになってそのままマリウスに向けて飛び掛かった。
マリウスは体を捻ってゴブリンロードを避けようとしながら、右手に持った剣をゴブリンロードに向けて突き出す。
マリウスの“強化”された剣に、既に鎧が砕けて剝き出しになった左胸を貫かれながら、ゴブリンロードの体がマリウスの上に被さった。
ゴブリンロードの巨体に圧し潰されて、肺の空気が一気に抜けて呼吸が出来なくなる。
肋骨が折れて肺に刺さり、マリウスは口から血を吐き出した。
薄れていく意識の中で、自分の名を呼ぶ父と母の声を聴いた様な気がする。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マリウス!」
「マリウスちゃん!」
マリアとクラウスが駆け寄ろうとするのを兵士達が止めていた。
クルトとエルザが警戒しながら、倒れたゴブリンロードに近づく。
ケントやジェーン、キャロライン、マリリンもいつでも援護できるように、後ろで構えている。
ゴブリンロードはピクリとも動かなった。
マリウスの剣が背中に突き抜けている。
クルトが肩を掴んでゴブリンロードの体をひっくり返した。
左胸に剣が根元まで刺さっていた。
ゴブリンロードの目に光は無かった。
クルトがエルザを見上げると、エルザが頷いて言った。
「どうやら終わったようだな」
「マリウス!」
「マリウスちゃん!」
クラウスとマリアが兵士を振り切ってマリウスに駆け寄った。
口から血を流したマリウスをマリアが抱き上げる。
「マリウスちゃん! しっかりして、マリウスちゃん!」
マリウスがパチリと目を開けた。
「マリウス?」
「マリウスちゃん?」
クラウスとマリアが驚いて声を上げた。
「あ、父上、母上、ゴブリンロードは……」
マリアがマリウスを抱きしめた。
マリアの胸に圧し潰されてマリウスの手がバタバタしている。
クラウスがマリアを引き剝がしてマリウスに尋ねた。
「マリウス、お前何ともないのか?」
クラウスに言われてマリウスは体がどこも痛くないのに気づいた。
魔力切れの脱力感も無くなっている。
寧ろ体に力が漲っている様だ。
マリウスはマリアから抜け出すと、立ち上がった。
折れた筈の右足も基に戻っていた。
「マリウスちゃん?」
マリウスは口元の血を袖でごしごし擦って、体の土埃を手でパタパタと叩くと言った。
「大丈夫です、何処も何ともありません」
「そんなお前、さっきは歩けなくてゴブリンロードに圧し潰されて……」
クラウスが信じられんと云う様にマリウスの体を見回した。
「ええと、確かに怪我をした筈なのですが直ってしまった様です」
「そんな、直っただなんて……」
マリウスの言葉にマリアも疑いの声を上げる。
マリウスはぴょんぴょんと跳び跳ねて手をバタバタ動かしながら言った。
「ね、何処も何ともありません」
納得のいかない様子の二人の後ろでエルザが言った。
「マリウス君、ステータスを確認してみなよ」
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