2-16 ゴブリンロード
ホブゴブリンの魔石を10個取り出して、左手に握るとしゃがんで右手を地面に当てた。
広場全体を青い光が包み、村人達は何が起こっているのか解らず、周りをキョロキョロする。
やがて村人やテントを包んでいた光が消えて、静寂が訪れた。
「寒くない!」
ミリが叫んだ。
「ほんとだ、寒くない!」
ミラも驚いて辺りを見回す。
村人たちが不思議そうな顔をしながら周囲を見回している。
「マリウスちゃん、これって?」
「はい、広場に“防寒”を掛けました」
マリウスの言葉にマリアが絶句する。
広場の外に立っていた兵士達は何が起こっているのか解らず、広場に一歩入ってから驚いて立ち止まった。
村人たちの騒めきが次第に大きくなる。
「若様!」
「これが若様の御力!」
「若様有難う御座います!」
村人たちの興奮が止まらない。
地面に膝を付いて、マリウスを拝んでいるお年寄りまでいる。
これもやらかした事になるのかな。
マリウスは引き攣った笑顔で村人に手を振って答えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジークフリートのレアアーツ“龍槍雷砲”が、ブリンロードの黒鎧の胸を砕いたが、ゴブリンロードの戦意は少しも衰えることは無かった。
体を包む雷撃を剣で払うとジークフリートに向かって斬りかかる。
既にホブゴブリンは全て倒されている。
30人の騎士と50人を超える兵士の矢、魔法、アーツを受け続けている。
黒光りするフルプレートメイルは既に傷だらけだが、ゴブリンロード自身は少しもダメージを受けているように見えなかった。
ジークフリートがゴブリンロードの大剣を槍で弾き乍ら馬を横に躱すと、すかさず騎士の一人が横からゴブリンロードに槍を繰り出す。
ゴブリンロードは片手で大剣を振って槍を躱すと、左手で馬上の騎士を殴り倒した。
地面に転がる騎士を無視して、ゴブリンロードは再びジークフリートと相対した。
こちらも既に10人以上の騎士や兵士に被害が出ている。
後ろで見ているクラウスは、ゴブリンロードの凄まじいまでの強さに戦慄した。
その時、クラウス達の後方が突然明るくなった。
振り返ると、村の広場の辺りから青い光が輝いて夜空を照らした。
光はすぐに消え、再びゴブリンロードの方を向くと、ゴブリンロードは止まっていた。
光の上がった方を見上げて、数秒固まっていたゴブリンロードの赤い目が光った。
空に向かって顔を上げると絶叫を上げる。
何処に隠れていたのか、突然10匹程のホブゴブリンが家屋の陰から跳びでして来て、ゴブリンロードを取り囲んでいる兵士達を後ろから襲った。
兵士達も応戦して、たちまち陣が崩れる。
「奴が動くぞ!」
クラウスがゴブリンロードから目を離した兵士達に叫ぶ。
ゴブリンロードがクラウス達のいる方に駆け出した。
騎士が前に立って塞ごうとするのを大剣で薙ぎ払い、跳んでくる矢や魔法を躱しもせずに進む。
クラウスは左手で剣を握ると、ゴブリンロードに向かってレアアーツ“幻刀撃破”を飛ばした。
ゴブリンロードは見えない十数枚の理力の刃を、大剣を前にして受け止める。
“幻刀撃破”が鎧を切り裂いてゴブリンロードに傷を負わせるが、ゴブリンロードは怯まずにクラウスに斬りかかった。
クラウスは辛うじて剣で受けると、弾かれて後ろに転がった。
ゴブリンロードは勢いを止めずにそのまま広場の方に向けて走り出した。
「いかん、追え! 奴を広場に入れるな!」
クラウスの叫びにジークフリート達がゴブリンロードの後を追う。
ケントは既に魔力切れで後ろに下がっていた。
ゴブリンロードの姿を目で追うケントの傍らで、マリリンが呟いた。
「彼奴、何を追いかけてるんだろう?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
此方に向かって駆けて来るゴブリンロードの姿を認めて、クルトは剣を抜くと号令を発した。
「来るぞ! 全員備えよ!」
兵士達が矢を番える。
「放て!」
一斉に放たれる矢がゴブリンロード目掛けて吸い込まれていくが、ゴブリンロードは全く意に介さずに進む。
矢が通じないのを見たクルトは、右手に剣を左手に木盾を持って、ゴブリンロードに向かって突進した。
クルトを見るゴブリンロードの目に意思の光が宿る。
自分に向かってくる獣人が、嘗て剣を交えた相手であると覚ったゴブリンロードは、咆哮を上げながら速度を上げた。
ゴブリンロードの振り下ろす大剣をクルトは木盾で受けて弾き飛ばすと、渾身の“羅刹斬”がゴブリンロードの肩口に叩き込まれた。
プレートメイルが砕けて、剣が半分程肩に食い込んで鮮血が飛び散る。
クルトの大剣を受けたまま、ゴブリンロードがクルトの腹を蹴り上げた。
「ぐふっ!」
剣を持ったまま、後ろに転がったクルトが口から血を吐いた。
クルトが見上げる前で、ゴブリンロードの傷口がみるみる塞がっていく。
「クルト!」
ジークフリートがゴブリンロードの後ろから迫った。
ジークフリートの槍が振り返ったゴブリンロードの胸の真ん中を突き刺さした。
槍が背中から突き抜けて血が飛び散る。
今度こそ取った、と思った瞬間ゴブリンロードの口元が嗤ったのをジークフリートは見た。
引き抜こうとした槍はびくとも動かなかった。
ゴブリンロードが槍で串刺しにされたまま、馬上のジークフリートに大剣を振り下ろす。
辛うじて左肘の木盾で大剣を受け止めたジークフリートの馬が、脚を折って地面に体を伏せた。
ジークフリートは槍から手を放して、脚を折って足掻く馬から飛び降りると、転がって後ろに逃げる。
大剣と受け止めた左手を痛めたようで、ジークフリートの顔が苦痛に歪む。
ゴブリンロードは腹に突き刺さった槍を左手で引き抜いた。
腹の傷が再生を始めたゴブリンロードは、剣を杖に何とか立ち上がるクルトに迫った。
次の瞬間、ゴブリンロードの頭に、直径1メートルもある大岩が直撃した。
兜がつぶれてはじけ飛び、頭を潰されたゴブリンロードが後ろにどさりと倒れた。
マリアの放った上級土魔法“フォールロック”の直撃で倒れたゴブリンロードの、顔の半分まで潰れた頭が、再生を始める。
10秒程で頭が再生されたゴブリンロードが、寝転がったまま腹に刺さった槍を左手で引き抜くと、立ち上がって右手に持っていた大剣を地面に突き刺した。
「ウソ! あれで死なないの!」
驚きの声を上げるマリアに、ゴブリンロードが右手に持ち替えた槍を構えた。
マリアは恐怖を感じながら“ストーンウォール”で、自分と周りの兵士の前に巨大の岩の壁を作った。
壁の陰で横に逃げていたことが、ぎりぎりでマリアの命を救った。
ゴブリンロードが投げた槍は、石の壁を粉砕しそのまま東の門の方まで飛んでいく。
「キャア!」
砕けた岩がマリアと兵士達を弾き飛ばした。
槍で粉砕された石壁を大剣で払いながら、ゴブリンロードが額から血を流して倒れているマリアに向かって歩いて行く。
ゴブリンロードの頭に、横から跳んで来た木剣が当たった。
振り向いたゴブリンロードの前にマリウスが立っていた。
ゴブリンロードの赤い目がマリウスを捉えると、口元を歪めて笑った。
自分を見つめるゴブリンロードが不意に笑ったのを見て、マリウスは恐怖で足が竦むのを感じた。
マリアの危機に、咄嗟に木剣をゴブリンロードに投げつけたが、マリウスには何も考えは無かった。
壊れ、穴の開いた黒い鎧を着たゴブリンロードの、2メートルを超える巨体が放つ圧力に息が出来なくなる。
青黒い肌に頭には毛が無く、コブの様な角が四つ並んでいた。
耳元迄裂けた口を歪めて、真っ赤な瞳がマリウスを見つめていた。
恐怖で足が動かないマリウスの前に、木盾と剣を持った三人の兵士が立つ。
「若様! お逃げ下さい!」
兵士の声にやっと金縛りが解けたマリウスは、後ろを振り返る。
村人たちが悲鳴を上げながら、広場から避難していく。
マリウスは、村人の居なくなったテントの方に向かって走り出した。
テントの処まで来て振り返ると、兵士達が盾を持ったまま吹き飛ばされるのが見えた。
ゴブリンロードの目がマリウスを捉える。
剣を握ったままマリウスを追いかけて来るゴブリンロードを見てマリウスは再び駆けだした。
入り口のシートを潜って、テントの中に飛び込むとゴブリンロードがテントの前に立つのが足音で分かった。
ゴブリンロードが大剣でテントを切り裂くのと同時に、反対側のシートを潜って外に跳び出した。
テントを切り裂き壊しているゴブリンロードに気付かれない様、次のテントに飛び込んだ。
息を殺して物音に耳を澄ます。
自分の心臓の音が聞こえる。
ゴブリンロードの足音がマリウスの隠れるテントの前で止まった。
入り口のシートを掴んで中を覗くゴブリンロードの顔に向けて、“サンドミスト”を叩きつけた。
目を抑えてのけ反るゴブリンロードの脇をすり抜けて通りに向けて走る。
広場の前に馬車や荷車が停めてあるのが見える。
マリウスは自分がのって来た馬車を見つけると、扉を開けて中に飛び込んだ。
ゴブリンロードが大剣を振り下ろして馬車の客室を真二つにするが、マリウスは自分の剣を握って反対側の扉から外に跳び出していた。
馬車や荷車の間をすり抜けながら逃げるマリウスを、馬車や荷車を蹴散らしながらゴブリンロードが追った。
ゴブリンロードが荷車を掴んでマリウスに投げつけた。
荷車はマリウスの後ろの落ちて、壊れながら転がってマリウスを跳ね飛ばした。
背中に衝撃を受けて前に転がったマリウスは、痛みを堪えながら振り返った。
ゴブリンロードが目の前に迫っていた。
逃げようと立ち上がろうとしたが右足に激痛が走り、前のめりに転倒した。
右足の膝から下がありえない方向に曲がっていた。
マリウスはゴブリンロードに向けて“ストーンバレット”を五発放ったが、全て黒い鎧に弾かれて砕けた。
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