2-15  夜襲③


 ゴブリンロードの大剣を木盾で受け止めたヨゼフは、盾を持ったまま吹き飛ばされて転がった。


 ニナは倒れて動かないヨゼフの処に駆け寄って、ヨゼフが気絶しているだけなのに安堵した。


 ニナを追って剣を振り上げるゴブリンロードの顔の前に、“ストーンシールド”が現れた。


 ゴブリンロードが“ストーンシールド”を剣で叩き割る隙に、ニナはヨゼフの剣を拾って構えた。

 ゴブリンロードの振り下ろす剣を、ニナはヨゼフの鉄剣で受け止める。


 体が地面にめり込みそうな衝撃だったが、受け止めた剣で押し返し、ゴブリンロードの胴を払った。


 ゴブリンロードは後ろに跳んで剣を躱すと周囲を睨んだ。


 咄嗟に“ストーンシールド”を、ゴブリンロードの前に展開したブレアは、ゴブリンロードの赤い目に睨まれて、悲鳴を押し殺しながら後ずさりする。


 ゴブリンロードの後ろから、数十匹のホブゴブリンが雪崩れ込んでニナ達を襲った。


 応戦するニナ達を、ブレア、グレンとピエールも“ストーンバレット”を放って援護する。


 乱戦を無視してゴブリンロードは、10数匹のホブゴブリンを連れて村の中心に駆けだした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 西側からあがった“ライト”の光を見て、ダニエルは自分が前線に出すぎた事を後悔した。


 西側の柵が自分の“索敵”の範囲から完全に外れてしまっていた。

 

 後悔したのはクラウスも同じだった。


 安全と思っていた西側の守りを一番薄くしていた。

 守備兵は40人もいない。

 

「抜けられるものは私に続け!」


 クラウスがそう言って残っていた馬に跨る。

 ダニエルとケントも馬に乗ると、駆けだしたクラウスの後に続いた。


 15人位の歩兵が走って3人の後を追った。


 クラウス達が集会所たどり着くと、クリスチャンが民兵を指揮して西側に向かって陣を敷いていた。


「御屋形様! 西の門が破られた模様です!」


「門が破られただと! いかんクリスチャン。民兵を割いて村人を東側に避難させよ!」

 そう言ってクラウスは民兵の前に馬を進めた。

 

 民兵が5人程抜けて、集会所の方に走る。ケントとダニエルもクラウスの横に馬を並べた。


 西門の前で戦闘が始まっているのが見える。

 ホブゴブリンが次々中に侵入して来ていた。


 混戦の中から、黒いフルプレートメイルの巨大なホブゴブリンが、数匹のホブゴブリンを引き連れて此方に向かって駆けて来た。


「来るぞ! 備えよ!」

 クラウスが剣を抜く。


 ダニエルとケントも弓を構えた。


 歩兵たちも追いついてクラウス達の横に整列すると、木盾を前に置き弓を構えた。


「矢を射かけよ!」


 100メートル位先まで迫ったゴブリンロードとホブゴブリンに向かって、矢が一斉に放たれる。


 ホブゴブリンが2匹倒れたが、ゴブリンロードに向かった矢は全てプレートメイルに弾かれた。


 ケントは二射目を番えるとアーツ“貫通”を載せて放った。

 ゴブリンロードが大剣を振るってケントの矢を叩き落とす。


 二人の魔術師が放った“ファイアーボム”と“サイクロンブレイド”が同時にゴブリンロードを直撃するが、ゴブリンロードは全く意に返さず前に進んだ。

 

 クラウスは剣をゴブリンロードに向けて構えると、レアアーツ“波動剣撃”を放った。


 前方に広がるように放たれた理力の衝撃波が、ホブゴブリンとゴブリンロードを襲う。


 周りにいたホブゴブリンは全て、衝撃波に弾き飛ばされて後方に転がったが、 ゴブリンロードは衝撃波の直撃を踏み止まって耐えると、クラウスに向かって突進した。

 

 ゴブリンロードの振り上げた大剣が、馬上のクラウスに振り下ろされる。

 剣で受けたクラウスは馬を下がらせ乍ら“剣閃”を放った。


 “剣閃”を大剣で払ったゴブリンロードの腹に、上級アーツ“貫通”を載せたケントの矢が突き刺さる。

 続けて放った矢がゴブリンロードの兜を貫いた。


 やったか、とクラウスに一瞬の油断が走る。

 一気に距離を詰めたゴブリンロードの大剣が、クラウスに振り下ろされた。


 咄嗟に剣を両手で握って受け止めたクラウスは、衝撃でバランスを崩し馬から転落し、右肩から地面に叩きつけられた。


 ゴブリンロードは頭と腹に刺さった矢を平然と引き抜く。

 血が流れる傷口がみるみる塞がっていき、血が止まった。


「“再生能力”か?」


 右肩を抑えながら立ち上がったクラウスは、左手に剣を持ち替えた。

 

「御屋形様!」

 ダニエルがクラウスに駆け寄る。


 ゴブリンロードが大剣を振り上げて、クラウスに迫った。

 突然分厚い氷の壁が地面からせり上がって、ゴブリンロードの前を塞いだ。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 民兵が村人たちを東に移動させている。

 表通りは東側から兵士が駆けつけて来るので、裏通りに誘導している。


 狭い路地に村人たちが殺到し、混乱していた。


 マリウスとマリアは脇に避けて、村人たちの避難を見守っている。

 ミラとミリはお年寄りに肩を貸しながら、避難する村人達の後ろを追っていた。


「キャーッ!」

 ミラが悲鳴を上げた。

 

 逃げる村人とミラ達の間にホブゴブリンが2匹、南側の路地から跳び出した。


 ホブゴブリンはキョロキョロと村人とミラたちを見比べて、2匹ともミラたちに襲い掛かろうとした。


 とっさに妹を庇おうと前に出たミラに、ホブゴブリンが襲い掛かろうとした瞬間、2匹とも“ストーンバレット”の直撃を受けて後ろに弾け跳んだ。

 

 マリウスが振り返るとマリアがドヤ顔をしている。


「私の魔法もなかなかの物でしょう」


 マリウス達を警護していた騎士達が走って行って、ホブゴブリンに止めを刺した。


「僕たちも逃げましょう」


 マリウスはマリアの手を取って、ミラたちを追った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ゴブリンロードは目の前に出来た氷の壁を、大剣で粉砕する。

 キャロラインが放った“剣閃”の連撃を左手で受け止めた。


 ダニエルがクラウスを連れて後退する。


 後を追いかけようとするゴブリンロードを氷雪が包む。


 ジェーンの上級水魔法“ブリザードプリズン”に捕らわれたゴブリンロードの黒い鎧がみるみる白く凍っていく。

 

 次の瞬間ゴブリンロードを包んでいた氷が砕け散った。


「だめ! 此奴の鎧、魔法が効かない!」


 ジェーンが叫ぶ。

 

「あなた! ぼさっとしないで!」


 マリリンがケントの隣に来て“貫通”を載せた矢を放つ。

 ケントも慌てて矢を番えると、ゴブリンロ-ドに向けて放った。


 ゴブリンロードは腹に刺さった2本の矢を、煩わしそうに引き抜くと、ケント達に向けて投げ返した。


 ケントは馬から転げ落ちながら矢を躱し、マリリンは横に転がって逃げる。

 

「再生能力も持っているわ!」

 塞がっていくゴブリンロードの傷口を見ながら、キャロラインが叫んだ。


「レアどころか、ユニークなんじゃないの?!」


「エルザ様は何処に行ったのよ?!」

 

 何時の間にかゴブリンロードの周りには、ホブゴブリンが10数体集まっている。


 此方の兵士から、矢や魔法が放たれているが、ゴブリンロードの鎧に全て弾かれていた。


 ダニエルに支えられて後ろに下がったクラウスが、左手に剣を握って前に出ようとした時、後方から馬蹄の音が響いた。

 振り返ると20騎程の騎士を引き連れたジークフリートが見えた。


 ジークフリートはクラウスの前で馬を止めると言った。


「遅れ申した! 御屋形様は御下がり下さい!」

 ジークフリートはゴブリンロードを睨み付けると馬上で槍を構え直す。


「先日の借り、返させて貰うぞ!」

 そう叫ぶと、ゴブリンロードに向けて駆けだした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 エルザはゴブリンロードを求めて森の中を彷徨っていた。

 エルザの“気配察知”が、暗い森の四方に走るが気配は無かった。


「何処だゴブリンロード! 私の前に姿を現せ!」

 エルザの絶叫が暗い森の中に響いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 西側で乱戦中のニナ達は、事態に気付いた北側の守備隊長のフェリックスが、15騎を引き連れて参陣してくれたことで、ようやく立て直しつつあった。


 騎馬が柵の中で兵士達と戦うホブゴブリンを次々蹴散らしていく。 

 フェリックスが騎乗でホブゴブリンを打ち払いながら、ニナの元に駆け寄った。


 ニナは門の前で鉄剣を握って膝を付いていた。

 ブレアがニナを支えている。


 門の扉は、今は閉じられていた。

 辺りにはホブゴブリンの死体が、20匹以上転がっていた。

 

「無事かニナ!」


「私は問題ない、それよりゴブリンロードが村の中に入った。早く後を追ってくれ!」


 フェリックスは、表情を引き締めると、傍らにいる四騎に向かって言った。


「お前たちは俺に付いて来い! 残りの者はホブゴブリンを掃討しつつ此処を守れ!」


 フェリックスと四騎の騎士が、村の中央に向けて駆けだすのを、ブレア達が見送った。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウス達が、テントを張っている広場まで来ると、村人たちが集まっていた。 

大通りを60人程の歩兵の一団が駆けて来るのが見えた。

 先頭を率いているのはクルトだった。

 

「クルト!」


 マリウスが叫んだ。

 クルトはマリウス達に気付くと、兵を止めてマリウス達の処に来た。


「マリウス様、奥方様ご無事でしたか。」


「うん、僕たちは問題ないよ、クルトあっちの方はもういいの?」

 と言って、東側を指差した。

 

「はっ! 東側のホブゴブリンはあらかた掃討致しました。兵の半数を残して残りを引き連れて参りました、既に騎士団長が先行しております」


 クルトの言葉に、マリウスとマリアは安堵する。

 どうやら村人に被害を出さずに済みそうだ。

 

 クルトは兵の半数にジークフリートの後を追わせ、残りの兵士を率いて防禦陣を引く。

 ここでマリウスと村人隊を守る構えの様だ。

 

 肩を寄せ合って不安そうにしていた村人も、周囲に展開する兵士達を見て安堵する。

 安堵すると急に寒さが襲ってきた。


 傍にいたミリとミラが寒そうに手を合わせている。


 既に時刻は深夜を過ぎている。

 村人たちも肩を寄せ合って震えていた。


 マリウスはふと思いついてポケットに手を突っ込んだ。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る