2-14 夜襲②
集会所に行くと、避難してきた村の人達で表も人が一杯だった。
かなり大きな建物だったがさすがに300人の村人全ては入れなかったようで、 四か所暖を取るために炊かれた焚火を囲んで大勢の村人が座っている。
皆心配そうに東の空に上がる“ライト”の光を見つめていた。
クリスチャンが村の民兵を指揮して、周囲を警護しているのが見えた。
リザが駆け寄って戦況を尋ねた。
「騎士団の方々が討って出られたようだ。御領主様の軍勢がホブゴブリンどもを押しているそうだよ」
クリスチャンがマリアとマリウスを見つけて会釈する。
民兵に言って床几を持ってきてくれた。
「中は足の踏み場もない有様なので、ここでご辛抱下さい。直戦も終わる事でしょう」
そう云うクリスチャンに礼を言ってマリウス達は床几に腰を下ろした。
「あ、若様!」
振り返るとミリだった、傍らにミラもいる。
「やあ、君たちもここにいたんだね」
「はい、騎士団の方たちが此処に集まるように触れておられたので」
ミラが答えた。
二人とも昼間見た胸当ての付いた吊ズボンに革の上着を羽織っている。
後ろにいる兎獣人の男女がマリウスとマリアに会釈する。
ミラとミリの両親の様だ。
マリアの視線が、ミラとミリの頭の上の大きな耳に、興味深々と言った様子で注がれている。
マリウスは一つ咳払いをするとミラとミリをマリアに紹介した。
「母上、彼女達はこの村の姉妹で大工のミラと石工のミリです、此度は南の柵の補修を手掛けて戴きました」
ミラとミリがペコリとマリアに頭を下げた。
「まあ、まだ御若いのに御立派ね。南の柵の出来が素晴らしいのは私も聞いていますよ」
と言ってにっこりと笑った。
ミラとミリも嬉しそうだ。
集会所の表にある家から女の人が10人程、手に薬缶や木の湯飲みが乗った盆を持って出てきた。
暖かいお茶を皆に配っている。
マリウスとマリアも貰って、ミラたちと一緒に暖かいお茶を飲んだ。
「早く戦いが終ればいいのに」
ミリがポツリと呟いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
東の柵に出るとエルザは戦況を見回して言った。
「なんだ、もう終わりではないか」
表に打って出た騎士団が二手に分かれて、ホブゴブリンの軍勢を切り裂く様に駆け抜けている。
ホブゴブリンも投槍や投石で馬上の騎士を狙い打とうとするが、騎士の木盾に全て防がれていた。
歩兵も柵の外に出て塀の陰から、矢や魔法を放って騎士を援護している。
既にホブゴブリンの軍勢は150を切っていた。
エルザは門の両脇を守っている兵士が昼間逢った二人だと気付くと、犬獣人の男の方に尋ねる。
「ゴブリンロードは居るか?」
ダニエルは首を振って答えた。
「居ません! 先程から探していますが、それらしい気配は在りません」
ダニエルが答えた。
「お前の“索敵”の範囲はどれくらいだ?」
「およそ300」
ダニエルの返事にエルザは口元に獰猛な笑みを浮かべて言った。
「フン、森の奥に隠れて視ておるのか。出てこないなら引きずり出してやろう」
エルザの周りが闘気に包まれる。
スキル”物理耐性“、”魔法耐性“を纏って、エルザは”瞬動“を発動しながら門を跳びだした。
土の橋を駆け抜けると、ホブゴブリンの群れの中に突っ込んで行った。
彼女の周りでホブゴブリンが次々宙を舞うのが見える。
ケントとダニエルは、戦いも忘れてエルザの姿を呆然と見送っていた。
「やっぱり凄いですね、とても人間とは思えない」
呟くケントに、ダニエルも頷いた。
「ああなると誰も止められん、暫く見ているしかないな」
後ろから声がして、振り返るとクラウスが立っていた。
「これは御屋形様」
ダニエルとケントが敬礼をする。
「うむ、怪我人は出ているか?」
「軽傷者が4名程、既に治療を終えて戦線に復帰しています」
ダニエルの報告に安堵したクラウスは戦況に目を向ける。
最早勝敗は着いているようだ。
全軍に配った木盾の効果で、ホブゴブリンの投石や投槍の攻撃は、殆ど騎士団に通じていない。
マリアの堀と塀も効果を発揮している様だ。
塀に半身を隠しながら矢や魔法を放つ歩兵に、ホブゴブリン達は柵に近付けず、攻めあぐねている様だ。
寧ろホブゴブリン達は、逃げずによく戦っていると言ってよい。
自分の心配が杞憂であったと、クラウスは戦況を見ながら安堵した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねえ、エルザ様の処に行かなくていいの?」
「あんた一人で行って来たらジェーン」
「そうよ、私達怪我人なんだから」
マリリンがシチューを木匙で掻きこみながら言った。
兵士達が出て行ったテントの中である。
三人娘は、村の女の人達が避難して誰もいなくなった竈から食事を持って来て、兵士達が出て行ったテントで食事をする事にした。
「ほんとに死んだかと思ったよ」
キャロラインがパンに噛り付きながら文句を言う。
「お花畑の向こうでお祖母ちゃんが手を振るのが見えたわ」
マリリンが何処からくすねて来たのか葡萄酒の瓶を取り出すと、木のコップに注ぐ。
「あんたのお祖母ちゃん未だ生きているでしょ」
そう言いながらジェーンもコップを出す。
「ホブゴブリンなんか子爵の騎士団で充分でしょ」
一番シチューを大盛にして、パンを二つ取って来たキャロラインは未だ食べている。
「多分エルザ様は出て行ったと思うよ」
「私達みたいな普通の人間が、エルザ様に付いて行ったら直ぐに死んじゃうわよ」
ジェーンの言葉に、マリリンがナイナイと手を振って葡萄酒を呑んだ。
「戦いの間、ここで隠れていたと後でエルザ様に知られたら、その方が恐ろしいわ」
ジェーンが肩を抱いて震える。
やっと食べ終わったキャサリンが葡萄酒を自分で注ぎながら言った。
「集会所に村人が避難しているらしいからそっちに行こうか。それなら村人を守っていたって後で言い訳出来るし」
「あ、それが良いわね、それなら戦いに参加しなくて済むわ」
キャロラインの言葉にマリリン賛同する。
ジェーンもそれでいいかと思いながら、コップの葡萄酒を飲み干した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ニナは西の柵に配備させられていた。
昼間の偵察任務で三人怪我人を出してしまったので、7人の騎士と25名の歩兵で外を警戒していた。
ホブゴブリンはバカの一つ覚えの様に東の柵に攻めて来た様だ。
一番戦場から離れた持ち場でニナは苛々していた。
此処を離れて、東側の戦いに駆け付けた方が良いのではないかと思った。
最初こそ武装したホブゴブリンの統率された動きや、投石器に驚かされたが、所詮は魔物、真っ直ぐ突撃してくる以外の戦い方は出来ないように思える。
初日の激戦も彼女は此処の守備で、戦いに参加できなかった。
また此処で戦いが終わるのを待つだけかと思うと、必死に戦っている同僚に申し訳ない気持ちになって来る。
「隊長、我々も東に応援に行った方が良いのではありませんか」
歩兵の一人が、自分の心を代弁するかのような事を言ってきた。
新兵のヨゼフだった。
周りを見ると他の兵士達も同じ気持ちの様だ。
皆東側に上がる“ライト”の光を見ている。
ニナは迷いつつも兵士達の前に立って言った。
「我々は騎士団長から此方の柵を守るよう言明されている。勝手に持ち場を離れる事は出来ない」
ニナの言葉に騎士の一人が言った。
「それでは騎士団長に、参陣の許可を戴く伝令を送っては如何でしょう」
ニナは少し考えたが、それも良いかもしれないと思った。
此方から戦況は全く解らない。
或いは苦戦しているかもしれない。
「よし、ヨゼフお前今から東……」
ニナは騎士達の向こう柵の外に、何か黒い影が動くのが見えた。
「魔術師! ライトを上げろ!」
ニナが叫ぶと魔術師が一斉にライトを上げる。
ライトの光に100体程のホブゴブリンが、四つん這いになって蜘蛛の様な低い姿勢で、接近してくるのが見えた。
既に柵から100メートル位の処に迫っていた。
「総員持ち場に付け! 矢を射掛けよ!」
ライトの光を浴びたホブゴブリンが、一斉に立ち上がる。
真ん中に立つ、黒いフルプレートメイルを着たゴブリンロードが天に向かって咆哮すると、門に向けて駆けだした。
周りのホブゴブリン達も駆け出しながらゴブリンロードの後ろに並び、縦一列になって西門に突撃する。
矢が先頭のゴブリンロードに集中するが、鎧に弾かれて虚しく地に落ちた。
土魔術師3人が“ストーンバレット”を放った。
昼間の作業で魔力の残りが少なかった彼らは、安全と思われた西側に回されていた。
片手で顔を隠しながら疾走するゴブリンロードは、“ストーンバレット”が直撃しても全く速度を緩めることなく、肩から西門に激突した。
衝撃で門全体が音を立てて大きく軋む。
しかし壊れない門を見て、ゴブリンロードは柵の前で仁王立ちになると、両手を広げて掌を上に向けた。
後ろのホブゴブリンが2匹、ゴブリンロードが広げた大きな掌に飛び乗る。
ゴブリンロードがホブゴブリンを載せたまま掌を上に向かって押し上げるのに合わせて、更にジャンプした2匹のホブゴブリンが、4メートルもある門を跳びえて中に降り立つと、傍らにいる兵士を襲った。
「いかん! 奴等を止めよ!」
ニナの叫びで騎士が門の前に殺到する。
ゴブリンロードの後ろから飛び出してくるホブゴブリンは、ゴブリンロードの掌を踏み台にして、次々と門を乗り越えて騎士に襲い掛かかった。
兵士達と柵の中に侵入したホブゴブリンが乱戦になる中、2匹のホブゴブリンが門の閂を抜いて門を開いた。
ゴブリンロードは開いた門から悠々と、門の中に入って行った。
騎士の一人が剣を腰だめにしてゴブリンロードに突っ込むが、ゴブリンロードが横薙ぎに払った剣を横腹に受けて数メートル飛ばされる。
頭から地面に激突した騎士は、ピクリとも動かなくなった。
ゴブリンロードと対峙したニナは、中級アーツ“瞬動”と上級アーツ“羅刹斬”を同時に発動してゴブリンロードに斬りかかった。
ゴブリンロードが上段に剣を構えてニナに振り下ろす。
ゴブリンロードの剣を受けたニナの鋼の剣が、真ん中からへし折れた。
痺れる手で折れた剣を握りしめたまま、後ろに跳び下がるニナをゴブリンロードの大剣が襲う。
折れた剣を構えて防ごうとするニナの前に木盾を持ったヨゼフが跳び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます