2-13 夜襲①
「副団長! 来ます。東からです!」
そう言ってダニエルが自分の盾を拾って駆けだした。
「ケント! 警鐘を鳴らせ!」
ケントに指示すると、クルトも東の柵にむかう。
ケントは広場の入り口まで行くと、そこに吊られている鐘を木槌で連打する。
テントから兵士達が剣を握って飛び出してきた。
村人たちは集会所に避難していく。
母親が赤ん坊を抱いて走る。
転んだ老人を兔獣人の姉妹が助け起こして肩を貸していた。
ケントの頭に両親の姿がよぎる。
東の空が魔術師たちの放った“ライト”の光で、昼間の様に明るくなった。
今は行けない。
ケントは自分のテント迄走る。
矢筒を二つ肩に掛けると、弓と木盾を持って外に飛び出した。
柵まで出ると、握り拳大の石が、此方に向かって飛んで來るのが見える。
ケントは膝を付いて木盾を前に突き出した。
衝撃に耐えると立ち上がって、東門の脇の簡易陣地に滑り込んだ。
門の前には既に騎乗したジークフリートとクルトの後ろに50人程の騎士が整列している。
騎士達は左腕の肘に盾を装着していた。
何時も装着している物より大分大きいが、特に気にしている様子はない。
更にマルコの率いる10騎が、列の殿に加わる。
ジークフリートの号令で門が開き騎士の一団が打って出た。
ケントは柵の隙間から矢を連射して騎士を援護した。
周りからも矢や魔法が一斉に放たれる。
堀と塀を一気に跳び越えようとするホブゴブリンが、次々に倒されていく。
この距離ならスキルは必要なかった。
たちまち矢筒が一つ空になった。
騎士団は縦列で土の橋を渡ると、ジークフリートの隊とクルトの隊とで左右に分かれてホブゴブリンを襲った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あの木盾に付与したのは“強化”だというのか?!」
エルザが驚いて大声を上げた。
村長の屋敷の一室を借りて、クラウスとマリアがエルザと対峙している。
かれこれ三時間近く、クラウスとマリアはエルザの質問攻めにあっている。
マリウスの福音の儀の様子、ギフトの内容、これまでにマリウスがやらかしてきたこと、行方不明になったベルンハイム司祭の事、ゴブリンロードとの戦いの顛末。
エルザの追及は止まらず、クラウスは額に汗を掻きながら防戦一方であった。
「確かに“強化”はビギナーでも扱える付与術式にあるにはあるが、私の知っている“強化”はあのような物ではない」
エルザはそう言ってクラウスを睨み付ける。
クラウスはエルザに睨まれて目を反らすと、傍らのマリアに尋ねた。
「そうなのか?」
騎士上がりのクラウスは実の処、魔法のことは余り詳しくは無かった。
マリアは仕方なくクラウスに説明する。
「えーと、普通は“強化”という術式は上等な家具や革製品が壊れたり、傷がついたりしないようにする為の付与術式でね、ミドル以下の付与魔術師は、大概この“強化”や“劣化防止”の術式付与で収入を得ているのよ」
「普通は、ちょっと壊れにくくなるとか、傷がつきにくくなるとか程度だ。武器や防具に付ける様な術式ではないわ」
マリアの答えにエルザも同意する。
「しかしお前はその様なことを言わなかったではないか」
「あら、あれはあなたが勝手にマリウスちゃんにやらせたんじゃない」
マリアは澄ました顔で宣った。
クラウスは額の汗をハンカチで拭いながら必死で言い訳をする。
「いや、あれは“強化”を掛けた木剣、でクルトが鋼の剣を叩き折ったのを見て……」
「ほお、木剣で鋼の剣をへし折ったのか。その話は初耳だな」
エルザがジト目でクラウスを見ている。
マリアは、バカと云う様にそっぽを向いた。
「いや、あれはマリウスが騎士団に来て、遊び半分に……」
「ほお、お前の息子は遊び半分で、国中の刀鍛冶が廃業するような代物を作るのか」
エルザに攻め立てられて、クラウスは汗が止まらない。
エルザはそんなクラウスを見て溜息を付くと言った。
「これは子爵家の寄り親としてではなく、お前たち夫婦の古い友人としての忠告だ」
エルザは真剣な顔になってクラウスを見つめる。
クラウスとマリアが息を緊張してエルザの言葉を聞く。
「隠し事をするには少々脇が甘すぎるぞ、お前の領地のことは周辺に筒抜けだ。我が公爵家は勿論、既に教会も動き出している。宰相のロンメルも私の処に探りを入れてきたぞ」
クレスト教会に国の宰相、そんなところから目を付けられた。
クラウスの顔がさっと青ざめる。
「お前の息子の福音の儀に立ち会った、ミューラー司祭もベーリンガー認証官も、王都に返った翌日に姿を消した」
エルザ語る事は、自分の知らない事ばかりだった。
クラウスは自分の認識の甘さを突き付けられて言葉も出ない。
そんなクラウスを見つめながら、エルザは話を続ける。
「このまま行く近い将来、お前の息子は必ず、大陸総てを巻き込んだ騒乱の火種になる。最早手遅れかもしれぬが自重させよ」
エルザの言葉にクラウスも、襟を正して言った。
「はっ! エルザ様のお言葉、しかと肝に銘じます」
クラウスが頭を下げると、マリアも深々とエルザに頭を下げた。
エルザは二人に頷くと、話を続けた。
「もうお前の息子のギフトの事は詮索せぬ。そこで、私から二つ提案、と云うか頼みがある」
「何で御座いましょうか?」
クラウスに緊張が走る。
「そう構えるな。一つはあの木盾を公爵家に売ってくれ。とりあえず1000枚程で良い。金は言い値で払おうと言いたい処だが、それはうちの若い軍師が改めて交渉しに伺う」
そう言ってエルザは嗤った。
「せ、1000枚で御座いますか?」
クラウスは驚いてエルザに問い返す。
「なに、あの少年の事だから直にもっと凄い物を作るであろう。これは公爵家から子爵家への命令だ。家で買う故外には売るな。つまりそう云う事だ」
エルザの言葉にクラウスも頷く。
「それは勿論、その様な考えは御座いません。わかりました、息子と相談して最大限ご要望に応えさせて戴きます」
「自重せよと言っておいてこのよう頼みをするのもどうかと思うが、どうせあの子は止まらぬであろう。ならばその力、公爵家の為に使ってもらう」
クラウスは胸に手を当ててエルザに答える。
「はっ、御意のままに」
エルザは満足すると、クラウスとマリアに向かって身を乗り出す様にして話し出した。
「さて、ここからが私の本題なのだが、クラウス、マリア、今年7歳になる私の娘エレンを其方らの息子マリウスの許婚としたい。むろん其方らに異論なくばだが」
エルザの突然の申し出に、クラウスもマリアも返事に躊躇する。
「そ、それは勿論当方には異論は御座いませんが、その、それは公爵閣下も了承されておられるので御座いますか?」
クラウスが恐る恐るエルザに尋ねる。
「エルヴィンに不服は言わせぬ。何ならあの者は隠居させて、其方らの息子に公爵家を継がせても構わん」
傲然とエルザが言い放つ。
「御冗談を……」
クラウスとマリアの顔が引きつる。
「冗談ではないぞ。私はお前たちの息子が気に入ったのだ。他所に取られるくらいなら、この私が後見になろうと言って居る」
クラウスとマリアが顔を合わせて見つめ合う。
マリアが頷くと、クラウスはエルザに向き直った。
「大変有り難き御申し出、謹んで御受け致します」
そう言ってクラウスとマリアが頭を下げた。
東部の重鎮であるグランベール公爵夫人であり、王家の出で、宰相や魔術師団長とも懇意にしているエルザが、マリウスの後見になってくれるなら、これ程有り難いことは無い。
エルザは鷹揚に頷くと表情をゆるめていった。
「うん、目出度い。今宵は久しぶりに三人で飲み……」
突然辺りに、早鐘の激しく打ち鳴らされる音が響いた。
エルザとクラウスが立ち上がると、伝令の騎士が慌ただしく部屋に入って来た。
「御屋形様、ホブゴブリンとゴブリンの軍勢が東側に現れました、既に騎士団長が応戦すべく柵に向かわれました」
「うむ、村人達は村の集会所に避難させ民兵を警護に付けよ。私も出る。今夜こそ決着をつけるぞ!」
クラウス達に一礼して出て行く兵士を見送るとクラウスの鎧と剣をもって近習が入って来る。
「酒を酌み交わすのは、戦のあとだな。私は先に行くぞ。ゴブリンロードは私が貰う」
そう言ってエルザが出て行く。
クラウスは苦笑すると、マリアに言った。
「お前は此処に居れ。マリウスのことを頼んだ」
「どうぞ御武運を」
クラウスの戦支度を手伝いながらマリアが答える。
クラウスは剣を佩くと部屋をでていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスは鐘の音で目が覚めた。
クラウスとマリアがエルザと部屋に籠ってしまったので、一人で夕食を摂ると部屋に戻った。
魔力は44残っていたが色々と疲れていたので、そのまま眠ってしまった。
窓から外を覗くと兵士達が東の門に掛けていくのが見えた。
どうやらホブゴブリンが夜襲を仕掛けて来た様だ。
マリウスが慌ただしく着替えながらステータスを確認する。
魔力が58になっていた。
1時間程眠っていたらしい。
マリウスは鞄の中からホブゴブリンの魔石をひと掴み握って上着のポケットに突っ込んだ。
そう言えば剣を馬車の中に置いたままだった。
マリウスは止む無く部屋の隅に置いてあった木剣をとって腰に差して部屋を出た。
階下に降りると緊張した面持ちのマリアがリザと一緒にいた。
「母上、夜襲ですか!」
「マリウスちゃん、ええホブゴブリンが攻めて来たの、今旦那様とエルザ様が向かわれたわ」
そう言ってマリアがマリウスを抱きしめた。
マリアの胸に押しつぶされそうなのを何とか逃れて、マリウスは言った。
「それで私たちはどうします。此処に居ますか?」
マリアは残念そうな顔をしながら答えた。
「そうね、村の皆を集会所に避難させているそうだから、私達もそこに行ってみる?」
マリアの提案に、マリウスも同意する。
「そうしましょう。皆と一緒の方が心強いし、戦況も分かるかもしれません。」
三人で屋敷の表に出ると警護の兵士が二人いた。
兵士に集会所に移動することを告げると彼らも付いて来てくれた。
東側の柵で戦いが続いているのだろう、魔術師の上げた“ライト”の魔法で、辺りは 昼間の様に明るかった。
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