2-12  美女と野獣


「お止めくださいエルザ様!」


 完成したばかりの柵に、全力でユニークのアーツを叩き込もうとするエルザを、クラウスとジークフリートが必死で止めている。


「一回だけだ、ちょっと試させろ」


 ごねるエルザにクラウスが懇願する。

「これは村を守るための大切な柵で御座います。どうかご勘弁ください」

 

 マリアやジェーン、キャロライン、マリリンの三人娘もハラハラしながら見ている。


「ちょっとマリウス君の力を試させて欲しかっただけなんだが」

 エルザは恨めしそうにクラウスに言った。


 冗談じゃない、とクラウスは思った。

 この御姫様のちょっと試してみたいに、若い頃何度ひどい目に合わされた事か。

 クラウスにとっては最早トラウマと言ってもいい。


「これで試されては如何でしょう」

 成り行きを見守っていた兵士や村人達の人垣の後ろから、クルトが言った。


 其方を向いたエルザに、クルトが一枚の木盾を見せる。


 何の変哲もないただの木盾に見える。

 矢ぐらいは防げるだろうが、少しアーツの使える物なら誰でも叩き割れるだろう。


「それは?」

 眉を顰めて尋ねるエルザにクルトが言った。


「これはマリウス様が付与を施した、木盾で御座います」

 そう言ってエルザに木盾を渡した。

 

 エルザは少し興味が引かれたのか、木盾を持つと裏表をじっくり観察したり、片手で持って表をコンコンと叩いてみたりしていたが、三人娘の方に振り返ると云った。


「キャサリン、マリリンこの盾を持ってそこで構えてくれ」


「えっ、何をする気ですか?」


「何でジェーンはいいんですか?」


「私は戦闘職じゃないから、身体強化スキル持ってないもん」

 ジェーンが、さっと人垣の後ろに隠れる。


 エルザはビビる二人に無理やり木盾を持たせて、無理やり構えさせた。

 キャサリンとマリリンは盾の両端をしっかり握ると、身体強化系のスキルを全開で発動した。


 見ているクラウスとジークフリート達にも緊張が走る。

 エルザは拳を中断に構えると、木盾の真ん中にレアアーツ“剛破竜拳”を叩き込む。

 

 木盾の表面から爆音が響き、盾を持ったまま二人が後ろに20メートル程飛ばされて、更にコロコロと転がって、うつ伏せに止まった。


「ぎゃふん!」


 成り行きを見守っている村人たちの目が点になる。

 気絶している二人に、エルザが容赦のない言葉をかけた。


「しっかり持ってないと試し割に為らんでは無いか!」

 エルザは二人の傍らに転がっている木盾を拾って確かめる。

木盾には傷一つ付いていなかった。

 

 振り返るとクラウスとジークフリートが何故かドヤ顔をしている。

 エルザは眉をきっと吊り上げると、木盾を持ったまま二人につかつかと歩み寄った。


 エルザは二人に向かって、無言で木盾を差し出した。

 クラウスとジークフリートの顔から、音を立てて血の気が引く。


 マリウスはエルザの傍若無人振りが少し可笑しくなってきた。

 ふとマリアを見ると、下を向いて肩をプルプル震わせている。


 エルザの圧に耐えかねて、クラウスが諦めた様に木盾を受け取った。

 

「騎士団長は未だ傷が癒えておりませぬ故、某が代わりを務めさせて頂きます」


 クルトがそう言ってジークフリートと代った。

 クルトとクラウスが木盾の両端をもって構える。


 二人の後ろにいる兵士達が蜘蛛の子を散らす様に逃げた。

 

 エルザは盾の前に立って掌底を盾に向けた。

 クラウスとクルトがアーツを発動させるのが、見ている皆に伝わった。


 エルザの全身が理力のオーラに包まれる。

 

 エルザはユニークアーツ、“龍之咆哮”を放った。

 理力の奔流が光となって、木盾に叩きつけられる。


 眩い閃光の中でクラウスとクルトは盾を持ったまま、ずるずると後ろに押されていく。


 盾を持つクルトの腕の筋肉が倍ほどに膨れ上がった。

 やがて光が収まると、クルトとクラウスは盾を掴んだまま立っていた。


 二人の踏みしめた足元には、地面が5メートル程深く抉れている。


 三人が木盾を覗き込むと木盾の真ん中に、確かに細い罅が入っていた。

 上から下に真っ直ぐに入った細い罅を見て、クラウスが驚きを隠せない様子で言った。


「マリウスの付与した盾に罅を入れるとは、さすがはエルザ様!」


 周りで見ていた兵士達も、感嘆の声を上げてエルザに拍手を送った。

 拍手に笑って答える、エルザの顔色は悪かった。

 

(レッサードラゴン位なら一撃で倒す、私の最大アーツを叩き込んで、罅が入っただけだと。二つのアーツを叩き込んでFPの二割近く持っていかれたと云うのに)


 エルザは自分の動揺を表に出さない様、明るい声で木盾を持っているクルトに言った。


「少々私も大人気なかったな。大切な盾に傷をつけてしまって申し訳なかったな、済まぬこの通りだ」

 そう言って頭を下げようとするエリザにクルトは手を振っていった。


「無用の事。マリウス様の盾は未だ300も在りますゆえ何程の事も御座いません」

 クルトの言葉にエルザが凍り付く。


 もう辞めてクルト! これ以上エルザ様を挑発しないで!!


「さ、300だと?」

 エルザが振り返って、人込みから後ずさりして逃げようとするマリウスを見つけると、つかつかと険しい表情でマリウスに近付いていった。


「マリウス君、君がギフトを得たのは確か十日まえだったな」

「じゅ、十二日前です」


 上から覗き込むエルザの視線に、目を反らしながらマリウスが答える。

「で、たった十二日であんなものを300枚も作ったのか」


「いえ、マリウス様は3日で330枚の盾を御造りになりました」


 クルト!!!


「三日だと! では君は一日にあれを100以上も作れると云うのか!」

 エルザの剣幕に、マリウスは首をコクコクと縦に振るだけだった。


 クラウスもマリアもハラハラしながらエルザとマリウスを見ている。

 エルザは目の前の、線の細い少年を見つめながら考えていた。

 

 エルザの知る付与魔術師とはそのようなものでは無い。

 無論公爵家にも付与魔術師はいる。

 アドバンスドのギフト持ちを一人、高い金を払って取り込んである。


 しかしその付与魔術師には、こんなものをそんな数作ること等到底出来はしない。


 精々日に10枚も作れればいい方だ。

 

 以前エルヴィンが“物理防御”と“魔法防御”を付与した盾を、200枚も作らせたとドヤ顔で自慢してきたことが在った。


 これで公爵家の騎士団は最強になる、等と嘯くエルヴィンの前で、エルザは其の盾を粉々に粉砕して見せた。

 

 勿論王室で育ったエルザは、この世には決して破壊できない盾や鎧が存在することは知っている。

 それは王家の宝物庫の中で、けして余人の目に触れることなく封印されている。

 

 一週間前にギフトを得た子供が、ユニーククラスの自分ですら破壊できない盾を日に100も作れるだと。


 そんな物が千、万と出回るようになったら一体どんな事になるのか。

 エルザは自分の想像に戦慄した。

 

「クラウス、マリア、話がある!」

 そう言ってエルザは村の中に歩き出した。

 クラウスとマリアは一瞬目を合わすが、仕方ないという様にエルザの後に続いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 野営用のテントが張られた広場にも赤々と篝火が炊かれていた。


 ダニエルとケントはテント前に置かれたベンチに腰かけて、貰って来た夕食を摂っていた。

 

 ケントは帰ってからずっと眠っていて今起きたところだ。

 ダニエルは帰ると直ぐ哨戒任務に加わり、登板を交代したところだった。


 二人は遅めの夕食を貰いに行ってばったり会ったので、一緒に夕食を食べる事になった。


 シチューの盛られた皿とパンがのった盆を、膝の上に乗せて無心に口に運ぶ。

 村の女の人が用意してくれた食事の旨さに、生きて帰れて良かった心から思った。

 

 二人の前には二枚の木盾が置かれていた。

 斥候のダニエルも、弓士のケントも本来盾は必要としないのだが、ジークフリートに頼んで一枚ずつ貰って来た。


 ジークフリートは昼間の偵察の褒章だと言って、快く木盾を手渡してくれた。

 昼間エルザの力をまざまざと見せつけられた二人は、そのエルザの一撃さえ凌いだ木盾がどうしても欲しくなったのだ。


「凄かったな」

 ダニエルがぼそっと呟いた。


「ホブゴブリンが、森ごと吹き飛んでいきましたからね」

 ケントが答える。

 

 エルザの力は凄まじかった。

 二人は初めて見るユニークの力を、ただ呆然と見ていた。


「人にあんなことが出来るのですね」

 ケントの言葉に、ダニエルが言った。


「ユニークだからな。マティアス・シュナイダーなんか槍で山の形を変えったって、騎士団長が話していたよ」


「ダニエルさんは大戦には行って無いのですか」

 ケントの問いにダニエルが嗤いだす。


「俺は未だ20歳だよ、大戦のときには9歳の子供だった」


「えっ、すいませんダニエルさんてそんなに若かったのですか。知りませんでした」


「お前と3つしか変らないよ。まあ俺は一人の任務が多いからな」

 ダニエルがパンを齧りながら答えた。」


「ダニエルさんの斥候の技術は凄いですからね」


「お前の弓の方が凄いよ。今日ホブゴブリンを何匹仕留めた」


 ケントは指を折って数えた。

「ホブゴブリンが11匹と、ゴブリン2匹ですね。でも最後はFP切れで倒れちゃいましたけど」


「今レベルは幾等だ」


「8ですジョブが38」


 ケントは一昨日の戦いで基本レベルもジョブレベルも一つずつ上がっていた。 

「あれだけ魔物を倒していたら嫌でも直ぐ上がるさ。レベルが上がればFPも増える。アーツももっと使える様になるさ」

 ケントが食事を食べ終えて、盆を足元に置く。

 

「ダニエルさんは今、レベルは幾つなんですか?」


「12の50だ、最近上がらなくなってきたな」


「充分凄いじゃないですか20歳で二桁なら隊長候補でしょ」

 羨ましそうに言うケントにダニエルが笑って答えた。


「其れ迄生きていられればな」


「そうですね」

 ケントも頷く。

 

「それにしてもこの木盾、本当にエルザ様の一撃で、壊れなかったのか?」


 ダニエルが話題を変えた。

 ケントも木盾を手に取ってしげしげと眺める。


 何の変哲も無い、見慣れた木の盾だった。

 二人とも、昼間の南の柵での騒動は見ていない。


 食事を貰いに行った時皆が騒いでいるのを聞いただけだ。

「あんなのを受けて何ともないなんて、信じられないです」

 

「其の話は本当だぞ」

 ケントが顔を上げるとクルトが立っていた。


「副団長!」

 ダニエルとケントが立ち上がって敬礼する。

 

「まあ小さな罅が入ってしまったがな」

 クルトは何故か少し悔しそうに言った。


「あんな一撃まともに受けて、罅が入っただけなんて充分奇跡ですよ」

 ダニエルがクルトを宥める。


「マリウス様の力は本物だ。何れはエルザ様どころか、エンシェントドラゴンでも壊せぬ盾を御造りになるであろう」


 ケントがクルトの言葉に戦慄いた。

 それは神話の中の話ではないか。


 見てみたいような、絶対見たくないような。

 そんな事をケントが考えていると、ダニエルの耳がピンと立った。

 

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