2-11 ミラとミリ
マリウスはエルザ達が食事を摂っている間に、柵の“強化”を終わせる事にした。
クルトも一緒に付いて来てくれた。
北側の柵に来ると工事もほとんど終わっていた。
辺りにいる兵士達に向かって、指を立てて口許に当てながらマリウスが言った、
「お客様がいるから、皆静かにしていてね」
兵士達は皆笑顔で頷いた。
マリウスはクルトが持ってくれている鞄から、ホブゴブリンの魔石が入っている瓶を取り出しすと、中から魔石を10個取り出して、左手に握る。
柵と陣地を視界に納めて付与を発動した。
柵が青く光って、光が消えると付与が完了した。
兵士達は、目を大きく見開いてその光景を見ているが、全員両手を口に当てて、声は出さなかった。
マリウスは兵士達に手を振って、西に向かった。
マリウスは西側の柵を終わらせて、南側に向かって歩いて行った。
外でブレア達、土魔法師が作業しているのが見える。
マリアは居ないが、西側の堀と屏も既に完成していて、南側に手を付け始めたところの様だった。
南側の柵の方は未だ工事が続いている様だ。
南側の柵の補修は、村兵と村の人達に任せてあるとクラウスから聞いていたが、ここは外に比べてかなりクオリティが高い様だ。
柵に投石除けの加工された板が等間隔で取り付けられて、格子状になっていた。
しかも柵の下の辺りには四角く切りだされた石が1メートル位の高さまで積み上げられていて、ここに身を伏せながら、柵の隙間から矢を放ったりできる様になっているらしい。
柵の傍に並んでいる簡易陣地も屋根だけでなく、側面にも板が取り付けられている。
他の柵がありあわせの木材や切り出した木をそのままの丸太を柵に括り付けていたのと違って、見た目からかなり立派だった。
何より柵の柱の上が、どうやったのか全て外側に向けて返しの様に沿っていて、先端が鋭く尖っていた。
工事は終盤らしく、東側の端の方に人が集まっているのが見える。
そちらに向けて歩いていくと、一人の小柄な少女が4mもある柵の柱に登っていくのが見えた。
少女は柱を両手両足で挟んでスルスルと頂上付近まで登ると、足で柱を挟んで体を固定し手を離した。
柱の先端付近に手を触れると柱の先が鋭く尖りながら外側に沿っていく。
更に彼女は右手を伸ばして、右の柱に触れると右の柱も尖りながら外側に沿っていった。
左側も終わらすと彼女はスルスルと柱を降りて来る。
その間マリウスの目は彼女に頭の上に釘付けになっていた。
彼女の頭の上には大きなウサギ耳が付いていた。
『テッパンだな、ネコ耳とウサ耳は外せないだろう』
「兎獣人のようですな。変わったギフトを持っているらしいですね」
よく見ると、肩で吊る胸当ての付いた作業ズボンを履いた彼女のお尻に毛玉の様な丸い尻尾が付いている。
兎獣人の少女は、振り返ると後ろに立っている大柄な虎獣人のクルトに気付いて、一瞬ビクッとした。
「どうしよう、あと少しなのに石が足りない!」
人が集まっている辺りから声がした。
兎獣人の少女が声に振り向くと、凄い勢いでそちらに駆けだした。
集まっていた人たちが、別れて道を開けるとそこにもう一人のウサギ耳少女が、半泣きの顔で立っていた。
二人はお揃いの胸当ての付いた、吊ズボンを履いている。
「ミリあんたまたやったね! あれほど距離を測ってちゃんと数を確認するように言ったでしょう!」
ウサギ耳少女が怒鳴りながらウサギ耳少女に近づくと、頭をポカリと殴った。
殴られたウサギ耳少女は両手で頭を押さえて、目に涙を浮かべながら言った。
「御免なさい、お姉ちゃん」
「どうするのよ! 今から山に石を切り出しに行ってたら間に合わないじゃない!」
ウサギ耳少女に叱られるウサギ耳少女は、もう泣きだす寸前だった。
「まあまあミラちゃんもうそこら辺で勘弁してあげなよ、殆ど出来上がってるんだからもうこれ位で良いんじゃないかな」
村の人らしいおじさんが間に入って宥めている。
マリウスが覗いてみると、端まであと10メートル位の処で石の壁が途切れていた。
「ここまで頑張ったのにこんな中途半端な処で終わるなんて」
ミラと呼ばれた少女は納得がいかないようで悔しそうだった。
「御免なさいお姉ちゃん、私今から山に行って石を採って来る」
「今から行っても間に合うわけ無いでしょう! 夜に なっちゃうわよ!」
「でも」
ミリがポロポロ涙を零した。
「あの、ちょっといいかな」
突然声を掛けられてミラとミリがマリウスを見た。
「何ですか?」
ミラが不振そうにマリウスに問い返すが、後ろに立つクルトの姿を見て目を反らした。
マリウスは途中で途切れた石壁の所まで行くと、積んである石を見た。
30センチ角位の正六面体に綺麗にカットされている。
多分これも何かのスキルの力で作ったのだろう、全部綺麗に同じ大きさに揃っている。
マリウスは二人のウサギ耳少女に言った。
「ちょっと壁が薄くなっちゃうけど、こういうのはどうかな?」
そう言うと“クリエイトブロック”で土のブロックを10個作った。
ミリがマリウスの傍に来て土のブロックをひょいと片手で持ち上げて、それを眺めたり叩いみたりしていたが、マリウスを見て言った。
「これで大丈夫だけど、これだけじゃ……」
マリウスは頭の中で、残りの間両区量を計算しながら“クリエイトブロック”を使って全部で80個のブロックを作った。
「これ以上作ると柵の“強化”が、今日は無理になっちゃうから父上に許可を貰わないといけなくなるのだけど、足りないかな?」
ミリとミラはぽかんと口を開けてマリウスを見ていたが、ミラがハタと気付いた。
「あ、あの御父上と云うと……」
クルトが二人の前にずいと出て答えた。
「この御方は、御領主様のご子息マリウス様である」
二人のウサギ耳少女の顔が一瞬で青ざめた。
マリウスの前に膝を付いて頭を下げる。
「こっ、これは御無礼を致しました!」
と言って両手を前に伸ばしてペタっと土下座をした。
お尻の尻尾が可愛い。
「あっ、やめて! そうゆうのいいから。頭上げて!」
マリウスは慌てて二人を立たせた。
恐縮する二人に努めて何でもないと云う風に尋ねた。
「それで、どうかな、これじゃ足りないかな?」
ミラがミリを見ると、ミリはコクコクと頷きながら答えた。
「大丈夫だと思います。壁は薄くなるけど外から見たら分かりません」
と言った。
「薄くなるのは問題ないよ。“強化”を付与したら強度は同じになるから」
マリウスはそう言って二人を見た。
「有難う御座います」
二人はそう言ってマリウスに頭を下げると作業を再開した。
ミリは土のブロックを片手でひょいと持ち上げて次々並べていくと、土ブロックの上に手際よく漆喰を塗って、その上にブロックを積み上げていく。
小柄に見えるのにかなりの力持の様だ。
おそらく身体強化系のスキルがあるのだろう。
地面のデコボコした所にミリが手を付くと、地面が平らになった。
ミラも柵に登って、手際よく柱の先端の加工をしていく。
マリウスは先程二人を宥めていたおじさんに、二人の事を聞いてみる。
「二人はこの村生まれの姉妹で、ミラは14才で大工、ミリは12才で石工のギフト持ちです」
「大工と石工ですか。二人ともかなりの腕みたいですね」
道理で手際がいい筈だと、マリウスは感心した。
「ええ、二人ともアドバンスドクラスで、街に出て行っても充分やっていけると皆言っているんですが、親元を離れるのを嫌がってずっとこの村にいるのです。まあ儂らにとっては有り難い話なのですが」
おじさんはそう言って、首を振ると話を続けた。
「こんな小さな村では、大した仕事も無いので、此度の領主様のご依頼には二人ともそれは張り切っておりましてなあ」
そう言っておじさんは笑った。
マリウス達は二人の仕事を眺めていたが、マリウスは柵の上の方に、変わった滑車が掛けられているのに気が付いた。
軸を鉄板で固定された鉄製の滑車が二つ並んで2本の柱の上にロープで引っ掛けてある。
ロープが二つの滑車に掛けられ、ロープの両端は柵に結ばれていた。
二つの滑車の間のロープが垂れ下がっていて、別の鉄製の滑車を吊っている。
滑車の下には鉤が付いていた。
『定滑車と動滑車の組み合わせだな、片側四分の一の力かな』
鉄の製品が少なく木製の道具類が多い中で、黒鉄の立派な滑車が、ひどくこの村に不釣り合いな気がして眺めていると、マリウスの視線に気が付いたのか、おじさんが教えてくれる。
「ああ、それは流れ者のドワーフの鍛冶屋が作った、物を持ち上げる為の道具です」
「ドワーフの鍛冶屋ですか?」
『ついに真打登場か、此の村外れ無しだな』
「ええ、五年ほど前に流れてきて村に住み着いています。偏屈な爺さんですが腕は良いし、色々な物を作ってくれるので助かっています」
絶対に逢ってみたい。
おじさんにそのドワーフの家を聞いていると、柵の端からミリの、
「出来た!」
と云う声が聞こえた。
「こっちも終わったわよ」
ミラが柱から降りてきて言った。
土ブロックの壁は柵の端まで届いたようだ。
柵の先端も全て尖って外を向いている。
周りの村人たちも声を上げて、喜び合っていた。
マリウスは、クルトから魔石を受け取って、柵の中央の間で歩いていき柱の一本に手を当てた。
柵も石壁も陣地も全てが青い光に包まれる。
村人達が感嘆の声を漏らしながら柵を見上げていた。
やがて光が消えて、マリウスは村人たちの方に歩いて行った。
ミラとミリが未だ口を開けて柵を見上げている。
「凄い、話には聞いていたけど……」
「これでこの柵は壊れなくなったの?」
二人の呟きに誰も答えず、ただ柵を見上げている。
「確かに報告通りの『青い光』だな。」
マリウスが声のした方に振り返ると、そこにはエルザ・グランベールが立っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
彼は焦っていた。
先程まで人間が居た小山の頂に立って、西を見下ろす。
人間を追わせたホブゴブリンの兵士は、殆どが戻ってこなかった。
かつて2000を超えるホブゴブリンと万のゴブリン共を従えていた彼の周りには、もう合わせても500程の兵士しか残っていない。
フェンリルの王が人と戦って相果て、コボルト共は王の子を抱いて魔境の奥に消えた。
主のいなくなった土地を手に入れる為、ハイオーク共を率いたオークキングと長年争い続けたが、終に奴らの力に屈し魔境を追われる事となった。
そしてたどり着いたこの地で、弱い人間どもに滅ぼされようとしている。
彼は力を欲していた。
力を得なければ、自分は滅びるしかない。
彼の視線の先、森の向こうに見える人間の村に青い光が輝いた。
彼は身を乗り出してその光を見つめた。
やがて光は消えて、何事も無かったかの様に平静を取り戻す。
しかし彼は知ってしまった。
求める力があそこに在る。
彼が求めた強大な力は、人間の世界に在った。
彼は振り返ると自分の村に向かって崖を駆け降りた。
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