2-10  二通の手紙


「エルザ様! なぜここに?」

 クラウスが声を上げた。


 先行して村に戻ったダニエルから、偵察部隊がホブゴブリンと交戦になり怪我人が出てしまった事。


 エルザ・グランベールと名乗る、赤い髪の女性の率いるパーティーの援軍で窮地を脱した事を報告されたクラウスは、驚いて東門に向かった。


 マリアとマリウスも、後を追って外に出た。

 ニナ達はボロボロの姿だった。


 三人の怪我人が馬の上にうつ伏せに乗せられているが、何とか命を取り留めたという事だった。


 クラウスは直ぐに宿舎に連れて行って、医術師のヤーコプに診せる様指示すると、エルザに向き直った。


「久しいなクラウス」

 エルザは屈託のない笑顔で言った。


 冒険者の様な恰好をしたお姫様の、昔と変わらない笑顔にクラウスも苦笑し、胸に手を当てて礼を返す。


「此度は我が手勢の窮地を御救い戴き、有難う御座います」


 エルザは止せと云う様に手を振ると、後ろに控えるマリアに声を掛けた。


「マリア、何年振りかな、元気にしていたか?」

 

 マリアは前にエルザの前に出ると嫣然とほほ笑んで、スカートの裾を摘んで頭を下げる。


「はい恙無く過しております、エルザ様もご健勝な御様子何よりで御座います」


「応、それは何よりだ、そうだお前に紹介したい者達が居る」

 そう言って、後ろに控えるジェーン達を指差すと言った。


「こ奴らが、二代目せ……」


「エリザ様付き侍女のジェーンで御座います、どうぞお見知りおき下さいませ」


「キャサリンで御座います」


「マリリンで御座います」

 三人娘はエリザの前にズイと進み出て、マリアに挨拶をする。

 

 何となく察する物があったのか、マリアも三人に微笑んで応えた。

 エルザは三人の態度を気にした様子もなく笑っていた。


 彼女の視線は、マリアの後ろで自分達の様子を伺う、金髪巻き毛の少年に注がれていた。

 

 エルザはジェーンン達をかき分けて前に出ると、マリウスの前に立ち、上から覗き込むようにマリウスを見た。


 マリウスはエルザの圧に押されるように少し仰け反る。 

 エリザは碧の瞳でマリウスを見つめて言った。


「君がマリウス君かい? 私はエリザ。エリザ・グランベールだ」

マリウスは一歩後ろに下がると、胸に手を当て、片膝を付く。


「クラウス・アースバルトが嫡男マリウス・アースバルトに御座います。グランベール公爵夫人に措かれましては、何卒お見知りおき下されたく、宜しくお願いいたします」

 

 エルザは恭しく頭を下げるマリウスの肩を、がしっと掴むと、マリウスから目を反らさずに言った。


「堅苦しい挨拶は不要。私は君の力を見に来た。さあ、君の力を見せて来れ!」


「えーと……」

 マリウスは助けて、と云う様に辺りを見回す。


 クラウスとマリアが慌ててエルザに駆け寄る。

 クルトやマルコ、ダニエルやケントも後ろで心配そうに成り行きを見守っている。

 

「エルザ様、まずはひとまず中に御入り下さい。既に昼餉の時間で御座います」


「そうですわエルザ様、大したおもてなしは出来ませんが、村の者達が腕によりをかけて御持て成し致します」


 マルコが村に駆けだす。

 村長に持て成しの準備をさせに言ったのだろう。

 

「おう、そう言えば腹が減ったな。ご馳走になろうか」


 エルザはそう言ってマリウスの肩を離すと、村に向かって大股で歩いて行った。

 ジェーン、キャロライン、マリリンの三人も慌ててエルザの後を追う。


 一陣の嵐が通り過ぎた後に、マリウスとクルト達が呆然とエルザの後姿を見送っていた。


  △ △ △ △ △ △


 シェリル・シュナイダーは城の中にある彼女の私室で、2通の手紙を机の上に置くと目を閉じて考え込む。

 孫のステファンを魔境に送り出した翌日のであった。

 

 部屋がノックされる。入れと返事をすると、エルマが入って来た。

 ステファンの母親、自分にとっては義理の娘である。


「御義母様、お呼びでしょうか」


 シェリルに尋ねるエルマを目の前のソファーに座らせる。


「実は今朝、2通の手紙が届いてね。一つは隣のアースバルト子爵家、もう一つは王都の宰相ロンメルからなのだけど」

 

 それが何か、と云う風にエルマは首を傾げる。

 かつて王国の真珠と謳われた彼女は、成人した息子を持つ母とは思えぬ程美しかった。


「全く関係のない内容の様に思える文だけど並べて読むと、色々と引っかかる処が在るのよね」

 

 エルマ綺麗に整った柳眉を曇らすと義母に言った。

「御義母様、私には戦や政の事は解りかねますが」


「いや、あなたにも関わり合いのある事が書かれている様なのよ」

 エルマは当惑した顔で義母の言葉を聞いている。


「まず子爵家からの手紙だけど、一つはハザードの警告ね」

 

「ハザード?」

 エルマが緊張した面持ちで問い返す。


「ええ、この件は私達も知っているのだけど、ゴブリンロードが数百のホブゴブリンを引き連れて子爵領に現れたっていうの。今のところ子爵家が単独で撃退したみたいだけど」


 エルマは黙って聞いている。

 シェリルはそんなエルマを見ながら話を続けた。

 

「其れともう一つ子爵家から家に御願いね」


「援軍でも送ってくれとでも……?」


「ううん、魔石を売って欲しいんだって、それも大量に」


「魔石ですか?」


 エルマはさっぱり話が見えなかった、一体自分に関係のある話は何時出て来るのかと思った。


「下級、中級の魔物の魔石ばかりだけど、月に何百単位で欲しいんだって。あんな小さな子爵家が、一体そんな大量の魔石を何に使うのかしら」

 何故かシェリルは可笑しそうに話している。

 

 エルマは義母のそういう姿は見慣れているので、何も聞かず話を聞いていた。

「そしてこっちのロンメルからの手紙」


 そう言ってシェリルは宰相からの文を摘んで、ひらひらさせながらエルマに見せる。

 エルマも苦笑しながら先を促した。


「子飼いの認証官を家で匿って欲しいんだって。名前はエレーネ・ベーリンガー、どうやらクレスト教会に追われているらしいの」


 クレスト教会と聞いて初めてエルマの表情が変わる。

 シェリルはそんな義理の娘の反応を楽しむ様に話を続ける。

 

「王家の最高認証官のエレーネの名は勿論知っているのだけど、此処の処忙しかったんで忘れていたんだ」


 そう言いながらシェリルは机の上に積み重なっている書類の束から一枚の書類を抜き出す。


「密偵から報告があったわ、彼女12日前に子爵家のお膝元のエールハウゼンに来ていたのだって」

 

 また話が良く解らない方向に流れていく。

 エルマは少し苛立ちを覚えながら、表情に出さずに話を聞く。


「理由は子爵の嫡男の福音の儀に立あうため、王都の一等司祭と一緒に訪れていた」


 貴族の福音の儀に認証官が立ち会うのは珍しくはない。


「問題はここから。彼女達がエールハウゼンを去った後、街の司祭が行方不明になっているの、司祭はいまだに見つかっていなくて、あ、ここからはロンメルの手紙の二つ目の案件と云うか情報ね」

 そう言って言葉を斬ると、シェリルはエルマを見つめる。


 ここからが自分を呼んだ本題らしいと知ってエルマも緊張する。


「未だ生死も分かってないのに、異例だけど枢機卿のヴィクトー・ラウムが、エールハウゼンの後任の司祭を子爵家に通達したの」


 ヴィクトー・ラウム、自分の両親を殺した連中の一人。

 エルマが両手をきつく握りしめる。

 

「落ち着いて聞いてね、新しくエールハウゼンの教会にやって来る司祭の名はエルシャ ・パラディよ」


 今度こそエルマは立ち上がっていた。

 握り締めた拳がわなわなと震えている。

 

「エルシャ。エルシャが辺境に来る……」


 エルマが立ち上がったまま下を向いて、独り言のように呟いている。

 彼女の表情は長い白髪に隠れて見えない。


 国が滅んだ日、彼女の美しかった黒髪は一夜で真っ白になってしまった。


「そうエルシャ・パラディ。あなたの妹よ」


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「じゃあ、マリウス君のギフトはレアの付与魔術師なの?」

 エルザがマンガ肉に齧り付きながら、疑わし気な目でクラウスを見る。


 村長の家のリビングを借りて、急遽リザや村の女性たちに頼んで豪勢な昼食を手配して貰った。


 ジークフリートと、隊長格のマルコ、フェリックス、ニナ達も同席している。

 マリウスはいない。

 

 マリア達が、適当な理由を付けて逃がしている。

 クルトもマリウスの護衛があるので遠慮した。 


 エルザはでかい虎獣人のクルトに興味津々だったので、残念そうだった。

 きっと後で手合わせしてくれ等と言われるに違いない。


 エルザと三人娘はがつがつと食事をかき込んでいる。

 

「はい、認証官殿の立ち合いで王都の一等司祭様より授かりました」

 クラウスが額に汗を掻きながらエルザの相手をしている。


「何やら奇跡を起こしていると聞き及んでおるぞ」


「だ、誰がその様な事を?」

 クラウスが目に見えて狼狽する。


「色々な処からだ」

 

「マリウスは、魔力量が普通の子より少し多い様で、見た者が驚いて大げさに騒いでいるのでしょう」


 マリアが嫣然とほほ笑んでエルザにいった。

「そうか、まあマリアの息子ならあり得ん話でも無いな」

 

「エルザ様は何故ここへ?」

 クラウスが話題を変えようとする。


「お前を助けに来てやったに決まっておる、と言いたい処だが、本当はゴブリンロードを見たくて来た」

 そう言ってエルザがからからと笑った。

 

「ゴブリンロード、エルザ様も御存じなので?」

 ジークフリートが自分達も半信半疑だった名前が出て、驚いてエルザに尋ねた。


「ああ、冒険者をしていた頃アンヘルで一緒にダンジョンに潜った冒険者から聞いた事が有る」

 エルザはそう言って目の前の葡萄酒の杯を飲み干した。

 

「冒険者ですか?」


「ああ、マリアも憶えているだろう。アイリスと仲の良かった『白い鴉』のケリー」


「はい、よく三人でお酒を飲んでいた、剣士のケリーさんですね」

 マリアも当時を思い出したのか食い気味に答えた。

 

「あいつに聞いたことがある。魔境の中でゴブリンロードとオークキングが争っている話を」


「ゴブリンロードとオークキングですか?」

 クラウスが眉を顰める。


 荒唐無稽な話だが、ゴブリンロードらしきものを見てしまっているので笑えなかった。

 

 そのうちオークキングも現れるのだろうか。


「アイリスさん懐かしいですね。今どうされているかご存じですか」

 クラウスの心配をよそに、マリアが昔を懐かしむようにエリザに尋ねた。


「ああ、言って無かったか。アイリスは五年前に、王都で冒険者のクランを立ち上げて代表をしている」


「クランの代表ですか。凄いですね。」


「我がグランベール公爵家がスポンサーをしておる。今では王都で一番のクランになっている」

 

 やはりエルザは仲間たちの事を今でも気に掛けているのだと、マリアは嬉しくな

って言った。


「ルチアナさんは、王都の魔術師団長だし、皆さん立派に活躍されているのですね」


「ああ、あの者たちは働くのが好きだからな」

 マリアはそう言って笑うと、三人娘に向かって言った。


「お前達も先代に負けないよう励めよ」


「私達には無理です」


「冒険者になんか成りたくないです」


「私早く御嫁に行きたいです。」


 口々に抗議する後輩を生暖かい目で眺めながらマリアはエルザに尋ねた。

 

「森の中にいたのは、ゴブリンロードを探していたのですか?」


「ああ、まああれだ」

 エルザが言い淀んでいると、三人娘が代わりに答えた。


「迷子になってたんです」


「森の中で村の方角が解らなくなってしまって」


「そしたらホブゴブリンと戦っている人達を見つけて」


 全員がエルザの顔を見た。

 エルザはバツが悪そうに、頬を指で掻き乍ら言った。


「まあそう云う事だ」

 







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る