2-9 エルザ参戦
マリアは西の門の正面辺りにいた。
昨日と同じように上級土魔法“フォックスホール”で堀を作っていた。
土魔術師たちが盛り上がった土を“土操作”、“圧縮”のスキルで塀に変えていく。
「マリウス様!」
ブレアがマリウスを見つけて手を振る。
マリウスはブレア達の傍に寄って、彼女達の作業を見せて貰う。
ブレアが手を翳すと、10メートル位の長さの盛り上がった土が、集まりながらの四角い形になっていく。
更に手を翳すと、四角い土の塊はミシッと云う音を立てて一回り小さくなった。
マリウスは出来上がった塀に触ってみた。
それは石の様に硬かった。
「どんな形でも作れるの?」
マリウスがブレアに尋ねた。
「うーん、あんまり複雑の形は無理です。四角とか玉とか三角とか」
ブレアが手で形を示しながら答えた。
「ブレアのスキルはどんなのがあるの?」
「私ですか、私は未だミドルだから、“術式鑑定”、“土操作”、“掘削”、“圧縮”の四つだけですよ」
魔法は術式を覚えれば使えるが、スキルはギフトが無ければ手に入れる事が出来ない。
「なーに、マリウスちゃん土魔法に興味があるの?」
何時の間に来たのか、マリアが後ろに立っていた。
「はい母上、物が作れる魔法は便利だなと思いまして、もっといろいろな事が出来たら面白いのに」
マリウスがそう言うと。マリアは少し難しい顔をして答えた。
「便利だけど、魔力の量に限りがあるから万能ってわけにはいかないのよね。魔術師自体数が少ないし」
「そうなんですか」
「ええ。魔術師のギフトを持つ者は大体500人に一人って言われているはね。それも半分以上はビギナーだし」
500人に一人と言われると少ない様な気がするが、このライン=アルト王国の人口は約4千万人と言われている。
つまり8万人も魔術師がいる事になる。
「ビギナーの人達はどうしているんですか」
ビギナーの魔術師にあった事がない。
「ほとんどの人は、何か他の仕事についているはずよ。」
4万人以上の魔術師が魔術師の仕事をしていないという事か。
「ああ、確かリタもギフトはビギナーの火魔術師だし、下男のトーマスは珍しい精霊魔術師だったはずよ」
『精霊魔術師! ファンタジーぽいのきたー!』
トーマスは、去年ゲオルクの紹介でうちに来た14歳の少年だったと思う。
あまり話したことは無いけど、よくゲオルクの御使いをしていたはずだ。
「自分の魔力だと、小さな水の精霊を5分位呼び出せるだけだって言っていたわね」
「水の精霊ですか! 僕も見てみたいです」
喰いつくマリウスに、マリアが言った。
「普通の喋るアマガエルだって言っていたわよ」
いや母上、アマガエルは普通喋りません。
多分魔法を使うより、自分の体を使う方が役に立つと云う事なのだろうけど、4万人の魔術師が集まったら、ビギナーでも何か凄い事が出来そうな気がするけど。
ビギナーでも初級スキルを二つは持っているはずだし、魔術師なら“術式鑑定”は必ず持っている。
魔力があれば魔法を使えるし、魔力量は基本レベルを上げる事が出来ればかなり増える筈である。
土魔術師の初級スキル“土操作”一つで色々な事が出来ると思う。
「話がそれちゃったけど、結局希少な魔術師たちは、皆兵隊や冒険者に為っちゃうのよね」
そう言ってブレア達を見る。
「騎士団で働く方が、遥かに給料がいいですからね」
年かさのアドバンスドの土魔術師グレンが苦笑しながら同意する。
「私と同い年の友達はみんな、私の御給金を聞いて羨ましがっていますよ」
ブレアも同意する。
せっかくの魔法が軍事優先と云うのも寂しい気がするが、それがこの世界の現実なのだろう。
だからこそ眠っている4万の魔術師の力を何か、人の暮らしを便利にする事に使えればいいのに。
『見えたな、それが俺たちの王道ストーリだ!』
王道かどうか解らないけど、きっと楽しい道だとマリウスは思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ダメだ逃げ切れない! きます!」
ダニエルが叫んだ。
ケントも馬を走らせながら後ろを振り返る。
ホブゴブリンの群れが50メートルくらいまで迫っている。
未だ村まで5キロ以上あった。
山の斜面を転がる様に駆け降りて、麓で待つ騎士達の元迄たどり着くと、騎士達も駆け降りて来るケント達に異変を感じていたのか、既に馬の準備をしてくれていた。
全員が馬に乗って西に向かって駆けだした。
ケントが後ろを振り返ると、山の南側の斜面から、ホブゴブリンの群れが湧いてくるのが見えた。
50以上いる、村までは10キロ、逃げ切れるだろうかと思いながら、体を低くしてしがみ付く様な姿で馬を駆けさせた。
邪魔な木の隙間を縫いながら馬を駆けさせるが速度は上がらない。
こんなところで死ねない。
ケントは馬を駆けさせながら、家族の事を考えていた。
父は一昨日の戦いに民兵として参加し、柵の隙間を抜けてきたホブゴブリンの投石に右足の膝を砕かれた。
御屋形が与えてくれたポーションで傷口は塞がったが、ひざが半分しか曲がらず足を引きずっている。
医術師のヤーコプさんもこれ以上は難しいとだろうと言って首を振った。
母に支えられながら立ち上がった父は、俺も狩人は引退だなと寂しそうに笑った。
家を任せたつもりでいた妹のルイーゼは、同い年の仲間たちと冒険者になると言って去年エールハウゼンにやって来た。
村に帰れというケントに、ルイーゼは頑として首を縦に振らなかった。
ルイーゼは冒険者で名を上げて、何れは自分と同じ騎士団に入ると言った。
家を出る時、泣きながら自分を見送ってくれた小さな妹はもういなかった。
自分が死んだら妹はどうするだろうか、
それでも騎士団を目指すだろうか。
御屋形様は戦で死んだ兵士の家族には、十分な手当てを与えて下さるお方だから、多分両親はその金で畑でも買って二人で耕して暮らしていくかもしれない。
それでもこんな処で死んで堪るか!
ケントは、自分達の左右に並走するホブゴブリンに気付くと、握っていた手綱を口に咥えた。
背中の弓を左手に構えると、馬の鞍に括り付けていた矢筒から矢を一本抜き、“的中”を乗せて左側を走るホブゴブリンに矢を放った。
矢がホブゴブリンの胸を貫くのを確認しながら、次の矢を抜く。
出るとき矢筒に20本の矢を詰めて出てきた。
既に4本使っているので残りは16本。
右を走るホブゴブリンに目を向けると、自分に向かって手槍を投げるのが見えた。
ケントは右手に矢を持ったまま咥えていた手綱を掴み、左の鐙に体重を懸けて馬の左側に体を躱した。
馬の胴に掛かっている右足に力を入れてもう一度馬上に戻ると、すかさず矢を放つ。
頭を貫かれて倒れたホブゴブリンの後ろに、もう次のホブゴブリンが迫っているのが見える。
前を走っていた騎士の馬がドタッ! と前のめりに斃れ、騎士が前に投げ出される。
馬は頭の横を手槍に貫かれて絶命していた。
ケントは転がった騎士の上を咄嗟に馬で跳び越えると、馬を止めて馬首を返した。
後ろを走っていたニナと三人の騎士達も馬を止めて馬首を返し、剣を抜いてホブゴブリンと対峙する。
頭から血を流して倒れている騎士は、気を失っているのか動かない。
木の陰に隠れながら接近するホブゴブリンの数は50匹以上いる様だ。
ケントも矢を番えて先頭のホブゴブリンに狙いを定める。
ケントが矢を放つのと、ほぼ同時に前を走る20体程のゴブリンが一斉に槍を投げた。
ニナが剣閃を放って、飛んでくる槍を何本か叩き落とす。
ケントも地面に転がって槍を躱した。
剣で槍を払う騎士の一人が、躱しを損ねて肩に槍を受けて横倒しに斃れた。
迫って来るホブゴブリンにケントは“連射”で三本の矢を放つ。
ニナも立て続けに“剣閃”を放っているが、ホブゴブリンも矢や“剣閃”を木の陰に隠れて躱し乍ら接近してくる。
前を走っていたダニエルと他の騎士達も戻って来て騎士達は円陣を組んだ。
ダニエルもケントと並んで弓で応戦する。
ホブゴブリンの投槍でまた一人騎士が腹を貫かれて倒れた。
ケントはFPを使いすぎて膝を付いた。
ケントの援護が無くなった前衛のニナに、三体のホブゴブリンが同時に襲い掛った。
ダニエルの矢が右のゴブリンの胸を貫き、ニナが“剣閃”で正面の敵を切り捨てる。
後ろから見ていたケントが、左から襲うホブゴブリンを躱せない、と思った瞬間 小柄な人影が横から跳んできてホブゴブリンにドロップキックを決めた。
ホブゴブリンは凄い勢いで飛ばされて、木の幹に激突しグシャとへしゃげた。
左手から“連射”で矢が撃ち込まれ、ホブゴブリンを襲う。
飛来する矢と同時に黒髪の女剣士がホブゴブリンに斬り込んで、残ったゴブリンを二体斬り捨てた。
動揺するホブゴブリン達に、右手から上級水魔法“アイスジャベリン”が三本に飛来し、ホブゴブリンを串刺しにしていく。
ニナ達の前に立った、燃える様な赤い髪の女は、ホブゴブリンに向かって拳を腰だめにしてユニークスキル“爆襲拳波”を放つ。
正面にいたホブゴブリンの群れが瀑風で森ごと吹き飛ばされていく。
巻き上げられた土埃が治まって視界が戻ると、赤髪の女の前に扇型に広がる荒野が出来上がっていた。
「大技使うなら言って下さいよ、危うく巻き込まれる処だったじゃないですか!」
キャロラインがプリプリ文句を言いながら左手の林の中から出て来る。
弓を持ったマリリンも青い顔で後に続く。
「残りのホブゴブリンも逃げちゃったからもう帰ってもいいです?」
右手の林の中からジェーンが嫌そうな顔をしながら出てきた。
呆然と成り行きを見ていたダニエルだったが、既に周りにホブゴブリンの気配がないことに気付き、膝を付いているケントに肩を貸して立たせた。
「だ、誰?」
尻もちをついているニナが、前に立つ赤髪の女に恐る恐る声を掛ける。
赤い髪の女は振り返ると腰に手を当てて宣言した。
「私たちは二代目『戦慄の戦乙女』だ!」
「違います!」
「やめて下さい!」
「関係ないです!」
ジェーン、キャロライン、マリリンからの抗議を無視して、エルザ・グランベールはドヤ顔を決めていた。
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