2-7 執事ゲオルグ
「なんだって、ハンスの奴が今頃になって『暁の銀狼』も、関所の警備に混ぜろと言ってきたのか!」
冒険者ギルド支部長のニック・ゲッベルスは、吐き捨てる様に言った。
「言ってきたと云うか、もう行っちゃいましたけど」
職員のカールも困り顔だった。
昨日領主の使いで、子爵家執事のゲオルクがやって来て、ギルドに緊急のクエストを依頼してきた。
騎士団が魔境寄りのゴート村へホブゴブリン討伐の為出陣する間、エールハウゼンの各関所に応援の冒険者を出して貰いたいというものだった。
たかが中級魔物に騎士団が全軍で出陣するのかと驚いたが、ゲオルクに詳しく聞くとホブゴブリンがゴブリンを従えて500を超える軍勢で村を襲っていると云う話だった。
ニックはすぐ冒険者に召集を掛けたが、この街で唯一のCランク冒険者、『暁の銀狼』は招集に応じなかった。
大方ホブゴブリンの軍勢の話を聞いて、逃げ腰になったのだろう。
結果、Dランク、Eランクを20人程しか出せなかったため、恐らくギルドへの報酬も大した額にならないであろう。
ところが今朝騎士団が、ホブゴブリンの軍勢を打ち破り、森に追い返したと云う報を聞いて、小銭欲しさに自分達も混ぜろと言って来た様だ。
唯一のCランク冒険者があれでは、このギルドももう終わりだなと、ニックは椅子にぐったり腰かけると溜息を付いた。
「放っておけ」
投げやりに答えて机の上の手紙の封に視線を落とした。
また王都のギルド本部からの手紙だ。
三日前に叱責の手紙を受け取ったばかりなのに。
ついに自分の首が飛ぶのか、
もうどうにでもなれと思いながら封を開ける。
中を読み進めるうちにニックの顔に血が注してくる。
内容はひどく漠然としたクエストの依頼だった。
近日中に教会に赴任してくる新しい司祭に、出来る限り便宜を図れと云う内容だった。
ただ、上手くやれば本部に幹部待遇で招くと書かれている。
これは最後のチャンスかもしれない。
ニックは手紙を何度も読み直しながらそう思った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「へー、君たちゴート村の出身なんだ」
ノルンの言葉に、へルマンが答える。
「うん去年皆でエールハウゼンにやって来て冒険者になったんだ」
「この前Eランクに上がったんだよ」
大柄な少年が答える。
盾士のアントンだ。
剣士のヘルマン、弓士のルイーゼ、斥候のオリバーの四人組は冒険者パーティー『四粒のリースリング』のメンバーで、全員13歳。
リースリングとは、ゴート村で作っている葡萄の名前だ。
「ゴート村出身ならリタやリナの事も知っているの?」
エリーゼが尋ねた。
「勿論、村長の娘さんたちだろ」
ヘルマンが答える。
エールハウゼンの東の関所である。
門の脇に詰め所があり、彼らは騎士団の兵士達が柵の巡回に出ている間、此の関所の衛兵をしている。
「おうおう、この街で唯一のCランク冒険者パーティー『暁の銀狼』様が来てやったのに、出迎えもねえのか!」
表でガラの悪い声がする。
ヘルマンとアントンが出て行き、皆も後に続いた。
思い思いの派手な鎧をきた、5人の中年男女が立っていた。
「ハンスさん、クエストに応じないのじゃなかったんですか?」
『暁の銀狼』のリーダーのハンスがヘルマンをぎろりと睨む。
大剣を鞘ごと肩に担いで、赤い革鎧の上に毛皮を羽織った、山賊のような格好をしていた。
「何だ、ヘルマンのガキか。相変わらず貧乏くさい鎧を着ているな。ギルマスに頼まれて仕方なく来てやったんだろうが」
確かに『四粒のリースリング』のメンバーは所々修繕の跡がある、如何にも民兵の御下がり、と云った革鎧を着ていた。
「クエストの応募は昨日のうちに締め切っていますよ」
アントンの言葉に、ハンスの後ろにいたミューラーが前に出る。
190センチくらいの大男で、背中に1メートル位ある鉄の大盾を背負っている。
「誰に口きいてんだガキども、俺たちが来てやったんだから有難く出迎えりゃいいんだ、ぶっ殺すぞ!」
ミューラーの恫喝に、『四粒のリースリング』のメンバーも表情をこわばらせて、5人に対峙する。
『暁の銀狼』の悪い噂は未だ2年目の彼らもよく知っていた。
他人の獲物を横取りするのは当たり前、共同のクエストを勝手に逃げ出したり、現場で他のパーティーに嘘の情報を流して囮にしたり、碌でも無い噂ばかりである。
あの連中には関わらない方が良いと、ギルド職員のカールからも忠告を受けている。
後ろで見ていたノルンは、『暁の銀狼』に怯まない『四粒のリースリング』のメンバーに感心していた。
「じゃああんたらが帰んな。あたし達があんた達の代わりに此処にいてあげるよ」
弓を背負った、やたらと露出の多い恰好をした女が笑いながらヘルマン達に言った
「あはは、ライラの言う通りだぜ、お前らガキ共には荷が重いさ、後は俺たちに任せてとっとと帰んな」
ハンスがそう言って、五人はゲラゲラと嗤っている。
「そんな、俺たち昨日からずっと此処に詰めてるのに」
アントンの顔が怒りで赤くなっている。
「何でえ、文句が在んのか!」
ハンスが口元に嗤いを浮かべながら、アントン達を睨んだ。
「あんた達いい加減にしなさいよ!」
あっ、ヤバい、エリーの正義感に火が付いた。
ノルンはハンスの前につかつかと歩み寄って、腰に手を当て五人を睨み付ける幼馴染に頭を抱えた。
「何でえ、嬢ちゃん俺たちに何かようか?」
突然現れた10歳くらいの少女にハンスも当惑気味である。
「さっきから聞いてれば勝手な事ばかり、この人達は昨日からずっとここで衛兵の仕事をしているのよ。もう人手は間に合っているからあんた達こそとっとと帰りなさい!」
そう言って五人を睨むとツンと顔を上に向けた。
「ガキはすっこんでな」
そう言いながらハンスはエリーの腰の木剣を指差しながら嗤った。
「そんな玩具でチャンバラごっこがしてえなら、うちに帰ってやんな」
後ろの五人もエリーゼの剣を指差して笑っているが、エリーゼは少しも気にした様子もなく、片手で木剣を抜くと言った。
「あんた達みたいな三流冒険者には解んないでしょうね。これは若様から頂いた魔剣よ。あんたの安物の鈍らとはわけが違うは」
エリーゼは木剣を上に挙げてドヤ顔をする。
ハンスが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何が魔剣だ! 俺の剣は30万ゼニーも払って王都から取り寄せた業物だ、鈍らなんぞとほざいたらガキでも只じゃ置かねえぞ!」
ハンスの恫喝も少しも意に介さず、見せびらかす様に木剣を上に翳し乍ら言った。
「フンやっぱり安物じゃない。私の魔剣は国宝級のアーティファクトよ。あんたの鈍らなんかへし折ってあげるは」
ハンスは怒りで顔が赤黒く染まっている。
肩に担いでいた大剣を鞘から抜いて、鞘を放り投げると、エリーゼに向かって構える。
「泣いても許さねえぞ、このクソガキ。その玩具ことぶった切ってやる」
いくら冒険者でも、街中で子供を斬ったりしたらただでは済まないだろうが、怒りで我を忘れているハンスにノルンも手の中で、“風操作”を発動する。
『四粒のリースリング』の四人も自分の武器に手を掛けて臨戦態勢をとりながら、固唾を呑んで二人を見つめていた。
『暁の銀狼』の連中は、嗤いながら野次を飛ばしている。
「ガキだからって手加減するなよ!」
「生意気なガキに灸をすえてやんな!」
「小便漏らすまで痛めつけてやれ!」
口汚いヤジに、エリーゼは少しも動揺することなく木剣を両手で握ると正眼に構えた。
“筋力強化”、“初級剣技”、“物理防禦”、“加速”、持っているアーツをすべて発動する。
伊達に騎士団に交じって訓練している訳ではない。
ハンスも腐ってもCランク冒険者。
相手が見た目通りの子供ではないと瞬時に見抜きアーツを発動するが、木剣で何が出来ると云う侮りは抜けない。
エリーゼが跳び出し、ハンスが大剣で受ける。
次の瞬間、ハンスの大剣が音をたててへし折れ、エリーゼの木剣はそのままハンスの肩を打った。
肩を抑えてうずくまったハンスは折れた剣を見つめて呆然とした。
「俺の剣が、10万ゼニーも払って買った俺の剣が……」
『四粒のリースリング』の皆から歓声が上がる。
『暁の銀狼』の五人は信じられない物を見たかの様にエリーゼの木剣を見つめる。
「本当は10万なの? 私の短剣より安いじゃない」
エリーゼがあきれた様に言った。
「うるせえ! もう許さねえぞこのクソガキ、ぶっ殺してやる!」
立ち上がったハンスが血走った眼でエリーゼたちを睨んだ。
『暁の銀狼』の四人も自分の武器に手を掛ける。
ノルンが“風操作”で『暁の銀狼』の前の砂を巻き上げた。
五人が慌てて後ろに跳び下がる。
「気を付けろ! 魔術師がいるぞ!」
『暁の銀狼』の五人が剣を抜く。
『四粒のリースリング』の四人も剣を抜いた。
「どうかしましたかな?」
一触即発の空気の中に、のんびりとした声がした。
『暁の銀狼』の後ろに立つのは、アースバルト家の執事ゲオルクであった。
いきなり後ろから声を掛けられたハンス達がぎょっとして振り返る。
「なんだてめえは?」
ハンスは相手が年寄りと知って威嚇した。
ゲオルクは涼しい顔でふぉふぉと嗤うとのんびりした声で言った。
「関所の前で刃傷沙汰とは穏やかではありませんね」
ミューラーが剣を持ったままハンスの横に立ってゲオルクを睨み付ける。
「爺は引っ込んで……」
何時、何処から抜いたのか全く解らなかった。
ゲオルグの両手に二本の細身のナイフが握られていて、その切っ先がハンスとミューラーの喉元に当てられていた。
動けない二人に、ゲオルクが二人にだけ聞こえる低い声で言った。
「若いの、死にたく無かったら武器を置いてとっとと帰んな」
ゲオルグの殺気に充てられた二人は、尋常でない汗を掻きながらコクコクと頷くと、剣を放り出して逃げ出した。
後の三人も慌てて後を追った。
「げ、ゲオルグさん今……」
エリーゼとノルンがゲオルクに駆け寄る。
何時、何処に仕舞ったのか、既にゲオルクの手にナイフは無かった。
「皆さん、怪我は在りませんでしたか?」
エリーゼたちも『四粒のリースリング』の面々も無言でコクコクと頷いた。
アースバルト子爵家執事、ゲオルク・スターリング。
先代当主に拾われた彼が、レアの侠客『人斬りゲオルク』と呼ばれていた事を知っている物は、此のエールハウゼンにはもう殆ど居ない。
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