2-6   シェリルとステファン


 ダンジョンと反対側、アンヘルの西の小高い丘の上に、シュナイダー辺境伯の城が立つ。

 周囲を森に囲まれた台地の上に建つ、白を基調にした石造りの主塔、大塔、天守塔が並ぶ姿は、この街の象徴であった。 


「ゴブリンロードはハイオークの軍勢に敗れて北に逃げた様ね」

 主塔の一室でシェリルが楽しそうに言った。


「ハイ、さすがに力はオークが上だったようですね、父上がフェンリルを討って以降の縄張り争いに決着がついた様です」

 ステファンもそう言って笑いながら、手に持った葡萄酒の杯を口に含んだ。


「これで魔境の北西部はハイオークの支配下になったようで。必然我々の当面の敵はハイオークという事ですね御婆様」


 どう見ても20代前半にしか見えない美しい銀髪の女性は、嫣然と笑って孫に答えた。

「ミスリル鉱山を手に入れる為には、止むを得ないわね」

 

 クラウスやエルヴィン・グランベールが聞いていれば、目をむく様な会話をしているのはシュナイダー辺境伯家当主ステファン・シュナイダーと祖母で後見人のシェリル・シュナイダーであった。


 シェリルには先祖にエルフの血が入っている。

 彼女の強力な魔力はエルフの血がなせる業だった。


 今年67歳になる辺境の魔女、シェリル・シュナイダーは息子の若い頃にそっくりな孫の姿を見る。

 

 17歳のステファンは自信にあふれた笑顔でシェリルに言った。

「既に伯父上がブルクガルテンに兵を進めて、御婆様の命が下るのを待っております。私も直ぐにバルで飛べます」


 バルバロスはステファンの騎獣であるアークドラゴンの名である。 


 マティアスの死後、マティアスの愛竜であったバルバロスは孫のステファンと新たに契約を結んでくれた。


 孫の言葉には答えず、シェリルは思い出したと云う様に呟いた。


「逃げたゴブリンロードはどうなったのかしら? グランベール領にでも迷い込めば面白いのに」


「御婆様、無駄に公爵家を呷るのはお止めください」

 ステファンは眉を顰めてシェリルに抗議する。


「あら、向こうが勝手に絡んでくるんじゃない」

 そう言ってシェリルは口元に手を当てて声を上げて笑った。

 

 シェリルは一頻り笑った後、表情を引き締めて孫に言った。

「お行きなさいステファン。ハイオークを蹴散らしてミスリル鉱山を我らの物にするのです」


 ステファンは立ち上がると、扉の前に控える兵士に命じた。


「ブルクガルテンにいる伯父上に、出陣せよと伝えよ!」


 ブルクガルテンはアンヘルの東、魔境との境であるセレーン川のほとりに築かれた渡河要塞である。

 

 兵が部屋から駆けだすのを見届け、ステファンもバルコニーに出る。

 広いバルコニーに巨大な赤竜が窮屈そうに寝そべっている。


 ステファンはバルバロスの尻尾から駆け上がり、首の根元に据えられた鞍に跨る。

 

(大仰な事よ。ハイオーク等我のブレス一閃で焼き尽くしてくれるのに)

 バルバロスが念話で伝えて来る。


「そう言うなバル。此度の本当の目的は軍による鉱山採掘の拠点確保だ。我らはその露払いよ」


 バルバロスは一声咆哮を上げると、翼を広げて大空に駆け上がった。

 

 赤竜に六騎が追従する。

 バルバロスよりは一回り小さい、白いグレータードラゴンを駆るレアの竜騎士モールス、グリフォンに跨るレアのティーマーのイザベラ、ワイバーンに騎乗する三人のアドバンスドの竜騎士とペガサスに跨るアドバンスドのティーマー。


 この大陸で唯一の空軍は、東に向かって飛び去って行った。

 辺境の魔女は静かにその姿を見送っていた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「困りますな、奥方様。閣下から絶対に領の外に出すなと厳命が来ておるのですが」


 老将軍ガルシア・フォン・エンゲルハルト男爵は主からの命令書をエルザの前でひらひらと振る。

「案ずるなガルシア。お前に迷惑はかけぬ」


 エルザがそう言いながら、炙った干し肉を挟んだパンに噛り付く。

 

「大切な兵量を一人で五人前も平らげて、迷惑を駆けぬも無い物で御座るな」

 ガルシアは呆れたように言った。


 エルザの横でキャロライン、マリリン、ジェーンの三人娘も恐縮しながらお代わりを貰っている。


「そう言うなガルシア。朝から何も食べておらんのだ。それにしてもお前の軍の飯は旨いな」

 

 激怒して止めようとするエルヴィンを置き去りにして、前を塞ぐ衛兵を薙ぎ倒し、未明に城を出て、嫌がる三人娘を追い立てながら馬を飛ばしてここまで辿り着いた。


 ガルシアは苦笑しながら改めてエルザの姿を眺める。

 旅装に革鎧を付けてフード付きのマントを羽織った、冒険者の様な姿をしたこの燃える様な赤髪の女性は、国王陛下の妹君で自分の主の奥方である。

 

 ここはアースバルト領と隣接する森の中に設営された野営陣地である。


 ガルシア・フォン・エンゲルハルト男爵はグランベール公爵家の譜代の重臣であり、且つての大戦では、エール要塞の守将として全軍を纏めていたが、今は一線を退いてリーベンに駐屯し、魔境寄りの南東部の領境を守備していた。


 領境の警戒を命じられて、リーベンを出陣し領境に兵を展開して野営地を設置した処に「奥方出奔」の知らせが届いたと思ったら、当の本人が飯を食わせろと言って、野営地にやって来たというわけだ。


「アースバルト領の様子はどうだ」


 エルザは食事を続けながら当然の様に軍の情報を訪ねて来る。

 エルザの碧の瞳に見つめられて、ガルシアは諦めた様に話始めた。


「昨日未明より戦闘が始まり、先遣隊はかなりの苦戦を強いられたようですが午後に本軍が到着して無事ホブゴブリンの軍勢を退けたようです。ホブゴブリンは森の奥に逃げ、アースバルト子爵は現在、村の防禦をかためているようです」


「ゴブリンロードは現れたかい」

 エルザの言葉にガルシアはエルザの瞳を見つめ返して言った。


「ゴブリンロードかどうかは解りませんが、上位個体が一体確認されています」

 エルザの瞳が輝いている。


「やっぱりいた、ゴブリンロード! 絶対だよ」


 エルザが興奮して立ち上がる。

 ガルシアは知らんと云うふうに首を振る。

 

「あと先程入った知らせで一点気になる情報があります」 


 何々とエルザが顔を寄せる。

 ガルシアはのけ反りながら言った。


「子爵殿はどうやら、戦場に奥方と御子息を連れてきておるようです」


「へー、マリアとマリウス君が来ているんだ」

 嬉しそうな声を上げるエルザを無視してガルシアは話を続ける。

 

「そのご子息が村の防護柵に手を触れると、柵が総て青い光に包まれたそうです」


「柵が総てってどれくらい?」

 喰いつきを見せるエルザにガルシアが努めて冷静に答える。


「一辺、500メートル程と報告に在ります」


「それが全部青く光ったの?」

 エルザが驚いて聞き返す。


「その様ですな」

 ガルシアの返事にエルザが珍しく真剣な顔で考えている。


「青い光は聖なるクレストの光、与える力。マリウス君がギフトを受けたのは未だ十日程前の事よ」


 ぶつぶつ呟くエルザにガルシアは話を続ける。

「そのあと一際大柄な兵士が、柵を大斧で叩くと、大斧が折れて斧の頭が跳んだそうです。奥方様?」


 エルザは笑っていた。

 既にガルシアの声は聞こえていない様である。


「ふふふふ、会いに行かなくちゃ。マリウス君。若しかしたらゴブリンロードより面白いかも」


 いやだから、連れて帰れと主に言われているのですが、とガルシアも辟易している。


 そんな二人の様子を見ながら、三人娘は早くベッドに入って眠りたいと思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


 折れた大斧の柄を握り締めて、さすがのクルトも驚きを隠せない様だ。

 柵の柱には傷一つ付いてはいなかった。


「斧をもって来い!」

 と云うクラウスの命で、持ち込まれた斧はマリウスが初めて見る様な巨大な斧だった。


 所謂戦斧と云う武器だと思う。

 誰が使うのだろうと思ったら、やっぱりクルトが指名さていた。

 

 クルトは柵の柱の一本に狙いをつけ、腰を入れてフルスイングをする。

 ガシャン! と云う大きな音がして大斧がへし折れて、頭が跳んで言った。


 周りを囲んでいた兵士達が慌てて逃げだす中、クラウスは腕を組んで仁王立ちでクルトを見た。


 クルトは、自分が斧で叩いた柱を見てから、クラウスに首を振った。

 

 クラウスは簡易陣地の傍に立つマルコに目を向ける。

 マルコはしかなさそうに剣を抜くと、簡易陣地の戸板の屋根に上段で切りつけた。


 ガシャン! と大きな音を立てて、マルコの手を離れた剣が跳んでいく。

 また兵士が、逃げ惑いマルコは痺れた手を振っている。

 

 クラウスはマリウスに向き直ると言った。

「残りの柵も出来るか」


 マリウスはステータスを確認して言った。


「今ので魔力を24使った様です、残りは20しかないので今日は無理です」

 と答えた。

 

 10個の魔石で24魔力が減ったという事は、ゴブリンの魔石の倍、ホブゴブリンの魔石は魔力を消費するという事か。


「では続きは、明日頼む」

 そう言って、野営地の方に戻って言った。


 マリウスの力については深く考えるのはよそう、クラウスはそう思う事にする。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 昨日と同じベッドで目覚めると、やはりマリアはもういなかった。


 昨夜クルトに運んで貰った12枚の木盾を6枚ずつ二回に分けて “強化”を付与して、魔力を空にして眠った。

 マリウスは一人で着替えると、自分のステータスを確認してみる。


マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:70

         Lv. :1


ギフト 付与魔術師 ゴッズ


クラス ビギナー Lv. :5   

        経験値:1308


スキル  術式鑑定 術式付与  


      FP:  14/ 14

     MP: 140/140 


スペシャルギフト

スキル   術式記憶  並列付与  

クレストの加護

     全魔法適性: 104

     魔法効果 : +104

 

 ジョブ経験値をかなり稼いだ様だ。

 スペシャルギフトのスキルが一つ増えていた。

 

 “クレストの加護”

 

 クレストとは、女神クレストの事だろうか。

 どんな効果を持つスキルなのだろう。

 

 マリウスは試しに“クレストの加護”を発動してみようとしたが、何も起こらず何も感じなかった。

 

 外のスキルは意識を向けるだけで勝手に発動するのに、此のスキルは違う様だ。


 何か特別な条件があるのか、スキルの説明書があればいいのに。

 誰かに聞いてみようかと思いかけて思い直した。


 他人に話さない方がいい気がする。

 少なくとも今は。


 マリウスは取り敢えずスキルについて考えるのは止めて、剣の修行をするために外に出た。

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