2-3   エルザ


 ジェーンの放った“アイスジャベリン”三連発をエルザは全て拳で叩き落とした。


 キャロラインが繰り出す高速の三連突きを紙一重で躱し乍ら、足を払った。

 後ろから飛んできた矢を、振り返りざまに中指と人差し指で挟みそのまま投げ返す。


 矢がマリリンの襟を貫いて、マリリンごと後ろの壁に縫い留める。


 動きが速すぎてエルザを見失ったジェーンの頭を、後ろに立ったエルザが手に持った扇で引っぱたく。

 

「痛い!」

 膝を付いて両手で頭を押さるのは水魔術師のジェーン。


「酷いですエルザ様」

 床に顔面から転がって、鼻を赤くしているのは剣士のキャロライン。


「うう、助けて下さい」

 矢で壁に縫い留められて半泣きで助けを乞うのは、弓士のマリリン。


 何故かアメリカンな名前の三人娘は、エルザの側仕えの侍女である。

 三人とも今年成人したばかりの15歳だった。


 此処はグランベール公爵領都ベルツブルグの城の中に作られた、エルザ専用の室内闘技場である。


「私が直々に修行を付けてやっておるのに何だその様は! お前たちはそれでも二代目『戦慄の戦乙女』か!」

 仁王立ちで三人に説教をするのは、グランベール公爵夫人エリザ・グランベールその人だった。

 

「だからイヤですって、そんなダサい名前」


「一代目で懲りなかったんですか?」


「私、花嫁修業でお城勤めしたのです~」

 三人の抗議にエルザは聞く耳を持たない。


「立て! 修行の続きだ。私から一本取る迄続けるぞ」


「えー、そんなの無理です!」


「お腹が好きました!」


「私辞めます」

 

 開け放たれた窓から一羽の青い鳥が飛び込んで来て、部屋をくるりと一周した後、窓際に置かれた止まり木に着地する。 


 ククルホークと呼ばれる小型の鷹だ。

 人懐こく長時間飛べるこの鳥は、通信手段として人に飼われている。


 エルザはマリリンに生肉を持ってくるようにと言った。

 ククルホークは生肉しか食べない。

 

 助かったという様に、マリリンが部屋を飛び出していく。

 エルザはククルホークの足に付けられた筒を外すと、中から丸められた手紙を取り出す。


 広げて中身を確認すると、手紙を手のひらで燃やした。

 其の場で返事を書くと筒の中に入れる。

 

 マリリンが生肉を持ってきた。

 エルザは一つ摘んでククルホークに与えると、筒を足に付けた。


 もう一切れ生肉を与える。

 生肉を飲み込んだククルホークは満足して飛び立った。

 

 エルザは不機嫌な顔で呟いた。

「エルヴィンは何をやっているのかな?」


 事情は分からないが不穏な空気を感じた三人は、一斉にかぶりを振った。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 村長の屋敷でリザが、昼食を振舞ってくれた。

 リザは村長の奥さんで、リタとリナのお母さんだった。


 確かに二人に似ている。

 そう言えば魔力切れになって眠ってしまったのを思い出して、マリウスはステータスを確認してみる。

 

マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:70

         Lv. :1


ギフト 付与魔術師 ゴッズ


クラス ビギナー Lv. :5   

        経験値:1070


スキル 術式鑑定 術式付与  


      FP:   14/ 14

     MP:  42/140  

     

スペシャルギフト

スキル  術式記憶  並列付与

    全魔法適性: 104

     魔法効果: +104


 ジョブレベルが一つ上がっていた。

 MPが42回復している。馬車の中で眠った所為か。


 3時間程眠っていたから、仮眠でも1時間に一割位回復するという事か。

 

 スペシャルギフトのスキルが一つ増えている。


 “並列付与”。


 盾を纏めて付与した様な事だろう。

 スキルが解放されたから出来たのか、出来たから解放されたのか?

 

 おそらく後者だとマリウスは思った。

 ザトペック翁から聞いた話では、スキルはジョブレベルが10上がる毎に解放される。


 レベル5で、もう一つ増えるのはおかしい。

 

 村長のクリスチャンも帰って来たので、4人で食事をした、


「娘たちは元気でやっていますか?」

 クリスチャンがマリアに尋ねる。


「二人とも元気よ、リナは最近すっかり女の子らしくなったわ」


「あの子はリタと違って大人しいから、心配していたのですよ」

 

 リザがリナによく似た顔で笑う。


「リタはもう14になるからそろそろ嫁入りを考えないとね」

 マリアの言葉にクリスチャンが困った様に答える。


「うちは女の子ばかりなので、何方かが婿を取って家を継いでくれると良いのですが」

 

 クリスチャンは酒蔵の経営をしながら村長をしている。

 このゴート村は葡萄酒造りが盛んで、子爵家の大事な財源だった。


「どちらも全然その気がない様で、奥方様、誰か良い方がおられませんか?」


「そうねえ、騎士団には若い男がいっぱいいるけど、ワイナリーの跡継ぎとなるとね」

 

 戦場とは思えない長閑な話が続いている。


 リザの料理もとても美味しかった。

 マリウスはそういえば自分が、生まれて初めて、エールハウゼンの外に出たのに今頃気付いた。

 

 村の外を見てみたいけど無理かな。後でクルトに頼んでみよう。

 そんな事を考えながら、リザが入れてくれたお茶を飲んだ

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「死者5名、負傷者38名うち重傷者は11名です」

 ニナが戦況報告をする。


 村の広場に張られたテントの中にジ

「誰が死んだ?」

 クラウスの問いにニナが答える。


「マガト、ヤニック、アンドレ、ルーク、ハインツです」


「ルークも死んだか」

 クラウスは沈痛な表情で古参兵の死を悼む。


「死んだ者の家族には出来るだけ報いよう。怪我をした者には惜しまずポーションを使え。足りねばギルドの追加を発注せよ」


 クラウスの言葉にジークフリートが騎士団を代表して礼を述べる。

 隊長達も一礼しニナの報告に戻る。

 

「打ち取った魔物の総数はゴブリン605匹、ホブゴブリン171匹、現在魔石を回収中です」


「思ったより、ホブゴブリンの数が少ないな。かなりの数に逃げられたか?」

 クラウスの言葉に全員が苦い顔をする。


「動きの速いホブゴブリンに、なかなか止めを入れられず取り逃がしたようですな」

 ジークフリートが代わりに答える。

 

「おそらく300以上のホブゴブリンが森の中に潜伏しているものと思われます。あの、そのゴブリンロードですか? その個体も一緒かと」


 ニナの報告が終わると、クラウスが皆に意見を述べよと言った。

 

 クルトがまず意見を述べる。

「ゴブリンロードであるかどうかはともかく、あれが特級相当の魔物である事は間違いないと思われます。ここで討伐せねば後に禍根を残すかと」 


 マルコが発言する。

「森の中に攻め込むのは賛成できません。騎馬が充分力を発揮できなければ、わが軍は圧倒的に不利になります」

 

 クラウスは腕を組んでマルコの意見を考える。


 ここ20年位の間に大陸の軍隊も騎士の個々の強さに頼る戦い方から、集団の力で敵を圧倒する戦い方に時代は流れている。


 西では大規模な魔術師団の集団魔術と、新兵器を装備した強力な歩兵部隊を組織した、ルフラン公国の快進撃に、近隣の領主たちが遅れまいと軍政の改革を進めている。

 

 クラウスも歩兵部隊の充実を進めている処ではあるが、未だジークフリート達騎士の打撃力に頼らざる負えない現状であった。


「奴らの方から攻めて来てくれれば有り難いのだが」

 ジークフリートも忌々しそうに呟いた。

 

 自分の発言で、空気が沈んでしまったのを気にしたのか、それはそうと、とマルコが話題を変える。


「歩兵が装備しているあの若様の盾。あれを騎士にも支給していただけませんか」

 マルコの言葉にジークフリートも賛同する。


「確かにあれは凄いものですな、木盾の軽さで鋼の盾より丈夫。ぜひ騎士団全員に装備させたい」


「歩兵の予備の物でよければ、直ぐにマリウスに命じて作らせよう、おそらく三日もあれば皆に行き渡るであろう」


 クラウスの言葉に騎士たちがどよめく。


「たった三日ですか?」

 マルコが聞き間違いではないかと云う顔で、クラウスに尋ねる。

 

 クラウスは大きく頷いて言った。


「あ奴は今日一日で98枚の盾を作りおった、三日もあれば充分だ。」

 300枚もあれば全軍に行き渡る。


 もはやクラウスには自重という言葉は無い。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「我が領地に接する村にホブゴブリンとゴブリンの軍勢が現れただと?」


 エルヴィン・グランベールは軍師アルベルト・ワグナーの報告に驚いて手にした  ティーカップを置いて、アルベルトに問い返した。


「はい。領境に展開している斥候からの報告です。現在村を守るシュトゥットガルト卿率いる100が交戦中との事です」


「クラウスは如何致して居る?」


「兵300(実際は310)を自ら率いてエールハウゼンを出立した模様です」


「何かクラウスから知らせは来ておるか?」

 

 エルヴィンが苛ついた声でアルベルトに尋ねた。

「いえ、今のところ何も御座いません」


「フン、自分で何とかするという事か」

 アルベルトは、何も答えない。

 

 エルヴィンは心を落ち着かせようとするかのように、紅茶を一口飲んだ。


「今直ぐ動かせる兵は?」


「リーベンに駐屯しているエンゲルハルト将軍の大隊1000が一番近いかと」

 リーベンは南東の城塞都市である。


「ガルシアか、問題なかろう。奴に命じて領境に兵を出させろ。此方に流れて来ぬ様警戒させよ」

 

「クラウスを助けに行かないの?」

 妻の声に、一瞬顔を顰めてエルヴィンが言った。


「エルザ、軍議の席には入って来るなといつも言って居るであろう」

 

 前髪を上げて、腰まである赤い髪を後ろに束ねている。

 太い眉が少年っぽい印象を与えるが、かなりの美人であった。


 何より大きな碧の瞳が、生き生きと見る人を魅了する。

 後ろに三人娘が困ったように控えている。

 

「なにが軍議だ、あなたとアルベルトだけではないか」

 そう言ってエルザはエルヴィンの前の椅子に腰かけた。


「寄子の危機に援軍を出さないの?」

 エルヴィンの目を真っ直ぐ見つめて、もう一度言った。

 

 エルヴィンは顔を背けて吐き捨てる様に答えた。

「別に助けを請われておらんわ」


 エルザはエルヴィンから目を反らさずに話を続ける。


「あなたの可愛い後輩でしょう。請われなくても行くべきだわ」


「これは先輩後輩の話ではない、公爵家とその寄子の話だ。要請も無いのに兵を差し向けること等出来る訳ないであろう」

 

 エルヴィンがエルザに向き直って一気に捲し立てる。

「それにホブゴブリン程度にクラウスが遅れをとるものか!」


 エルヴィンの話を、エルザはニコニコしながら聞いている。


「別に兵を連れて行くなんて言ってないわ、あなたと私で、クラウス達を助けに行きましょうって言っているの」

 

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