2-2 大いなる男たち
ジークフリートの目に、右手から騎馬の一団が、ホブゴブリンの群れに突入するのが見えた。
ホブゴブリンを槍で駆逐する、先頭の銀の鎧の騎士はクラウスだった。
柵に殺到していたホブゴブリン達も、乱入してきた騎士団に対峙するが、クラウスを守るように展開する騎馬隊に押し込まれていく。
「お前は儂に付いて来い! 儂の馬を曳け!」
ジークフリートが周囲に怒鳴る。
曳かれてきた馬に跨って振り返ると、マルコと十数人の騎士たちが既に待機している。
全員がジークフリートの号令を待っている。
ジークフリートは皆の顔を見回してから、馬首を東門に向けて槍を構える。
「門を開けよ! 出るぞ、我に続け!」
騎士たちは応と答えて剣を抜いた。
クラウスは“槍影”を放ちながら前方のホブゴブリンを倒していく。
レアクラスの騎士であるクラウスと、槍士のジークフリートは共通のアーツをいくつか持っている。
クラウスは槍を天に向けると、前方に群れるホブゴブリンにレアアーツ“槍雨地獄”を降らせる。
混乱するホブゴブリンの群れに後続の100騎が襲い掛かる。
村の門が開いてジークフリートが十数騎を率いてホブゴブリンを挟撃する。
ホブゴブリンの前衛は次々と狩られていった。
「御屋形様!」
ジークフリートがクラウスに駆け寄った。
「ジーク、無事か!」
ジークフリートの鎧の脇腹に開く穴と、血痕を見たクラウスの表情が曇る。
「これしきの傷、何程の事も御座らん!」
努めて快活に笑うジークフリートに、敢えてクラウスも明るく応える。
「私も久しぶりに暴れるぞ! ジーク遅れずに着いてまいれ」
「これは御屋形様の言葉とも思えぬ。このジークフリート・シュトゥットガルト、十で初陣を飾ってから三十三年、戦場で遅れをとった事等一度も御座らん」
言葉とは裏腹にジークフリートも楽しそうに答える、
「ならばジーク、我が露払いをいたせ!」
「承知! 御屋形様、遅れぬ様に付いて参りなされ!」
そう言ってジークフリートが駆けだす。
「ぬかせ!」
クラウスが笑いながらジークフリートの後を追う。
マルコ達が、主達のじゃれ合いに苦笑しながら後に続いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
騎士に後続する歩兵部隊は、ホブゴブリンの本陣に向かって展開した。
ホブゴブリンの投石部隊が、本陣の前に立って投石器を構える。
器用にスリングを操作して、アンダースローで石を放った。
膝を付いて木盾を構えた兵士を直線で飛来した投石が襲った。
歩兵が前面に構えた木盾が、拳大の石を総て弾き返した。
後ろに伏せていた弓兵が立ち上がり、一斉に弓を放つ。
投石兵が矢に貫かれてバタバタと倒されていく。
黒鎧のホブゴブリンが喚くと、本陣を守るホブゴブリンが兵卒に向かった。
無数に飛んでくる矢に貫かれながらも、何匹かのホブゴブリンが歩兵に向けて短槍を放ったが、全て盾に防がれた。
ホブゴブリンも矢を躱しながら跳躍し、盾隊に襲い掛った
次の瞬間、盾隊の影から長槍隊が進み出てホブゴブリンを串刺しにする。
歩兵の後方から魔術師たちの魔法が、ホブゴブリンの本陣に撃ち込まれた。
矢と魔法の援護を受けながら、槍隊が槍衾を作ってホブゴブリンの本陣に突撃する。
盾隊も、抜刀してこれに続いた。
乱戦の中、喚き散らす黒鎧のホブゴブリンに一際大柄な騎士の馬が迫る。
クルトであった。
クルトは大剣を振りかざして、馬上から黒鎧のホブゴブリンに切りつける。
黒鎧のホブゴブリンが大剣を片手で振って、クルトの剣を受けた。
大剣同士が打つかって火花が散る。
二合、三合切り込むクルトの剣を黒鎧のホブゴブリンは全て片手で受け流すと、横薙ぎに馬の脚を払った。
クルトは斬撃を大剣で受け止めると、手綱を引いて馬を後ろに下がらせた。
クルトは以前旅の途中で知り合った冒険者から、ゴブリンロードの話を聞いた事が有った。
ゴブリンの最上位種ゴブリンロードが、下位のゴブリン達を従えて、魔境に国を作っていると、その冒険者は酒場で酔っ払いながら語っていた。
クルトは冒険者の法螺話だと聞き流したが、あの黒鎧のホブゴブリンを見てその話を思い出した。
2メートル50センチ位の巨体に黒いフルプレートメイル装備し真っ赤な目をしたホブゴブリンの王。
その時聞いた話そのままの姿を見て、クルトはあの冒険者の話は法螺では無かったのだと知った。
直ぐに黒鎧のホブゴブリンの前に、ホブゴブリンの戦士達が並んで、黒鎧のホブゴブリンを守る。
クルトの周りにも歩兵が集まる。
ホブゴブリンの前衛を掃討していた、騎士の一団も合流してくる。
ホブゴブリンも黒鎧のホブゴブリンの周りに集結していた。
かなり倒されたが、未だ300以上が健在だった。
「あの馬鹿でかいホブゴブリンは何だ?!」
クラウスが巨躯のホブゴブリンを見て傍らのジークフリートに尋ねた。
「あれは儂の獲物で御座る」
巨躯のゴブリンは、真っ赤な目でジークフリート達を睨んだ。
黒鎧のホブゴブリンが天に向かって、言葉らしきものを絶叫した。
空気を震わす凄まじい絶叫に、騎士たちに緊張が走る。
次の瞬間黒鎧のホブゴブリンは後ろの森に向かって跳んだ。
踵を返してあっという間に森に消えていく。
周りのホブゴブリン達も一斉に森に向かって駆けだす。
一瞬呆然としていたジークフリートは、我に返って叫ぶ。
「いかん! 逃がすな。弓隊前に!」
弓兵が森に逃げるホブゴブリンに矢を射かけるが、逃げに徹したホブゴブリンの動きは速い。
殆どの矢が躱されている。
背中や肩に矢を受けたホブゴブリンも、立ち止まらず森の中に消えて行った。
追撃しようとするジークフリートを、クラウスが止めた。
「引けジーク森の中では奴らが有利だ! こちらは騎馬の有利を生かせぬ。一旦村に引くぞ」
ジークフリートは忌々しそうに森を見つめていたが、
「承知!」
と答えると、騎士団に撤退を指示する。
歩兵は何隊かに別れて、一隊が森を警戒する間、負傷者を抱えながら村に向かう者、未だ息のあるゴブリンやホブゴブリンに止めを刺して回る者、魔物たちの死体から魔石を回収する物、使える矢を回収していく物等それぞれの作業に別れて行った。
クラウスとジークフリートは馬首を並べて、兵士たちの間をゆっくりと馬を進めていく。
「奴ら、また来るかな?」
クラウスの問いに、ジークフリートも頷く。
「おそらく。未だ300以上は居りますからな、今も森の中から我らを伺う気配があります」
クラウスも“気配察知”のスキルで、数体のホブゴブリンが未だ近くにいるのを感じていた。
「それにしてもあのでかいホブゴブリンは一体何だったのだ?」
クラウスの問いに、二人の後にいたクルトが馬を寄せて、嘗て自分が冒険者に聞いた話を語った。
「ゴブリンロードだと、初めて聞く話だがジーク、お前は聞いたことが有るか?」
「儂も初めて聞く名で御座いますが、あれは間違いなく上級以上の魔物、恐らくは特級に相当するかと思われます。あれを見た後ではその話、法螺話と笑えませんな」
ジークフリートは傷跡に手を当てながら答えた。
「レアの魔物が数百のホブゴブリンを従えているか、それは最早ハザードだな」
クラウスの言葉に、ジークフリートも頷いた。
「王家と公爵様に報告すべきかと愚考いたします。」
「うむ、辺境伯家にもな。至急使いを送らす。」
大規模な魔物災害はハザード(厄災)と呼ばれ、発生の可能性が確認された場合、直ちに王家と周辺領主に報告する義務がある。
「ゴブリンロードか、厄介な物が我が領地に迷い込んで来たものよ」
クラウスは、誰に言うでもなくそう呟いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスを載せた馬車は、騎士団が南を迂回して援軍に向かうのと別れて、小荷駄隊と共に西の門から村に入った。
「起きてマリウスちゃん、村に着いたわよ」
マリアの声で目を覚ました。
目の前にマリアの顔がある。
マリウスは自分がマリアの膝の上で眠っていたのに気が付いて、もそもそと抜け出すと、座席に座りなおした。
どうやら馬車は止まっている様だ。
マリアは何故か残念そうな顔をしていたが、ドアを開けて外に出た。
マリウスもマリアに続いて馬車を降りた。
割と大きな建物の前だった。
ドアが開け放たれていて、中で人がバタバタ走り回るのが見える。
マリアが中に入って行く。
マリウスも後に続いて中に入った。
村の集会所らしい大きな広間にベッドが10台程並べられ、頭や腕、脚に包帯を巻いた怪我人が寝かされている。
ベッドが足りないのか、床にも直接敷かれた毛布の上に、騎士が寝かされているのが見える。
多分村人らしい女の人達が、水を飲ませたり、包帯を取り替えたりしている。
「これは奥方様!」
頭に包帯をした兵士がマリアに気が付いて、起き上がろうとする。
マリアは騎士に近寄って手で押さえる。
「あ、其の儘で、皆の働き御屋形様に代わって感謝いたします。御屋形様の援軍が到着しましたので安心してください。」
マリアの言葉に、村人も兵士たちも歓声を漏らす。
小荷駄隊と一緒について来た医術師のヤーコプが、ポーションの入った木箱をもって入って来た。
怪我人たちの傍らに寄って一人ずつ診ていく。
奥から30代位の、割と綺麗な女の人が出てきてマリア達に挨拶する。
「これは奥方様、若様も。この村の窮地を御救い戴きありがとうございます。」
そう言って深々と頭を下げた。
「リザあなたも無事で何より、クリスチャンは?」
「はい、外で民兵の指揮をしています」
そう言ってリザと呼ばれた女性は外を見た。
矢を抱えた民兵や、伝令らしい騎士の走る姿が見える。
表に数頭の蹄の音がして、3人の騎士が入って来た。
マリウスも知っている、騎士団の隊長の一人のニナだった。
ニナはマリアとマリウスに一礼すると、皆に聞こえる様な大声で言った。
「奥方様、お味方の大勝利です! ホブゴブリンどもは森に逃げ去りました。御屋形様が凱旋されます」
今度こそ其の場の全員に安堵の歓声が上がる。
マリアとマリウスはニナに伴われて外に出た。
歩いて東門に向かう。
柵が見えて来るのに随って周囲の惨状が目に入って来る。
辺り一帯に握り拳位の石が転がっている。
柵の内側に屋根と、正面に大人の腰位の高さの壁が付いた掘立小屋のような物が幾つも並んでいる。
半分くらいは、屋根に穴の開いていたり斜めに傾いたりしている、
足元にはまだ乾いていない血の跡があった。
開いた門から続々と騎士や兵卒が入って来るが、怪我をして肩を借りている者も何人かいた。
馬を並べてクラウスとジークフリートが入って来た。
後ろにクルトもいる。
マリアが前に出て言った。
「此度の大勝利おめでとう御座います」
マリウスも前に出て、
「父上、おめでとう御座います」
と言った。
クラウスはうむと頷いてマリウスに言った。
「マリウス、お前の盾が大層役に立ったぞ。私の方こそ礼を言う、よくやったマリウス」
クラウスは上機嫌で答える。
「おお儂も気になっておりました。あの盾は若様の御力で御座ったか」
「うん、まあ」
マリウスが曖昧に笑うが、ジークフリートの鎧の脇腹に血が付いているのに気づく。
「ジーク怪我したの?」
「なに掠り傷で御座る、若様の初陣に少々燥ぎ過ぎ申した!」
そう言って、ジークフリートは笑った。
マリウスの初陣は、眠っている間に終わった様だ。
「もうこの村は大丈夫なのですか?」
マリアの言葉にクラウスが苦い顔になる。
「いや未だだ。かなりの数のホブゴブリンに逃げられた。厄介な奴もいる。暫く この村から離れられないかもしれん」
クラウスが森を見るのにつられて、マリウス達も森を見た。
暗い森は怖い程静かだった。
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