第二章 魔物と魔境
2-1 マリウス出陣
東の空が白み始め、ついに出陣の時が来た。
騎士達が2列に並んで馬を進める。
150騎の真ん中に、フルプレートメイルを着たクラウスがいる。
銀の鎧が朝日を浴びて輝き、そのまま沿道に出て行くと見送りの民衆が歓声を上げる。
騎士の後を歩兵が続く。
マリウスもマリアと馬車に乗り込んだ。
騎乗のクルトが馬車を先導する。
マリウス達の馬車は最後尾、荷馬車や荷物を担いだ小荷駄隊と一緒だ。
屋敷の門の処に使用人たちが並んでいる。
馬車の窓から覗くマリウスに皆が声を掛ける。
ユリアに手を引かれたシャルロットが、馬車のマリウスに一生懸命もう一方の手を振っている。
リタとリナが並んで、マリウス達に一礼した。
軍勢は朝日に向かって進んでいった。
「ほんとに凄く乗り心地が良くなったわね」
マリアが隣の座席に体を預けて嬉しそうに言った。
前の座席は取り外されて、そこに盾が26枚積み上げられている。
兵卒が持つ木盾だ。
中型と言っていたが、マリウスの半身が隠れてしまう位の大きさだった。
クラウスからゴート村に着く迄に、盾に“強化”の付与を付けてほしいと頼まれていた。
何枚出来るかという質問に。マリウスは26枚と答えた。
直ぐにクラウスの命を受けた兵士達が馬車の座席を取り外し、そこに26枚の木盾を積み上げた。
13枚ずつ二列に、客室の天井近くまで積み上げられた木盾の山を眺めて、ふと自分の考えを試してみたくなった。
自分がこの26枚の盾を一つの“盾”と認識出来れば、総て1回で術式付与できるのではないか。
マリウスはマリアが持っている魔石の瓶から、数えながら魔石を取り出す。
26個取り出そうとして、自分の小さな手にはゴブリンの魔石26個は握れない事に気付いた。
マリウスは、諦めて13個の魔石を左手で握りしめる。
積み上げられた盾の一番上の盾に右手で触れた。
横でマリアが目を見開いて、マリウスを見ている。
マリウスは“強化”の術式を思い浮かべながら盾の山を見る。
いける。
そう思った瞬間、13枚の盾が青い光に包まれた。
「マリウスちゃん、あなた?」
マリウスはうんと頷いた。
「ハハ、出来ちゃった」
マリウスは再びマリアから13個の魔石を受け取ると、隣の13枚の盾に付与を施した。
ステータスを確認すると魔力が34減っていた。
残り96。
マリウスはマリアを見た。
突然止まった馬車にクルトが馬を寄せる。
扉を開いて顔を出したマリアから話を聞かされたクルトは、列の先頭に向けて馬を駆けさせた。
程なく、クルトとクラウスが歩兵を引き連れて戻って来た。
歩兵は皆背中に盾を背負っていた。
「マリウス! あと72枚盾を作れると云うのは本当か!」
クラウスが馬上で怒鳴った。
「はい! 盾を13枚ずつ積み上げて下さい」
マリウスが答えた。
クラウスの指示で兵士たちが自分の盾を卸し、13枚の山が五つと7枚の山が一つ 地面の上に積み上げられた。
マリウスはマリアから魔石を受け取りながら、盾の山に“強化”の付与をおこなう。
手の空いている兵士が馬車の中の26枚の盾を卸していた。
次々盾に付与を施していくマリウスの姿に、クラウスは驚嘆するしかなかった。
付与魔術とはこれ程万能な物なのか?
付与魔術の施された武器は何百万、何千万ゼニーという金額で取引され、手に入れば家宝として子々孫々に引き継がれていくものだ。
それを一山幾等で生み出していくこの少年は、本当に自分の息子なの?
自分が命じて始めさせたことではあったが、予想を超える結果にクラウスはただ茫然と見ているだけだった。
五つの盾の山の付与を終えたマリウスは、残り7枚の山の前に立った。
残りの魔力は11。
マリウスの右手の下で4枚の盾が光に包まれて消えた。
マリウスはふらっと後ろによろめく。
クルトがすかさずマリウスを抱きとめて抱えると、其の儘馬車に歩いて行きマリアに手渡した。
マリアはマリウスを座席に寝かせて、頭を自分の膝の上に乗せた。
98枚の“強化”を付与された盾を、兵士達が手に取って装備する。
クラウスは満足して、天に向かって剣を突き上げて叫んだ。
「女神の加護は我らに在り! この戦、勝ったぞ!」
兵士たちが歓声を上げる。
クラウスは先頭に向けて馬を駆けさせた。
兵士たちが後に続く。
マリウスを載せた馬車もゆっくりと動き始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
投石器を持ったホブゴブリンの数は昨日より増えていた。
50匹位が前に出て投石機を振り回し始める。
騎士団も柵の内側に作った簡易陣地の中から、弓を構えて応戦する。
空に向けて極限まで振り絞った弓が放たれるのと、ホブゴブリンがスリングから手を離すのがほぼ同時だった。
空中で交差した石と矢が放物線を描きながら敵に降り注ぐ。
投石は三分の一ほどが柵を超えて簡易陣地の屋根に降り注いだ。
歩兵が盾を上にあげて天井の戸板を支えている。
一部板が破損する陣地もあったが、どの陣地も1射目は耐え凌いだ。
矢は殆どがホブゴブリンの前に落ちたが、2本だけ届いた矢が2匹のホブゴブリンを倒した。
戦果は騎士団に挙がったが、威力も飛距離もホブゴブリンの投石器の方が明らかに上だった。
陣の中央で岩の上に腰を下ろして戦況を見ていた、ひときわ巨体の黒いフルプレートメイルを装備したホブゴブリンが立ち上がった。
腰の大剣を抜き、何か言葉らしきものを大声で叫んで、大剣を上げて前に振る。
前衛にいたゴブリン達が一斉に柵に向かって駆けだした。
棍棒を振り上げ奇声を発しながら、500程の小鬼が投石兵の脇を抜けて、柵に殺到する。
同時に投石器の二投目が放たれる。
駆けて来るゴブリンの頭上を越えて、50個の握り拳大の石が柵の内外に降り注ぐ。
簡易陣地の天板に弾かれながらも、幾つかは一部を破壊していく。
柵に激突した石も、柵を削りながら、陣地のなかに転がって来る。
歩兵は前面に木盾を構え、ゴブリンに備えて陣の中で、柵の隙間から槍を構えて耐えた。
弓兵と魔術師は駆けて来るゴブリンに向かって矢と魔法を放つ。
矢に射抜かれ、魔法に焼かれるゴブリンを、後のゴブリンが踏み越えて前進する。
その間も投石の攻撃は止む事無く続いていた。
ジークフリートの傍らで、最初の1射でホブゴブリンを一体倒したケントは、次々弓を放ち投石器を持ったホブゴブリンを射止めて行く。
8匹目を倒したところで力尽きたケントを後方に下がらせると、ジークフリートは先頭を走るゴブリンの群れに向かって、“槍影”を立て続けに放った。
理力の槍が3匹のゴブリンを貫いた。
味方の攻撃で次々とゴブリンが倒れて行くが、ゴブリンは怯む事無く前進してくる。
既に先頭を走るゴブリンの醜い顔がはっきりと見える処まで迫っている。
ホブゴブリンに備えて体力を温存したかったが、止む無くジークフリートは広範囲アーツを使う事にした。
槍を天に向けてレアアーツ“槍雨地獄”を発動する。
ゴブリンの頭上に、数十本の理力の光の槍が降り注いだ。
ジークフリートは“槍雨地獄”を連射した。
眼前のゴブリンが総て串刺しになると、光の槍が消えてボブリンが倒れた。
周囲に目を向けると、既に柵に取り付いたゴブリンを、歩兵が槍で突き刺して退けている。
ゴブリンも既に半数以上が斃れているが勢いは止まらない。
その間も投石が降り注ぎ、幾つかは柵に取り付こうとしているゴブリンに直撃していたが、投石が止むことはなかった。
既に千を超える投石が柵の内外に投げ込まれていた。
陣地の幾つかが破壊ざれて、数名の被害が出ている。
柵も数か所破損して、柱が折れそうなところも在った。
討って出るか、と云う考えが一瞬頭を過るが、直ぐに思い直した。
未だあちらは、無傷の500匹のホブゴブリンが残っている。
80人程で撃って出ても勝てる見込みは無い。
負ければこの村は蹂躙される。
村人達を逃がすという選択肢は無かった。
逃げる村人たちを守りながら、この数のホブゴブリンと戦えるとは思えなかった、
此処で援軍が来るまで耐える以外にない。
自分にそう言い聞かせると、ジークフリートは再び“槍雨地獄”を連射して目の前のゴブリンを一掃する。
巨体のホブゴブリンが立ち上がって、何か叫んで再び剣を振った。
投石が止んで、ホブゴブリンが一斉に動き出す。
ゴブリンよりも数倍速い動きで柵に迫る。
弓兵と魔法兵が応戦するが、殆ど躱されている。
先頭を走る10体程のホブゴブリンが走りながら、手に持っていた短槍を矢が飛んで来た方向に投げた。
何本かの槍は柵や戸板に突き刺さって止まったが、弓兵が二人槍に貫かれて倒れた。
アドバンスドの魔術師たちが広範囲魔法に切り替える、“ファイアーストーム”に巻き込まれて数体のホブゴムリンが炎に包まれる。
“サイクロンブレード”で切り刻まれる仲間の横を走り抜けながら、ホブゴブリンも短槍を投げて応酬した。
ジークフリートは剣影で先頭を走るホブゴブリンを倒すと、“槍雨地獄”を連射した。
半数以上の槍は躱されたが、十数体のホブゴブリンが斃れた。
至近距離から放たれる矢を剣で叩き落としながら、数体のホブゴブリンが跳びあがると4mもある柵の上に手を掛けた。
歩兵が柵の隙間から槍を繰り出す。
腹を刺されて落ちるホブゴブリンの横を、別のホブゴブリンが取りつく。
突き出された槍を、体をよじって躱すと、槍を掴んで兵士を引寄せ剣で喉を貫く。
横にいた歩兵が剣を抜いてホブゴブリンの腹を抉った。
ヨゼフだった。
ホブゴブリンは笑いながら柵から落ちて行った。
ヨゼフはのどを貫かれた兵士を抱き起すが、既に兵士の目に光は無かった。
ヨゼフは兵士の体を横たえると、再び柵に向かって剣を構えたが、剣を持つ手が小刻みに震えていた。
既に周囲は血みどろの乱戦になっていた。
ジークフリートは既に自分のFPが三分の一を切っているのを感じながら“槍雨地獄”を連射した。
基本レベル35、FP量一万越えを誇るジークフリートにとっても、身体強化系のアーツを発動しながらレアアーツを連射するのは、20射程度が限度だった。
前面のホブゴブリンが一掃されて開けた視界の先で、巨躯のホブゴブリンが槍を放つのが見えた。
槍は光速で一直線に飛来し、柵を抉りジークフリートのプレートメイルの脇腹も抉って、遥か後方のレンガ造りの建物の壁に突き刺さった。
「騎士団長!」
マルコが斃れたジークフリートに駆け寄って腰の物入れからポーションを取り出して、傷口に振りかける。
傷口が塞がって出血が止まる。
ジークフリートは痛みに顔を顰め乍ら、マルコの肩を借り何とか立ち上がる。
「団長無理をしないでください、傷は内臓まで届いています」
ジークフリートは周囲を見回した。
既に数体のホブゴブリンが、柵を乗り越えて、兵士たちと乱戦になっている。
最早これまでか。
ジークフリートは覚悟を決めた。
「フェリックスとニナに伝令を送れ。村人を連れて西門から脱出せよと」
柵を超えて躍りかかって来るホブゴブリンを一刀で切り捨てて、マルコが言った。
「了解致しました。それで私は如何致しますか」
ジークフリートがマルコの顔を見た。
マルコはアドバンスドの剣士で、最も長くジークフリートの傍にいる。
「お前は……」
ジークフリートが言葉を飲み込んだ。
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