1-24  ポンプ


  部屋に戻ったマリウスは、最後に残った包丁一本と、綿のシャツを取り出した。


 明日はザトペックの二度目の授業だ。

 包丁と綿のシャツを付与して魔力の残りが27。


 マリウスはまずクラウスに貰った剣を取り出した。

 

 鞘から剣を抜くと刀身を眺める。

 両刃の直刀には歪み一つなく、磨き挙げられた刀身には刃毀れ一つない。


 マリウスは魔石を3個取り出すと左手に握ると、刀身に右手を当てて、“強化”を付与した。

 

 窓を開けると騎士団の屯所に、未だ灯りが赤々と灯っているのが見える。

 ジークフリートは明日早朝、暗いうちに出陣するはずだ。


 マリウスは空に向けて“エアカッター”を5発放つとベッドに潜り込んだ。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「なんと、もう私の預けた品物の付与を終わられたのですか」

 ザトペックが驚いて言った。


 早くても二十日は掛ると思っていた様だ。

「どうやら若様の魔力量は常人とはかけ離れておる様に御座いますな」

 

 相変わらず耳まで隠れる、アライグマの毛皮の帽子を、室内でも被ったままの姿だった。


 ザトペックはマリウスか受け取った品物を、一つ一つ術式鑑定しながら、呟く様に言った。

 

 無論ザトペックには、マリウスの本当のギフトは伝えていない。


「一週間経ちましたが、付与魔術を何か試されましたか」


 マリウスはザトペックにこれまでの出来事を伝えた。

 

 衣類の“防寒”にトイレの“消臭”、石に“発熱”を付けて、“送風”を付与した土管に入れて暖房具にしたこと、馬車を改造した事、“強化”した木剣が鋼の剣をへし折った事等、ザトペックは興味深そうに聞いていた。

 

「“強化”を付与した木剣が真剣をへし折ったので御座いますか、それはまた凄まじいですな」


 ザトペックが感心したようにいった。

「そうなのですか?」

 

 マリウスが尋ねるとザトペックは笑いながら答えた。

「初級の付与魔術“強化”を武器に付与して、上級の付与術式並みの効果を出す等、並の付与魔術師には到底不可能で御座います」

 

 マリウスはザトペックの言葉の意味が解らずに問い返した。

「僕は何か間違えているのでしょうか?」


「いいえ、それが若様の付与魔術でしょう。言った筈で御座います、付与は術者の解釈次第、術者の数だけ付与があると」


 相変わらず、肝心な部分を胡麻化された様でマリウスは眉根を寄せた。

 そんなマリウスを面白そうに見ながらザトペックは更に話を続けた。

 

「クラスが上がれば、自分や他人が付与した術式を消すことは出来る様になるはずですが、付与の効果を、魔道具の様に切ったり入れたりする方法は、私の知る限り御座いません。もともと恒久的に効果を発揮するのが付与魔術の目的ですから」

 

 ザトペックの言葉にやはりそうかと、マリウスは肩を落とす。

「無論魔道具に、付与魔術を組み込むことは出来るでしょう、優れた魔道具師なら或いは何か良い方法を、知っているやもしれません」


 魔道具師か、エールハウゼンにもいるのだろうか、今度父上に聞いてみようとマリウスは思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ジークフリートはゴート村の南1キロの小高い丘の上に立つ。

 眼下に村が一望できた。


 先行していた斥候のダニエルが、ジークフリートの傍らで報告した。

 彼は足の速い犬獣人だ。


「現在ゴート村はゴブリンと交戦中です。ゴブリンの数は約300。全軍が村の 東側の柵を攻めています。村人が防戦中で、柵内から弓を放ってゴブリンの侵入を防いでおります」

 

 どうやらぎりぎり間に合った様だ。

 柵に殺到するゴブリンの姿が此処からでも見て取れた。


 ゴブリンに弓を射たり、柵の間から槍を突き出したりして、侵入を防ぐ村人の怒号も聞こえてくる。


 高さが4メートル位の丸太を組んだ柵は、それなりにゴブリンの侵入を防いでいる。


 子供位の背丈の小鬼たちが汚い布を腰に巻いて、石を括りつけた棍棒を振り回しながら柵に取り付こうとしている。

 

 ジークフリートは後ろを振り返って、騎士たちを見る。

「マルコお前の隊は儂に付いてこい、他の隊はそこの林の中に陣を張れ、指揮はフェリックス、おまえに任す」

 

 ジークフリートは槍を構えると騎馬で村に向かって真っすぐ丘を駆け降りる。

 20騎がジークフリートの後を追った。


 残った80人程の歩兵中心の部隊は、ジークフリートたちが降りて行ったのと反対側から、小鬼たちから見えないように丘を降りて行った。

 

 丘を駆け降りて来る騎馬に気付いたゴブリンが、指差しながら仲間のゴブリンに何か喚いている。


 ジークフリートを先頭に単縦陣になった騎馬隊が、柵に取り付こうとしているゴブリンに側面に襲い掛かった。

 

 ジークフリートは速度を緩めることなく、槍を振り回しながらゴブリンの群れに突っ込んでいく。


 ジークフリートが槍を振り回す度に二、三体のゴブリンが宙を舞った。


 駆け抜けるジークフリートの後を追おうとするゴブリンを、後続の騎士が剣で切り捨てて行った。

 

 ジークフリートはゴブリンの群れの中ほど迄進むと、村から離れる方向に馬首を向けた。


 その儘ゴブリンの群れから離脱して、南の林に向かって駆ける。

後続の騎士たちも、ジークフリートの後を追ってゴブリンの群れから離脱していった。

 

 ゴブリンたちが喚きながら、騎士の後を追う。

 ジークフリートは速度を落として後ろを振り返った。


 ゴブリンが追ってくるのを確認して、ゴブリンと一定の距離を保ちながら馬を駆けさせる。

 

 林の入り口でジークフリートは馬を停めて馬首を返した。

 後続の騎士たちもジークフリートの左右に展開してゴブリンに馬首を向けた。


 ゴブリンの群れは、騎士が停まっているのを見て喚声を上げて、騎士に向かって駆けだした。

 

 先頭のゴブリンが100メートル程接近したところで、森の中に隠れていた兵士が一斉に矢や魔法を放つ。


 30本程の矢が弧を描いてゴブリンに降り注ぎ次々に矢に貫かれていく。

 

 “ストーンバレット”、“ファイアーボール”、“エアカッター”と言った初級魔術が、ゴブリンの前衛を次々倒していった。


 再び矢が放たれ、ゴブリンの頭上に降り注いだ。

 

 既にゴブリンの一割ほどが討ち取られている。

 フェリックス達20騎が森の奥から出てきてジークフリートの横に馬を並べた。


 頃合いと判断したジークフリートは、右手を上げて前方に振る。

 騎士たちは各々が槍を構え、剣を抜きゴブリンめがけて一斉に馬を駆けさせた。


 林の中から出てきた、歩兵60人が抜刀して騎馬の後に続いて駆けだした。

 

 ジークフリートは馬を停めたま戦場を眺めていた。

 既に決着は付いた。

 逃げ惑うゴブリンを騎士たちが切り倒している。

 

 彼はゴブリンの群れの中を駆け抜けた時に、上位種と思われる個体が一体、混じっているのに気が付いていた。


 飛び抜けて大きな体、180センチ位か、錆びた鉄の剣を持って、革の胴鎧を撒いていた。

 

 恐らくホブゴブリン。

 素早くて知恵の回る魔物だ。


 多分この群れを率いていた個体であろう。

 あれは確実に仕留めないと、また群れを作る。

 

 ジークフリートは、数体のゴブリンを引き連れて、戦場を離脱しようとしているホブゴブリンを見つけた。


 馬を駆けさせて後を追う。

 一気に距離を詰めると馬上で槍を構えなおし、一直線に逃げる背中に槍を繰り出す。

 

 ホブゴブリンは振り返りざまに、傍らにいたゴブリンの頭を掴んで持ち上げ、その体でジークフリートの槍を受けると跳躍した。


 頭上から剣を振りかぶって落下してくるホブゴブリンを、ジークフリートはゴブリンが刺さったままの槍で薙ぎ払う。


 ホブゴブリンは槍に払われて地面に転がるが、直ぐ立ち上がって剣を構えた。

 

 ジークフリートはすかさず中級アーツ“槍影”を放つ。


 理力の槍がホブゴブリンに向かって飛んでいくが、ホブゴブリンは体を捻って躱すと、後方に跳んで小山の向こうに消えた。

 

 周りにいたゴブリンが、わらわらとジークフリートに襲い掛かるのを槍で一閃して、小山に駆け上がってジークフリートは馬を停めて周囲を見渡した。


 そこには陣形を構える敵が見える。

 優に500を超えるホブゴブリンの軍勢だった。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 節を抜いた4メートル程の竹が25本、騎士団の広場に広げられていた。

 昨日クラウスの話を聞いて、マリウスが提案したアイデアに、さっそくホルスが喰いついた結果である。

 

 マリウスはゴブリンの魔石を1個ずつ使い、その竹に全て“軟化”を付与していく。


 兵士達が“軟化”を付与された竹を持つとそれをどんどん繋いでいった。

 竹の端を削って、ぴったり嵌りこむように細工してある。

 80メートル程繋がれた竹のホースの先端が下を流れる小川に差し込まれた。

 

 広場には大きな樽が三つ並べられていた。


 マリウスはホルスに手渡れた30センチ程の竹を手に持つと、ゴブリンの魔石を二つ持って“送風”を付与した。

 持続時間を一月に絞り効果を上げた竹の中を、轟々と音立てて風が流れた。

 

 ホルスに手渡すと、兵士が持つ竹のホースの先端にそれを差し込んだ。

 集まった20人程の兵士は皆口を閉じて固唾を呑んでいる。

 クラウスも兵士達の後ろで、黙ってホルスを見ていた。

 

 竹の先に風の音に交じって、ポコポコと水の音が聞こえた。

 マリウスが覗き込むと差し込んだ竹の向こうに、水が上がってきているのが見えた。


 しかし水は竹からは出てこなかった。

 “送風”であるから水は送らない。

 

『その辺がファンタジーだよな』


 これは想定済みだった。

 水が上がって来たのを確認したホルスが、竹ホースの横に差し込まれた、コルクの線を抜いた。

 竹ホースに開けられた穴から水が流れだし、樽の中に水が溜まっていく。

 

 兵士達に歓声が起きる。


 樽の中に水が一杯になると、ホースの先を動かして次の樽に水を入れる。


「成功だなホルス」

 クラウスがホルスに声を掛けた。


「誠に、この様に簡単に水を汲み上げる事が出来るとは、いやさすが若様の付与魔術は素晴らしい」

 

 子爵領は平地が少なく、山に段々畑を作って農地を増やして来た。

 水を運ぶのは農家にとってかなりの負担になっている。


 水を汲み上げる事が簡単に出来れば、新たな農地の開拓も可能になるかもしれない。

 二つ目の樽も一杯になって、三つ目の樽に水を入れ始めた。


「早速農家の者達と相談して、これを活用しようと思います」

 そう言うホルスに、クラウスは笑いながら言った。


「うむ、上手く活用してくれ。儂は屋敷に風呂を作る事を検討してみる」

 クラウスが視線を向けた先では、兵士達が土のコンテナを運んでいた。

 

 中に入っている“発熱”を付与した石を樽に沈めている。

 気の速い兵士が服を脱ぎだした。女性騎士達が囃し立てる。

 

 マリウスも、送風ポンプが旨くいってほっとしていた。

 実は考えたのはアイツだった。


 逆流しない様に弁を付けた、ポンプの絵図面もこっそりホルスに渡してある。

 ホルスはそれを見て驚いていたようだが、礼を言って懐に仕舞った。

 

 手押しポンプを改良したものだからすぐに実用化できるだろう。

 魔力は未だ24残っていた。


 マリウスは手頃な石を三つ拾って“発熱”を付与し、騎士団にプレゼントして屋敷に戻った。


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