1-23 ヨゼフ
今日は上段斬りの素振りを200回でクルトが止めて、新たに右袈裟、左袈裟、突きが型稽古に加わった。
それぞれの型を繰り返しながら、クルトからの手直しを受ける。
それぞれの型を200回ほど繰り返し、腕が上がらなくなってきたのを見て、クルトが修行の終わりを告げた。
互いに礼をして汗だくになったマリウスが振り返ると、今日はリナしか居なかった。
リナがマリウスの服を脱がせて汗を拭きながら言った。
「ユリアさんは、今日から朝は厨房のベンヤミンさんのお手伝いをしてから、シャルロット様の処に行く事になりました」
ユリアが調理人のギフト持ちなのは聞いていた。
「ああ、そうなんだ」
何故かほっとしたような、少し寂しいような……。
リナがマリウスに新しい服を着せながら言った。
「お寂しいですか?」
「えっ、いや別に。リナがいてくれるから大丈夫だよ」
何故言い訳の様な感じになっている。
マリウスはリナを見たが、リナは何も言わずに汗で濡れたマリウスの服をもって屋敷に戻って行った。
マリウスは去っていくリナの後姿をボンヤリと眺めながら、何が正解だったのだろうと思った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
クラウスから祖父母に送る服が出来たので“防寒”の付与を頼まれた。
マリウスの祖父アストリスは帝国との大戦の後、クラウスに家督を譲って、王都の子爵邸で祖母と隠居暮らしをしていた。
王都はこのエールハウゼンよりはるかに北方で、寒さが厳しいと聞く。
服は2着ずつあった。
マリウスは長く持つように、ゴブリンの魔石を5個ずつ使って“防寒”を付与した。
「それでどれぐらい持つのですか?」
傍らのノルンが聞いた。
魔法修行を終えて館に戻って来たノルンが傍にいる。
エリーゼはホルスの言いつけで、教師と二人きりで学問を学ばされている。
「多分20年くらいかな」
マリウスが答えた。
ゴブリンの魔石を付与魔術師が魔力を乗せて一個二年、更にマリウスにはスペシャルギフトの魔法効果+103パーセントを乗せると、ゴブリンの魔石10個なら 20年は効果を発揮するはずである。
出来れば“劣化防止”も一緒に付けたいが、付与の重ね掛けはクラスが上がらないと無理だと、ザトペックが言っていた。
ちなみにマリウスはまた一つジョブレベルが上がっていた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:70
Lv. :1
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス ビギナー Lv. :4
経験値:680
スキル 術式鑑定 術式付与
FP: 13/ 13
MP: 130/130
スペシャルギフト
スキル 術式記憶
全魔法適性: 103
魔法効果 : +103
ノルンから聞いた話では、ジョブレベル10になるとミドルクラスに上がれるらしい。
クラスが上がるとMPが大幅に上がり、新しいスキルも得られるそうだ。
早くレベルを上げるには、やはり魔法を使い続けるしかない。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
マリウスはノルンを伴って、厨房を訪れた。
食料庫を見に来たのだ、お腹が減った訳ではない。
厨房に入ると料理長のベンヤミンとユリアがいた。
「これは若様いかが致しました。この様な処に何か御用でしょうか?」
ベンヤミンとユリアが、マリウスとノルンに頭を下げる。
以外に広い厨房には、沢山の鍋やフライパン、食器や包丁などが棚に綺麗に並べられていた。
部屋の隅にマリアの土の箱があり、中に“発熱”を付与した石が三つ入っていた。
「父上に頼まれて、食料庫に“腐敗防止”を付与しに来たんだ。今良いかな」
マリウスの言葉にベンヤミンが驚いて言った。
「左様でしたか、“腐敗防止”で御座いますか、それは素晴らしい。食料庫はこの奥です」
そう言って後ろのユリアを見る。
ユリアがマリウス達を案内して奥のドアを開けると下に続く階段があった。
地下はひんやりとして、寒かった。
壁も床もレンガ造りの、一辺5メートル位の正方形の部屋だった。
片側は葡萄酒の樽が積み上げられている。
反対側には小麦や芋、大豆、野菜の詰まった麻袋の山。
塩漬けや酢漬けの樽や、干し肉などが並んでいる。
此処は屋敷の中で消費する食料の保存庫で、領内から集められた作物は、麓の騎士団の兵舎とは反対側に建っている倉に保管されている。
マリウスは取り敢えず、地下の食料庫の“腐敗防止”を行う事にしたが、どうするのが正解か少し迷っていた。
“発熱”の様に何かに付与して此処に置く方が良いのか、“消臭”の様に部屋全体に賭けるのが良いのか。
食料庫を見回して、マリウスは後者を選んだ。
ノルンから魔石を10個受け取り、何時もの様に左手に握り占めて、右手を壁に当てて“腐敗防止”術式を思い浮かべる。
食料庫は広かったが、マリウスは自分の力が充分伝わるのを感じる。
マリウスは漠然と感じていた。
トイレの消臭の時も感じた事だった。
多分大きさはそれ程関係ない様に思える。
それが一つの物だと認識していることが重要なのではないか。
此の食料庫のレンガの一枚一枚に付与したわけでなく、『食料庫』という存在に対して、“腐敗防止〝を施したという事だと思う。
『そりゃ科学じゃねえ、ファンタジーだ』
広い食料庫全体が青く光ると、ユリアが猫目を見開いて周りをキョロキョロしている。
光が消えて、付与が完了したことを告げた。
どの位の大きさまで付与できるか、マリウスは漠然と理解出来た。
多分自分の目で見える範囲。
それが限界だと感じる。
勿論必要な魔石の量や種類、効果や持続時間は大きさや面積に左右されるだろう。
逆に自分で調整することも可能だ。色々試してみよう。
「マリウス様、どうかしましたか?」
ノルンとユリアが怪訝そうにマリウスの顔を見ている。
「え、何か?」
マリウスがキョトンとしてノルンに聞き返す。
「顔が笑っていますよ」
ノルンの言葉にマリウスは赤面すると、顔を手で撫でて真面目な顔をした。
「何でもないよ!」
マリウスはそう言って食料庫の階段を駆け上がった。
ノルンはあっけに取られていたが、慌ててマリウスを追いかけた。
「待ってくださいよ、マリウス様!」
ユリアは二人の後から階段を上がると、食料庫のドアを閉じた。
屋敷の外に出ると何時もの様にクルトが合流した。
三人で食料倉に向かう。
大きめの倉が2つ並んで建っている。
領内から税として集められた農作物等は、大半が商業ギルドに売られて現金化されるが、一部は備蓄として食料庫に納められている。
表の衛兵に断って大きな扉を開けて貰った。
中は薄暗くひんやりとしていた。
大きな麻袋が積み上げられている。
大半は小麦で、大豆や芋類もある様だ。
一辺20メートル程の広い倉の中を見回してからマリウスは食料庫の隅に立った。
倉の中を視界に納めると、ノルンから魔石を10個受け取り、左手に握って右手を食料庫の壁に当てた。
少し広すぎるかと思ったが、問題なく付与出来た。
おそらく10年近く持つとマリウスは感じた。
二つの倉を付与し終えて屋敷に戻りながらマリウスがノルンに言った。
「明日ジークが出陣する事になったんだってね」
「はい、既に騎士団で準備をしている処ですね。今日は騎士団の宿舎で寝て明日暗いうちに此処を出るそうです」
ノルンが言った。
「大変だね、ゴート村までは遠いの」
「急げば半日ほどで着きます。本人は久しぶりの出陣で嬉しそうでしたね」
マリウスは後ろを歩くクルトに振り返って言った。
「クルトは行かないの?」
「私はマリウス様の護衛を申し使っておりますので、ここを離れる訳には参りません」
努めて無表情に言うクルトに、多分行きたいのだろうとマリウスは思った。
屋敷に戻ると丁度クラウスが出かけるところだった。
「マリウスか、今日はどうしていた」
「はい、食料庫に“腐敗防止”の付与をしてきました」
マリウスの答えにクラウスは頷くと言った。
「これから騎士団の処に行くところだ、お前も来るか?」
マリウスもクラウスに同行することにした。
無論クルトとノルンも付いてくる。
クルトは馬で、マリウスとノルンはクラウスと一緒に馬車で騎士団の宿舎に向かった。
「馬車が随分滑らかに動く様になった、乗り心地も悪くない。お前の御蔭だ」
クラウスは馬車の乗り心地に満足するとマリウスに言った。
「この際だから馬車を一台新調する事にした。お前の言っていた柔らかい素材を客室の下に挟んでみる予定なので、その時にはまた頼む」
「はい、何時でも言ってください」
マリウスが答えるとクラウスが更に言った。
「例の柔らかくした竹だが、ホルスがあれに手押しポンプを繋いで山の上の畑まで、水を汲み上げる仕組みを作ろうとしている様だ、ホルスから依頼があれば応じてやっれくれ」
使い道の思いつかなかった術式も、大人たちが彼是考えてくれている様で、マリウスも安心した。
騎士団の屯所に就くと、広場は馬や荷車が溢れ多くの兵士でごった返していた。
「これは御屋形様、騎士団長が中でお待ちです」
隊長格のマルコがクラウスを宿舎の中に案内する、
マリウス達は表で戦支度をする兵士達を眺めていた。
「兵糧は5日分積み込め、矢の補充も忘れるな!」
フルプレートメールを着た女騎士が怒鳴っている。
あれはたしかマリウスに魔剣を強請った、ニナだ。
驚いたことにニナは隊長格の一人だった。
騎士団の総数は騎士150名に歩兵が300名だそうで、騎士団長のジークフリートと副団長のクルト、10人の隊長格が騎士達を率いている。
歩兵は騎士に従ったり、単独の集団で行動したりするらしい。
今回はジークフリートと3人の隊長が騎士40人と歩兵60人を率いて出陣する事になっているが、ニナはその一人だった。
「これは若様、副団長も、バタバタして申し訳ありません」
ニナが恐縮して言うがクルトが笑って答えた。
「構わん戦の最中だ、備えに間違いがないようしっかり確認しろ」
「はっ!」
ニナが敬礼して駆けていく。
歩兵たちは皆揃いの革製の鎧を来ている。
騎士団の備品らしい革鎧は、肩や胸のあたりに鉄のスパイクが打ち込まれていて、頭には鎖を編んだ、耳と後頭部が隠れる頭巾の様な兜を被っていた。
革鎧の一人がマリウス達の前で立ち止まった。
「あ、これは若様、副団長も」
見ると、クルトに剣を折られたヨゼフだった。
「なんだヨゼフ、お前も出陣か?」
クルトが尋ねるとヨゼフが嬉しそうに答えた。
「はい、団長から初陣の許可を戴きました」
「そうか、それは出陣前に大事な剣を折って悪いことをしたな」
クルトが済まなさそう
「剣を見せて」
マリウスがヨゼフにそう言って、ノルンから魔石を四つ受け取った。
ヨゼフが剣を抜いて前に掲げるとマリウスは右手で刀身に触れた。
“強化”を付与した鉄の剣の刀身が、青く輝いて光が消える。
「これで剣が折れる事はないから」
マリウスがそう言って笑った。
礼を言って去ろうとするヨゼフをマリウスが引き留めた。
ヨゼフは背中に歩兵用の木の盾を背負っていた。
マリウスはゴブリンの魔石を二つ握ると木盾に右手を当てた。
木盾が青く光り“強化”が付与される。
「無事に帰って来てね」
そう言うマリウスに、ヨゼフは何度も礼を言って去って行った。
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