1-22  汚染


 12歳でユニークのクラス開放を果たしたエレーネは既にジョブレベル276に達している。


 実に29のスキルを有していた。


 エレーネは今、“風魔法適性”、“上級剣技”、“飛行”、“幻影”、“思考誘導”、の五つを同時に発動している。

 

 そして認証官の力の本質は呪いと毒であった。


 彼女は、“毒耐性“、“毒無効“、“毒生成“、“毒付与“、“毒散布“、と言った毒に関するスキルを全て所持していた。

 

 初級風魔法“トルネード”でヨハンの視界から消えたあの瞬間から、ヨハンを自分の術中に落とし込んでいた。


 風の中に知覚麻痺の毒を散布していた。

 聖騎士の耐性を破るのに時間を要したが、それでも彼女の毒は確実にヨハンに浸透していった。

 

 此れだけのスキルを一度に使うのは初めてだったし、これだけのスキルを発動して、未だに無傷に等しいヨハンに驚嘆さえしていた。


 エレーネは7歳でギフトを得てから初めて自分が戦いに高揚しているのを感じる。


  彼女は何故か、ヨハンとずっと戦い続けていたいようなそんな気持ちになって来る。


 ベアトリスが傍にいれば、あなた顔が笑っているわよと、直ぐに指摘していただろう。

 だが、戦いは既に終わろうとしていた。


 彼女の六つ目のスキルが効果を発揮し始めた。

 ヨハンは立ち上がろうとするが、地面が彼の顔に迫って来る。


 頭から地面に倒れたヨハンは、顔を上げて辺りを見回す。

 遠くでエルネストと彼の馬が倒れているのが見える。


 自分が地べたに這いずっている状況が理解できず、ヨハンは立ち上がろうと足掻くが、次第に手足の力が抜けて行った。

 

 エレーネは彼女の毒で“汚染”された台地に降り立った。

 顔に紫の斑点を浮かべて虚空を睨むヨハンの目に、既に命の光は無かった。


 ベアトリスとヴァネッサはぎりぎり安全な場所に立って、エレーネに手を振っていた。

 

 ユニークスキル“範囲汚染”。


 毒生成のスキルを持つエレーネは、広範囲の大地を猛毒で汚染することが出来た。


 ヨハンはそれと知らず、猛毒に晒されながらエレーネと戦い続けたいたのだった。

 

 ベアトリス達の傍らに降り立ったエレーネに、エレーネの馬を引き連れたヴァネッサが


「お疲れ様。」


 と言って、何時の間に回収したのか、マジックバッグと馬の手綱を手渡す。

エレーネはマジックバッグに剣をしまうと、馬に跨った。


「楽勝でしたわね」

 ベアトリスが、少し呆れたように言った。


「エレっちって、護衛要らないんじゃない」

 ヴァネッサも若干引き気味だった。


「いや、ヨハンはかなり強敵だったよ、頭に血が上ってなかったら、あんなに上手くは引っかからなかったろう」

 エレーネはそう言って微かに微笑んだ。



 エレーネ達は次の街に向かって、丘を下り始めた。

「未だ追手くるかなあ」


 ヴァネッサの問いにベアトリスが答える。

「主力が全滅じゃ、直ぐには無理でしょう」


「船に乗るまでは安心できないが、私一人にそこまで手は割けないと思う」

 エレーネも少し緊張が緩むのを感じていた。

 

「港まで飛んで行っちゃえば?」

 ヴァネッサの言葉にエレーネが苦笑しながら答える。


「“飛行”のスキルは飛んでいる間中、凄い勢いで魔力が減っていくんだ。一時間も経たずに墜落してしまう」

 エレーネが笑いながら答えた。

 

「僕も飛んでみたいな」

 羨ましそうに言うヴァネッサをベアトリスが揶揄う。


「あんたの魔力じゃ一分も無理よ」


「なんだよ、ベティだって飛べないだろう?」


「私にはそんなスキルないわよ、ねえユニークの魔術師ならみんな飛べるの?」


「皆かどうかは知らんが、少なくともシェリル・シュナイダーは有名だぞ、それに 竜騎士には“飛翔”というスキルがあるそうだ」


「ああマティアス・シュナイダーの英雄譚だね、僕も大好きだ」

 ヴァネッサの言葉にまたベアトリスが茶々を入れる。


「子供はみんなマティアスが大好きだからね」


「なんだよ、ベティは好きじゃないのか?」

 ヴァネッサがむくれた。


「私はシェリル様に憧れるわ、辺境の魔女とかカッコいいわ」


「年をとらない妖怪ババアという噂だけど」

 二人の掛け合いを聞き流しながら、エレーネは辺境の魔女のことを考えていた。

 

 11年前のエルドニア帝国との戦いを勝利に導いて英雄となり、7年前フェンリルと戦って伝説になったマティアス・シュナイダーの実の母、爆炎の魔術師にして、 辺境の魔女シェリル・シュナイダー。


 今も孫の後見として辺境伯家を支配している。

 エレーネが庇護を求めようとしている相手である。

 

 辺境伯シュナイダー家はもともとライン=アルト王国の家臣ではない。

 東に魔境、南を海に囲まれた、公爵領に匹敵する広大な土地を独立支配していた豪族の長であった。

 

 250年前ライン=アルト王国に臣従はしたが、今でも独立独歩の気風が強い。

 魔境とダンジョンから得られる豊富な資源と、海上貿易から得られる莫大な利益を背景に、強力な騎士団を抱え、南東の端で王国に睨みを効かせている。

 

 宰相ロンメルが自陣に取り込もうと躍起になっている家である。

 恐らくその辺も含めての、自分を辺境伯家に預けるという事なのだろうと、エレーネは推察している。

 

 自分に何が出来るかは解らないが、外に選択肢も無いし、辺境行は望むところである。

 港町ラグーンから海路辺境伯領に入る。


「あっ! そういえばエレっちの男の話!」

 ヴァネッサがエレーネに馬を並べる。


「生き残ったら教えてくれる約束だったはね」

 ベアトリスも反対側に馬を並べて来る。

 エレーネは楽しそうに笑うと、


「急がんと、日が暮れる前に宿に入れないぞ」

 と言って馬を駆けさせた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 食堂に入るとマリアとシャルロットだけだった。

 クラウスは騎士団の兵舎に出かけていて未だ帰っていない。

 例のゴブリン討伐の打ち合わせらしい。

 

 リナがマリウスの前に料理の皿を並べてくれると、マリアが始めましょうと言った


「馬車に乗ったわよ、とても静かになったわね。椅子も柔らかくなっていたし」


「あにしゃま、しゃるものったよ、らくちんだったでしゅ」


 シャルロットが嬉しそうに手を挙げた。

 シャルロットの笑顔に癒されるマリウスにマリアが言った。


「でもその後騎士団で、大騒ぎだったそうね。御父様が難しい顔していたわよ」

 マリアが可笑しそうにマリウスを揶揄った。


「あんな騒ぎになるとは思わなかったので、次は気を付けます」

 少し悪乗りしたのは認める。


「良いじゃない。少しは羽目を外した方が。マリウスちゃん、明日は何をするの?」


「うーん、取り敢えず食料庫の“腐敗防止”ですね」

 

 今日ザトペックに預かった品物の付与は終わらせて、明日食料庫を付与すればとりあえず後は予定がない。


 久しぶりにのんびりしようかと考えていると、執事のゲオルクが来て、クラウスの帰宅を告げた。

 

 クラウスが席に着くと、リタ達がすぐに食事の支度をする。

 クラウスは注がれた酒杯を手に取り口に含んだ。


「随分お時間が掛かりましたのね。」

 マリアの言葉にクラウスが頷いた。


「思ったよりゴブリンの数が多いらしい。止む無くベルハイム司祭の捜索に、領境まで出していた兵を戻すことにした」

 そう言って杯の葡萄酒を飲み干した。

 

「ジークが100人程率いて、明後日出陣する殊になった」


「まあ、100人も。そんな大事なの?」

 マリアが不安そうに、尋ねる。


「数百単位のゴブリンが入り込んでいるらしい。まあジークなら問題はないが、ゴート村の村長から、急ぎの要請が来ておる」

 

 やっぱりゴート村だった。


 マリアも気づいた様だ。

「ゴート村ってリタ達の故郷じゃなかった?」


「はい、村長は私たちの父です」


 リタが答えた。

 リナも不安そうである。


「なに、案ずる事はない。ジークならゴブリンごとき一瞬で蹴散らしてしまうだろう」

 クラウスの言葉に、リタとリナが安堵の表情を浮かべる。

 

「ゴブリンは魔境から入って来たのかしら」


「おそらくそうだろうな。スタンレーの麓あたりで繁殖した物が、強い魔物に追われて此方に入り込んで来たのだろう、というのが皆の意見だ」


「あの村は葡萄酒造りが盛んだったわね」


 マリアの言葉に、クラウスも頷く。

「放っておけば、村を襲うのは時間の問題だな、被害が出る前にジークには根こそぎ始末する様に命じてある」

 

「入って来ているのは、本当にゴブリンだけなの?」


 マリアがクラウスに尋ねる。

 母上それはフラグですよ


「魔境の奥に向かわず、此方に流れてくるという事は、弱い魔物と云う証拠だよ」


 クラウスが問題ないと皆に太鼓判を押す。

 益々フラグぽい。

 

 マリウスが、クラウス達に聞いてみる。

「魔境にはやはり強い魔物がいるのですか?」


「勿論、魔境だからな。オーガ、ハイオーク、ブラッディベア、キングパイパ―、フレイムタイガー、グリフォン、フェンリル、果てはドラゴンまでありとあらゆる魔物がいる」

 

「アンヘルのダンジョンでアークドラゴンに出逢ったときは、さすがに私達も逃げ出したわ」

 マリアが冒険者のころを思い出して肩を抱く。


「母上はドラゴンに逢った事が有ったのですか?」

 マリウスもその話は初耳だった。


「魔法が全然通用しなくてね、まだ戦えるというエリザ様を、皆で担いで逃げたわ」

 クラウスも苦笑しながら聞いている。


「アークドラゴンはユニークと同等かそれ以上だからな。古い個体はレジェンドに匹敵するという。さすがのエルザ様も勝てなかったか」

 なんか父上嬉しそう。

 

「アークドラゴンが最強なのですか?」

 マリウスの質問にマリアが答える。


「最強は、大スタンレーの頂上にいると言う、エンシェントドラゴンでしょうね」 


「できれば一生出逢いたくないな」

 クラウスも真剣な顔で呟いた。

 

 エンシェントドラゴン、嘗て英雄王イザーク・ルフトが使役したと言われる伝説の魔物。


 大スタンレーの奥で1000年の眠りについていると言われているが、見た物は誰もいない。

 

『テンプレだな、多分そのうち逢うぞ』

 

 出来れば、なるべく先にして欲しい。

 マリウスは真面目にそう願った。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 部屋に戻るとマリウスは、短剣を2本と綿のシャツを1枚鞄から取り出した。

 短剣に“劣化防止”を付与すると鞄に戻した。


 短剣はこれで10本コンプリートした。


 綿のシャツを付与するとそのままにして、魔道具の灯りを消しベッドに潜り込むと直ぐに眠りに就いた。

 

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